ダナ村編
第一話「決意」
夜も更け、幼児化した俺はどうやら夫婦らしい男女の横で揺りかごに寝かされている。
俺はあの時確かに橋の下で死んだはずだ。助かるような状態では無いし、助けてくれる人間もいなかった。
しかも仮に幼児化だとしても、言語もわからないような場所にいるのもおかしい。
つまり、どうやら俺は幼児化ではなく転生したのだと分かった。
今の状況は把握したが、俺は転生している今の状況に慌てるよりも、春花を失った辛さで放心していた。
夫婦は全く泣かない俺が死んでいるのではないかと慌てていたが、何事もないと分かると安堵し、色々と俺の世話をしてくれていた。
(春花……)
あの橋の下の光景が脳裏に焼き付いて離れない。
今までのことが全部悪い夢で、目が覚めたら隣にいる春花がおはようと言ってくれないだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
今俺が何故転生しているだとかどうでもいい。
今ここには春花はいなくて俺はまた一人ぼっちに戻ったんだ。
仕事も始めてこれからって時なのになんであんな目に合わなくちゃいけないんだ?
俺たちは何も悪いことをしていないのに!
悔しい。あんな奴らに俺たちの幸せが壊されたことが、春花を守れなかったことが。
そんなことを延々と繰り返し考えていたら幼児の体だからだろうか、俺は気づいたら寝てしまっていた。
ーーーーーーーー
それからしばらく経って、衝撃的な事実を発見した。
それは俺がハイハイができるくらいまで成長した時の話だ。
俺は特にやることもなく、リビングに座っていた。
しかし何もせずにただ座っているのも暇なので、家の中を覚えたてのハイハイで探索していたところ、母が暖炉に火をつける場面に遭遇した。
言葉が理解できなく、名前が分からないので母と父という風に呼んでいる。
石造りの暖炉の中には薪が入っているが、母が肝心の火をつける道具を持っていない。
数か月暮らして分かったのだが、この人は結構なドジなのだ。物を忘れることはしょっちゅうある。
今回も火をつける道具を忘れたのだろう。そう思い彼女の姿を見ていると衝撃的なことをし始めた。
「〇・・・〇・」
薪の方に手をかざし、ぶつぶつと何かを言っているのだ。
おいおい、いったい何してるんだ?
俺はもしかして頭のおかしい家に産まれてきてしまったのだろうか。変な宗教に入ったりとかしてないだろうな?
俺が今後何か変な儀式とかをさせられないか心配しながら眺めていると、不思議な現象が起こり始めた。
母の手の周りに赤い光のようなものが集まっているのだ。
やがて光は手のひらに集まり、一つの塊になったかと思うと小さな火の玉が現れた。
その火の玉を暖炉に放ち、薪に火をつけると母は他の家事をしに去っていった。
その光景に俺は呆然として、その場にちょこんと座り込んだまましばらく目を丸くしていた。
何だあれは?なんか光が出てきたと思ったら手のひらから火を発射だと!?
ありえない現象に混乱する。
お、落ち着け冷静になろう。とりあえず暖炉を確認だ。そうしよう。うん。
俺は全速力のハイハイで暖炉まで行き、恐る恐る中を覗いてみる。
火は薪全体に燃え広がり、パチパチと音を立てながら燃えていた。
見たところ不自然なところはない、普通の炎である。
う~ん?何も変じゃないな?もしかして暖炉に仕掛けがしてあるとかか?
特定の言葉に反応して火をつけてくれる暖炉とか。もしかしてレトロな家に見せかけて、実は世間に発表されていない最先端技術だらけの家でした!とかあるかもしれない。
いやいや、そしたら手のひらから火の玉が出てきた説明がつかない。
あーもう!なんなんだこの家!
俺が暖炉をじっと見つめていると玄関のドアが開き、父が帰ってきた。
しかしその姿をよく見ると、右腕を怪我していた。ただ、大した怪我ではなく適切に処置すれば2週間で完治するだろうといった具合だった。
「・・〇〇・!!!」
驚いた母が父に駆け寄る。
「・〇・・〇」
一方父の方は、あまり気にしていないようで、にこやかに笑いながら怪我していない方の腕を上げ、恐らくだがただいま的なことを言っている。
「〇・・〇・!」
少しの間何事かと話していたが母の方が父の怪我をした部分に手をかざし、また何かぶつぶつと言い始めた。
すると今度は赤ではなく、白色の光が集まりだした。
光は先ほどと同じく手のひらに集まると散らばり、父の怪我した部分を包み込んだ。
1秒後光が消えたかと思うと、父の怪我は完全に治っていた。まるで何事もなかったかのように元通りだ。まるで魔法だ
俺は自分の目がおかしくなったのかと疑ったが、
この時代遅れもいいところな家に、先ほどからの出来事。
この二つのことを考えると、その答えが突然頭の中に浮かんできた。
ここは異世界だ。前世では手に集まる光で火を出したり、傷を治したりなんてのは、見たことも聞いたことも無い。
そんなことが起きているここが元の世界であるはずがないのだ。
つまり、俺は異世界転生というやつをしたのだ。
ーーーーーーー
数か月後、俺は何とかこの世界の言葉を聞き取れるようになった。
「ギル~どこなの~?」
階下で俺のことを呼ぶ母の声が聞こえる。
ギルというのは俺の名前でフルネームは、ギル・アイデール。
母と父の名前はそれぞれ、母がエレナ・アイデール。父がアラン・アイデールという。
俺は今絶賛鬱タイムで、2階の空き部屋の隅で横になっていた。
春花のことは俺の心に刻まれ、今でもあの時のことを思い出すと鬱な気持ちになるのだ。
もし俺があの男たちを全員倒せるくらい強かったら、なんていつも考えてしまう。
こういう時はだいたい、エレナが俺のことを見つけるまでこうしている。
階段を上る足音が聞こえ、その足音はドアの前で止まった。
ドアが開くとエレナが部屋に入ってきた。
「もう!ちょっと目を離したらどこか行くんだから!」
エレナは腰に手を当てながらそういうと、俺を目線が同じになるくらいまで抱き上げ、俺をじーっと見つめた後、にこりと笑いほっぺにキスをした。
こんな美女からの熱い視線の後に、キスまでされたら前世は泣いて喜んだだろうが、あいにく今はそんな気分ではない。
今の俺の気分はエレナの目と同じくブルーなのだ。
そのまま俺はなすすべなくエレナに抱かれ、階下へと連れていかれた。
アランとエレナはこんなに可愛がっている自分の子供の中身が、見知らぬおっさんだと知ったらどう思うだろうか。
まぁ知ることはないだろうし考えても無駄か。
ーーーーーーー
その日の深夜、ふと、揺りかごの中で目が覚めた。
なんだか体が熱い。喉も痛くて、目を開けているのもつらい。
夜の暗闇のせいで俺はひどく寂しくて、心細かった。
苦しんでいると、頭の中にあの橋の下の光景が蘇る。
地面は血で真っ赤で、隣ではだんだんと冷たくなっていく春花が横になっている。
暗い、苦しい、怖い.…..誰か..….誰か助けて...…
「あぅぅぅぅぅぅぅ…...」
やっとの思いで絞りだしたか細い声が今の俺にできる全てのことだった。
俺はこのまま死ぬのだろうか?まぁそれでもいいか。
どうせこの世界には俺の守りたかった幸せはないのだから。
その時、俺の声に気づいたのかアランがむくりと起き上がり、眠そうに眼をこすりながら俺の方を見ると、ベッドから転げるように出て俺の方へと駆け付けた。
「ギル!大丈夫か!?…...!ひどい熱だ…...!エレナ起きろ!ギルが!」
その言葉にエレナも跳ね起き、アランと同じように揺りかごまで駆け付けた。
「エレナ早く回復魔法を!」
「分かってるわよ!」
お互い俺を助けようと必死だった。その必死さがあの時、春花を助けようとした俺と重なった。
「我もたらすは癒しの奇跡!傷つきしこの者を治したまえ!
アランの右腕を直した時と同じ光が俺の全身を包み込む。
光はなんだか温かくて、包まれていると体が楽になっていく。
やがて熱も引いていき、俺の体はいつもの調子を取り戻した。
アランとエレナもそんな俺の様子を見て安心したのか、ほっとしていた。
「ギルどうしたのかしら?」
エレナが心配そうな顔で俺を見る。
「熱があったみたいだな。君がいてくれて助かったよエレナ」
アランがエレナの肩に手をまわして抱き寄せる。
そのまま二人は、ベッドへと戻ると再び眠りについた。
俺も安堵感からの眠気に勝てず、そのまま眠ってしまった。
ーーーーーーー
次の日、忙しそうに家事をしているエレナを見ながら昨日のことを思い出す。
二人は俺を助けようと必死だった。
親として我が子を助けたのだ。その必死さが俺には理解できる。
俺も春花を守るために必死だったからだ。
ただ俺と違って二人は守れた。
俺と二人の違いは何か?そんなの分かり切っている。
力だ。二人にはそれを実行できるだけの力と能力があった。前世の俺にはそれがなかったのだ。
昨日まではこの世界には俺の守りたい幸せはないから死んでもいいと思っていた。
だが、昨日の出来事で俺は考えを改めた。
この世界に春花はいなくて前世の幸せはなくても、俺を大事に思ってくれている家族がいる。
それはきっと俺にとっての新しい幸せだろう。
だから俺はこの新しい幸せを今度こそ守りたい、そして守れるだけの力が欲しい。
前世でできなかったことを今、やり直すのだ。
この新しい世界で。
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