ホームレス転生記〜家出少女を拾ったら異世界転生した〜
なんすけ
プロローグ
「プロローグ」
「・・・〇〇・・!」
聞いたことのない不思議な言語で目が覚める。
「〇〇〇〇・・・!」
なにを言っているのか分からないが、様子からとりあえず興奮しているのは伝わってきた。
状況を確認するために目を開けた先には、木造の家に今時珍しい暖炉、全体的に中世ヨーロッパを思わせるような内装。
そして外国の方だろうか、若い金髪碧眼の男女が二人と白髪のおばあさんがいた。
男の方はがっしりとした体つきをしていて相当に鍛えているのが見て取れた。
女は対照的に細くて華奢だが、俺を見る優しさに溢れた目からなんとなく母性のようなものを感じる。
あと、なんといってもすごい美人だ。道端ですれ違ったら10回は振り向くね。
全員の共通点としては、皆嬉しそうな顔をしていたことだろうか。なんだろう?
「・〇・・〇・」
男の方が俺のに向かって笑顔で何かを呼びかけると、そのまま俺を抱き上げた。
マジかこいつ。いくら痩せてるとはいえ36の成人男性だぞ俺は。
こんな軽々と抱き上げるなんてどんな力してやがる。
というか男にこんな密着されて喜ぶ趣味は持っていない。ええい!はなせ!
俺は男を振り払おうと腕を動かしたがどうにもうまく動かない。
それどころか体中が重りをつけられたみたいに重い。
声を出して止めさせようとしても、うまく言葉にならずあーとかうーとかの声しか出ない。
なんだこれは?いったい何がどうなってる。
疑問に思った俺が自分の手を見てみると、そこには見慣れた汚く細い手はなく赤ちゃん特有の可愛らしいちいさな手があった。
驚いて声が出たがその声もよく聞くとなんだか甲高い。
しばらく放心していたが、やっと頭が回ってきた。
そして、俺のショート寸前の脳みそが導き出した答えは、この体は赤ん坊のものということ。
つまり俺は幼児になったのだ。
まてまてまてこれはおかしすぎるだろ!
目が覚めたら知らない場所で幼児になってました?なんでこんなことが起きてる!?
と、とりあえずまずは落ち着くべきだ。
その後こうなるまでの経緯を思い出そう。そうしよう。
男女に成されるがままにされて少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、こうなる前までの出来事を思い出した。
その記憶は2年前のクリスマスの日まで遡る。
ーーーーーーーー
いくつものビルが聳え立つコンクリートの森、東京。
そんな街をぞろぞろと列をなして人々が歩いている。
サラリーマン風の男、友達と楽しそうに話す女子高校生やお互い着飾ったカップル。
少し通りの方を覗いただけで色々な顔が目に映る。その「普通の人」オーラにやられ思わずため息が出る。
「はぁー」
俺のいる場所は通りを逸れた薄暗く汚い路地、何年も着古したボロボロのジャージ姿で捨てられた空き缶がないかこの狭い場所を探索中だ。
そう、俺は世間一般で言う、家のない「普通じゃない人」つまりはホームレスだ。
こうなったのも理由があるのだが、まぁ俺が元々常識のある普通の人間だったかは、言わないでおく。
黙々と空き缶拾いを続けること数分、この路地の空き缶は拾い尽くしたようだ。
「こっちはまだ見てなかったかな...」
まだ見ていなかった所を確認すべく路地の奥へと進む。
しかし、そこには何もなく、煙草の吸い殻とボロい布があるだけだった。
「何もないか」
そう呟いて俺は一通り見終わった路地を立ち去ろうとする。
だが、
「うーん」
背後からした声に思わず振り向く。
(人なんていたか?)
声の出どころはどうやら路地の奥、さっきまで俺がいたところのようだ。
無意識的に、伸び放題の髭を弄りながら少し考える。
(すこし見てみるか)
怖いもの見たさに近い感じの感覚で奥へと進む。
こんな暗い路地だ。怖い人がいたらどうしよう、と思っても俺の足は止まらなかった。
さっきの場所にはやはり煙草の吸い殻が捨ててあるだけだ。DQNな人がいなくて良かったと思う気持ちで少しほっとした。
しかし、ふと横を見るとさっきとは決定的に違うところがあった。
端的に言うと、そこにはボロ布の代わりに少女が今起きたといわんばかりに背伸びをしながら立っていたのだ。
_______
少女は小学生くらいだろうか、肩口くらいまでの長さの髪をツインテールにしている。路上で寝ていたいたせいで髪が少しガサついていた。
寝起きで眠そうだがどことなく活発そうな印象を受ける見た目をしている。
「..….あっ...…あ、こ...…こ..….」
こんなところでどうしたのかと言いたいのだが長らく人と話してこなかったせいでうまく言葉が出てこない。
これじゃまるで不審者だ。
俺はボロボロの服と、ぼさぼさの髪に髭のせいで見た目はかなり不審なので、大声で助けを呼ばれて即逮捕。なんてことになるかもしれない。
そんな俺に気が付いたのか少女は背伸びを止め、少しびっくりしたような顔をして何か言葉を口にしようとした。助けでも呼ぶのだろうか?
(終わった.…..これからはロリコン犯罪者の汚名を背負って生きていくのか...…)
しかし、意外なことに少女が発した言葉は助けを求める声でも叫び声でもなかった。
「こんにちはおじさん!私今すごく困ってるんだけど...…助けてくれないかな?」
言葉を聞いた瞬間俺は迷わず回れ右でダッシュ。通りの方へ駆け出した。
路地裏で出会ったばかりの少女が突然助けてだと?面倒事の匂いしかしないじゃないか。
困っているのなら警察やらなんやらに助けてもらおう。
「あ、待ってよ!」
後ろから声が聞こえてくるが無視して路地を抜けようとする。
(さらば名も知らぬ少女、元気で……)
「わぶっっっ!!」
しかし、人の波に押し戻され逃走失敗。俺は仰向けに倒れ、トテトテと足音が迫ってきた。
「もう!なんで逃げるの!?こんな可愛い女の子がお願いしてるのにおじさんひどいよ!」
「可愛いって自分で言うのか……」
「だって私可愛いもん」
当たり前でしょと言ってきた当たり、どうやらこの子はだいぶ自己肯定感高め系女子なようだ。実にうらやましい。
だが逃走に失敗した以上仕方ない。素直に断って諦めてもらおう。
「はぁ……悪いが俺はお前を助けることはできないぞ」
「なんで?」
少女が首を傾げる。
「俺はお前みたいな見え見えの面倒事はごめんだからだよ」
今度こそ別れようと立ち上がる。
少女の方はというと断られると想定していなかったようで困ったような顔でどうしようかと考えていた。
すると何か閃いたようで、悪そうな笑みを浮かべた。
嫌な予感しかしないが、それが何だったかというと
「助けてくれないなら私、変態に襲われる~!!って叫ぶね!」
脅しだった。嫌な予感的中。
「はぁ!?俺は何もやってないだろ!むしろ逃げてるし!」
必死に抵抗するがそんな物は無駄だと言わんばかりに、こいつは脅迫を続ける。
「でも他の人はそんなこと知らないし、おじさんのことは信じないと思うよ?」
「ぐっっ……」
確かにこんな浮浪者丸出しの俺に、薄暗い路地で襲われたと言ったら信じない奴はいないだろう。
そうなるとこいつに叫ばれた瞬間俺は豚箱行き。一生ロリコンおじさんの汚名を背負って生きることで確定だ。
てかこいつこの年で大人を脅すとかどんな育ち方してるんだよ...…
「ほらほら~どうするの~?」
困っている俺を指で突っつきながらニヤニヤと答えを急かしてくる。
俺の選択肢は二つだ。
こいつの脅しに屈せず刑務所行きになるか、明らかに面倒そうなことに首を突っ込むか。
選ぶ余地はないだろう。
「あーもう.…..分かったよ!助ければいいんだろ!助ければ!」
俺はもうどうにでもなれとやけ気味に答えた。
「ありがとうおじさん!優しいんだね!」
満面の笑みで少女はしらじらしい言葉を放つ。
将来はいい性格に育ちそうだ。もうすでに小悪魔を通り越してサタンだが。
言ってしまったものは仕方がない。頼みごとをパパっと解決そしてこいつとおさらばだ。
「で、俺は何をすればいい?」
「私もおじさんと一緒に暮らさせて!」
あーなるほどね。俺と一緒に暮らすね。はいはいはい......ん?
「暮らす?」
「うん」
「俺とお前が?」
「うん」
まてまてまて。一回整理しよう。
今さっき路地裏で出会った女の子が一緒に暮らさせてくれ?とても現実とは思えないぞ。
まさか夢なのではないだろうか?悪い方の。
少女は戸惑う俺の答えを先ほどのふざけた顔と打って変わり、刺すような真剣な眼差しで待っていた。
ごくり...…
その目に思わず唾をのむ。しかし、常識的に考えてこれは無理だろう。俺はホームレスだし、とてもこんな幼い子が路上生活に耐えられるとは思えない。断ろう。
「残念だがそれは無…」
俺が断ろうとした瞬間。
「スウゥゥゥゥ」
少女が何らかのために大きく息を吸い始めた。もちろんそれを止めなかったらどうなるかは明白なわけで、俺は大急ぎでそれを止めた。
「まてまてまて!頼むから叫ぼうとするな!」
「でもおじさん一緒に暮らしてくれないんでしょ?私言ったよね叫ぶって。それが嫌なら...…分かるよね?」
またも少女はニヤニヤした顔で俺に選択権のない選択問題を迫ってくる。ここまできたら俺に出せる答えは一つだ。
「...…キツイとか言ったらすぐ放っておくからな」
そんな俺の答えに少女は元気いっぱいな声で返事をした。
「はーい!!ありがとうおじさん!」
そこから俺と少女の奇妙なホームレス生活が始まった。
ーーーーーーーーー
少女との生活を始めてから1か月が過ぎた。
はじめのうちは橋の下に立ち並ぶ段ボール製の家々に驚いたり、廃棄された弁当を食べることに抵抗感があったりと苦労しているようだったが、2週間もするころにはだいぶ慣れてきたようで、今では段ボールの上でくつろいでいるくらいだ。
図太いというか何というか...…
正直すぐ音を上げるだろうと思っていたから意外だった。
見たところ家出をしてきたようだし、よっぽど帰りたくない理由があるのだろう。
なんとなくそのことを聞くのは憚られ、詮索しないことが暗黙の了解となっていた。
名前を知らないのは不便なので、聞いたところ
「春花だよ。春に花って書いてはるか」
と教えてくれた。いい名前だなと褒めたところ、少し複雑そうな顔をして笑っていた。
ーーーーーーーーー
そこから3か月後。
季節もクソ寒い冬から暖かな春へと変わり、寝ている間に凍え死ぬ心配もなくなった。
春花はというと、もう完璧にこの生活に順応していた。
他のホームレスの人とも持ち前の明るさと図太さを発揮し、仲良くしている。
特にここの年長であるじいさんは可愛がっていて、よくお菓子をくれるようだ。
春花もよく懐いていて、何か貰うたびに嬉しそうにしている。まるで孫とおじいちゃんのような関係だ。
もうここまで馴染めば立派なホームレスの仲間入り、Welcome to ホームレスだ。
ーーーーーーーーーー
さらに3か月後。
夏がやってきた。橋下は影になっているのでひんやりしていて涼しい。
しかし、廃棄食品を取りに行ったりするとあまりの暑さに倒れそうだ。
俺たちはエコな生活をして地球温暖化防止に貢献しているのだから社会的な模範として見習ってほしい。
さすがの春花も暑さには弱いようで段ボールの上に大の字で寝そべりながら
「あつぅぃ~死ぬ~」
と弱弱しく言っている。
かくいう俺も春花の隣で涼んでいる最中だ。
どうにかしようにも扇風機もない俺たちができることといったら早くこの暑さが引くように祈ること、それだけだ。
ーーーーーーーー
3か月後。
秋がやってきた。猛暑から解放され、春花も復活した。
今は近くの公園でかくれんぼの真っ最中だ。幸い夜も遅いので人もおらず、変な目で見られることもない。
20分間探したが見つからなかったので降参したところ、目の前の木の上からシュタッっと着地。両手を挙げて体操選手のようなポーズをとった。
せっかくなので採点でもしてやろうか。
「着地姿勢100点。隠れる場所が危ないから-70点で合計30点だ」
すると不満なようで
「えー!なんでよ!完璧だったでしょ!」
と抗議してきた。
「危ないからに決まってるだろばか。怪我したらどうする」
「ぶー!」
ブーイングまでしてきやがった。
まったく...…元気すぎるのも考え物だ。
ーーーーーーーーー
2か月後、冬の季節だ。
「寒い!なんなのこれ!?」
吹き込んだ風に耐えられず春花が文句を言った。
しかし、それも無理はない。今年の冬は特に寒く、吹きさらしの橋の下は極寒の地獄と化していた。
「我慢しろ。それかサンタクロースに暖かくしてくれるようお願いするんだな」
「やだ!サンタさん嫌いだもん!」
ブンブンと頭を横に振りサンタを拒否する。いったいサンタがこいつに何をしたのだろうか。
そんな会話をしながらも春花は寒そうにガタガタと震えている。
しかたない…...これはクリスマスまでとっておく予定だったんだが。まぁこいつがサンタが嫌いなら今の方がいいだろう。
俺は荷物入れの箱の中に隠してあったピンクのもこもこしたジャンバーを春花に差し出した。
「ほら、そんなに寒いならこれでも着とけ」
俺なんかから物をもらって嫌がられないだろうか。
そんな不安がよぎったがどうやら杞憂に終わったようだ。
びっくりして固まっていたが、ハッと気を取り戻すと嬉しそうに受け取ってくれた。
「ありがとうおじさん!私これずっと大事にするね!!」
そう言うと、いそいそとジャンバーを羽織り、満足そうな笑みを浮かべた。これで寒さもマシになっただろう。
「そうか、喜んでもらえてよかったよ」
昨日の間ずっと悩んで選んだものだから、これで嫌がられたら立ち直れないところだった。
しかし春花と出会ってから1年も経つのか。
今では俺のことを親のように慕ってくれるし、俺も春花のことを自分の子供のように思っている。
路地裏の脅迫から始まったこの関係。
他人から見たら歪に思えるだろうが、俺は人生で初めて心の許せる相手がいる今の生活がどうしようもなく温かく、この生活がいつまでも続いてほしいと思っていた。
ーーーーーーーーー
それからの時間はあっという間だった。
俺の知らない間に、花見をしている人達の前で芸をして貰ったおひねりで、春花がジャンパーのお返しだと俺に新しい服を買ってくれたり。
どっちが多く蚊を殺せるか、みたいなくだらない勝負をして遊んだり。
春花が元教師のホームレス仲間から勉強を教えてもらうことになったり、ほかにもいろいろとあって、とにかく俺の中で一番に楽しい時間だった。
ーーーーーーーーー
俺達が出会ってから2度目の秋が過ぎてまた冬がやってきた。
その頃の春花は勉強の方も順調なようで、既に中学生のレベルまで到達したようだった。
最初のうちは俺も頑張れと応援するだけだったのだが少し前から、春花が頑張っているのに俺はこんなのでいいのだろうかと考えていた。
きっかけは春花の勉強がどんなことをしているのか気になったので覗きに行った時だった。
授業は元教師のテントの中で行われているようで、近くに行くと声が漏れて聞こえてくる。
今は休み時間のようで中からは、雑談が聞こえてきた。
「先生算数難しすぎだよー!簡単にならないのー?」
「ハハハ。それは無理だね。むしろこの程度の問題は簡単になってもらわなくちゃ困るなぁ」
「けちー!」
こいつ、教えてもらってる立場で文句言いやがって。
俺が春花に小言を言おうとテントに入ろうとした時、思いもよらない言葉が聞こえてきた。
「でも頑張らなくちゃ!おじさんのためにも!」
テントの入口に伸ばした手が止まった。
「春花ちゃんはなんで僕に勉強を教わりに来たんだい?」
「うーんとね。私が勉強頑張ったら今よりも良い暮らしができて、おじさんも喜んでくれるかなって」
「そうかい。それならもっと頑張らなくちゃなぁ。僕も手加減なしでビシバシ授業するよ!」
「よっしゃぁ!かかってこい!」
俺は驚きでテントの前に立ち尽くした。
春花がそんなことを考えていてくれたのかという喜びと、今の俺は春花に何かしてやれるだろうかという情けなさ。
二つの感情が混じってその日はまともに春花の顔を見れなかった。
悩んだ結果、俺はバイトをすることにした。
色々なバイトの面接を受けては落ち、受けては落ちの繰り返しで俺がいかに社会的に不適合な人間かを思い知らされたが、結局道路工事の警備という仕事に受かった。
夜勤なので体にはきついがその分収入は良い。
俺が頑張って春花に良い暮らしをさせてやるのだ。その気持ちで踏み出した大きな一歩だった。
その日の夜。眠ろうとして横になっているときに春花が話しかけてきた。
「ねぇおじさん。起きてる?」
その声は真剣でいつものふざけた感じはなかった。春花は俺の返事を待たずに言葉を続ける。
「私、いっぱい勉強していっぱいお金稼ぐから。そしたらさ。マンションに住もう。今みたいに寒い思いをしなくてもいい所に二人で住もう」
春花の声は静かだったが、そこにはとても固い決意があった。
俺はその言葉を聞いた瞬間、色々な感情がごちゃ混ぜになって、気づいたら春花を抱きしめていた。
「んー!?」
胸のあたりで春花が驚いている声が聞こえる。
「春花、ありがとな。お前がそんなことまで考えてくれていてめちゃくちゃ嬉しい。けどな、その考えには賛成できない」
春花が少し息苦しそうだったので胸から離す。彼女は断られたという驚きと悲しみで今にも泣きそうになっていた。
「おじさん、私と暮らすのがもう嫌になっちゃったの...…?」
今にも消え入りそうな声が震えていた。
俺はなるべく優しく言葉を続ける。
「ちがうそうじゃない。俺だって春花とは離れたくない、本当だ。でも賛成できない。理由が分かるか?」
「分かんない…...」
「それはな、春花。そのままだとお前だけが頑張ってしまうからだ」
春花の計画だと俺は何もしなくても生きていけるのかもしれない。
しかし子供にだけ頑張らせて何もしない親がいてたまるものか。
「俺、バイト始めることにしたんだ。お前と同じで二人でもっと良い暮らしができるように。だから一人頑張ろうなんて思うな、二人で一生懸命生きていこう」
泣く寸前だった春花が声を上げて泣き出した。
俺は慌てて落ち着かせる。どうどうどう。
泣き止んだ春花が今度は俺に抱きついてきた。
「おじさん!」
「なんだ?」
「大好き!」
「俺もだ」
その夜は一緒の毛布で寝た。大部分を春花に持っていかれたから寒かったが、心はぽかぽかと温かかった。
ーーーーーーーー
その日から1か月後。クリスマスの日。
この日のために春花が欲しいものはリサーチして購入済みだ。
俺はプレゼントのテディベアを抱え、もうすっかり暗くなった我が家への帰路をたどる。
春花と出会って今日で二年。思えば色々なことがあった。
出会いは最悪でもこの二年の間に、春花は俺にとって本当の娘のような大切な存在になった。
向こうもきっと俺と同じことを思っているのだろう。
だから俺はこの幸せがずっと続くと思って疑わなかった。
けど、幸せというものは簡単に崩れてしまうものなのだとこの後、俺は思い知ることになる。
いつもの道を通り橋の近くまでやってきた。
しかしここで俺は違和感を覚えた。
あまりにも静かすぎるのだ。普段活気がそんなにあるとは言えないとはいえ、人が集まっているのだから多少なりとも騒がしくはなる。
だが今は人気が全くないかのように静かなのだ。
なんだか嫌な胸騒ぎがする。春花になにもなければいいが。
俺は急いで坂を下り橋の下まで行く。
その先にはいつものみんなの姿はなく、代わりに覆面を被った男たちが6~7人ほどたむろしていた。
ちなみに全員金属バットで武装済みだ。
俺は本能的に危険信号を受信し、橋の陰に隠れてやり過ごすことにした。
男たちはしばらくホームレスたちの荷物を物色していたが、あらかた見終わったのか集まって物騒な会話を始めた。
「こいつらめちゃくちゃ貯めこんでやがる!やっぱり龍ちゃんの言うとおりだったな!」
「だろ?こいつらみたいなホームレスでもある程度金は持ってんだ。ちょっとビビらせるだけで逃げるし、空き巣に入るよりこっちの方が楽だな」
「ちがいねえや!ギャハハハハ!」
おいおいなんて会話してやがる。思いっきり犯罪集団じゃねえか。
どうやら真ん中の一際でかい男が龍ちゃんと呼ばれていてリーダー格らしい。
こういう危ない連中からは逃げるのが一番だ。お金はもったいないが、また稼げばいい。命大事にだ。
「けどよぉ龍ちゃん、こいつはどうするよ?いきなり私たちの物に手を出すな!って襲い掛かってきたけど」
逃げようとしたときに聞こえてきた言葉で、目を凝らして見ると男たちの輪の中に、春花がいた。喋れないように口を塞がれている。
どうやら荷物を守ろうとして返り討ちにあったらしい。あのバカ..….!!
困ったな...…これで逃げるという選択肢が選べなくなった。
「どうするもこうするも連れて帰って楽しむに決まってんだろ。見たところ中学2から3年ってとこだろ?十分だろ」
「さっすが!今度は壊さないようにしてくれよ?ギャハハハハ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は男たちの中に突っ込んでいた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
いきなり現れた俺に驚いたようで反応が遅い。手前の二人をタックルで転ばせ、テディベアをもう一人の顔に投げつけてそのまま春花を連れて脱出だ。
俺の急な登場に驚いている春花の手を取ろうとした時、視界がグルんと回った。
「うっ!」
男たちの一人に足を引っかけられ、転ばせられたのだと理解した時には俺は男たちに囲まれていた。
「なにしやがんだてめぇ!」
俺がタックルしたうちの一人が叫びながら倒れている俺の横っ腹に蹴りを入れてくる。
「うっっ!!」
しばらくの間橋の下には、俺が男に馬乗りで殴られる音と春花の泣く声が響いた。
「やめてぇぇぇぇ!!おじさん死んじゃう!」
「うるせえなガキ!少し黙ってろ!」
怒り狂った男が春花を殴った鈍い音が聞こえた。目が腫れて見えにくいが、また男が手を振り上げているのが見えた。
止めなければ、親の俺が子を守らなければ。
「春花に手を出すなぁぁぁぁぁぁ!!」
振り絞った力で男に殴りかかる。俺のパンチをもろに横顔に喰らい、少しよろける。
が、少しよろけただけだ、体勢を戻す前に一気に決めようとさらに踏み込む。
その瞬間無防備な背中に衝撃が走る。どうやら別の奴にバットで殴られたようだ。
俺は耐えきれず地面にうつ伏せに倒れる。
立ち上がろうとしたがもう指の一本まで動かせない。
(クソが.…..!動けよ.…..!このままだと春花が大変な目に遭っちまう!動けよ!)
「ぎゃぁぁっ!こいつ噛みついてきやがった!クソガキが!」
先ほどの男の位置から怒号が聞こえてくる。その後、バットで殴る鈍い音が何度かしたかと思うと、リーダー格の男の静止の声が聞こえた。
「その辺にしておけ、騒ぎすぎだ。警察が来る前にずらかるぞ」
「でもよぉ!」
「お前、俺の楽しみを潰した上に警察にパクられて迷惑までかけるつもりか?」
「うっ...…わ、わかった」
「いくぞ」
男たちの走り去る足音が遠のいていく。どうやらいなくなったようだ。
「おじさん…...おじさん?」
俺を呼ぶ春花の弱弱しい声が聞こえたかと思うと、俺はうつ伏せから仰向けにされた。
掠れて見えずらい視界に全身打撲痕でボロボロの春花が映った。
「春花..….」
「おじさん、あいつらどっか行ったよ。逃げたみたい。それにおじさん強いんだね、少し見直しちゃった」
平気そうに軽口を口にする春花はどうみても限界で、やせ我慢をしていることは明白だった。
「疲れたー!よいしょっと。おじさん大丈夫?」
そのまま俺の横に座り込む。
「馬鹿野郎.…..俺の心配よりまずは自分の心配をしろ」
「おじさんにだけは言われたくないなぁ。さ、さっきだってボロボロのくせして必死に助げ…...たずけてくれでっ!」
我慢ができなくなったのか春花の目から涙がこぼれ落ちた。
「ごめ"んなざいっ!!わだしがにげながったせいでっっ!わだし、おじさんが必死に働いて手に入れ"たお金に手を出ざれて我慢できな"かったの!!」
春花は堰を切ったように泣きじゃくった。
俺は泣きながら謝る春花を抱き寄せ、背中をさすった。
「謝らないでくれ春花、お前はなにも悪くないだろ。それに俺たちの荷物を守ろうとしてくれたんだろ?偉いじゃないか」
「でも...おじさん私を守るためにこんなに怪我して...…」
「お前だってそうだろ、お互い様だ」
「でも…...でも..….」
春花の涙を指で拭いてやる。こいつが泣いていると俺まで泣いてしまいそうだ。
「そうだ、今日はクリスマスだろ?だからプレゼントを買ってきたんだ」
俺は横に転がっているテディベアを春花に渡した。
「汚れててごめんな。おまえが欲しいと思って選んだんだが大丈夫か?」
「うん...…!ピッタリだよ。ありがとうおじさん...…!」
春花はまだ泣きながら、嬉しそうに微笑んで受けとってくれた。
「そりゃよかった」
俺もつられて笑顔になる。
そのまましばらく春になったら家を借りようとか、春花の学校に行きたいというお願いやらのこれからのことを話していた。
だが安堵感からか興奮が冷め、体の力が抜けてきた。視界もぼやけてよく見えない。
春花も同じようで、俺の腕を枕代わりにして横になった。もう座っている力も残っていないのだろう。
「おじさん、聞いてくれる?」
喋っているのもやっとのような掠れた声で話しかけてくる。
「なんだ?」
「私の名前のこと、春花っていうのは偽名で
偽名だったのか……
そうか、だから名前を褒めても嬉しそうな顔をしなかったのか。そりゃ偽名を誉められても嬉しくないよな。
「そりゃびっくりだな。なんで偽名を使ってたんだ?」
「私ね、自分の名前が嫌いなの。冬華として過ごしてた時間を思い出すから」
それから彼女の口から語られたのは、両親からの虐待の日々や、両親の暴力で毎日あざだらけなのを笑われ学校でいじめられていたこと。
それが嫌で家出してきたこと。とにかくひどい話だった。
それを話している春花が辛そうで、思わず春花を抱きしめた。
春花の方も構わないのか俺に体を預けて話を続けた。
「おじさん私と初めて会った時のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えてるぞ。いきなり脅されたこともな」
「あの時、本当はおじさんの家まで行って寝てる隙にお金を盗んで逃げるつもりだったの。そしたらびっくりしちゃった、だっておじさん家がなかったんだもん」
春花がそこでふふ、と笑う。昔のことを思い出している冬華はなんだか楽しそうだった。
「それでも金目の物を持っていこうと思ったんだけどね、おじさんがあまりにも無警戒だから、なんだか盗めなくてさ。そのままずるずる過ごしてたの」
こいつそんなこと考えてやがったのか。まったく恐ろしいガキだ。
「でもそのままここで過ごしてたらね、みんなが優しくしてくれてびっくりしちゃった。私、今までは腫れものみたいに扱われてて他人に優しくされるの初めてだったから、最初は戸惑っちゃった。何か目的でもあるのかって……ゴホッゴホッ……」
春花が咳き込んだ。俺は慌てて背中をさすってやる。
「でも、この人たちは心から私に優しくしてくれてるって分かった途端、急にここが居心地よく感じて、このまま春花としてここで暮らすのも悪くないかって思ったの。そこからは毎日が本当に楽しかった……」
話し終えた春花に辛そうな雰囲気は微塵もなく、隠してきたことを言えてすっきりしたようだった。
「これが私の黙っていたこと。どう?怒った?」
「怒るわけないだろ。そりゃびっくりはしたけどさ、お前はここの生活を気に入って、俺のためにいっぱい頑張ってくれたじゃないか。ならなにも文句はないさ」
俺の言葉に安心したのか春花の体から力が抜けていくのが分かった。
いけない、そろそろ限界だ。何も見えなくなってきた。まだ話したりないのになぁ……クソッ……。
「おじさん今までありがとう。私おじさんといれて本当に楽しかった……あーあ、まだまだこれからなのになぁ」
最後の一言は本当に悔しそうで、俺の胸の辺りが春花の涙で濡れるのが分かった。
「俺もあの日から今日までずっとお前と暮らせて楽しかった。お前の親としてずっと愛している……春花」
「エへへ……私もだよおじさん……!」
もうなにも見えない。俺の世界は暗く、ただ俺と春花の熱が失われていくのを感じることしかできなかった。
悔しい、こんな結末で終わるなんて。もし俺が春花を守れるくらい強かったら、結果は違ったのだろうか。
「今離れても、いつか生まれ変わったら俺はお前を探し出す!世界のどこにいてもだ!その時にもし、お前が今より辛い人生を送っていたとしても、今度は俺が幸せにしてやる!」
「うん……うん……!」
その日、俺と春花は冷たい橋の下で死んだ。
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