クズで最低だ。

少覚ハジメ

クズで最低だ。

「コウくん」

 遥の声がして振り向くと、セーラー服姿の彼女が公介の身長にあわせ、腰を落として彼の顔をのぞき込んでいた。

 公介は小学五年生で、高校一年生の遥とは少々説明しにくい場面で出会った。

「よし、今日は家にうかがいますか」

 楽しげな遥の声と対照に、公介はなんだかさえない。今日は誰もいない家に遥をあげるのが、緊張もするし、何だか後ろめたい気もするし、彼女とふたりなのはいいんだけれど、と思考が巡る。


 遥と出会ったのは、ちょっといい思い出とはいえない。いいところがある、とクラスメイトに連れていかれたのは彼女の通う高校近くの歩道橋で、スマホを手にした彼は、何げなさを装って、女子生徒たちのスカートの中を撮影しはじめた。何をしているんだとあわてる公介が止めようとすると、お前も撮れよと言われて、言い合いになった。

「何してんの?」

 と、声がして、スマホの画面を見た女子生徒が息をのむ。

「ちょっと…」

 声をかけられて、クラスメイトは一目散に駆け出した。公介も逃げようとしたが、彼女に手を捕まれてしまい、僕は違うと泣きそうになりながら事情を話し出し、要領を得ない中で、どうやら彼も被害者だと気づいた遥は、ごめん、怖かったよね、と言ってコンビニでジュースを買ってくれた。

「で、公介くんは、そういうのはイケナイと思ったわけだ?」

「あんなの撮られたら恥ずかしいだろ」

「君はどうなの?見たくなかった?」

 公介が赤くなるのを見て、遥が笑う。

「まあ、そういう気持ちは隠すことでもないと言えばないし、隠したいといえば隠したいんだろうね。私は、公介くんみたいな正直者になら、見せてもいいかな」

「バカ言うなよ!」

「君は、素直でいいね。私は好きだよ。それ、連絡先交換しようよ。再犯防止のために」

 遥がスマホを指さすが、さすがに連絡先を交換する必要はないと思いつつ、どうしようかと考える。再犯防止と言うのもウソくさい。イタズラ電話とかしないから、という遥に、早く解放されたい気分が勝った彼は折れて、QRコードを表示した。


「あそこ」

 公介が指差す先には二階建ての家が見える。特に大きいわけではなく、庭はきちんとしていた。

「靴はもって上がって」

「見られたくないの?」

「いいから持って上がってよ」

「ふうん。臆病なんだ」

「女を家にいれたの見つかったらめんどくさいだろ」

 緊張しているらしい公介が、早口で言う。どうせ両親は遅くまで帰ってこないのだが、用心は必要だ。

 遥は笑いながら、照れ屋だなと茶化す。二人は階段を上り、六畳ほどの勉強机とベッド、本棚に小学生らしいマンガが並んでいる部屋にたどり着いた。

「ここがコウくんの部屋か」

 遥がベッドにあぐらをかいて、部屋をながめる。

「見られて困るものは隠した?」

「そんなもんないよ」

「おやおや、まじめだね」

 公介は、言葉と裏腹にあぐらをかいた遥の足から目が離せない。小学生とは違う肉の付き方と曲線が、見ている彼をドキドキさせる。視線をもう少し上げるのには、勇気がいる。スカートの中が見えそうだからだ。

「コウくん、彼女は?」

「いないよ、そんなもの」

「かわいいのにね」

「男がかわいくてたまるか」

 公介は、まだ入り口あたりで突っ立っている。自分の部屋なのに、どこにいればいいかわからないといった風情だ。

 ここ、座りなよと、遥が隣に招く。少しためらって、彼が座る。

「なんでうちに来たがったの?」

「んー、二人でゆっくりしたかったから?」

「何もないよ?高校生が小学生と何するの?」

「さあ、何しよう?」

 そう言うと、遥は公介の頭を自分の太ももに倒す。公介は虚をつかれてなすすべもなく、遥の顔を見上げる姿勢になった。うつむいてこちらを見る彼女を見上げると、胸のふくらみと、足のやわらかさと、視線に身体が動かなくなる。遥の瞳が、優しげに公介をのぞきこみほほえんだ。母親が、昔そうしてくれたようにも思う。だけど今は仕事が忙しいのか、会話すらままならない。寂しいなと、ふと思った。

「コウくんは、何がしたい?」

 公介は、何も頭が回らない。大人びて見える遥にこんなふうにされて、むしろ自分が何をされているのかがわからなかった。ただ、体温が心地良く無性に甘えたくなり、気づくと彼女の方を向いて、腰に手を回していた。

 遥が頭をなでると、ふと、独り言のように声を漏らす。

「キミは高杉くんみたいに、私をつらくさせたりはしないよね」

 公介は、その言葉が自分に向けられたのかどうかがわからなくて、迷う。しかし遥の表情から高杉という男が彼女を傷つけたのだとはわかった。誰だろう。恋人?

 恋人という言葉に、公介の心は激しく動揺した。遥が他の男にほほえんでいる光景がイメージされ、それを拒絶する。やわらかくほほえむ先は、自分であってほしかった。

「僕は」公介はようやく声を出す。

「遥をつらいめになんてあわせない」

彼女は少し笑って、また頭をなでる。さっきより、少し強く。

「コウくんはスカートの中ものぞかないし、優しい子だよね」

 先ほどスカートの中が気になっていた公介は、ばれていたのかと一瞬思ってドキリとしたが、どうやらそういうわけでもなさそうだった。どうしたらいのかわからず、彼女の手をにぎる。

「つらくなったら、僕が遥を守るから」

 思わず口をついたが、どうすれば遥がつらくなくなるのか、守るのか、まったくわからない。ただ、力強くにぎれば心強いのではないかと思った。

 つらいのなら、つらくなくなるまで一緒に居ればいい。先ほどから感じている温かいものを、自分の孤独をやわらげてくれるものを、彼女にもあげられたらなと思う。


 遥は、手をにぎりしめてくれる公介を感じながら、同年代の男子たちに思いをはせる。私にどうにもしようがないことを求める高杉くんは、私にそれができないことを悟ると、離れていった。身体は大きくなったけれど、大人じゃない心でそれは支えきれない。子供には、どうしようもないことがある。

 でも、この子の願いなら、少しはかなえられるんじゃないだろうか。少なくとも、勝手な期待に裏切られずにすむ。私は、コウくんを裏切らない。裏切るほどの思いなど、まだないだろうから。それを知っているから安心できる。私はずるいのかもしれない。コウくんは、ただの避難場所だ。クズで最低だと思う。地獄に堕ちればいいのに。

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