マネキン
ガラガラとぎこちなく玄関の扉は私の手に合わせて動き、中の光を私に浴びさせた。
「いらっしゃいませ。」
左の方から男の声が聞こえて、そこにはニコニコしながら鼠に似ている好青年が番台から立ち上がり会釈をした。
「あの一人なんですけど、部屋は空いてますか?実は汽車の最終便に乗り遅れてしまいまして、、、、、、」
「あっそうなんですか、それは災難でしたね。でもご安心してください、泊まれる部屋はありますので。」
心の不安が一気になくなり安心していると番台の隣に掛かっている暖簾がヒラリと動き、洗濯物が詰まった籠を持つ女が我々の目の前に現れた。
「いらっしゃいませ。」
と言った。
彼女の顔は丸い顔立ちで黒目が大きく肌はピチピチでおかっぱの可愛らしい、スタイルはスラリで美しく、腰の部分はくの字になっていて私の偏見だが東京の町中を歩いていたらモデルとしてスカウトされてもおかしくないほどである。
「妙子さん、私の代わりにお客様を部屋へ送ってくださらない。」
「かしこまいりました。」
次に暖簾から出てきたのは女将と同じく丸顔で髪を後ろに結んでいる、背丈からして18歳の高校卒業したてだと思う。
女将は番台の受付に身を乗り出し何かを確認すると従業員の妙子の耳元で何かを囁いた。
「それではこちらにご案内します。」
私は妙子の後に付いて階段を上がり、左手に前から2つ目の部屋に案内された。
「こちらがお部屋になります。」
部屋の襖が開いて私が見たのはよくある畳に、部屋の中央に1台のちゃぶ台がありその上にお菓子が入った入れ物と部屋の左奥にテレビが置かれていて、部屋に入ってすぐの横に扉があり中にはトイレがあった。一番麗華としたら水晶を持った龍が右から左へ襖を渡り歩いている絵が描かれている。ただそれだけである。
妙子は旅行鞄を
「しばらくしたらお食事でございますので、それまでごゆっくりおくつろぎくださいませ。」
そう言うと妙子は部屋の襖を閉めて、その襖を隔てて廊下から足音がした。
私は旅行鞄を床に置いたまま、1枚の紙のようにヒラヒラと前倒しになった。足はもう感覚を失ったようで棒同然である。
しかし私にはそんな余裕は一切ない、私の真の目的は小説のアイディアを出すことで決して仕事を放棄して言い訳ではない。なんとなく部屋を見回した。
不思議である。何故和風の旅館に合わぬ薔薇を庭に埋めてあるのか、私のイメージなら牡丹や菊が咲いている風景が頭に浮かぶ。
私は「もう一層のことこの旅館を舞台にすればいいのではないか」と思ったら私の頭のスペースにはアイディアが思い浮かび、旅行鞄からアイディアノートと筆箱からは鉛筆と消しゴムを出して椅子に座り、ちゃぶ台の上で書き始めた。しかしいざ書いてみると中々味気ないのでやめてしまった。
その時部屋の襖が開いてあの妙子がこちらを除いた。
「お食事の用意ができました。」
この旅館は海が近いため海鮮を使った料理が多かく魚好きな私には幸福であった。
「そういえばこの旅館の庭には薔薇が植えられていたけど、、、、」
「あれですか?私もここに来たときは変だと思ったんですよ。女将さんの話によると、女将さんの趣味で特に薔薇が好きなので植えたと言っていました。」
私は軽く頷き
「それにしてもあまり人も来なさそうな場所に旅館があるんですか?」
「実はここら辺江戸の頃は漁がとても盛んだったそうで、その漁師のために泊まり込みができる場所として先代がここに建てたのですが、元は漁師が殆どで一般客なんか一切こんかったらしく今ではその泊まり込みをしていた漁師はみんな自分の家を持ったから、あまり人が来ないんです。」
妙子は少し暗そうな顔をしたが、ハッと顔を上げて
「あっすっかり話し込んでしまった。ではごゆっくり」
彼女の顔からは少し焦りが見え、そのまま部屋を出て行った。私は階段の足音が聞こえなくなるのを待って、すぐに部屋を出て階段を下り一階の奥にある温泉に向かった。
着替えていると隣に5尺くらいはあり、逞しい体付きのいい20代くらいの男が私の隣で服を脱ぎ始めた。
「あっどうも」
私にそう言って来ただけである。そのまま温泉に入ってその後に彼が入って来た。しばらく沈黙の時間が過ぎていったが
「ここは初めてですか?」
私は何気なく話しかけてみると
「私ですか?僕も初めてなんです。」
そのまま私達は昔からの友人かのようにお互いの事を喋り始めた。
彼は勝山茂で恋人は水木叶絵という名である。何故この旅館にいるかは私と似ていて日帰り旅を恋人としていたが最終便に間に合わず偶然見つけたこの旅館で一泊をすることにしたらしい。彼の職業はX社に入社しており、恋人はキャバ嬢をしている等、色々と個人事や世間話を私自身がのぼせていると気付くまで終わらなかった。
お互いの背中を洗って着替えて温泉を出て別れた。
私は彼と話して気分が良くなった。元々私は出っ歯を気にしてプライベートではあまり笑わないのであるけれど、彼とあーして心の底から笑ったのは数カ月ぶりである。
一息ついてトイレ歯磨きを終わらせ、いざ小説のアディアを考えて書こうとした所気付くと朝になっていた。途中までしか記憶がない。
でも眠っているとき微量の女の悲鳴が聞こえた
が小説の事を考え過ぎたと思って、そのまま二度寝しようとしたとき
「誰か、誰か、、、。」
確かに今聞いた。外から女の悲鳴が。
私は何事かと急ぎ足の中、上着を着て部屋の襖を開けた。
「何かあったんですか?」
目をぱちぱちさせる私を見たのは昨日私と温泉に入った勝山茂であった。
「分かりませんが、外から聞こえましたね。一緒に行ってみましょう。」
私達は走って玄関まで向かい外に出た。外は日の出でその光の中をチリチリと白い粉が庭や薔薇の上に積もっていく。
するとドサッと私の後ろ右斜めからしたので私達はお互いの顔を見合わせて走り出した。
私達が通っているのは塀と旅館の壁でできている細長い路地でその奥には、またしても塀が見える。そのまま真っ直ぐに行って右に曲がったら、そこには女将が仰向けに倒れているのを発見した。
勝山はすぐに駆けつけ抱き上げると女将の頭がけん玉のようにだらんとしていたので脈打ちをした。
「女将さんは、、、大丈夫ですか?」
「気絶してるだけから心配はないようです。」
私は安心して頭を上げると前方に怪しいのがあった。物置の影からニョキっとマネキンの二本足が出ていた。
そろーとそろーと物陰を覗いて私は冷たい風が私の背筋を走り腰が抜けてしまった。私の異変に気が付いた勝山も物陰を覗いたとき、ものすごい勢いでそこから飛びのいた。
私がマネキンだと思っていたのは仰向けに倒れた人間で服装格好からして、昨日番台で出会った亭主だと分かった。亭主の頭はタイヤのような切り株を枕のようにしており一本の斧が刺さっていた。この状態も驚くが私はそれよりも今まで見たこともない恐怖を目に強く焼き付けてしまった。腰を抜かしたため一瞬見ただけだが亭主の顔は斧の刃によって頭と同じように真っ二つに割れており、鼻から下に刃の中央辺りまでめり込んでいる事が遠くからでも分かる。その傷口から鮮血がホースのようにドクドクと溢れていた所を見ると死人に口無し、見るに堪えないもので茂は女将さんを下ろし草むらの中に嘔吐した。
これが私の最初の事件である。
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