バカタレ!

翔鳳

第1話 屈辱から始まった

「チームの優勝を祝して、乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


  公民館で少年野球チームの祝勝会が行われていた。少年の目の前にはひとりあたり500円の予算で親御さんらが買ってきたテリヤキバーガーのセットが並べられている。


「やっぱり俺達のチームは強いよな!」


 チームメイト達は優勝に浮かれているようで、盛り上がっていた。


 だが少年はつまらなそうな目で周囲を眺めていた。少年目には浮かれている彼らの両親達、旨そうにテリヤキバーガーを頬張るチームメイト達が映っている。


 少年の親はこの場にいない。母子家庭で今頃は仕事から帰って家事をしているのだろう。


「なあ原田、なんでそんな詰まらなそうな顔をしているん?」


 チームメイトの高原が口元にテリヤキソースを付けた口で彼に声をかけてくる。


「高原さ、僕ら“Bチーム”は一回戦コールド負けだったんだけど、それについてどう思う?」


 彼の言葉に、高原は思わずぎょっとした表情を浮かべた。


「そりゃ今日の祝勝会はAチームの祝勝会やけど、同じ野球クラブとしては優勝やん?」


「僕にとっては一回戦負けの慰め会としか思えへんねんけど」


「じゃあ来んかったらええやん」


「お母さんが行きってさ。優勝をみんなで祝って来いって」


「お勤めご苦労様です」


「高原もね、Bチームのキャプテン」


「せやね、Bチームの副キャプテン」


 高原も思うところがあったのだろう。クラブ監督の親族という理由でBチームのキャプテンをしているが、不甲斐ない成績で多少なり悔しさは感じているはずだ。


「じゃあもうひとりの副キャプテンにも意見を聞くかな、斎藤?」


 斎藤と呼ばれた少年は既にテリヤキバーガーを食べ終わっていたようで、ポテトを掴みながら他のチームメイトと歓談していた。


「んっ、どうしたん原田?」


「一回戦コールド負けなのに、祝勝会に呼ばれている気分を聞きたい」


「みんなとお喋りが出来て楽しい、ジャンクフードは家で食べさせてくれないから食えて嬉しい」


「いや、そうじゃなくて……」


「そんな程度しか考えてへんよ。原田みたいにアレコレ考えてへん」


 斎藤はあっけらかんと言いのけると、またチームメイトの輪に戻っていった。


 僕らの所属するリトルドッグズは、Aチームこそ9割近く優勝をかっさらってくるが、Bチームは万年一回戦負けだ。


 最初はみんな負ける度に悔しがっていたが、最近負け慣れしてしまった気がする。


 斎藤も、Aチームのエース並に球は速いが、ストライクが入らない。フォアボールでランナーを貯めて、入れに行った甘いストライクを痛打されるのがいつものパターンだ。


 守備も悪い。トンネル(ゴロが股から抜けるエラー)やバンザイ(外野フライの目測を誤って後ろに落とすこと)は日常茶飯事だ。


 攻撃もダメ。4番捕手の僕は捕手の防具を半分外してネクストバッターサークルに立っているが、回ってきたためしがない。


 要はAチームに優秀な者を取られて、残りカスの連合がBチームなのだ。


「原田もさ、素直に喜んだらええやろ。Bチームに拘らなくてもええやん」


「嫌や、Bチームで勝ちたいねん。こんなん腐るわ。高原も悔しくないんか?」


「悔しいけど、勝てんもんはしゃーないやん」


「最近みんなおかしいで、なんか勝つために必死やないもん」


「そらなぁ……まあボチボチいこうや」


 高原は気まずくなったのか、僕の肩を叩くとチームの輪に溶けていった。残ったのは僕だけ。ひとりポツンと冷たくなったテリヤキバーガーを頬張る。


「……味せえへんな。抑えなかったら悔し涙で塩味に出来そうやけど、テリヤキは甘くてナンボやし」


 バンズに皴の入ったテリヤキバーガーを一気に食べ、重力に敗北したポテトを指先で遊びながら口に頬張った。


「買ってきてくれたのは嬉しいけど、炭酸抜けとるで」


 不満そうにそう呟きながら、一気に飲み干した。


 目の前には、野球少年の絵が彫られた金メダル入りのケースがひとつ。運営がクラブチームの人員数配ってくれたらしい。


「止めて欲しいな、価値が下がるやん。一個も勝ててへんのに金メダルやで。人を馬鹿にしているとしか思えんわ」


 額に汗を浮かばせながら手に入れるはずの、金色に輝き魅了する円形の戦利品。僕には、ただの金属で出来た有機物としか思えない代物だ。


 お父さんが昔やっていたゲームに、呪いの装備があったことを思い出した。強い能力を得ることが出来るが、代償にペナルティが発生する。


 僕は金メダルを獲得して名誉を得たかもしれないが、代償に屈辱が発生したのだ。


 僕は祝勝会の間、チームメイトとまともに会話することが出来なかった。


 首に呪いのメダルを装備させられ、集合写真を取ったら解散になった。僕はもう居ても立っても居られず、全力で帰宅した。



「ただいま……」


 洗い物をしていたらしいお母さんは、濡れた手をタオルで拭きながら玄関に来てくれた。


「太郎、おかえり。祝勝会は楽しかった?」


「あかん、つまんなかった」


「そうか……晩御飯はもう少しかかるけど、何食べてきたんや?」


「味のしないパンと萎れたポテト。あと炭酸の旅立ったコーラ」


「なら晩御飯は食えるな。手洗ったら洗濯物畳んであるから部屋に持って行き」


「ありがとう。あとこれ、要らないから捨てたい」


 僕は写真撮影のための飾りをお母さんに渡した。


「……なんで捨てたいん?」


「大会の“参加賞”やから。一回戦負けなのに持たされるなんて、馬鹿にしているとしか思えへん。まだ富士山で作ってくれたよく分からん記念メダルの方が価値あるわ」


「勝てばええやん」


 お母さんは僕の苦しみを一蹴した。さも当たり前のように、僕が手に入らないものを言ってのけてしまうのだ。


「勝たれへんから困ってんの」


「あんね、お母さんも今母子家庭で育ててるけど、周囲からお父ちゃんおらんからまともに育てられへんって悪口も言われとる」


 お母さんが怖い顔をしている。間違いなくお説教モードだ。


「それとは関係ないやん」


「ええから聞き。お母さんはな、せやから子供4人おっても言い訳せんとひとりで普通の家庭以上に育てたんねん」


「うん……」


「○○やからでけへんなんて言ったら、太郎含めて4人も育てられへん。どんな理由があっても言い訳や」


 お母さんはお父さんと離婚してからひとりで僕らを育ててくれている。離婚までは近くのクリニックでパートだったらしいけど、今はスーパーの店員だ。


 近くに祖父母が住んでいて偶にご飯をご馳走になるが、殆ど母の手ひとつと言っても過言ではないだろう。


「太郎のやっていることはタダの不貞腐れや。悔しいと思ったら勝たんかい。だからこのメダルはちゃんと持っとき」


「……分かった。クローゼットの奥の方にしまっとくわ」


 僕はお母さんの説教から早く逃れたかった。これ以上お母さんを怒らせるような言動は慎むべきだ。


「ちょっと外に行ってくる」


「あと1時間もしたら晩御飯やで」


「大丈夫、ちゃんと帰ってくる!」


 理由は何でも良かった。とにかく外でこのモヤモヤ感を払拭したかった。


 自転車を漕いでいると、近所の花屋さんが目に付いた。いつもなら無視しているのに、不思議と吸い込まれていったのだ。


「いらっしゃい、何か欲しいものがあるのかな?」


 凛々と咲いている花に負けないぐらいの笑顔で、店員の女性が話しかけてきた。


「ううん、ちょっと綺麗だなと思ってつい足を止めちゃったんだ。迷惑になるならすぐ出ていきます」


「綺麗って言ってもらって、花も喜んでいるよ。存分に見ていってね」


 僕はおそらく心が荒んでいるのだろう。だから花を見て癒されようとしている。


 花にちなんでか、店には花の音楽が流れている。ナンバーワンになれなくてもいいって歌だ。ひとりひとりがオンリーワンだと言ってくれている。


「お姉さん、この歌……」


「ああ、いい歌よね。でも現実は違うのよ」


 店員は悪戯っぽく口に指を当てた。まるで内緒話をするかのようだ。


「お店に並ぶまでに、選抜かれた子達がここに並んでいるの。だからここにいる子達は全員優勝候補ね」


「歌の印象と違う……」


「オンリーワンになれなかった子達も沢山いるのよ」


 僕の中に、鋭い何かが走っていった気がした。そしてまたしても居ても立っても居られなくなった。


「ありがとうお姉さん。母の日になったらカーネーションでも買いに来ます」


 僕はお礼を言うと、一目散に家に向かった。心のモヤモヤが晴れた気がしたのだ。


「そっか、お母さんの言う通りやんか。何が何でも勝つように考えなあかんねや。今の僕らは店先にすら並べないのに、お情けで並んでいるんや。悔しいって口だけ言っていたら、一生お情け頂戴のメダル乞食や」


 僕はチームメイト達の顔を思い浮かべた。負けてもヘラヘラ、試合前から覇気も感じない。もはや野球という名前の付いた懲役に近い。


「とにかく1回でも勝つんや。僕だけ頑張ってもええ。とにかくみんなで勝ちの喜びを感じたら、次も勝ちたくなるはずなんや!」


 僕は家に帰ると、お母さんに野球のルールブックをねだった。値段は高いものだったけど、お母さんは嬉しそうに買ってくれた。


『子供のやりたい事は叶えてあげたい。お父さんがいないから出来なかったと言わせない』とよく言っていた。ただ、野球をすることだけは母の要望だった。


 そんなお母さんに勝利の報告をしたいんだ。きっとルールを熟知すれば、実力で負けていても勝てるはずなんだ。どこかに“穴”があるはずなんだ。



 純粋な野球少年は、とにかく勝ちたかった。ただ、努力の方向性を誤っただけなのである。素直に練習をし、腕前を上げて試合に勝つ。それで良かったのだ。


 彼は試行錯誤の末、【どうしたら勝てるのだろうか】から【どうしたら相手のスキを突けるか、騙せるだろうか】と変化してしまった。


 誤った方向にアクセルを踏み込んだ彼は果たして、ブレーキを踏めるだろうか。

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