第5話「俺たちの未来になんの憂いもない……はずだった」




邪魔者は消えた。俺たちの未来になんの憂いもない。


だがパーティでエルマが見せたトカゲのような目だけは気になる。


まあどうでもいいか。


あいつは金持ちの商人のおもちゃとして一生を終え、二度とこの国に戻ってくることはないんだから。


このとき俺は、エルマの瞳に抱いた違和感についてもう少し考えるべきだったんだ。





☆☆☆☆☆





異変はパーティの数日後から始まった。


と言ってもアイリーが王太子妃の教育係と揉めたり、エルマに押し付けていた王太子の仕事が俺に回ってきて忙しくなったり……最初はその程度のことだった。


アイリーと婚約する前は貴族の令嬢である彼女の方が、平民のエルマより王太子妃教育を完璧にこなせると思っていた。


だがアイリーは十八年間「伯爵令嬢」として教育を受けてきてしまった。


アイリーがもう少し若かったなら、もしくは彼女が公爵家の令嬢なら問題なかったのだろう。


アイリーは上流貴族のマナーと中級貴族のマナーの違いに戸惑っていた。


ついには、

「私は伯爵家のマナー教師に『あなたのマナーは完璧です』ってお墨付きをいただいたのよ! 今さらマナーについて習うことなんてないわ!」

と言って王太子妃教育を担当する女とケンカしてしまった。


「ギャリック様、あの女をクビにしてください!」


アイリーは執務室に駆け込んできて、俺に泣きついてきた。


教育係は俺の執務室までアイリーを連れ戻しにきた。


「先代の聖女であられたエルマ様は素直にわたくしの言葉を聞き熱心に王太子妃教育に打ち込んでおられました。

 殿下からもアイリー様にもっと真剣に王太子妃教育に励むように注意してください」


そしてあろうことかエルマとアイリーを比べアイリーを侮辱したのだ。


これにアイリーがブチ切れて癇癪かんしゃくを起こして部屋中の物を壊しまくった。


貴族のアイリーが平民のエルマと比べられ劣っていると言われたんだ。彼女がキレたくなる気持ちも分かる。


アイリーに癇癪を起こされるのが面倒で俺は教育係をクビにした。


彼女は隣国にいる親戚のところに行くと言っていた。


次の日俺は新たな教育係を雇った。


そいつにはマナーは後回しでいいからアイリーが一日も早く王太子妃の仕事をこなせるようにしてくれと伝えた。


俺は王太子と王太子妃、二人分の仕事をこなさなくてはならず遊ぶ暇もないほど忙しい。


一刻も早くアイリーに王太子妃の仕事が出来るようになってもらわないと!


こんなことならアイリーが王太子妃教育を終えるまでエルマを引き止めておけばよかった。


いやエルマを側室にして仕事だけさせればよかった。そうすれば俺はアイリーと遊んで暮らせたのに。


今ごろエルマは隣国の金持ちのおもちゃになっている。


けがれた体では王太子の側室にはなれない。


もっとよく考えてからエルマを手放すべきだった。 


仕事のストレスが溜まっても金がないから、買い物もできないしレストランを貸し切っての豪遊もできない。


エルマがいた頃は国庫の金を着服し遊ぶ金に遣って彼女に濡れ衣を着せられたのに。






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