第12話 刑事は鳩の職務質問を受ける
「――どう、私と手を組まない?カロン刑事」
俺はどきりとした。なぜ、この女は署内の人間しか知らない俺の通称を知っている?
「俺のいる部署は厄介者を集めた吹き溜まりでね。あんたが言うような大物は扱っていない。そういう仕事は別の部署が担当することになっているんだ。悪く思わないでくれ」
「そう……でもあなたの言う「オーナー」を追っていれば、いつかは私と同じ標的に行きつくと思うわ。……あ、そうそう。これをお返ししなくちゃ」
鍾子がそう言って俺に差し出したのは、驚いたことに俺の携帯だった。
「……いつの間に?」
「あなたがベーカリーでカフェを見張るのに夢中になっていた時よ。……それとついでに私の連絡先も入れておいたから、気が向いたらメールでも頂戴」
「なかなかやるじゃないか。……でもあいにくだがコンビを組む気はないぜ」
「期待はしてないわ。少なくとも今は……ね」
鍾子は含みのある言葉を残すと再びヘルメットを被り、バイクにまたがって俺の前から去っていった。
――やれやれ、探偵に会ったことが無いわけじゃないが、あんなのは初めてだ。
俺が肩をすくめながらさて、瞳を家まで送って行くかと身を翻したその時だった。
「――兄貴い!」
いきなり聞き覚えのある声が飛んできたかと思うと、ひょろりとした人影が俺の前に現れた。
「やっぱり兄貴だった。……休日だってのに、こんなところで何してるんです?」
リーゼントにアロハのかかし――ケヴィンは俺の姿を認めると、嬉しそうに言った。
「いやそのちょっと、散歩をな……」
「カロン!どうしたのこんな盛り場で。カロンのアパートってこの近くじゃないわよね?」
街角での思わぬ遭遇に目を丸くしているのは、沙衣だった。
「……ねえカロン、私たちが声をかける前に女の人と話していたわよね?知り合い?」
沙衣は鳩の顔から猛禽の顔になると、訝しむような口調で俺に尋ねた。
「探偵だとさ」
「探偵?」
「俺にコンビを組まないかと言ってきた。……まあ、差し当たって俺たちには無関係な話だ」
「コンビを組むって……ちょっと、どういうことカロン?」
「おそらく冗談だろうさ。……それより今日は容疑者に関する情報がしこたま入ったぜ」
「……休日なのに?」
「ふっ、逆に非番だったからかもな。どちらにせよ有意義な休日だったよ。……さてと、もめ事に巻き込まれた若者を家まで送って行くとするか」
俺は冗談めかして言うと、ぽかんとしている二人をその場に残し瞳の方に戻っていった。
※
気がつくと俺は、薄暗い広間に立っていた。
俺の前には絨毯の敷かれたプロムナードがあり、その両側には奥へ向かって続く燭台の列があった。
燭台には炎が灯っている物とそうでない物とがあり、俺は今から手にしている燭台の炎で消えている蝋燭に火を灯して行くのだった。
――まずいな、だいぶ消えてやがる。
この炎は俺の魂のエネルギー残量を示している。――そう、ここは俺の夢の中なのだ。
揺らめいている炎の数はイコール俺の生命の残数であり、俺がこうして消えた火を補充しないとやがてはすべて消えてしまうのだ。
プロムナードの一番奥には「俺」が横たわっており、霊力の行使によって火が消えるとその分だけ横たわっている「俺」も弱ってゆく。そして左右全ての火が消えた時、仮の魂のエネルギー残量がゼロになり現実世界の俺は死ぬ。
俺は酷使した己の肉体をいたわるように手前の蝋燭に火を灯すと、プロムナードを奥へ向かって進んでいった。
※
俺の足が止まったのは、火を灯すべき蝋燭があと数本になった時だった。
突然、あたりに何かが腐ったような臭いが漂い、闇の中から得体の知れない唸り声が聞こえてきたのだった。
――おかしい、ここは俺の夢の中のはずだ。他人が入り込めるはずはない。
唯一、入ることができるとすれば一心同体である死神だけだが、奴ならこんな現れ方はしないはずだ。
「▽△#◇◇……」
闇の中に言葉らしき物が響いた瞬間、俺ははっとした。これは『子供使い』の手下の外国人が口にしていた言葉じゃないか?だとしたらどうやってここに潜りこんだ?
俺は燭台を手にしたまま身構えた。今まで夢の中で戦ったことなど一度もない。
気配を探るべく左右に目を配っていた俺は突如、正面から現れた黒い影に思わず燭台を放り出しそうになった。
それは一言で言うと、口だけの大きな頭から直接、腕の生えた化物だった。化け物は俺には目もくれずプロムナードの奥へと移動すると、横たわっている「俺」の身体によじ登った。
――こいつ、一体何をする気だ?
俺は落ち着けと自分に言い聞かせつつ、化け物を追って「俺」のいる奥へと足を運んだ。
化け物は大きな口を開けると、長い舌で「俺」の顔をなめ回し始めた。やがて化け物は「俺」の口をこじ開けると、その中へ自分の舌を入れ始めた。
――やめろ、やめろお―っ!
俺が化け物に向かって手にした燭台を振り上げた瞬間、広間全体が照明を落としたように消えて意識が深い闇の底へと沈んでいった。
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