第11話 死神刑事は美しい探偵を警戒する
『子供使い』が手にしている短い杖は先端部に女の顔があり、軸の部分に蛇のような生物が巻きついている気味の悪いものだった。
――亡者か?生者か?
『子供使い』を雇っているオーナーが身体から黒いもやを出していたことを思い浮かべつつ、俺は身構えた。非番なので武器は携行していない。仮に持っていたとしても、まだ容疑が固まっていない相手に対しては使えないだろう。
「おまえの身体、動かなくする。助かる方法、ない」
『子供使い』が杖の先端を俺の方に向けた瞬間、見慣れた邪気とは明らかに異なる「何か」が俺に向かって襲い掛かってきた。
――うっ……なんだあれは!
それは一言で言うと女の顔をした霊体だった。だがただの死霊や生霊でないことは、頭の下で尻尾のようにうねる内臓めいた形の霊気からも明らかだった。
「――ぐっ!]
女の顔は目の前で巨大化すると、俺の喉笛に生きている人間のように喰らいついた。
――死神、聞こえるか?返事をしてくれ!
俺が「相棒」に語りかけながら女の霊を手で振り払うと、今度は俺の口に自分の口を押しつけて生臭いエクトプラズムのような霊的物質を俺の体内に流し込み始めた。
「ぐ……うぐっ!」
俺は体内深く潜りこもうとする邪悪な霊気を吐き出そうと身を捩ったが、必死の抵抗も虚しく女の霊はあっという間に俺の内臓全体に菌糸のように広がっていった。
――だめだ、このままでは本当に命を奪われる!
女の霊気はそれまで順調に動いていた俺の臓器を一瞬で鈍らせ、俺は自分が冷たい骸になりかけていることを悟った。
――どうした死神、この疫病神を早く俺の身体から追いだしてくれ。
――こいつはわしの手に負えん。霊気を追いだすには操っている術師を倒さねばならん。
徐々に小さくなってゆく死神の呟きを聞きながら、俺が死を覚悟したその時だった。
耳の奥にオートバイの走行音らしき音が微かに聞こえてきたかと思うと、みるみる大きくなっていった。
はっとして敵の方に顔を向けた俺は、思わず目を瞠った。黒いヘルメットとライダースーツに身を固めた人物が『子供使い』を追い越した瞬間、すり抜けざまに『杖』をひったくり、女の顔が着いた先端部を地面に押しつけたのだった。
「ぎいいいっ!」
頭を擦られた杖が不気味な悲鳴を上げた途端、内臓を縛めていた力が消え失せ俺はその場にがくりと膝をついた。
「それ私の杖、返せ!」
黒づくめのライダーがターンしながら路肩にバイクを停めると、『子供使い』が杖を取り返すべく突進を始めた。ライダーはバイクを降りると掴みかかろうとする『子供使い』をかわして杖を俺の方に放った。
「……おっと」
俺が飛んできた杖をキャッチした瞬間、けたたましい笑い声と共に杖全体が熱くなった。
「……熱っ!」
俺が思わず杖を放りだすと、転がった杖の先端――女の口から凄まじい勢いで白煙が吹き出し始めた。
「な、何だこの煙は!」
煙幕だ、そう気づいた俺は『子供使い』の姿を求めて白一色の空間を見回した。するとそう遠くない場所で車のエンジンをかける音が聞こえ、俺は音のした方へ目を凝らした。
やがて煙が薄れあたりの様子が見えるようになると、『子供使い』の姿は路上から跡形もなく消え失せていた。
――くそっ、逃げられたか。
俺は虚ろな表情でへたり込んでいる瞳の元に歩み寄ると、「気分は?」と尋ねた。
「少し……頭がくらくらします」
「まあ、そうだろうな。……立てるか?」
俺が問いかけると、瞳は「はい」と言ってふらつきながら立ちあがった。
「よし、厄介な奴もいなくなったようだし、遅くならないうちに帰ろう」
不安げな瞳に俺が帰宅を促した、その時だった。不意に近くで人の気配がし、振り向いた俺は予想外の光景に思わず目を瞬いた。
「さすが死なない刑事と噂に名高い朧川さんね。見事な立ち回りだったわ」
黒いフルフェイスヘルメットの下から現れたのは、長い黒髪と整った女性の顔だった。
「……あんたは?」
「探偵」
「――探偵?」
「名前は
「俺たちが追っているのはやくざが運営しているメイド喫茶のオーナーだが?」
「私が追っているのはその背後にいる連中よ。つまり方向性は一緒って事」
「探偵がやくざ組織を追っているのか?いったい何のために?」
「理由は込み入ってるから言えないけど、汚いことを手下たちにやらせて、全てを裏で仕切っている黒幕……その人物が私のターゲットよ」
鍾子は俺たちも掴んでいないような裏事情を披露してみせると、俺の方に身を乗り出した。
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