第64話「ゼーゲン村の村長さん」
「村長さん、グランツです。
ただ今戻りました」
グランツさんは村長さんの家のドアをノックもしないで開けた。
実家では家族でも個人の部屋に入るときはノックをした。
小さな村だと、他人の家に入るときもこんな感じなのかな?
それともグランツさんが非常識なだけ?
「おお、グランツよ。
よくぞ無事に戻った」
部屋の中には古い揺り椅子があり、白髪のおじいさんが腰掛けていた。
「して、ハイル村の村長はなんと言っておった?」
「それが文字は息子にしか教えないの一点張りで、書状を読むなら代わりに小麦を寄越せと言ってきました」
「うーん、やはりそうか」
「ロイヒテン村やヴォール村の村長にも掛け合ってみますか?」
「無駄足になるだろうな。
文字の読めるものは貴重だ。
それだけで大金を払う価値がある」
「そんな、それじゃあ俺たちはこれからどうすればろ……」
「小麦を渡すことで書状を読んでもらえるなら、そうするしかあるまい」
「村長さん、だが……この村も決して豊かってわけじゃ……!」
「仕方あるまい。
わしの落ち度じゃ……まさか、息子が……カタリがこんなにも早く逝ってしまうとは思わず、カタリ以外に文字を教えてこなかったのだからな……」
「くそっ!
ガキの頃の俺が『体を動かす方がいい!』なんて言って勉強をなまけなければ……」
「グランツのせいではない。
それにそなたは幼い頃から狩りが得意だった。
お前さんのおかげで何度、村は危機を脱したか分からない。
お前さんが己の腕を鍛えたのもまた村のため。
そう自分を責めるでない」
「しかし……」
「して、今回の書状は読んで貰えたのかか?」
「はい、今回だけは今までのよしみでただでいいと。
ですが次回からは小麦か金を要求するそうです」
「その時はその時でまた知恵を出し合おう。 書状にはなんと書いてあったのだね?」
「はい、七月に領主様が食料の配給を行うからエンデの町に集るようにと」
「ふーむ、七月かまた随分先じゃな。
しかし七月と言っても三十一日もある。
七月何日に行けばよいのか?」
「それが書状には七月としか書いてないようで、ハイル村の村長も首をかしげてました」
グランツさんと村長さんが首を傾げていた。
「あの……その書状を僕にも見せてくれませんか?」
「おや?
グランツの他にも誰かいるのかね?
聞かない声だが……」
「村長さん、こいつはリック。
荒野に倒れていたんです」
「そうか、わしはオリス。
この村で村長をしている。
リックさんとやから、こんな村だが好きなだけ滞在して構わなんよ」
村長さんがシワシワの顔をさらにシワシワにして、ニコリと笑う。
「グランツさん、村長さんは目が……」
「ああ、ここ数年老眼が進んで……ついにほとんど見えなくなってしまった」
「医者には診せたんです?」
「いや、この村は貧しくてな。
食っていくのでやっとだ……医者なんてとても」
グランツさんが悔しそうに言った。
「グランツよ、気に病むことはない。
わしは充分に生きた。
しかし村の皆に迷惑をかけてしまったな。
申し訳なくてな。
こんなとき、カタリがいてくれたらな……」
「カタリさんというのは?」
「村長さんの息子だ。
この村で字が読めるのは村長さんと、村長さんの息子のカタリだけだった。
それが先月、狩りに行くと言って出ていったきり行方不明なのさ」
「おそらくカタリはモンスターか獣に襲われて命を落としたのじゃろう」
「村長さん、そんな気の弱いこと言わないでくれよ!
カタリはどこかで生きてる!
俺はそう信じているんだ!」
「そうじゃなグランツ、弱気なことを言ってすまなかった」
部屋に重たい空気が漂う。
「あの……書状を見せてほしいんですが」
沈黙に耐えられなくて、僕は質問を繰り返した。
「ああ、そうだったなこれだ」
グランツさんが懐から、油紙に包まれた書状を取り出した。
僕はグランツさんから手紙を受け取った。さっと書状に目を通す。
「七月ではなく七日ですね」
「はっ?
リック、いきなり何いってんだ?」
グランツさんがキョトンとした顔で聞いてきた。
「食料の配給は七月ではなく、今月の七日に行われます」
「驚いた!
リックさん……あんた字が読めるのかね?」
「はい、村長さん。
少しですが」
「少しってどれぐらいだね??」
村長さんが食い気味で尋ねてきた。
「ロード国の言語と古代文字は完璧に習得してます。
あと周辺国の文字も少々」
魔導書は古代語で書かれていることが多い。
魔法使いには古代語の習得が必須だ。
「こいつは驚いた!
領主様でもそこまでは習得しておらんじゃろう!」
村長さんが目をしばたたかせている。
「渡りに船とはこのことだ!
リックさん!
頼む!
俺に文字を教えてくれ!
このとおりだ!!」
グランツさんが急に土下座した。
「あの……グランツさん、頭を上げてください!」
「いや、俺はあんたがうんと言うまでは諦めない!!」
グランツさんは床に頭がめり込むんじゃないかってぐらい、深く頭を下げていた。
「これ、グランツよ。
リックさんに無理を言ってはならん。
彼にも事情があるんじゃ」
「しかさ村長さん!この機会を逃したらゼーゲン村は……!」
「しかしグランツよ、無理強いはいかんぞ」
「でも……!」
村長さんとグランツさんが揉め始めた。
「あの……グランツさんに助けて貰った恩もありますし、一年でいいなら文字を教えますよ」
「本当かっ!?
ありがとう!! ありがとう!!
リック!!
この恩は一生忘れないぜ!!」
グランツさんが立ち上がり、僕の手を握るとぶんぶんの上下に振るいだした!
手加減してほしい。
僕は元々魔術師系だから体力がないんだ。
その上拷問を受けたあと、牢屋に入れられたから体が弱っている。
グランツさんに馬鹿力で手をぶんぶんと振られたら、体がバラバラになってしまう……。
「リックさん、この御恩はけっして忘れません」
村長さんは椅子からふらふらと立ち上がり頭を下げた。
倒れそうになる村長さんを、グランツさんが支える。
僕はほんの数時間前まで死のうと思っていた。
僕のような人間が生きてはいけないと……。
でもグランツさんに出会って命を助けられて、ゼーゲン村に来て、何もない所でも懸命に生きている人たちを見た。
幼くして親に捨てられたリヒトとシャインだって、前向きに生きてるんだ。
僕も腐ってはいられない。
僕でも役に立つことがあるのなら、せめて人の役に立ってから死にたい。
それが今の僕の願いだ。
☆☆☆☆☆☆
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