第63話「死の荒野、新たな出会い」リックの更生の旅編スタート



気がつくと、ガタガタと揺れる乗り物に乗っていた。


見上げればボロボロの帆の先に青空が見える。


どうやら僕は幌馬車の荷台に寝かされていたようだ。


「おや、気がついたかい?

 お前さん荒野で倒れてたんだぜ」


荷台から御者席を見ると、日焼けした肌に黒い顎ひげをはやした大柄の男がいた。


熊……それが彼に抱いた第一印象だった。


「俺が村に帰る途中偶然通りかかったから良かったようなものの、お前さんもう少しで死ぬところだったぜ?

 意識がないから口移しで水を飲ませちまったんだが、そこは勘弁な。

 生娘じゃあるまいし、犬に舐められたとでも思って忘れてくれ」


男はそう言って、カラカラと声を出して笑った。


「…………死なせてくれればよかったのに…………」


助けてくれた人に言う言葉じゃないことは分かってる。


だけど、今の僕には生きる気力も意味もなかった。


愛していた人に裏切られ、無実の婚約者を傷つけた。


育ててくれた両親の期待に背き、優しい兄の将来を潰した。


拷問に耐えかね、友人とその母親を売るような真似をしてしまった。


僕に生きる資格なんかない。


僕が死ぬことが、彼らへの唯一の償いになる。


「まぁ……生てりゃ誰にでも嫌なことの一つや二つあらぁな」


彼は僕を叱るでも、否定するでもなく、そう言って僕の考えを受け流してくれた。


「俺はゼーゲン村のグランツ、お前さん、名前は?」


「僕は……リック」


罪を犯して荒野に捨てられたのに、本名を言うのはまずかったかもしれない。


しかし、口にしてしまったことは取り消せない。


「リックか、いい名前じゃねぇか」


「そっちもね。

 グランツは『輝く』、ゼーゲンは『幸福』って意味だろ?」


「ほう、お前さん物知りだな。

 そうさ、こんな荒野に住んでるからせめて名前だけでも縁起よくしようって理由で、村長様が付けてくださったのさ」


「へー」


馬車はゴトゴトと揺れながら道らしい土の上を進んでいく。


「死の荒野に村があるなんて知らなかった」


「言ってくれるな。

 こんなところだって俺たちには大事な住み家なんだぜ」


「ごめん」


「この荒野には四つの村がある。

 ロイヒテン村、ヴォール村、ハイル村、そして俺たちの暮らすゼーゲン村だ」


ロイヒテンは光る・輝く、ヴォールは繁栄、ハイルは幸福。


どの村も縁起の良い名前を付けたようだ。


「そしてここいら一体を治めるのが、エンデ男爵家ってわけだ」


エンデ男爵の名前以外は聞いたことがない。


世の中には本に書いてないことも沢山あるんだな。


「俺はハイル村からゼーゲン村に帰る途中だったんだが、偶然俺が通りかかってよかっな。

 俺が通りかかるのがあと二時間遅かったら、お前さんおっ死んでたぜ」


「…………」


それが良かったのか悪かったのか、今の僕には分からない。


それからは沈黙が続いた。


どれぐらい時間が経過したのか、


「見えてきた、あれがゼーゲン村だ!」


グランツさんが不意にそう発した。


グランツさんにそう言われ、起き上がって外を見る。


それは村……というにはあまりにも小さな集落だった。


池の周りにいくつかの家が並んでいる。


家の横には小さな畑があり、農夫が畑を耕していた。


村を取り囲むように木材を組み合わせただけの粗末な柵がある。


こんな柵では魔物はおろか、獣避けにもならないだろう。


馬車は村の中に入りいくつかの民家を通り過ぎ、一番大きな家の前で止まった。


馬車が止まると、黒髪の子供が二人、馬車に駆け寄ってきた。


「お帰りなさいグランツさん!」


「ハイル村はどうだった? お土産ある?」


「リヒトとシャインか。

 その話はまた今度な。

 村長さんに急ぎの話があるんだ」


「「えー!」」


「俺の食料の残りがあるからやるよ。

 いい子だからそれで我慢しな」


グランツさんは子どもたちに向かって腰の袋を投げた。


「「ありがとう!」」


二人はペコリとお辞儀をして、どこかに走っていってしまった。


「リヒトもシャインも『光』って意味だね。

 あの子達の名前も村長さんが名付けたの?」 


「あの子達の髪を見たか?」


「ああ、黒かったね。

 別に珍しくはないよ」


メルツ辺境伯令嬢も黒髪だった。


「ある地域ではな、黒髪は魔女や魔王の生まれ変わりだとして、未だに気味悪がられるんだ」


「えっ?」


「それでふたりとも村人に邪魔にされて、死の荒野に置き去りにされたのさ」


「そんなことが……」


知らなかった。


そんな無意味な風習が今でも残っている地域があるなんて……。


「村長さんが荒野をさまよってる二人を見つけて保護した。

 元の村じゃ名前もつけられてなかったようだから、『光』を意味する『リヒト』と『シャイン』と名付けられたのさ」


「そうだったのか……」


僕は自分が不幸だと思っていた。僕より不幸な人はいないとも。


何も悪いことをしていないのに、生まれたときから村人に忌み嫌われ荒野に捨てられた子供たちの事を思うと、胸が痛んだ。


僕はただ、自分の不幸に酔っていただけかもしれない。


不幸に酔い、死ぬことで楽になろうとしていた……。

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