第三章・番外編1

第41話「許し」三章・番外編

【第三章・番外編】


※デルミーラが帰ったあとのエミリーとラインハルトの会話です。


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「シーラッハ公爵夫人か、噂には聞いていたが噂以上の強烈な人物だったな」


夫はそう言って外に向かって塩を巻いている。


「エミリーは彼女に幼い頃いじめられていたんだろう?

 辛かったね。苦労したんだね」


「デルミーラ様は、私のことが初めてお会いした時から気に入らなかったようです」


みんなの前ではニコニコしていたデルミーラ様が、ふたりきりになった途端不機嫌なり、怖い顔で睨まれた事を今でもはっきりと覚えている。


「あんな女に好かれなくても気に病む必要はないよ。

 君が悪い訳じゃない。

 むしろあんな女になら好かれない方がいいくらいだ。

 彼女が元婚約者ではザロモン侯爵も苦労しただろう」







夫に言われ、フォンジー様との十五年振りに再会した日のことを思い出した。


フォンジー様は私に怒ることなく、謝ることもなく、ただ穏やかな表情を保っていた。


私はフォンジー様がなぜ私とリックとの婚約解消後、十五年間もなぜ私に謝りに来なかったのかずっと気になっていた。


フォンジー様の性格から考えて、リック様が問題起こしたら、一番に私に謝りに来そうなのに。


フォンジー様は父やグロス子爵家の親戚には一番に謝罪に行ったのに、なぜか私のところには謝罪に来なかった。


その事を思い切ってフォンジー様に尋ねてみた。


「私があなたに許しを請うたら、やさしいあなたはきっと私を許そうとするだろう。

 リックへの怒りが胸中に渦巻いているのに、私を許そうとすることは、あなたにとって辛い決断になる。

 そしてもし私の謝罪を受け入れなかったら、あなたは私を許さなかったことを悔やみ続ける。

 だから私はあなたに謝りに行かなかったのです。

 己の罪悪感を減らすためだけの謝罪は、逆にあなたを傷つけると思ったから」


フォンジー様の言葉にドキリとした。


彼には私の本心を見透かされていた。


十五年前、フォンジー様が謝罪に来ても、リック様への怒りを消化できていなかった私は、あの方の謝罪を素直に受け入れることができなかっただろう。


そしてフォンジー様を許せなかった自分の心の狭さを、責め続けたかなだろう。


「あなたにはリックとザロモン侯爵家を責める、正当な理由があります」


「ザロモン侯爵、私がいつまでも過去の恨みにとらわらて、人を許せないままでいる、心の狭い人間だとお思いですか?」


「そうだね、君はそんな人じゃない」


今ならフォンジー様の謝罪を受け入れられる気がした。


「弟が君に酷いことをした。

 ザロモン侯爵家の教育が間違っていると言われても仕方ない。

 ザロモン侯爵家の当主として謝罪します。

 どうか弟を許してほしい」


「許します」


その瞬間、長年心の奥に引っかかっていたわだかまりが、泡のようにすっと消えてなくなった。


「エミリー……いや、キール子爵夫人。

 泣いているのですか?」


知らない間に涙が溢れていた。


涙はとどまることを知らず私の目から流れていく。


「フォンジー様……いいえ、ザロモン侯爵。

 許すってこんなにも心地よいものなのですね。

 私はあなたを助けに来たはずなのに……救われたのは私の方かもしれません」







あの瞬間、私の中でリックとの婚約破棄が完全に思い出となった。


心から人を許すことが、あんなにも心地よいことだと初めて知った。


「エミリー、大丈夫かい?

 泣いているみたいだけど」


思い出していたらまた、涙が溢れてきたようだ。


「シーラッハ公爵夫人に言われた言葉に傷ついたのかい?」


「そうじゃないわ。

 そういう誰かに傷つけられて流すような、嫌な涙じゃないの」


「だったらどうして泣いているの?」


「心地よい出来事を思い出したからよ」


私がそう言ってほほ笑むと、ラインハルトは不思議そうに首をかしげていた。


私とフォンジー様だけが知っている、やさしい思い出。


いつかラインハルトや子供たちにも聞かせてあげよう。






――三章番外編・終わり――






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