第40話「デルミーラにお似合いの暮らし」ざまぁ・三章最終話


「待って!

 まだキッシュロレーヌもクロックムッシュもタルタルステーキもローストチキンもチョコレートタルトもクリームブリュレもマカロンも食べていないの!

 放して! いえ、放しなさい!!」


わたくしは両手を後ろで縛られ、両肩を兵士に押さえつけられながらも料理の乗ったテーブルを凝視していた。


「事態の把握よりも食べ物が優先か?

 やはり君は獣と同じだ。

 いや獣でも家族や群れの仲間への情がある。

 自分のことしか考えていない分、君の方が質が悪い。

 君は獣以下だ」


ハリマンがわたくしをゴミを見る目で見ている。


「わたくしを獣と一緒になさるの!」


先ほど口にしたものが、お腹の中でふくれてきて、少しだけ空腹が満たされた。


空腹が満たされたら、ハリマンに対して無性に腹が立ってきた!


「お前はこの屋敷に来てから、息子の名前すら口にしていない。

 何日も家を開けていたのに一切息子の心配をしていない。

 考えていたのは食べ物のことと、使用人を首にすることだけ。

 食事と狩りにしか興味が無いものを獣に例えて何が悪い!」


「息子……ああ、そうだわ!

 コービーはわたくしの大切な息子よ!

 コービーに合わせて!

 コービーはどこにいるの?

 あの子にはわたくしが必要なのよ!」


「僕に言われてようやく思い出したくせに、何が大切な息子だ。

 笑わせるな!

 コービーは友達の家に泊りがけで遊びに行ってるよ。

 お前にコービーは会わせない!

 みすぼらしい格好で帰ってきてコービーの同情を引きたかったんだろうが残念だったな。

 コービーの記憶の中のお前は、お前が家を飛び出して行ったときの、高慢で高飛車で自分勝手で救う価値のないろくでなしのままだ。

 それはこれからも変わることはない!」


「そんな……!」


「その女に目隠しをしろ!

 そして当家の家紋が入っていない馬車の中で一番粗末なものに、その女を乗せるんだ!」


「わたくしをどこに連れて行く気!」


「お前にこれ以上公爵家の名を汚されては困るからな。

 地方にある別荘に連れていき監禁する。

 最初は別荘に幽閉したあとも、平民並みの生活をさせてやるつもりだった。

 だが、お前はパーティ会場で王太子殿下やブルーノ公爵夫人やメルツ辺境伯夫人に迷惑をかけた。

 それだけでは飽き足らず隣国のキール子爵家に乗り込み、キール子爵夫人に悪態をつけた。

 王太子殿下に目をつけられた人間に人並みの暮らしをさせるわけにはいかない。

 別荘の地下の牢獄に閉じ込めることにした。

 食事は硬いパンと薄いスープだけだ。

 牢屋の中で頭を冷やし己が何をしてきたのか反省するんだな!」


ハリマンは何を言っているの?


わたくしを牢屋に入れるですって?


「連れて行け!

 抵抗するようなら乱暴に扱っても構わん!」


「離しなさい!

 わたくしは公爵夫人よ!

 次期公爵の母親よ!

 わたくしへの無礼は許しません!!」


「うるさい! 喚くな!

 その女に猿ぐつわをしろ!」


わたくしは目隠しと猿ぐつわをされ、荷物のように担がれ、乱暴に馬車の客席に放り込まれた。






あれから何年が経過しただろう……?


馬車に乗せられ、地方の別荘に連れて行かれ、地下の牢屋に閉じ込められてからずっと……太陽の光を見ていない。


視力を失って久しい。


一日に二度、食事を持ってくる者がいる。それで一日が経過したんだと知ることができる。


コービーはもう大人になったかしら?


爵位を継いだかしら?


あの子の記憶の中のわたくしは、今も綺麗に着飾りわがまま放題に振る舞っているかしら?


地下牢に入れられた当初、わたくしは怒鳴ってばかりいた。


わたくしをこんな目に合わせたハリマンを恨んだ。


わたくしを軽んじた者たちを呪った。


時間が経過すると……そんな気力すらなくなっていった。


思い出すのはあの日食べそこねた……キッシュロレーヌにローストチキンにタルタルステーキにチョコレートムースにチョコレートタルトにクリームブリュレにマカロンにミルフィーユ……のことばかり。


もうどんな形だったか、どんな味だったか正確には思い出せないのに。


最近疲れやすく、食事を運ぶ物が来てもすぐには起き上がれない。


早く食べないと、虫やねずみに食べられてしまうのに……。


死が近づいている事がなんとなく分かる。


お父様……お母様……ハリマン……コービー……彼らに今になって無性に会いたくなった。


もう顔も声も思い出せないのに……。


「ああ……会いた……いわ。

 ハ…リマン……コー……ビー……」


久しぶりに出した声はかすれていた。






『お前は現世で己の罪の償いをしきれなかった。

 今世の罪は来世に持ち越す。

 お前が人にしてきたことを、今度はお前がされるのだ』






最近、耳元でおかしな声が聞こえる気がする。


変ね……わたくしに話しかけてくれる人なんて……いないはずなのに…………。








――三章・終わり――




※次回から三章の番外編が始まります。その後に四章が始まります。

※四章の主役は一章の主役エミリーの元婚約者リック・ザロモンです。




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