第8話 ガイア 魔法使いになりたい剣士


 俺の名前はガイア。

 ベテラン冒険者にして、新米魔術師を志す者だ!


 俺は、昔から魔術師ってのに憧れていた。

 きっかけは辺境の農村で鼻たれ小僧をしていた頃に、村にやってきた冒険者パーティに魔術師がいたことだ。

 世間知らずのガキによくありがちだってのは、わかっている。だけど、火球でゴブリンを倒したあの魔術師に、俺は痺れちまったんだ。


 まあ、その後にベテランと言われるくらいの冒険者になって、あの魔術師が実は大した実力じゃなかったって知っちまったのは、今では笑い話だ。

 普通、冒険者はゴブリンなんざに火球なんて上等なもん放たねえからな。10匹やそこらなら、ちゃんとした剣士を一人送り込めば殲滅できるし。


 とはいえ、当時の俺にとってその魔法は輝いて見えて、この歳になっても残念ながら色褪せなかった。剣も良いけどよ、魔法を使ってみたいってな。


 転機が訪れたのは、大魔境の砦町ゼリアを襲った特大のスタンピードだった。


 そこで、俺は真の魔術師に出会ったんだ。

いや、真の魔術師どころの話じゃないだろう。きっと世界中の魔術師の頂点に君臨するような人だ。

 死を振りまく雪崩と化した魔物の群れを、たった一人で殲滅しちまったのだから。あと、格好がドチャクソエロい。


 そして、そんな人の元で、俺は修行ができるようになったんだ。




 誰よりも早く行きたかったのにスタンピードの片づけを終えてから出発した俺は、やはり真面目な人間だったのだろう。あれだけのスタンピードだったから、町こそ無傷だが平原や魔境内の片付けがまた大変だったんだ。

 そんな真面目な俺たちに対して天がご褒美をくれたのか、なんとジラート辺境伯領と王都結ぶ転移門を使って移動することができた。

 4月の初旬のことだな。


 俺たちが向かった場所は、リゾート村。

 あの性の女神様なんじゃないかと思えるほどエロい格好をした大魔術師が居を構える村である。


 あれほどの美女が暮らす『村』というのはちょっと想像がつかなかったのだが、行ってみて度肝を抜かれた。

 すんげぇ村だったわ。つーか、村じゃなかったわ。

 まあこのあたりのことは全員がツッコンだだろうから、割愛するとして。


 俺たちは晴れてこの村で修行することになった。

 魔術師になりたいという俺の希望も嘲笑することなく叶えられ、受付の可愛い姉ちゃんも『頑張ってください』と応援してくれた。


 当然、選択したコースは『ドラゴンコース』だ。

 俺たちはこう見えて大魔境じゃ結構名の知れたパーティだからな。ちょっとやそっとの修行じゃいかんだろう。


「はー、それにしても都会って凄いのねー、これで村なのよ?」


 幼馴染のリーアがしみじみとした顔をしながら、素っ頓狂なことを言った。

 これには俺たちパーティメンバーは顔を見合わせるほかなかった。


「いや、お前、王都圏の村が全部これと同じと思ってんのか? んなわけねえだろ」


 俺たちの活動拠点は大魔境の砦町ゼリアなので、王都近隣には初めて来た。

 しかし、田舎者に分類される俺でも、さすがにリーアのような勘違いは起こさない。この村は完全に例外だ。


「じゃあここはなんなのよ」


「キャサグメ男爵という人が、最近爵位を貰ったらしい。あの大魔術師様のリーダーだな。俺の考えだが、おそらく大魔境の相当な奥地で修行を積んだパーティなんだろう。ここはその人たちが修行の過程で作った町なんじゃないかと思う」


「それ、俺が昨晩言ったことだよな?」


 パーティメンバーのレンジャーが何か言っているが、ビールなる神の飲み物のせいで覚えてねえよ。俺が言ったことにしておけ。


 さて、そんな俺たちだが一晩を宿で過ごし、翌日である今日に学園の門戸を叩いた。

 なんと、学園に通う者はみんな寮に泊れるらしい。至れり尽くせりだ。


 入寮してから最初のミッションが課せられた。

 それはズバリ『修行期間中に信仰する英雄を2日以内に決めろ』というものだった。修行は3日後から始まるのだ。


 というわけで、俺たちはパンフレットを片手に、学園島の中にある英雄教会を巡ることにしたのだ。なんと、この島には30個も英雄結晶があるらしいぞ。


「リーダーは『凍てつく終炎・ルナス』って英雄だろ?」


 剣士が言った。

 まあ俺も剣士だが、森に入る冒険者なんてみんな剣がメインみたいなもんだからな。少なくとも長い得物は無理。引っかかる。


「ああ。あの大魔術師様がルナスの大師範らしいからな」


「イノシシガイアが魔術師ねぇ。長生きするもんだぜ」


「やめろ。勇気が溢れる少年だっただけだ」


 仲間たちは、俺が見習い冒険者だった頃の二つ名を言って、からかってきた。

 あの頃は戦い方なんてわからなかったから、がむしゃらに突っ込んでたんだ。そこでついた不名誉な二つ名はイノシシガイアってわけだ。


 コイツらは馬鹿なので、文字がろくに読めない。

 なので、俺がパンフレットに書かれた教会の名称を教えながら、学園島を巡ることになった。


「うお、なんだありゃ」


 最初に見えてきた英雄教会の様子に、仲間たちがざわついた。

 英雄教会の前に、すげぇ数のガキ共が並んでいるのだ。


 誰も彼も同じ服を着ていて、肌髪がピカピカしている。

 着ている服は、俺らも入寮する時にもらった修練着だな。


「えーっと『百科の錬金術師コロミア』って英雄教会だな」


「なんだそりゃ。よくいる町人系の英雄か?」


「いや、文字や計算、基礎的な魔法、あとは……マジか、本物の錬金術が覚えられるらしい」


「うそだろ、錬金術ってあれだろ? 爺さんたちが秘伝にするアレなアレ」


「まあそうだな。俺もよく知らんけどアレでアレな技術だろう」


 見れば、子供に混じって大人も結構いる。


 話しやすそうなガキに話を聞いてみると、どうやらロビン馬車という国内の子供を乗せた馬車でこの地に来たばかりらしい。

 で、子供は6か月間の教育が施され、最初の3か月は全員がこのコロミアという英雄を信仰するらしい。


「え。俺たちが見習いの時にやってくれよな」


「それな。まあそれを言い出したらキリがねえけどさ」


 どっかで世の中は変わるもんだ。

 このガキ共は、丁度世の中が変わった瞬間に居合わせただけである。


 文字や計算が覚えられるということに、仲間たちは少し後ろ髪をひかれた様子だが、ひとまず別のを見て回ることにした。


「戦闘コースだと、推奨されてる英雄があるのよね?」


 リーアが問うてきた。


「ああ。そうだな。推奨されていないのは7つだから、そこは今日は回らなくていいか」


 すると、斧戦士が尋ねてきた。


「さっきのコロミアは推奨されている英雄に入っているのか?」


「うん? ああ、入ってるな」


「ふーん、そっか」


 説明のパンフレットの文字を指でなぞりながら、俺は答えた

 そうこうしていると、次の英雄教会に到着した。


「「「えい! えい! えい!」」」


 なんか妖精がお花にパンチしてた。


「俺、妖精とか初めて見たんだが、やべえ生き物なんだな。花にパンチしてたぞ」


「いや、あそこは例のロビンが信仰している英雄教会らしいぞ」


「マジかよ。花にパンチするとクソ強くなれるのか? どんな理屈だ?」


「知らん。興味があるなら入信してみろよ。ただ武器は徒手空拳らしいけど」


「さすがに今からそんな大胆な武器変更はできねえよ。パスだ」


 俺の4人の仲間のうちの2人は教会を巡っている間に即決した。

 1人は『魔天武神レガ』という万能タイプの英雄、もう1人は『雲斬りのシュウ』という剣に超特化した英雄だ。


「なあ、俺、コロミアを信仰したいんだけどいいか?」


 そう言ってきたのは、斧戦士だった。


「え、お前がコロミア信仰するの?」


 俺は斧戦士の姿を上から下まで見た。

 どっから見ても山賊である。昨晩は風呂に入ったので、綺麗な山賊だ。


「わ、悪いかよ。お前だって魔術師だろ?」


「まあたしかに。俺は良いと思うけど。お前らは?」


「別に好きにすればいいんじゃねえの。コロミアを信仰したって、斧の腕が悪くなるわけじゃねえし」


 それはそう。

 英雄信仰を変えても、今まで培ってきた技術が失われるわけではない。


 それに俺たちはコイツの気持ちもわかるのだ。

 冒険者なんていずれは引退するものだし、引退後に使えそうな知識が手に入るなら願ってもないことであった。斧戦士は俺の3つ上だから、なおさらそういう気持ちは強いだろう。


「じゃあ俺は引き返してコロミアの教会に行ってくるわ」


「なら、可哀そうだから俺たちもついていってやるよ」


「だな。こんなこえぇ顔のオッサンがガキ共の背後を取ったら、憲兵が来ちまうからな」


 ひでえことを言う奴らだな。


「それじゃ終わったら自由行動な。夕飯は寮だから忘れるなよ」


「オーケー。おめえらも建物の陰で変なことして牢屋にぶち込まれんなよ」


「するかアホ」


 すでに信仰を変えた2人と一緒に、斧戦士が来た道を戻っていった。




 すると、すぐにリーアが俺の腕に腕を絡めてきた。

 例のスタンピード以来、俺たちは恋人同士になっていた。


「んふふ!」


 昨晩はこの村の宿に泊まり、リーアの肌髪は艶々と輝いている。当然昨晩は凄くお楽しみだったわけだが。


「さて、んじゃ続きを見て回るか」


「はーい!」


「お前はどんな英雄がいいだろうな」


「きっと弓が良いと思う!」


「えー、そうなの、初めて知った!」


「もう!」


 仲間たちには見せられないやりとりである。


 大魔境で活動する女は弓士が多いが、リーアもそれだ。

 というわけで、弓の英雄教会に向かおうと思っていたのだが、その道すがらに知り合いに遭遇した。


「むっ、ガイアではないか」


「え。だぁ……あっ、これは大隊長!」


 それはゼリアに駐屯している討伐隊の大隊長だった。

 ゼリアにいた頃の髭面じゃなくなっていたので、ぱっと見で誰だかわからんかった。「誰?」とまで口にしなかった自分の洞察力を褒めたい。


 大隊長は討伐依頼などでたまに世話になる人で、例のスタンピードでもこの人の指揮下に俺たちは組み込まれた。


 俺は慌ててリーアと離れた。

 クソ暑い土地なので、リーアが離れた方がむしろ快適な温度になった。口が裂けてもそんなことは言えんが。


「お前らも来てたのか。いつ来たんだ?」


「昨日到着して今日入寮しました。自分たちはいま英雄教会を巡っているところです」


「ほう、そうか。それなら丁度いい、ちょっと付き合え」


「わかりました!」


 正直全然行きたくないが、大隊長への返答にノーはない。


「最近見ませんでしたが、大隊長はいつから?」


「俺はそろそろ1か月になるな。辺境伯領の先行選抜隊に選ばれたんだよ」


 ゼリアから兵士がみんないなくなっちまうのは問題なので、順番に鍛える感じだろうか?


「いいっすねー。どうです、強くなりましたか?」


「ふっ、お前もここで修行を10日もやればわかる。どうせお前らもドラゴンコースだろ?」


「はい、そうです」


 そう言った大隊長の目は、どこか死んだ目をしていた。


 な、なんだろう、その目は。もしかして、全然強くならなかったんだろうか?

 まあ俺の場合は魔法を学びに来たわけで、現時点よりも弱くなることはないと思うけど。


「それでこれからどこへ?」


「もうすぐそこだ。ほら、見えてきた」


 そこは英雄教会だった。


 パンフレットを見ると、えーっと……『白銀大樹ゴンザレオ』か。

 どうやら冒険者でいうところの盾職、兵種でいうと重騎士を目指す人が信仰する英雄のようだ。


 ははっ、どうしよう、全然興味ねえ。


 まあ、英雄信仰を強要するのはマナー違反だ。

 大隊長とはいえ、さすがに俺の魔導の道を阻むことはしないだろう。


 敷地の中に入ると、2mほどの背の男の石像が立っていた。石像の男は顔半分に仮面を被っており、肉体ははちきれんばかりにムッキムキであった。

 ずいぶん参拝者がおり、彼らは石像の前に並んで、なにやら首を横に振ってから建物の中へと入っていく。


「お前らも並べ」


「わかりました! ほら、リーアも並べ」


 俺は大隊長の前に、俺の前にリーアという並び。


「えっと、みんな石像の前で首を横に振ってますけど、あれはなにをしているんですか?」


「筋肉比べだ」


「はーん……なるほど」


 やべえ類の英雄教会だ!


「あの石像はゴンザレオ様なのだが、彼の筋肉と今の自分の筋肉を比べて、一部でもその域に到達したかを比べている。首を振っているのは至っていないということだ」


 よく見れば、この敷地にいる人は男も女もムッキムキであった。いや、たまにそうでもないやつもいるが、きっと入信したてなのだろう。

 見ていると、全員が首を横に振っている。開祖だから遠慮しているというよりも、自分のダメな部分をしっかりと理解している様子だ。


 リーアの番になった。

 リーアは石像を見上げて、むむむっとした。


 リーアも大魔境の冒険者なので筋肉が程よくついているが、当然、敵いっこない。


「おい、考える余地なんてないだろ。お前の負けだ」


「黙れ、ガイア。これは己の筋肉との対話なのだ」


「すんません」


 腕組みをしているマッチョたちに注目されながら、リーアはふぅと息を吐き、ゆっくりと首を横に振って敗北宣言。

 マッチョたちに「ドンマイ!」「次頑張れ!」「ナイスマッスルサーチ!」などと励ましの言葉を貰ったリーアは、んっと頷いた。全然意味がわからない。


 リーアが横に退き、俺の番になった。


 石像を見上げる。

 クソでけぇ筋肉だ。しかも下着がやたらと小さい。

 ていうか、彫刻家上手すぎんだろ。ムッキムキのビッキビキで、今にも動きそうである。


 うん、普通にこんなん無理だろ。

 大魔境でこんなのと遭遇したら尻餅ついて死を覚悟するわ。


 俺はゆっくりと首を横に振った。


「ドンマイ、次頑張ろ」


 俺の恋人がポンと肩を叩いて慰めてくれた。

 たぶんもう次はないが。


 大隊長もじっくりと筋肉比べをして、ゆっくりと首を横に振る。

 この人の筋肉も大概なんだが、ダメな部分があるのだろう。


「よし、じゃあ中へ行くぞ。今日は週に一度の説法の日なんだ。ついてこい!」


「お供します」


 どうしよう、すんごい帰りたい。


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