3-7 エメロード 国際会議 後編


 妾の名前はエメロード・アアウィオル。


 ひとまず彼らが知っておくべき事柄を説明し終わり、議題は次へと移った。


 軽い話し声と共に資料をめくる音が会場を包むのは、なかなかに気持ちがいい。

 異なる派閥の人間が同席する会議は、往々にして騒々しいものだ。彼らにも様々な派閥はあろうが、海上の空気からは、いまは争っている場合ではないという気持ちが窺える。


「さて、この会議に挑むにあたり、各国はアアウィオルとの関係を話し合ってきたことだろう。すでに各国の代表とは事前に会談しているので、各国の方針は聞いている。しかし、同盟にしろ不可侵にしろ、この都市をその目で見た諸君らはいま一度考える時間が必要だろう」


 アアウィオルはいま、飛躍的に技術力が上がっている。

 さすがにリゾート村の商品や戦力にはまだ追い付かないが、下級品ですらかなり高い品質の物が安価で買えるようになり始めた。そのうち物の値段のばらつきも落ち着いてくるだろう。


 一方で、そんなアアウィオルと貿易を始めた国は大変だ。

 安価で高品質の物を輸入するのは素晴らしいことだが、限度がある。アアウィオルの商品は、自国の職人を路頭に迷わせることに繋がりかねない。

 アアウィオルからの関税を高くするなどして自国の産業を守るはずだが、それでも影響力は計り知れない。対処しなければ、領土が隣り合っているフォルメリア王国とガーラル王国の産業には顕著に表れることだろう。

 ほかの国は往復するだけで長い時間がかかるため、そこまで強く影響を及ぼすことはないだろうが。


 正直なところ、アアウィオルはいま、周辺国のバランスを崩しつつあった。


「諸君らが議題を持ち帰って議論する前に、ひとつ妾から提案がある。それを聞いてもらいたい。資料14ページには『大陸西部地域経済連合』と銘打っているが、妾はそれを構築したいと考えている」


「この経済連合の趣旨は、連合内の経済の安定化と各国の発展である。ページを一枚めくってもらうと、その経済連合に参加する条件が書かれている」


 多くの参加者がページをめくる中、先走ってその内容を読んでいたジュスタルクの巫女王が声を上げた。


「ジュスタルクは調印するのじゃ!」


 バーンッと宣言。

 これには隣に座るエルフも綺麗な顔を驚愕に染めちゃっている。おそらく、独断なのだろう。

 この参加条件は、一部、無茶な要求があるのだ。


 1つは、恒久的な平和条約への調印。

 これはまあいい。守られるかどうかはともかくとして、捺すだけなら簡単だからだ。

 過去には3国間で平和条約が結ばれたのに、5年後に条約を破って瞬く間に2国を滅ぼした国もある。アクラ帝国だ。これによってアクラ帝国は東方最大の国土を持つ国になった。


 1つは、発明の保護組織の設立と参加。

 これまで発明品に対する保護法などなく、どんどん模造品が生まれてきた。これが技術の秘匿を生み、技術の発展を遅れさせてきた原因の一つだ。この状態をなくすために、新たな発明品には発明者へ使用料を与えてやりたい。

 それはアアウィオルだけでやっても仕方ないので、経済連合に入る国で取り組みたいと考えている。


 少なくとも、アアウィオルはこれから多くの発明品が生まれるだろう。

 実のところ、古の超文明の技術を知っているリゾート村の大師範たちは、商品に関しては本気を出していない。現代とあまりにもかけ離れているため、再発見ではあるが生徒たちに発見の余地を大量に残してくれている。


 そして、最後の1つがエルフの驚愕した原因。

 国土の一部をアアウィオルに譲渡することであった。

 土地が必要な理由は、巫女王が口にした。


「アアウィオルが妾たちに技術を教えてくれるための学園を作ってくれるというのじゃ。だから問題ないのじゃ!」


 ちょっとアホな子で心配だが、今回ばかりは英断だと妾は思う。


 アアウィオルばかりが発展していくのは、神の望むところではない。

 キャサグメたちがアアウィオルに力を貸したのは、第一候補だっただけなのだ。つまり、別にアアウィオルは神に選ばれているわけではないのである。


 とはいえ、妾はアアウィオルを発展させる義務があるため、タダでリゾート村の技術を教えるわけにはいかない。

 そこで、この飛び地内での収益は全てアアウィオルのものとなるように働きかけようと考えている。推定収益は莫大なものになると算出されているが、そのくらいは貰わんと運営費や学園建設費など諸々丸損だからな。


 貰う国土は2㎢と明記されており、国土としては小さいが町としては十分な大きさと言える。


 この土地に作られる場所を、妾は学園都市と名付けた。


「では、ジュスタルクの学園建設からまず着手しよう。学園の建設場所についてはよく相談しようではないか。まず間違いなく、その周辺は貴国の最大の経済圏になるだろうからな」


「むふぅ!」


 ざわつく会場の中で、巫女王は胸を張ってドヤ顔をした。

 妾は決して騙し討ちなどしていないのだが、なんだか騙した気分になってくる。

 凄く心配な子なので、学園ができたら一番に学んでもらおう。


 フォルメリア王が手を上げると、妾の弟であり司会進行のカイルがカンカンとガベルを鳴らした。


「フォルメリア王殿下からご質問がございます。ご静粛に」


 フォルメリア王は咳払いをしてから、言う。


「学園では実際にどのようなことを教えてくれるのだ? それ次第では話にもならんだろう」


 それは尤もな疑問だ。

 巫女王がおかしいとも言える。


 妾が手を上げると、白いテーブルクロスが敷かれた台車が転がされてきた。その上には10品が乗っている。そんな台車が8つ、それぞれの国の代表席の前に運ばれた。


「サンプルを用意した。少し取りづらいかもしれないが、手に取って見てほしい。剣については危険なので振らんように」


 各国の代表は席を立ち、台車に置かれた品々を見分して唸る。


 向こう側が見えるほど透き通ったガラス製品、作った者の名を知りたくなるほどの剣、素晴らしい手触りの織物、甘い香りを放つふわふわなパン、精巧なフィギュア、手に納まるほど小さな光の魔道具などなど。


 どれも、以前の妾なら驚愕するほどの逸品だ。

 しかし、妾は告げなくてはならない。


「それらは修行中の職人たちが練習で作っている物だ」


「こ、これが?」


「うむ。学園が作られた暁には、ジュスタルクの民はそこに並んだ品以上のクオリティの物を自国で作れるようになると約束しよう。もちろん、原材料によっては他国からの輸入に頼る品もあろうがな。地域柄で作れない物はあるというのは承知してくれ」


 妾が告げると、巫女王は目をキラキラさせた。


「どれくらいで学園はできるのじゃ?」


「学園が完成し、学習が始まるのは約1年後を考えている」


 実のところ、やろうと思えば3日後でもいける。

 その場合は小さな家が学び舎になり、小人数しか学べないだろうが。


 しかし、両国ともに準備は必要である。

 アアウィオルだってついこの前ゾルバ帝国を倒してクソ忙しいのに、すぐに始められるはずがない。


 教師役については、どうにかなる算段はついている。

 ゾルバ帝国やアルテナ聖国に派遣されていたリゾート村の者が大量に任務を終えたからだ。他にもリゾート村はシャングリラという別の島を持っており、優秀な人材は多い。

 教師は文官相当となるので、卒業生に声をかければ教師になりたいというアアウィオル人もいるだろう。


 ちなみにだが、この学園では第一次成長限界を超えるための修行は行なわないが、それよりも下の指導でも今より精強な戦士たちが生まれるだろう。


「この土地を侵略の拠点にしない保証はあるのだろうか?」


 そう言ったのは、ギランという国の王である。

 ギランはドワーフが多い国だ。

 ドワーフは獣人に次いで奴隷にされやすい種族であり、逃げ延びた末に山岳地帯に住んでいる。

 ゆえに、自国内に飛び地を作るのにためらいがある様子。だが、その手には剣を握りしめ、こういう剣を作りたいという意思が伝わってくる。


「妾は神の御前で詐称しない。それに、仮に侵略をするのならば正面から取りに行く。それだけの戦力を妾はすでに見せた」


 これには各国の王は押し黙った。

 巫女王だけはうむうむと頷いている。一緒に風呂に入ったのはそれほど効果があったのだろうかと、びっくりである。


「しかし、諸君の文化が今まで通りであるとは保証できない。例えば、この都市を見てもらえばわかるが、水辺では肌を晒す者も多い。平民ですら服に流行り廃りを感じるようになるといったような、細かなところで今まで通りにはいかなくなるだろう。我々はこれを文化の熟成であり、職種を増やす増加させるきっかけだと考えているが、諸君がそれを不必要なものだと考えるのならお勧めしない」


 あとは平民にどれだけ目を向けているかであろう。

 各国で貴族は文化を持つが、平民は基本的にどこも大して変わらない。ちょっとした風習や地域に根差した決まり事があり、祭りのやり方が変わるくらいだ。彼らが考えている文化とは、結局のところ特権階級のものなのである。


「良しわかった。ラーファも経済連合の調印を前向きに検討したい。しかし、経済連合の詳細はいま一度話し合っていきたい」


「それについてはもちろんだ」


 そう言ったのはラーファの老王だった。


 実のところ、これは予想できていた。

 国土のほとんどが砂漠である彼の国は、産業の種類が他の国よりもずっと少ないのだ。

 もう一つの理由として、老王の年齢がある。あのくらいの歳の王は、長寿を目指したくなるものだ。高い技術を持つ学園の建設をチラつかせれば飛びついてくるとわかっていた。


 ラーファは同盟ではなく不可侵条約を結ぶつもりだったようだが、老王の独断で決定したようだ。

 これに対して、貴族たちは何も言わない。この国の王の権力は非常に大きいのだ。


 これを皮切りにして、会議に参加している8つの国が全て調印を考える方向に流れた。まさに流されたといった王は数人いる。

 なにか大きな落とし穴はあるのではないか、と考えている王もいそうだが、特に無いから安心してほしい。


 ただ、学園を作ったら奴隷制はどんどん過去のものになっていくだろう。


 学園で学んだ者と普通の人間では、仕事の効率に極めて大きな差が生まれる。普通の人でも単純作業は向いている場合もあるが、それも一部の職の話だ。学園ができれば、奴隷が非効率な存在だと彼らも気づいていくはずだ。

 すぐには無理だろうが、国が富み、最低水準の生活がまともになれば、身売りして奴隷になる者も少なくなっていき、ゴブリン返りを増やす一因は取り除けると思う。




 経済連合の詳細は数日に亘って議論され、国際会議は概ね満足のいく内容で終わった。

 妾が喋ったのも最初の一日くらいなもので、あとは大臣たちが張り切ってくれた。


 会議場から退出する妾は内心でホッとした。

 キャサグメたちとの約束のひとつがこれで達成できる目途が立ったからだ。


 キャサグメたちが神から受けた命は多いが、そのひとつが『世界の幸福度を上げる』であった。

 非常に漠然としていて達成の難しい使命だが、奴隷制を今一度見直すきっかけを作り、寒空の下で凍える子供が減るように働きかけられたのなら十分だろう。


 とはいえ、まだ経済連合ができただけである。

 妾の仕事は全然終わりが見えなかった。


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