第5話 カイル やりたくない司会進行


 私はカイル・クロウリー。

 今さらの話だが、アアウィオル王国の女王の弟で、公爵をしている。


 女王の弟なので元からそこそこ忙しい私だったが、最近は異常だ。

 原因は明白で、なにもかもゾルバ帝国とアルテナ聖国が悪い。

 亡国とならなかったので嬉しい忙しさではあるのだろうが、それにしたって忙しい。


 リゾート村で学んだ薬師や回復魔術師、能力強化した文官たちがいなければ、パンクしていただろう。まあ、薬や魔法で疲労を回復するのは、良いことではないという話ではあるけれど。


 我々を忙しくしている原因のひとつである大イベントが今始まろうとしていた。国際会議である。


 開催地は、参加国の数とその要人や護衛の多さを理由に、リゾート村だ。本来なら王都でやったほうが外聞は良いのだろうが、そんな人数を宿泊させられる場所がない。


 リゾート村でも会議はあるので立派な議事堂もあるのだが、国際会議はそこの一番広いホールで行なわれた。


 数時間前には列席者は控室に入り、呼ばれたら大ホールに移動することになる。

 この入場の順番は序列などなく、それを証拠に誰がどう考えてもイニシアチブを握っているアアウィオル陣営がどこの国よりも早く席についていた。


 扇形に配置された代表席には各国の代表とその補佐が座り、その背後や吹き抜けの2階には同行する要人たちが座る傍聴席がある。傍聴席にもしっかりテーブルもあり、決して見聞きするだけの扱いではない。

 我々アアウィオル陣営は扇形の代表席に向かい合う形で用意されており、姉上を始め、国家運営の中枢を担う者たちが座っている。


 全ての参加者が揃うと、代表席も傍聴席も予備の席を抜かして全て埋まっていた。どこの国も参加人数の枠を全て使っている証拠だ。


 開始時間まではガヤガヤと騒がしい。

 声が重なりすぎてさすがになにを話しているかはわからないが、視線から見て、話題の中心は姉上やラインハルトさんのようだ。まあ、姉上は美人だし、ラインハルトさんは強そうだし、無理はない。


 私はカンカンとガベルを鳴らす。ガベルというのは小さな木槌のことだ。


『定刻となりました。これより国際会議を開催します。僭越ながら、司会進行は、私(わたくし)アアウィオル王国公爵カイル・クロウリーが務めさせていただきます』


 私の声が会場に響く。

 そう、私は司会進行役に選ばれちゃったのである。マジでやめてほしい。


 いつも会議の時は宰相や司会専門の役人がやるのだが、役人のほうは爵位が足りず、宰相は若干聞き取りづらいオッサン声をしているので、私がやることになった。宰相はキャサグメの下で発声の修行をしてきてほしい。


『まずは各国代表の方のご紹介をいたします。傍聴席の皆様は、拍手を以て敬意を表していただきたく存じます。なお、敬称は殿下を用いさせていただきます。それでは私から見て左手の代表者から紹介いたします。ラーファ王国はルドー・カルシャム・ル・セヴァ・ムジャクジュ・ラーファ国王殿下』


 名前がなげぇよ……っ!


 私が名前を呼ぶと、砂漠の国の王であるラーファの老王が席を立つ。

 姉上や代表者席に手のひらを見せ、その後に傍聴席へ向かって手を上げて応える。頭を下げないあたりは王であり、同時に手のひらを見せたのは争う意思がない表れだろう。

 一方、傍聴席のラーファ陣営は席を立ち、ビシッと最敬礼した。

 ほかの傍聴席では拍手がされ、アアウィオル陣営も姉上を含めて拍手で迎える。


 紹介がされることは事前に説明されているのだが、ラーファ陣営はそこにパフォーマンスを組み込んできた。これを見て、いくつかの国の傍聴席が困惑している様子。そういうの聞いてないんだけど、と。私も聞いてない。マジでやめてほしい。


 ラーファ国の意図は簡単だ。

 ラーファの老王の紹介と同時に一糸乱れぬ最敬礼を行なったことで、忠誠心の高さや結束の高さを他国にアピールしたのだ。

 これを見れば、もし戦争が起こったならばラーファ貴族は王の旗の下に団結して戦うだろうと思えてくる。


 ラーファがそんなだったから、続く他国の陣営も自国の代表の紹介の際には最敬礼で応える羽目になった。予行練習なんてしてなかっただろうにある程度揃っているあたり、さすがは各国の上級貴族である。


『続きまして、ジュスタルク巫女国はアーリン巫女王殿下』


 名前が短くてすんごく好感が持てる。苗字すらないからね。


 ジュスタルクの若王はプルプルと震えながら立ち上がり、されど精一杯虚勢を張って各陣営に視線を巡らせた。彼女を応援するように、ジュスタルク陣営は頭の上に両手を立てる謎の敬礼をしている。文化の違いって凄いな。


 それにしても、話に聞いていたよりもジュスタルクは統制が取れているな。

 未熟な巫女王ということで姉上が一緒に風呂に入ってやったそうだから、その効果が出ているのかもしれない。


 紹介は続き、最後に姉上の番になった。


『最後となりますが、我がアアウィオル王国からはエメロード・アアウィオル女王陛下を紹介させていただきます』


 姉上も席を立ち、代表者、傍聴席合わせて、3方向に向かって軽く会釈をした。

 軽くとはいえ王が頭を下げる姿に各国陣営は少しざわめいている。


 姉上の第一の子分である私クラスになると、その意図はなんとなくわかる。

 あれはラーファ陣営のパフォーマンスを打ち消す行動だ。ラーファのパフォーマンスも、敬礼が乱れてしまった国の失態も、姉上の会釈の前には霞んでしまう。


 実際に、会釈ひとつで思惑を帳消しにされたラーファの老王が、面白そうに口角を上げている。


 ふぅ……こういうバチバチやりあうのホントやめてほしいわぁ。




『まず、事前に配布いたしました会議資料をご覧ください。紙を1枚めくっていただくと目次となり、さらにめくっていただくと本会議の進行予定がございます。本会議は基本的にその進行予定に沿って行なせていただきます。それでは、国際会議の主催であるエメロード・アアウィオル女王陛下より会議の開催宣言を行ないます』


 姉上は発言台まで進み出ると、開催宣言の挨拶を始めた。


 先ほど会釈をした姉上だが、発言台の前に立つその威風堂々とした姿を見て、侮る者などいないだろう。各国陣営には、ゴクリと唾を飲む音すら聞こえてきそうなほど畏怖の念が籠って思える。


『此度は忙しい中、遠き我が国へよくぞ参られた。まずはアアウィオル王国を代表し、貴殿らの此度の訪問を歓迎する。重要な会議の期間ではあるが、合間合間に楽しんでもらえたら嬉しく思う』


 私と同じように、姉上の凛とした声も拡声されてホールの隅々にまで届いた。

 なお、ジュスタルクの巫女王のようにすでに各国代表には挨拶回りをしているので、これはそれ以外の要人向けの挨拶だ。


『さて、この度、アアウィオル王国周辺8か国が一堂に会する場を設けたのは、先のゾルバ帝国との戦争において各国首脳から会談の要請があったためだ』


 実際にアアウィオルに隣接しているのは、ゾルバ帝国、ガーラル王国、フォルメリア王国の3国だ。この8か国は、アルテナ聖国が各地の神聖教会を用いて、アアウィオル王国包囲網に参加させた国々であった。

 なお、ゾルバ帝国はこの場にはいない。現在、あの国の新女王候補は死ぬ気で修行中である。


『アルテナ聖国の崩壊に伴い、貴殿らが守る民は指針を失っていることだろう。民の不安は募り募れば乱世へと繋がり、貴殿らが作り上げてきた文化や人、そこから紡がれるはずの未来は戦火の中に消えていくことだろう』


『それは神々のお望みではなく、もちろん敬虔なる神の僕たる妾の望むところでもない。此度の国際会議はそういった悲劇を食い止めることが第一の目的であると認識してほしい』


『それでは、この世界に実りある会議となるよう偉大なる神々と英雄へ祈りを捧げると共に、国際会議の開催を宣言する。開催を承認する者は、着座で構わんので創造神様への祈りを以て示してもらいたい』


 姉上はそう言って宣言を終えると、発言台の横に跪いて神へと祈りを捧げた。


 この瞬間、姉上の頭はこのホールで最も下に位置していたが、それに対して侮蔑を含む者は現れなかった。我が姉ながらめっちゃ絵になる。アルテナ聖国の聖女より遥かに神々しい。


 創造神様を信仰していない人間などいないので、ここにきて祈りを捧げない者はさすがに現れず、しばしの静寂がホールに満たされる。


 すると、この会議を見守っていると示すかのように、ホールに神の気配を感じられた。

 私は7月にあった『神休みの日』の翌日にすでにかなり強烈な神の気配を体験したことがあるのでそこまで驚かなかったが、他国の者は違う。


 祈りが終わると、完全に畏怖した目で姉上を見ていた。

 まったく意図してなかったたけど、掴みはばっちりだぜ、姉上!

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