第4話 アーリン 臆病な巫女王


「ぜ、全面降伏するのじゃーっ!」


「なにをたわけたことを言っておられるかーっ!」


「ひぅうううううう!」


 妾はアーリン。

 獣人やエルフの国ジュスタルクの巫女王なのじゃ。


 アアウィオル王国に半日誘拐された妾は、帰ってからすぐに人を集めて『全面降伏』を提案した。そうしたら、みんなが猛烈に怒ってきたのじゃ!


 大将軍は虎獣人だから顔がめっちゃ怖い!

 そんな怖い顔でおっきい声を出すでないわーっ!


 妾はお漏らししそうになるのをグッと我慢した。

 いつもはお飾りの妾だけど、今日は引き下がれんのじゃ!


「ひぅ、ひぅううう! お、おぬ、お主らはヤツらの恐ろしさを知らぬからそんなことが言えるのじゃ!」


「ふん! 巫女王は戦を見たことがないから怯えているだけであろう! アアウィオルなど蹴散らしてくれるわ!」


「左様左様! それにかの国は創造神様のお怒りに触れた国。恭順などできるはずがない!」


「だから戦えない者を王にしてはならんのだ!」


 怒号の嵐に、妾は思わず獅子獣人の近衛隊長ガレンを見た。

 こやつは一緒に誘拐されたから、ヤツらの恐ろしさを知っているのじゃ。

 けれど、ガレンは腕組みをして沈黙するばかり。


「ひ、ひぅううう、なんで……」


 そこで、猿獣人の大臣が大将軍に耳打ちした。


「大闘技場にアアウィオルの者らを引き入れているだと!?」


 はわーっ!

 あのクソ猿なんてことを!


「すぐにひっ捕えるぞ! 者ども続け!」


「や、やめるのじゃ! あの者らに手を出してはならん! 国が滅んでしまうのじゃ! ガレン、ヤツらを止めるのじゃー!」


「……」


 妾の必死の訴えも虚しく、ガレンは腕組みをして沈黙を続けた。


「な、なんで妾の味方をせんのじゃ!」


「真の強さを見たことがない者らに言ってもしかたがないことゆえに」


「なにをカッコつけておるんじゃーっ! お主、バカなのかえーっ!?」


 妾はガレンの胸倉を掴んで揺すろうとしたけれど、妾の力ではビクともせん!


「ご安心ください。もしもの時は女王陛下がかの国と同盟を結びたいと強く主張していたことを、この命を以て証明しましょう」


「え! ……ほんとかえ?」


「はい」


「ほんとにほんとかえ?」


「我が父祖の名に誓って」


 じゃあ……いいか!


 案の定、日が暮れた頃に大将軍たちがトボトボしながら帰ってきた。


「だから言ったではないかーっ!」


 妾はオーガーの首を取った気分で大将軍たちを怒鳴りつけた。


「……」


 不機嫌そうに黙っちゃって、なんなのコイツら!


「それでお主らの馬鹿な行ないのせいで何人死んだのじゃ! 言うてみい!」


「……ギリィ!」


「ひぅ!」


 は? なにコイツ。なんで逆ギレしてるのじゃ!?

 でも、虎獣人はすんごく顔が怖いから妾は黙った。


 そんな妾に、ガレンが耳打ちしたのじゃ。

 死者0人。


「え。誰も死んでないのかえ? なんだ、お主ら、お話をしに行っただけなのかえ?」


 妾、ちょっと早とちりしちゃったのかも。

 それだとさっきの言葉はブチギレてもおかしくないかも。


「それならそうと早く言うのじゃ。すまんの。でも、ケガがなくて良かったのじゃ」


 妾が謝罪すると、大将軍がダンッと机を叩いた。

 妾はお漏らしそうになった。


 意味不明なのじゃ!

 これだから肉食の動物を父祖に持つ獣人は怖いのじゃ……っ!


 あとで聞いた話では、大将軍は木刀を持ったたった3人のアアウィオル騎士に敗北したそう。増援しまくり、最終的に1000人以上が撃退されたのだとか。

 さらに、戦闘不能にされた全兵士が回復までされて戻されたという。


 大将軍は手加減されて怒っているのだという。コイツら、バカなのかえ!?




 話が変わったのは、大闘技場に来ていたアアウィオルの兵士たちが見せた不思議な魔道具での一件。我が臣民が目撃したのは、妾が誘拐された際に見せられたゾルバ帝国との戦争と、本当の神威裁判で崩壊するアルテナ聖国の姿だったのじゃ。


「だから妾は言ったのじゃ!」


「「「……」」」


 すぐに会議を開いた妾は、バンッとテーブルを叩いた。

 自分で出した音にビックリ。さらに手のひらがめっちゃ痛いのじゃ。

 妾はテーブルの下で手を摩った。


「誘拐されたあの日、多くの国主が怯える中、妾はエメロード殿にこう言ったのじゃ。全てが終わったら、いま一度同盟を結ぶ会議を開いてほしいとな。そうやって妾が必死になって民のために動いていたというのに、お主らときたら!」


「「「……」」」


 まただんまり!

 まったくもうまったくもう。これだから戦いしかできん者は!


「お主らのせいで妾はエメロード殿に謝罪せねばならぬ。しかし、妾とエメロード殿は盟友だからなんとかなろう」


「な、なんと、それはまことですか?」


 エルフの大臣が驚きを露わにした。


「うむ。妾はエメロード殿からたくさん贈り物を貰ったからの。このさらさらな髪やぷりぷりな肌を手入れしたのもエメロード殿が贈ってくれた物じゃ。ほかにもこれらのアクセサリーはアアウィオル王国の国宝クラスの物じゃ」


 美しい指輪や腕輪を見せる妾に、みなが熱いまなざしを送ってきた。

 むふぅ!


「それでナロン殿。国際会議はいつくらいになりそうかの?」


 妾はアアウィオルから出張している文官のナロン殿に尋ねた。妾たちのためにか、獣人族の文官を送ってきてくれておるのじゃ。ウサギ獣人じゃの。


「現在、調整中であります。しかし、エメロード女王陛下も各国の混乱は承知しておりますので、あまり時間はかからないかと存じ上げます。具体的に言えば、3週間後を目安に考えております」


「多くの国を集める会議をそんなに早くですか?」


 エルフの大臣が驚いた顔をする。


「国際会議の参加者は転移魔法で送り迎えをいたしますので、あとは本国の準備次第なのです。正式な招待状がお送りできるのは3日程度先になると聞いております」


 これには皆が閉口しておる。


「ほらー、エメロード殿は凄いのじゃ! なにせ妾の盟友だからの!」


 むふぅ!


「これから資料をお配りしますので、国際会議が始まるまでに皆様にはこの資料に書かれていることを決議していただきたい」


 というわけで、国際会議が始まるまでに妾たちはたくさん会議をするのだった。




 数週間後。

 妾は国際会議の会場である大都市に来ていた。


 なんでもあるすんごい大都市なのじゃ!

 妾、森や山ばかりのジュスタルクしか知らんから、超楽しいのじゃ!


 妾のお気に入りは、マンガ!

 たくさん買ったのじゃ。


 数日前から前入りして、遊びたお……たくさん見学し、今日はエメロード殿と会う日なのじゃ。


「のう、ララ。おかしくないかえ?」


「はい、アーリン様。とてもお美しいです」


 獅子獣人の騎士ララから期待通りの返答をもらい、満足。

 はー、ドキドキするのう。


 エメロード殿はとってもカッコイイのじゃ。

 獣人たちは奴隷にされがちだけど、なんとその奴隷売買の黒幕のひとつにアルテナ聖国があったのじゃ。エメロード殿は、そのアルテナ聖国の生臭坊主共をコテンパンにしちゃったのじゃ!

 闘技場では例の魔道具で行なわれる『上映』が日に二度行われたので、妾は毎日見に行ったものじゃ。


「アーリン様。エメロード殿下がお見えになりました」


「う、うむ!」


 前触れが来て、妾は慌てて立ち上がった。

 それからしばらくして、エメロード殿が部屋に入ってきた。


 は、はわー、カッコイイ……っ!


 けれど、エメロード殿は何も言わない。

 しばらくの沈黙が続き、ララから軽く背中を押されてビックリ。

 はっ、そうだった。ホストがまず歓迎を口にしないといけなかったのじゃ!


「よ、よ、よくぞ来てくえ、き、来てくれました」


 噛み噛みな自分に妾はカッと顔が赤くなった。

 目頭が熱くなって、あれだけお話したかったのに、もう終わってほしくなったのじゃ。


「今日は時間を取ってくれてすまぬな」


「だ、大丈夫!」


「そうか。リゾート村は楽しんでくれているか?」


「ひゃい!」


 緊張のせいで上手く口が開かない妾は、思わずガレンやララへ助けを求めた。

 2人はキリリとして前を向くばかりで、いつものように助けてくれないのじゃ。


「なにか気に入ったものはあったかな?」


「っっっ」


 堂々とするエメロード殿の姿に、妾は恥ずかしくて俯いてしまったのじゃ。

 同じ女王なのに、あまりに違いすぎるのじゃ。


「妾はマンガが好きでな。アーリン殿は知っているかな?」


「ふぇ! エメロード殿もマンガが好きなのかえ!? ウソウソ、妾も大好きなのじゃ!」


「うむ、妾もよく読んでおるぞ。アーリン殿はいま何を読んでおるのだ?」


「『幸せ者 ネイジー・レイジー』なのじゃ! 今ね、老婆の最後の化粧をしてあげたお話まで読んだのじゃ。凄く感動したのじゃ!」


「ああ、あれは切ないがとても良い話だな。それでは、いま読んでいるまででアーリン殿が一番好きなのはどこだ?」


「えー、どこじゃろう。あっ、捨てられた婚約者の話なのじゃ!」


「妾もあの話はとても好きだな。美しくなったヴィオの姿を見て茫然とする元婚約者たちの姿は実に痛快だ」


「っっ!」


 うんうん!


 はわー、さすが妾の盟友!

 とってもお話が合うのじゃ!

 それに比べてガレンのやつは、『魔天武神 レガ』が好きとか全然話が合わないのじゃ!


 しばらくマンガや食べ物の話で盛り上がっていると、エメロード殿が凄いことを言った。


「時にアーリン殿、風呂は気に入ってくれたか?」


「うむ! とっても気持ち良かったのじゃ!」


「それじゃあ、これから一緒に入るか」


「え!? え!」


 急な提案に、妾はララを見た。

 ララも困惑した様子。


「よし、では行こうか」


「えーっ!」




 はわーっ、な、なぜか妾はエメロード殿に髪を洗ってもらっているのじゃ!

 鏡に映ったエメロード殿の裸はとっても美しく、目が合うと妾は恥ずかしくて顔が熱くなった。


 見るのじゃ、ララ!

 もうこれ、超親友なのではないだろうか!?


「アーリン殿はいくつになる?」


「じゅ、16歳でしゅのじゃ!」


「そうか。ならばこれからもっと美しくなるな」


「っっっ!」


 綺麗になるって!

 褒められて嬉しい!


 妾たちは湯船に浸かった。

 周りにはエメロード殿のメイドや、ララしかいない。

 意地悪な者らがいなくて、妾は幸せな気分で温かいお湯を堪能した。


「気持ちいいな、アーリン殿」


「うむ……とっても気持ちいいのじゃ」


 ほえー……。


「アーリン殿はジュスタルクをどんな国にしたい」


「ほえ? え……」


 急に政治的な話をされて、妾はララを見た。

 湯あみ着を着て待機するララは、なにも反応してくれない。


「わ、妾は……その……」


 政治の話をされてもわからないのじゃ。

 国のことはエルフの大臣とか賢い者らに任せきりだし……。


「怖いことは嫌いか?」


「う、うむ、嫌いなのじゃ」


「妾も嫌いだ」


「エメロード殿も?」


「もちろんだとも。怖いことなんてない方が良い。しかし、女王ともなればそんなことも言っていられない。お互いに辛いな?」


「っ!」


 そうなのじゃ。

 会議になればいつもみんな喧嘩ばっかり。

 喧嘩をしなくても、ずる賢い者は油断できん。


 妾だけがそんな者たちの中にいると思っていたけれど、エメロード殿もそうだったのじゃ。誘拐された時はとても怖く感じたけれど、エメロード殿こそが妾の唯一の理解者だったのじゃ!


「エメロード殿、お、お姉様と呼んでもいいかえ?」


「ああ、いいとも。しかし、公式の場で呼んではならないぞ?」


「は、はい!」


 すると、お姉様がズイッと体を近づけて、肩を抱いてくれた。


 は、はわーっ!

 目が合ったララもはわーっとしている。


 お姉様に肩を抱かれながら、妾たちは語り合った。


「ネイジー・レイジーの物語で、最後に化粧をしてもらえた老婆の話を読んでどう思った?」


「あの、その……」


「ふふっ、落ち着け。誰も邪魔しないのだから、ゆっくりでいい」


 はわー、優しい。

 獣人族はせっかちが多いから、お姉様の優しさはとっても好きなのじゃ!


「老婆が笑いながら息を引き取って、悲しかったけど、良かったって思ったのじゃ」


「アーリンは優しいな。ならば、ジュスタルクの国民も幸せに老いて、最後まで笑っていてほしいとは思わんか?」


「思うのじゃ。でも、獣人族は奴隷にされやすいのじゃ。だから、奴隷狩りに連れて行かれちゃう……。巫女宮で働く者の中にも子供を奪われた者がいるのじゃ」


「そうか……そんな不幸はなくしたいか?」


「当り前なのじゃ。でも、妾は巫女王なのに弱くて……臆病で……先代の巫女王は狼獣人だったから、みんな先代のほうが良かったって……ひうぐぅ……」


 お姉様に優しくされた妾は心の中にある素直な気持ちを吐き出していった。でも、それを言葉にすると情けなくて涙が出てきた。

 そんな妾をお姉様は頭を撫でながら、抱きしめてくれたのじゃ。


「弱いことも臆病なことも悪いことではない。自分の弱さを知らないことこそが罪だ。アーリンは自分の弱さを認めているのなら、それは凄いことだ」


「わ、妾が凄い……」


「臣下を頼れ。臣民を味方にしろ。女王ひとりではいかほどのこともできないのだから」


「でも皆は先代のほうが良かったって……」


「みんなが先代のほうが良かったというのなら、もうアーリンの評価は上がるだけではないか。弱いなら弱いなりの戦い方はたくさんあるのだ」


「妾にもできる戦い……」


「考えろ。弱いからこそ考えることを放棄してはならない。弱い王だからこそ見える景色は必ずあるのだ」


 妾にもできる戦い。

 妾だからこそ見える景色がある。

 それはなんだろう。


 お姉様がお帰りになると、その晩には同行してきた家臣たちと毎日行なわれている定例会議となった。お姉様と会談した日なので、いつもよりも重要な会議なのじゃ。


 すると、皆が妾を見る視線が今までと違うことにすぐに気づいた。


「どうしたのじゃ?」


 首を傾げる妾にエルフの大臣が問うてきた。


「エメロード殿下と湯あみを共にしたというのはまことですか?」


「ふぇ!? う、うむ、お姉……エメロード殿に髪を洗ってもらったのじゃ」


「な、なんと、エメロード殿下に髪を!? ララ殿、それはまことか!?」


「はい。アーリン様はエメロード殿下と友情を育んでおられました」


「「「おーっ!」」」


 な、なんじゃろう?

 だからお姉様と妾が親友だと前から言っておろうが。今さらなにを驚くのか。


「そんなことよりも、妾は皆にお願いしたいことがあるのじゃ」


「お、お願いですか?」


「うむ」


 お姉様に言われたことを、妾なりに考えたのじゃ。


 妾は弱い。

 先代のように勇ましく戦うことはできないし、先々代のように精霊を巧みに扱うこともできない。

 巫女王の順番が鹿獣人族に回ってきたときに、巫女としての資質を持っていたのが妾しかいなかったから、巫女王になっただけのお飾りなのじゃ。


 妾はララに視線を向けるのをグッとこらえて、皆に言う。


「今は国の命運を決める時なのじゃ。だから、どうか妾と民のために皆の力を貸してほしいのじゃ。この通りなのじゃ」


 だから、妾にできることなんてこれしかないのじゃ。

 妾はテーブルに手をついて、深く頭を下げた。


 お姉様は言っていたのじゃ。

 もう妾の評価は上がるしかないと。逆に言えば、もう下がることはないのじゃ。

 だから、無様でもいいから頭を下げ、皆をまとめるのじゃ!


 静寂の中、妾は恐る恐る顔を上げた。

 すると、そこには両手を頭の上にピンと立てた家臣たちの姿があった。

 それは獣人族において、椅子に座っている時などの簡易礼法の中で最上位の礼だった。


 その光景に茫然としていた妾だったけど、ララに背中を押されて、ハッとした。


「か、感謝するのじゃ!」


 妾が巫女王になった時は簡易礼法ではない正式な最上位の礼をされたけれど、妾にとって今もらった礼こそが本物に思えたのじゃ。


「み、皆の者、それでは会議を始まるのじゃ!」


 妾は、皆の目に今までとは違う輝きを感じて、ドキドキしながら会議の開催を告げたのだった。


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