第3話 ダン 屋台の店主の仕事


 俺の名前はダン。


 普段は王都で串焼きの屋台をやっている俺だけど、現在はリゾート村で代理の料理人をしている。

 俺が担当するのは、串焼きの貴族向けレストランだ。


 串焼きに貴族向けのレストランなんかあんのかよ、とここに来るまで内心で疑っていたものだが、これが店の内装に気を使えばなんと成立するものだからビックリだ。

 木製のロッジ風の店で、海側3方向の壁は開け放たれている。そこから望める白い砂浜とエメラルドブルーの海の風景は、むしろ下手な店よりも贅沢と言えるだろう。


 そんな店内の数か所にあるカウンター席にそれぞれ俺みたいな料理人がおり、これじゃあ人手も足りないわといった感じである。


 他国の貴族が前乗りしてやってきた情報が入ってくると、その翌日にはチラホラと貴族の客がやってきた。

 ドキドキしながらも仕事についてみれば、これがまあ何とかなるもので、すでに4日が過ぎていた。


「なんと暴力的な肉の香りか」


 いかにも金持ちそうなオッサンの言葉に、俺は『たしかに』と思いつつ手を動かす。

 オッサンや隣に控える執事の目は先ほどから俺の手に集中しており、肉汁が溢れて炭へ落ちるとゴクリと喉を鳴らす。


「ロック鳥のモモ肉、柚子塩胡椒味にございます」


 俺は普段使わない言葉使いでそう言いながら、コトリとオッサンの横に皿を置いた。

 毒見係の執事が待ってましたとばかりに手を伸ばすが、オッサンはその手を払う。


「閣下!」


 そう窘める執事だが、その顔に心配の陰はなく『そんなご無体な』と書いてある。

 オッサンは言葉を出すのももったいないとばかりにそれをスルーして、歯でモモ肉を串から外して咀嚼すると、目をクワッと見開いた。


「な、なんという物を食わせてくれるのか!」


 それが罵声ではないことは油でテカッた唇をした表情を見ればわかる。オッサンの隣に座る小僧も、ガツガツ食べているし。

 気に入ってもらえたようでなによりだ。




「上手いことやっているみたいじゃないか」


 夜。

 業務が終わって店を閉めていると、俺にこの依頼を持ってきた大将がやってきた。


「おう、大将。まあボチボチな。そっちはどうなんだい?」


 大将がやっているのは鉄板焼きという、やはり串焼きのようなオープンスタイルの店だ。串焼きよりも提供する料理の幅が広く、ウチよりも貴族向けだ。


 要はリゾート村の従業員の顔が他国にバレて問題にならなければいいだけなので、顔を見せるような場所に俺たちは配属されているわけである。だから、大将もそんな店に配属されていた。


「今日はついに王族が来たぞ。目の前で料理してもらうのがいたく気に入っていたようだから、明日にはお前のところに来るかもな」


「マジかよ。俺のテーブルに来ないことを祈るぜ」


「安心しろ。俺らのバックにはクロウリー閣下がいるから、よっぽどのことをしなければ大丈夫だ」


 それな。女王陛下の弟君であるクロウリー様はアアウィオルで最強のカードの一角だし、まず俺の身は安全と思って間違いない。逆に、よっぽどの粗相をすれば他ならぬクロウリー様から斬首にされる恐れはあるが。


「しかし、お前、髭を剃ると若いな」


「だろ? 若く見られて舐められっから髭は剃りたくねえんだよ」


 学園島で修行してすでに身嗜みを整える重要性は学んでいたが、この依頼を受けるにあたって、さらに身綺麗にさせられてしまった。特にヒゲは全部剃った。


「問題はなさそうか?」


「ああ、特にはな。どこも護衛役が辛そうで憐れなくらいだ」


「それは俺たちが考えることじゃないな。ホテルに帰ったらいいもん食ってるだろ」


「違いねえ」


「それじゃあ、引き続き頼むぞ」


 そんなふうに短いやりとりで、大将は去っていった。


 大将はこうやって、毎日、部下たちの様子を見にきている。

 最初はマメなヤツだと思ったけど、おそらく料理人のリーダーとしてプレッシャーが凄いんだろうな。学園で修行した凄腕の料理人とはいえ、離れた場所で働いている奴らまで完璧に管理する技なんて持ってないし。


 店は終わったが、それから仕込みが始まる。


 店内の全ての調理場で、各料理人が別々に仕込みを行なう。

 なかなか非合理的なやり方だが、食材の声が聞こえちまうと、別々に仕込んだものをそれぞれの冷蔵庫や保管庫に入れておくのが最も効率的なんだ。


 仕込みを終え、俺は店の裏にある自分の部屋に引っ込んだ。

 広くも狭くもない普通の部屋だが、ベッドと見晴らしが素晴らしい。


 俺は窓縁に座り、酒をチビチビと飲みながら、夜の浜辺を眺めた。


 夜の海は浅瀬が青白く光っており、その向こうにある漆黒の海に月がぷっかりと浮かんでいた。

 ギターの優しい音色が遠くから聞こえ、そんなロマンチックな夜に散歩をする貴族の姿も見られる。

 平民エリアの海はもう少し賑やかだが、貴族エリアとそこまでかけ離れていないように思える。どちらにしても、俺には贅沢すぎる光景だがな。


 この村にいると、どうしても息子のことを思い出すんだ。

 俺が16の時に生まれ、10年前に冒険者になると家を出ていって、あっけなく死んじまった息子だ。


 俺と息子は喧嘩別れだった。

 俺は息子が店を継ぐものだと思っていたのに、息子はずっと冒険者になるつもりだったんだ。まあ、どこにでもある話だな。


 喧嘩別れしたから王都にはいられないと思ったのか、息子は別の町へ行き、たった2か月後にダンジョンで餓死した。14歳だった。


 あの時分にこの村があったなら、あいつの運命はまったく違ったものになったのではないか。悲しみで命を縮めちまった妻も元気に笑っていたかもしれない。

 リゾート村にいると、ふとした拍子にそんなことを考えてしまう。


「っ!」


 スライムのラッカが俺の膝に乗ってきた。

 俺はラッカを撫でながら、眩しい海ではしゃぐ息子の姿を夜の海に重ね合わせていた。




「いらっしゃいませ。本日はいかがいたしましょう」


 俺が担当するカウンター席に、獅子獣人のオッサンと奥方と思しき2人の美女が座った。美女は獅子獣人と鹿獣人だ。おそらく獣人が多いジュスタルク国から来た重鎮だろう。


 3人ともリゾート村をエンジョイしているようで、水着スタイルだ。


 貴族はいかにも水着を嫌がりそうに思うが、実のところそうでもないらしい。なんでも、幼いころからメイドなどに体を洗ってもらったりしているため、身分が高い者ほど、平民よりも羞恥心が希薄な人間が現れやすいのだとか。

 人前で肌を晒すのははしたないと教わるが、根本的なところで肌を晒す行為に平民よりも抵抗が少ないという、矛盾した生き物らしい。よくわからん。


 なんにせよ、とりあえず言えることは、獅子獣人こえぇ。


「こういう店は初めてでな。任せたい」


「お飲み物はいかがなさいますか。この後に海やプールで泳ぐようでしたら、お酒はオススメしておりません」


「足をつけて散歩する程度だ。強すぎなければ料理に合うもので問題ない」


「かしこまりました」


 俺はまず給仕にドリンクの種類を伝えた。ドリンクはバーテンダーの仕事だから、そちらは任せる。


 さて、獅子獣人と鹿獣人か。

 獣人は別に名前の頭についている獣と同じ食性というわけではない。好みはたしかに似たものになりやすいが、獅子獣人だから野菜が大っ嫌いということはないのだ。


「おや、これはスライムか?」


 自分専用のスペースでプルプルしているラッカを見て、獅子獣人の奥方様が言う。


「左様にございます。触ってみますか?」


 獅子獣人は強いらしいので、奥方様は全く恐れずに手に取った。


「おー、スライムは初めて触ったぞ。む、プルプルしておるが怯えているのか?」


「いえ、プルプルしているなら喜んでいますね。怯えている時は震えたりせずに素早く逃げてしまいます」


 奥方様が慌てるので、俺はそんな説明をする。

 ここに来る客はスライムに興味を示してこうやって触るので、もう何回もした説明だ。


 奥方様はオッサンを挟んだ席にいる鹿獣人の奥方様へラッカを渡した。

 鹿獣人の奥方様は少しビクビクした様子でラッカを抱いていたが、すぐに慣れてニコニコした。


 俺はそんな奥方様の様子に少し口角を上げつつ、改めて三方の顔をサッと確認する。


 よし、なにを出すか決めた。


 俺が調理を始めると、獅子獣人のオッサンが言った。


「ここの料理人はどいつも武術の達人のような目をするな」


 さすが武人だ。

 人の所作をよく見ている。


「ここの料理人は、お客様の顔色や手などを見ると、お客様の体の芯が求めている食材や味付けがなんとなくわかるんですよ」


「ほう」


「喉が渇いた時に飲む水が美味いように、体の芯が求めている食材や味付けは大体が舌を喜ばせます。まあ良薬は苦いとも言いますので、例外はたくさんございますが。お客様は私に料理を任せてくださいましたので、私はそれらをヒントに料理をご提供させていただきます」


「なるほど、それは楽しみだ」


 客はリゾート村が珍しいようで、俺にいろいろな質問をしてくる。

 武闘派な要人になると今みたいな質問をされるな。何度もされた質問なので、返答もすらすら出てくる。


「お前は料理人のはずだが、テイマーでもあるのか?」


 獅子獣人の奥方様が問うてきた。

 ラッカは鹿獣人の奥方様に抱っこされて、プルプルしている。


「いえ、違います。そのスライムはこのリゾート村にある『スライム屋さん』というお店で購入することができるんです」


「愛玩用にか」


「うーん、少し違いますね。最初はたしかにそうなのですが、スライムは飼い主の真似をして技術を学ぶんです。これに面白さを感じると、愛玩用とは言えなくなるように思います」


「はははっ、じゃあスライムが串焼きをするのか?」


「左様です。さすがにまだお客様には出せませんが、夜に私が食べる分を焼かせて練習をしているところですね」


「……冗談だろ?」


「はははっ、いえいえ、冗談ではありません。お客様は大層腕が立つ武人かとお見受けしますが、スライムを飼ったら足元で武術を学び始めるかもしれませんね」


 俺がそう説明すると、獅子獣人の奥方様は『めっちゃ楽しそう』みたいな顔をした。


 話しているうちに、前菜が仕上がった。


 串焼き屋なんだから平民相手なら串焼きだけでいいが、貴族はそういうわけにはいかない。しかし、ここに来る貴族が求めているのは洒落た料理でもない。珍しく、他の貴族に自慢できる物でなければならないのだ。


 そこで、彼らの栄養状態を見て俺が決めた前菜は、野菜スティックだ。


 手抜き料理だって?

 とんでもない。

 野菜スティックを含むサラダ系は『美食餓鬼洞』の10階にそびえる高い壁であった。その壁を越えたこの料理は、俺が作れる最高の野菜スティックと言っていい。


 野菜を洗う手の圧の強さは個々の野菜が内包している魔力の状態を見て行ない、野菜に走る魔力の線を極力傷つけないよう素早く切っていく。ディップソースのベースはすでにできているが、客の栄養状態を見て味を調え、完成させる。

 他にも細かいことが色々できて、やっと美食餓鬼共は野菜スティックを口にする。


「前菜の野菜スティックにございます。お好みのディップソースをつけてお召し上がりください」


 俺はそう言って、ガラスのグラスに刺さった野菜スティック盛りを3つ出した。ディップソースが入った皿は花を模しており、区切られた花弁ごとには別々のソースが入っていた。


 これに獅子獣人の2人は絶望した顔をし、鹿獣人の奥方様は目を輝かせた。

 獣人の多くは感情が顔に出やすい。俺の屋台に来る獣人も大体がそうだ。貴族はさすがに違うかと思っていたが、別にそんなこともなかった。


 3人の顔色をスルーして、俺はそのまま次なる調理に入った。


 保存庫から後は焼くだけのパン生地を取り出した。


 この保存庫はどえらい便利な物で、調理した物の時間をほぼ止める。ただし12時間で効果が終わるので、長く保存するには魔石に魔力を込め直す必要がある。その性質上、冷蔵庫と使い分けるのが基本的な使い方だ。


「ほわぁ、なんと美味な……」


 鹿獣人の奥方様のうっとりとした声で言う。

 ふふ、それはそうだろう。そのグラスに入っているのはアンタだけのために作った野菜スティックだからな。


 そのあとに2人の獅子獣人も続くが、そこまで美味そうにはしていない。しかし、その手と口はまったく止まる気配がなく、むしろ鹿獣人の奥方様よりもペースが早い。


 もちろん、野菜スティックだけでは終わらない。串焼き屋台の店主である俺にとってはここからが本番だ。


 コンロに乗せて焼き始めた肉たちに塩を振ったり、ソースをつけたり。

 一見すれば誰でもできそうな料理だが、俺は視覚だけでなく、耳で肉たちの歌声を聞いて焼いている。簡単にマネできる技術ではないという自負はあった。


「シールドボアのロース、タレ焼きにございます」


 食用の飾り花で彩られた真っ白な長皿の上には、串焼きと焼き立てのミニロールパン。肉汁の野性的な香りをパンの甘い香りが包み込んでいる。


「絶対美味しいじゃん」


 獅子獣人の奥方様がそんなことをポツリと呟きながら、串を握った。おそらく野営などで串焼き程度は食べたことがあるのだろう。その食べ方には迷いがない。


「うんまぁ……」


 奥方様は蕩けたような顔で言った。

 すぐに正気に戻った奥方様はパンの存在に気づき、食べる。

 奥方様の口の中で、肉汁の後味と焼きたてパンのハーモニーが作られていることは容易に想像できた。答えは当然、美味いだ。


 獅子獣人のオッサンは無言でモリモリ食べている。

 これはどんどん焼かなければならんな。


「なにかお気に召した物がありましたらお申し付けください」


 それから俺は様々な肉や野菜を焼いていった。


 トラップしいたけのマヨネーズ醤油焼き、ロック鳥のモモ、アスパラ兵士のベーコンロール、苔牛のハラミ、星タマネギのウチワ焼き、苔牛のサーロイン、重石ナスのみそ焼き——


 くっそ食べるんだが、コイツら。

 特に獅子獣人がヤバい。苔牛系の串焼きが出てから、ちょいちょいおかわりしやがる。あとパンのおかわりもエグい。


 ああ、でも……美味そうに食べてくれるのは、やはり楽しいな。


 それから1時間ほどして、やっと彼らの食事が終わった。


 今までほとんど喋らずにニコニコしながら料理を食べていた鹿獣人の奥方様が、獅子獣人のオッサンに耳打ちした。


「大変に美味であった。特にこれほど美味い野菜料理を私は食べたことがない。見事である」


 オッサンは野菜よりも肉に夢中だったから、これは鹿獣人の奥方様の言葉なのだろう。自分で言えばいいのに。照れ屋なのか?


「お褒めに預かり光栄です」


 貴族であっても平民であっても、美味いと言ってもらえるのは嬉しい。

 俺は大将から教わった通りに礼をして、3人を見送った。


 3人は護衛の兵士に囲まれながらリゾート村の地図を確認しているので、おそらくスライム屋さんにでも行くのだろう。




「ご苦労だったな」


 国際会議の最終日が終わり、晴れて俺はお役御免となった。

 これから他国の連中はさらに1週間ほど滞在するようだが、俺はここで退散だ。


 その夜には大将がやってきて、俺に労りの言葉を送ってくれる。

 俺は、目の前のカウンター席に座ってビールを飲む大将に答える。


「いや、俺もこいつも貴重な体験をさせてもらったよ」


 ラッカが何かを学べたかはわからないが、少なくとも、貴族という生き物がいて人間には社会があるということを知っただろう。


 いや、その点でいえば俺だって偉そうなことは言えないか。

 貴族は高級で手の込んだ料理でなければ喜ばないと思っていたが、串焼き一本で感動する姿は平民となんら変わらなかった。


「帰ったらどうするんだ? あの店は開けないのか?」


「……」


 大将はどこまで俺のことを知っているのだろうか。こんなイベントで串焼き屋を任せる以上は、身元調査くらいはしているか。


 店……か。

 カウンター席に座り、俺の串焼きに舌鼓を打つ貴族たちの顔が浮かぶ。それは屋台とはまた少し違った懐かしい風景だった。


 俺は喉元まで出かけた言葉をビールで飲み下して、答えた。


「俺は屋台で安い串焼きを焼いている方が楽しいんだ」


「そうか……」


 面倒見のいいオッサンだ。

 俺たちの間に沈黙が訪れると、ラッカがぴょんと跳ねた。


『もーっ』


 ラッカはまるで幼い子供のような声で鳴いた。

 それを聞いた大将は、傾けていたコップの中でビールを噴き出した。


「きったねえな」


「ゴホゴホ! いや、そんなことよりもラッカが喋ったぞ!」


「ああ、今朝起きたらこんな鳴き声を出すようになったんだよ」


「マジかよ。スライムが鳴くなんて聞いたことないぞ」


「お前んところのお嬢様のスライムも鳴くんじゃないか?」


「いやぁ、学園に行ったきりだからな、どうなんだろう。それよりなんで鳴いてるんだ?」


「リゾート村の人の話では進化したらしい」


「進化か。そこら辺はしっかり魔物なんだな」


「ああ。昨晩、俺も変な夢を見てな。ラッカに連れられてスライムの国に行ったんだ。たぶんそれが原因だと思う」


「おいおい、いい歳したオッサンが夢の中でスライムの国に招待されるとか冗談もほどほどにしろよ」


「冗談でそんなこと言えるか。ここで貴族様と接して見聞を広めたのが良かったんじゃねえのかな」


「はー、不思議な連中だな。俺も飼おうかな」


「おう、飼え飼え。それでどっちの弟子が凄腕か勝負しようぜ」


「面白れえじゃねえか」


 なにも今生の別れというわけではないので、たわいもない世間話を続ける。

 そんな俺のそばで、ラッカは『もーっ』と時折鳴いた。


 いったい何を言ってるんだろうな。

 飼い主を見て学び、進化すると鳴くようになる。なんとも面白い生き物だ。




「よお、おやっさん久しぶりじゃねえか! 髭なんて剃って色気づいちまって、どうしたんだよ!」


「うるせぇ。髭を剃ったのは仕事用だ」


 王都に帰って屋台を開くと、すぐに冒険者のクソガキ共が食いにきた。

 さっそく髭を剃ったことをからかう生意気なガキ共だ。


「仕事? 俺はてっきり牢屋にでもぶち込まれたと思ってたぜ」


「んなわけねえだろ」


 そうして串焼きが焼き上がる間、ラッカが『もーっ』と鳴けば、今度はそっちで大騒ぎだ。

 貴族たちがやらないそのバカ騒ぎに、俺は帰ってきたんだなと実感した。


「弁当のやつも含めて、全部で銀貨2枚だな。少し多めにしておいたぞ」


「ありがとう、おっちゃん!」


「相変わらず安いなぁ。貴族に串焼き焼いてきたんじゃねえのか?」


「知ってんじゃねえか!」


 大人をからかいやがってクソガキが!

 ここのリーダーは本当に生意気だ。


 しばらく店の端で仲間たちと串焼きをがっついていたガキ共は、屋台が混み始めたのを見ると、挨拶してきた。


「んじゃ、おやっさんまたな!」


「じゃあね、おっちゃん! ラッカ!」


「おう、気をつけていけよ。死ぬんじゃねえぞ」


『もーっ! もーっ!』


 俺は冒険に出かけるガキ共の後ろ姿を見て、『あいつらも、もうそろそろ俺の屋台は卒業だな』と思う。尤も、あいつらも学園で修行したみたいだから、いつでも生活スタイルは変えられるのだろうけど。


 見習い冒険者は、小さな手に納まっちまう儲けを握りしめて、朝や夜に俺の屋台で串焼きを食べにくる。

 見習いが取れた冒険者は、朝に来て、夜はどこかの食堂でがっつり食べる。

 そして、金を稼げるようになったヤツは、朝は宿の飯を食い、夜はどこかの食堂で酒を飲みながらバカ騒ぎだ。

 今まで、そんな冒険者を何人も見てきた。


 これからは学園で学んでから冒険者になる子供は増えるだろうし、俺の屋台を生命線にするような子供はいなくなるだろう。

 それは少し寂しくもあるが、クソ安い串焼き屋に通わなくちゃならない子供が減るのは嬉しくもあった。


『もーっ!』


 ラッカが客に愛想をふりまき、俺は今日も屋台で串焼きを焼く。


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