第2話 ダン 屋台の店主への依頼


「おやっさん。予約した肉詰め受け取りにきたぜ」


「おう、悪ガキ共。朝からご苦労だな!」


「悪ガキは余計だ、クソ親父! ったく、本当に口がわりぃんだよな。それに比べてお前は今日も可愛いな、ラッカ?」


「っ!」


「おっちゃん、今回はなんの肉っすか?」


「メインは突撃ボアのロースだな。あとは狙撃鳥のモモ。リクエスト通りにタレ多めの塩と香草は半々だ。少しサービスしておいたぞ」


「口はわりぃけどそういうところは好きだぜ、おやっさん」


 王都の屋台の店主。

 それが俺、ダンだ。

 屋台の端っこの台で愛嬌を振りまいているのは、相棒のラッカ。スライムだ。


 国一番の大都市である王都の朝は早い。

 今日も朝から、俺が扱っている串焼きも飛ぶように売れていた。


 最近、肉の予約も始めて収入が激増していた。列は1本だが、予約してくれたお客には列に並ばずに受け取りをしてもらっている。


 今までは長コンロ1台でやっていたけど、到底さばき切れないので、2列をL型に並べた計4台で対応しているほどだ。


 いま対応しているのは今年16になる若い冒険者たちで、朝飯と昼飯用によく予約してくれる。


「わかっていると思うが、昼飯用はそのままでも食えるが、軽く炙り直すのが一番いいからな」


 いつも通りの注意をすると、若い冒険者たちは聞いているのか聞いていないのか、屋台の横で「うめえうめえ」と突撃ボアの串焼きを貪っていた。


「おう、旦那。突撃ボアのロースの香草1本、タレ1本、あとフォレストディアのロースの塩を1本くれや」


「毎度!」


 とまあ、大忙しだ。


 こうなった理由は2つある。


 1つは、あの坊主が……いや、坊主なんてもう言えねえな。英雄ロビンが俺の焼いた串焼きを美味そうに食べたからだ。


 人生わからねえもんだよな。

 俺の屋台で、仕事帰りにいつも決まって1本だけ串焼きを買っていく坊主が、国を救っちまうほどの大英雄になるなんてさ。

 そんな英雄の御用達ってのが売れている理由の1つ目だ。


 そして、ロビンが俺に教えてくれた情報が、理由の2つ目だ。


 リゾート村の学園島。

 そこでは無料で様々な技術を教えてくれるんだが、ロビンは、俺にすぐにそこへ行ったほうがいいって教えてくれたんだ。


 貴族が乗るような立派な馬車からわざわざ降りてまで俺の串焼きを食いに来たロビンが、なぜそんなことを言ったのか気になるだろ?

 屋台の店主なんて腰が軽いから、俺はすぐに行ってみたよ。


 いやな、正直悔しかったさ。


 あの村の飯は、どれもこれも俺の串焼きなんか足元にも及ばないほどの美味さだったんだから。そして、そんな料理の数々を学べる学園があるんだ。


 つまり、このままじゃ俺の店は潰れちまうぞ、とロビンは言ったわけさ。まあ、俺の串焼きを毎日夢中で食べていたあの坊主が、そんな嫌味を言うような性質じゃないってのはわかるので、純粋に心配してくれたんだろうけどさ。


 それに、ロビンの心配している事が高い確率で起こりうるのは理解できるしな。だから、俺は2カ月間の修行をすることにしたんだ。


 初めて授業に行ってみて、びっくりさ。

 王宮や貴族家の料理長と、同期の連中は錚々たる面々だったんだ。屋台の店主とか明らかに場違いだったからな。


 そんな連中と一緒に、体力作りをしたり、料理や魔法を基礎から叩き込まれたりした地獄の1か月間。

 それが終わると専門のコースになり、他の連中が多くの料理を学ぶ中、俺は屋台営業コースを選んだ。やはり地獄の1か月間だった。なんだよ『美食餓鬼洞』って。百回くらい死を覚悟したわ。


 この2か月の間に、俺はスライムのラッカを買った。

 あの楽園を歩いていると、なんだか昔のことを思い出して、そんな気分になっちまったんだ。


 スライムってのは弱いことで有名な魔物だが、実際に見た人間ってのは少ない。臆病だからいつも隠れていて、町で暮らす俺には無縁の存在だったんだ。

 でも、実際に飼ってみると、これがなかなか人懐こく愛嬌があって、地獄の修行はコイツのおかげで乗り越えられたと言えるかもしれない。


 話が逸れちまったな。

 なんにせよ、そんな2つの理由もあって、王都に帰った俺が再開した店は一瞬にして大繁盛店になったわけさ。


 周りのやつらと知識と技術力が違いすぎるんだ。

 調理技術はもちろんのこと、ハーブやソースの調合知識、食材の管理の方法、食材の声を聞く耳、相手に足りない栄養素の見切りと、挙げだしたらキリがない。料理に有用な魔法をガンガン使えるのも大きな差だろうな。

 友達になった貴族家の料理長から一緒に働かないかと誘われたと言えば、俺の料理人としての技術レベルが何段階も上がったのはわかるだろう。


 まあ、最近だと周りの連中も修行を終えて帰ってきたので、料理の腕自体はそこまで差はないだろうけどな。




 主要な通りに魔導ランプが設置され、王都の夜が少しばかり明るくなった昨今だが、俺の店じまいは早い。仕込みや売り上げの計算もしなくちゃならないのに、朝から夜遅くまで1人でやるなんて無理な話だしな。


 その日も19時の鐘が鳴ったので、屋台を仕舞おうとしていると、珍しい客がやってきた。


「ボア肉のロースを1本、お任せで焼いてくれ」


 客はそう言うと、すぐにラッカをムニムニし始めた。


「おう、大将、久しぶりじゃねえか。銅貨5枚だ」


「やっすいな、おい!」


「俺がいきなり値上げしたら、修行から帰ってきたガキ共がビックリしちまうだろ?」


「あそこで半年も修行してんだぞ。帰ってくればもう一端の稼ぎを手に入れられるだろ。国だって相当数を召し抱える予定みたいだし」


「はははっ、そいつぁ良いことじゃねえか。まあ、物価を見て値段を調整していくさ。それで、貴族家の料理長の大将がなんでこんな屋台に? 引退して屋台でもすんのか?」


 そう、客は友達になった貴族家の料理長だった。

 貴族家の料理長といえば立派な家臣なので、本来ならこんな口調で話せばぶっ飛ばされても文句は言えないのだが、なんだか馬が合ってこんな調子である。ちなみに、知り合ったのは学園島だ。


 大将は俺の質問に答えず、差し出した串焼きを口にした。


「ぬぅ、美味いな。塩も調整しているな?」


「まあな。まだ出回ってる塩はえぐみが強い」


 アアウィオル王国の最北で作られる塩の精製技術はここ最近で急激に上がっているって話だが、塩は保存が利くので、良質な塩と入れ替わるのは在庫がなくなってからになるだろう。


 塩の販売とその値段は国が管理しているが、買った塩の味を調整するのは違法じゃない。調整した塩をそのまま売れば違法になるかもしれないが、もちろん俺はそんなことしない。あくまでも自分が使うように調整しているのだ。


「腕は衰えていないな」


 大将は頷きながら、串焼きを平らげてくれた。

 それは嬉しいんだが、さっきからラッカをムニムニしすぎじゃなかろうか?


「今日はお前に依頼したいことがあって来た」


「え、依頼? なんでまた屋台の店主に」


「詳細はここでは話せない。店を片付けたらお前の家に行かせてくれ」


「まあいいけど。ちょっと待っていてくれ」


「ああ、ゆっくりやってくれ」


 ラッカをムニムニして楽しんでいるので、言う通り、別に待たせても良さそうである。




 家に連れていくと、大将は首を傾げた。


「このまま店を開けそうじゃないか。親から引き継いだのか?」


「ああ。昔は食堂をやってたんだよ」


「それなのになんで屋台をやってんだ?」


「まあ、いろいろあんだよ。そんなことよりも依頼ってのは?」


 大将をカウンターに座らせ、俺は厨房に立った。

 大将には秘蔵の酒を一杯出してやり、俺自身はコンロに火をつけた。


 するとラッカがぴょんぴょんと跳ねてきて、コンロの前にあるラッカ用の台に乗っかった。コンロが温まると、ラッカはその上に串焼きを適当に乗せていく。


 ラッカは串焼きをじっと見つめ、油が滴り始めると串に触手を伸ばして、くるんと回した。

 家に帰ると、こうして俺はラッカに料理を教えているんだ。


「おいおい、スライムが串焼きをするのか!?」


「ああ。スライム屋の店主の話では、飼い主の真似をして学ぶらしい」


「お嬢様もスライムを飼っているが……そういえば、よく一緒に授業を受けていたと聞くな」


「え、そうなの?」


「まあ俺もメイドに聞いただけだから詳しくはわからんけど。今は学園に入ってしまわれたから、なおさらわからん」


「ほーん、クロウリー家のお姫様がねー」


 大将の主はカイル・クロウリーと言って、なんとあの女王陛下の弟君だ。そんな家の厨房を任されているわけで、大将はかなりの料理人なのである。


 大将はカウンターから首を伸ばしてラッカの調理を興味深そうに見ているが、そろそろ本題に入ってほしい。

 ようやく話し始めたのは、ラッカが焼いた串焼きを一緒に食べ始めてからだった。


「2週間後に国際会議が開かれるのは知っているな?」


「そりゃもちろん。商人連中が目の色を変えてるしな」


 大将は頷き、続ける。


「各国の要人が集まるわけだが、ひとつのホテルに泊まるわけじゃないし、同じ日に集合するわけでもない」


 まあそりゃそうだろう。

 あそこの師匠連中は長距離を移動する凄まじい魔法を使うから近い日に集まれるだろうけど、相手の国にだって都合はあるだろうしな。ホテルも同じにするわけがないのは平民の俺でも想像がつく。


「でだ。この期間中に、各大貴族家に、各国の接待する人員の提供が申し渡された」


「人員の補充なんて必要なのか? これまで貴族連中が遊びに行っても、貴族エリアは問題なく回ってたんだろ?」


「女王陛下からそういうお達しらしい」


「ふーん」


「……これは俺の推測になるが。お前はあそこの住民がどういう人なのか考えたことがあるか?」


「ああん? 古の英雄結晶を信仰する伝説の民族なんじゃないのか?」


「お前、そんな話を信じているのか? ありゃ方便だ」


「嘘だろ?」


「逆に嘘だろ? エルフにドワーフ、獣人にリトルフット、砂漠人に東方人、もちろん俺たちみたいな西方人もいるし、極めつきは妖精だ。いろんな種族がごっちゃごちゃに暮らしているじゃないか。不思議に思わなかったのか?」


「いや、すげーと思ってた」


「俺も確信は持てなかったが、アルテナ聖国に奴隷市場があったことを聞いて確信したよ。女王陛下はおそらく5年……いや、もっと前からかもしれないな、世界中で迫害されている人たちをあの島に保護していたんだよ」


「マジかよ!?」


 さすが女王陛下だ!


「そういうわけで、あの島には他国の重鎮と顔を合わせられない人間が多いのではないかと思うんだ」


「なるほど。そう考えると人員の補充も納得がいくな」


「ああ。まあ、まともなヤツならゴブリン返りを恐れて、もう迫害とかできないだろうが……すでにゴブリン返りになっているヤツはそうもいかないだろう。それに接待される側も怨恨からの暗殺を恐れて気が休まらないかもしれない。国際会議だってのにそれは不味いだろ?」


 はー、なるほどなぁ。偉い人たちも大変だ。

 俺は大将の話を聞けて満足しそうになったが、これが本題じゃないことを思い出した。


「それで俺に話を持ってきたのは?」


 俺が問うと、大将はハッとしたような顔。

 大将も今の話をして満足してしまったのかもしれない。


「クロウリー家にも当然人員補充の要請が来た。ただ、俺たちはホテルでの接待を受け持たずに、昼と夜に海で接待する係となる」


「そいつぁ責任重大じゃねえか」


 あそこの海はどえれぇ楽しいからな。

 しかし、俺は平民エリアの海しか行ったことがない。貴族エリアとなるとまた違うだろう。

 どんなことをやるのかと聞いたら、海辺の警護や案内、海辺のレストランやバーを開くのだという。平民エリアとあんまり変わらなさそうだな。


「海辺のレストランの中には、屋台のように目の前で鉄板焼きや串焼きを焼いてくれるレストランがあるんだ」


「マジで? 貴族が遊ぶところに?」


「いや、これがかなり人気店でな。目の前で肉や海の幸を焼いてもらうのが面白いそうだ。貴族のホテルのレストランには、どこも鉄板焼き用のスペースがあるくらいだからな」


「マジか」


 俺も修行期間中に鉄板焼き屋には何度も足を運んだが、まさか貴族エリアにもあるとは。


「お前にはこの串焼きスペースを任せたいんだ」


「いやいや、俺は貴族の対応なんてできないぜ?」


「大丈夫だ。貴族エリアの店はウチの旦那様だって特別扱いされないから」


「嘘だろ?」


「本当だ。だから、学園で習った程度の敬語と接待力ができれば問題ない」


「他に料理人なんていくらでもいるだろ?」


「それがな、ドラゴンコースを受けた料理人はそこまで多くないんだ。一期生から三期生くらいまでか。四期生からは噂を聞いて、下のコースを受けるヤツが多い」


「あー」


 ドラゴンコースを思い出したのか大将は死んだ目をしているが、きっと俺もいまそんな目をしているだろう。

 俺たちは一期生なわけだが、コースなんてよくわからないので、とりあえず一番凄いコースにしたのだ。そうしたら地獄に続いていた。


「美食餓鬼洞も5階すらクリアしていないヤツは多い」


「う……っ!」


 大将から出たワードを聞いて、俺はこめかみを押さえた。


 美食餓鬼洞は、料理人コースでぶち込まれるダンジョンだ。そこは美食な魔物共が巣くう料理の腕だけが物を言う世界である。

 俺の串焼きに自分で用意したわさび醤油をかけて食ったあのゴブリンの高笑いは、今でも夢に見る。


「だから食材の声を聞けるヤツも、客に足らない栄養素を見極められるヤツも今はまだ少ない。ダン。俺はな、お前の串焼きの腕を信用しているんだ。卒業試験の時に、串焼き一本で誰もを唸らせたお前の腕をな」


「……」


 参った……参ったな。

 そんなことを言われたら、料理人として熱くなっちまうじゃねえか。


「だが、俺が食わせたい客は……」


「見習い冒険者の子供たちが修行を終えて帰ってくるのは8月の中旬くらいだ。その頃には国際会議は終わっているはずだ」


 そう言われてしまった俺は、木のコップに入った酒を見つめて考えた。

 すると、コップの横にある皿にラッカがボンジリの串焼きを乗せた。


 冷めないうちに串焼きを頬張ると、口の中にほのかな塩気と濃厚な油の甘みがじゅわりと広がる。


「ラッカ、良い焼き加減だ」


「ああ、これはなかなか見事だな」


 大将も感心した様子だ。


 体をプルプルさせて喜ぶラッカの姿を見て、思った。

 コイツにもいろいろな経験をさせてあげたいと。


「わかった。その依頼、受けよう。ただし、ラッカも連れていくからな?」


「問題ない」


 こうして俺は、国際会議の料理人の一人として、リゾート村に赴くことになるのだった。


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