第14話 ゴルドー 無の剣
俺の名前はゴルドー。
これから職人として処刑台に立とうとしている男だ。
鍛冶の教育工房へ向かう道すがらのことだった。
星1級鍛冶師のライザーとその弟子たちに出くわした。
ライザー工房は王都の騎士の武具を一手に担う王都で一番の工房だ。
「ゴルドーじゃねえか」
「ライザーか。おめえも技術指導を受けるのか?」
「ああ、女王陛下に勝手に決められちまってな。まったく女王陛下にも困ったもんだよ。んで、指導が始まる前にその大師範の仕事を見ておこうと思ってな」
ライザーはそう言って、やれやれと肩をすくめる。
なるほど。
つまり俺たちと行き先は一緒ってことか。
しっかし、女王陛下への小言とか、こいつは命知らずだな。
と、そんなことを言っているうちに教育工房に到着した。
英雄教会は人々に教えを与える場所なので、職人の英雄を祀っている場合は教育するための工房があるんだ。武術系の英雄だと道場になるな。
案内の少女が許可を取ってきて、俺たちは教育工房に入らせてもらった。
どうやら少女はそのまま他の連中を案内するようで、俺たちは見学が終わったあとの段取りを聞いて別れた。
熱気を帯びた工房はかなり広いが、使っていない炉も多い。
おー、ドワーフもいるな。
どうやらみんなでハサミを作っているらしい。
邪魔をしないように工房の端で見学する俺たちの下へ、すぐに赤髪の女がやってきた。
健康的に日焼けした野性的な印象の美人で、袖なしの服から出た腕の筋肉の付き方が鍛冶師のそれだ。鍛冶師は髪が燃えないように頭を剃るか布を巻くのだが、彼女は布を巻いている。
ライザーの弟子たちが全員真っ赤な顔をするのは、工房の熱気だけではあるまい。
同じくメルギスも彼女を見て顔を赤くするが、一瞬にして俺の娘に頬を引っ叩かれた。
我が娘ながら愛情表現がヤバすぎる。将来、娘さんをくださいとか血迷ったことを言われる日が来たら、よく考えろと答えようと俺は常々考えていた。
「らっしゃい。見学だね?」
俺がメルギスの将来を心配していると、赤髪の女がそう尋ねてきた。
「ああ、すまんが頼む。俺はゴルドー、こっちは弟子のメルギスだ」
「ベラです。こっちは弟子のベランナ。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
俺とベラ、それから弟子たちが挨拶するが、ライザーはふんとそっぽを向いてしまった。こいつは騎士団の武具を作るようになってから、プライドが高くになりすぎてしまっている。
「あたしは『無の剣 シャライア』の大師範シャナだ」
「だ、大師範様でしたか。すみません、ご無礼をしました」
俺とベラと弟子たちは慌てて頭を下げた。
なんとなく頑固ジジイが出てくると思ったが、予想よりもずいぶん若かった。
「あー、いいよいいよ」とシャナ様は手をひらひらさせる。
それにしても『無の剣』って異名はなんだ?
異名は大体がその英雄の特徴を示すが、鍛冶師で無の剣ってどういうことだろうか?
「さて、いま作ってるのはハサミだな。剣とかじゃなくて悪いね」
シャナ様はそう言うと、完成したハサミを貸してくれた。
上手い。
刃が綺麗に噛み合っているし、握り手部分に歪さがまったくない。
ベラも唸っている。
この女はこういった小物を作る鍛冶師なので、俺よりも多くのことが見えていることだろう。
しかし、このハサミに使っている鉱石がわからん。
なんらかの合金だろうけど、俺が知らないとなると新しい合金か?
「今はガキ共がたくさん学びに来てるから、ハサミだとか包丁だとか、そういうのが大量に必要なんだ」
「なるほど」
先ほどの受付所でもかなりの子供がいたし、そいつらのことだろう。
「ハサミなんて使ったことのないガキ共だからね、切りやすく切れすぎずってラインがなかなかに難しいんだ」
たしかにハサミを一般人が使うことは滅多にない。
ハサミは切れた方が安全だが、鍛冶師が本気を出したら切れすぎる。それこそ、子供の細指なんて落とすほどの切れ味になるので、職人に渡すならともかく素人に渡すには危なすぎるのだろう。
と、そんなふうにハサミについて話していると、ライザーが言った。
「これでは大師範殿の腕前がわからんじゃないか。俺たちは武器を見に来たんだ。武器を見せてくれ」
いや、お前、上から目線だな。
「武器かい? じゃあ外に出ようか」
シャナ様は特に気を悪くした様子でもなくそう言うと、俺たちを庭に案内した。
工房の職人たちの休憩所でもあるのか、木のベンチやテーブルがある。鍛冶職人が使うには少し綺麗すぎる印象だが、乱雑として汚い庭よりはマシだろう。
シャナ様を前にして、俺たち鍛冶師が半円状に並び、少し離れて俺の妻と娘が心配そうに立つ。
「で、どんなのが見たいんだい?」
「最高傑作だ」
「あっはっはっ、そんなもん手元にないよ。あんたらだって最高傑作は誰かにやっちまうだろ?」
ライザーの要求に、シャナ様は笑って答えた。
それはその通りだった。最高傑作の武器をずっと抱える鍛冶師は滅多にいない。
「いま持ってる武器で一番いいやつだと、うーん、まあこのあたりかな?」
シャナ様はそう言うと、どこからともなくいきなり鞘に入った剣が出現した。
おそらく魔法だろうが、それは置いておいて。
俺たちは鍛冶師なので、鞘に入ったその剣に注目した。
刃渡り80cm程度で、茶色い鞘は非常にシンプル。
俺たちは困惑した。
名剣というのは、柄や鞘も名剣に見合った物だ。その存在感は凄まじく、鞘の外からでも剣身を想像してしまうほどに引き込まれるものが多い。
それなのに、シャナ様が持つ剣にはそういった迫力が一切ない。
農家が護身用に家に転がしている剣と言われても納得してしまうような、凡庸な剣の佇まいだった。
「おい、あんた。ふざけてるのか?」
ライザーが額に青筋を浮かべて言った。
「はははっ、別にふざけちゃいないよ」
シャナ様はそう言うと、剣を鞘から抜いた。
全く音を立てずに鞘から解き放たれた剣。
太陽の光すら飲み込むその黒い刃を見た俺は、不思議な感覚に陥った。
ベラやライザーも同じようで、弟子たちと共にジッとその剣を見つめる。
先ほどのハサミと同様にどんな鉱石を使っているのかわからないが、色こそ黒と珍しいものの、やはり刃も鞘と同様に凡庸なような……?
大師範と呼ばれる人間がそんな剣を見せるのかと思いつつ、もう一度しっかり見ようと瞼を一度ギュッと閉じて、視覚情報を洗い流した。
「っっっ!?」
瞼を開けた瞬間、俺は息を呑んだ。
時を同じくして、ベラは小さな悲鳴を上げ、ライザーが尻餅をつく。
リアクションはそれぞれ違ったが、その後の行動は揃っていた。
一気に冷や汗が噴き出し、頭を地面にこすりつけたのだ。
「し、師匠?」
ライザーの弟子が困惑したようにライザーへ声をかける。
「バカ野郎が! てめえは何年俺のところで修行してんだ! シャナ様、先ほどまでのご無礼を平にご容赦ください!」
ライザーの怒声と謝罪に、弟子たちが困惑する気配がした。
ほかにもメルギスとベランナが俺たちの隣で土下座した気配がする。おそらく、こいつらはよくわかっていないけど、俺たちの態度を見てそうしたのだろう。
「頭を上げなよ。ウチは別に頭を下げなくても教えてやる決まりだからね」
シャナ様にそう言われて、俺たちは頭を上げた。
頭を上げると、必然的にシャナ様が目に入る。
その光景を見て、俺たち師匠勢は改めて畏怖を覚えた。
俺たちが感じている畏怖を理解できていないであろう弟子たちへ、シャナ様が言う。
「武器っていうのは、客からの注文や彼らが戦う敵を想定して作られるものだよな? そこらの魔物を想定した剣、戦争用の剣、騎士用の剣、儀礼用の剣ってな具合で」
頷く弟子たちを見て、シャナ様もまた頷き返す。
「鍛冶師ってのは、そうして客の要望に応えて武器を作り続けていくと名工なんて噂が立ち、やがて多くの強者から注文が来るようになる」
それは職人にとっての夢と言っていいだろう。
シャナ様は続けた。
「そうするとな、世界でトップレベルの冒険者みたいな奴がくるようになるんだよ。そういう奴らのオーダーは必ず決まっている。『気配のない武器を作ってくれ』というものだ。なぜだかわかるかい?」
シャナ様の問いかけに、俺たち師匠勢は答えを言わなかった。
その代わりにメルギスが答えた。
「名剣が出す迫力は邪魔になるってことでしょうか?」
よし、よく言った!
俺は弟子の優等生っぷりに嬉しくなった。
「その通り。あんたらも知る大魔境や上級ダンジョンの最深部まで行くと、そこに蔓延る魔物と探索者は、双方で気配察知能力や隠遁能力が尋常ならざるものになる。レッドオーガとかその程度の魔物じゃない、災害級の魔物だな」
レッドオーガ。
ロビンや白騎士レインが単独で討伐したというが、シャナ様の認識でもその程度なのか。
しかし、レッドオーガよりも強い魔物がいるのか……。
「そういう連中がいる深淵は、腰にぶら下げているだけでギラギラと気配を放つ武器なんて足手まといなのさ。だから武器というものは、最終的に最強であると同時に静寂が必要とされる。すなわち無の剣になるのさ」
シャナ様はそう言うと、両腕を体の左右へ広げながらくるりと横に一回転して、再び俺たちに向き直った。
すると、俺たちはどちらの手に黒い剣を持っているのか、一呼吸を数える間見失ってしまった。あまりに存在感がないのだ。
そう、シャナ様の剣はまさしく『無』なのだ。
シャナ様はもはや、誰もが引き込まれる名剣を作るなどというレベルにいないのである。
「切れ味もなかなかだぞ」
シャナ様はそう言うと、剣先を地面から少し斜めに向けて柄から手を離した。
すると、落下した剣は己の重さだけで地面を切り裂き、大地から見えているのは柄だけになった。
これには全員が言葉を失った。
「とまあ、こんな感じだね」
シャナ様は大地から剣を引き抜くと鞘に納めた。
「あ、あの、失礼でなかったら教えて欲しいのですが、いったいどのような鉱石を使っているのですか?」
静寂の中、ライザーが尋ねた。
俺も気になっていたが、これを聞けるライザーはしおらしいがやはり図々しさがあるのだろう。
「これはグラビ鉱石とアダマンタイトの合金だね」
「あ、アダマンタイトの合金……グラビ鉱石……」
ライザーの弟子が息を呑んだ。
アダマンタイトで合金を作るのは不可能と言われているのだ。しかも、その相方のグラビ鉱石に至っては名前すら聞いたことがない。
「シャナ様はアダマンタイトの合金を作れるのですか?」
「もちろん。そして、あんたらもできるようになる」
「「「え!」」」
全員が驚愕した。
そんなの秘伝中の秘伝だぞ!?
「この村で教えている『魔法鍛冶』を修めると、扱える素材の量が星の数ほど跳ね上がる。それこそゴブリンの骨ですら鉄と混ぜて合金化することが可能だ」
シャナ様はそう言うと、やはりどこからともなく鞘に入ったダガーを取り出し、俺に渡してきた。
ライザーが俺の頬に頭をくっつける勢いで覗き込んでくるのを邪険に払いつつ、俺が恐る恐るそれを抜くと、灰色の刃が姿を現した。
こちらには隠蔽性はないようだが、その代わりに俺たちにも馴染みのある武器の気配が背筋を寒くした。
「あんたらは鍛冶の腕は良さそうだが、魔法鍛冶に関してはからっきしだ。これは非常にもったいないよ。ここで学び、これからの世界の鍛冶を盛り上げてほしい」
そう言ったシャナ様に、ライザーがまるで生涯の師匠を得たとばかりに深々と平伏した。1刻(※30分)前のライザーに見せてやりたいほどの変わり身である。
それから改めて教育工房の中を見学させてもらい、俺たちは他の連中との待ち合わせがあるので、残念だが途中で引き上げることになった。
再び全員が集合すると、その顔は誰もが真剣そのもの。
各大師範に会い、全員がこの村で学ぶことにした様子だ。
聞けば、魔法鍛冶に限らず、全ての職人は『生産魔法』を覚え、技術の幅を上げられるのだという。
親方が来ていない工房の女将は、ぶん殴ってでも亭主を連れてくると言っている。おい、鎖を貸し出すのはやめろ。
「ゴルドー。あんたんところのメルギスがいてくれて良かったよ」
「お、おう、そうか」
ベラが言った。
シャナ様との出会いに凄まじい衝撃を受けたはずなのに、未だメルギスの人気に陰りがない。
「あのままだと、辺境領の買い付けから帰ってきた商人から素材を買って、大損するところだったよ」
「あー、それはそうだな」
そう、メルギスがこの町に偵察に来なければ、辺境から帰ってきた商人たちから魔物の素材を買ったことだろう。
そうして、売れない武具を作っていた可能性が高い。なぜ売れないかって? この町でさらに上質な武具が安く売られているからだよ。
大損は言いすぎだと思うが、期待した儲けを出すのは難しかっただろう。
なんにせよ、俺たちはこの町で修行して、この町で売られている物と競わなければならん。
魔法鍛冶か、久々に胸がときめく想いだ。
「じゃあ俺とメルギスは1か月ここで学ぶから、留守を頼むぞ」
俺は妻と娘に言った。
「お父さん、なに言ってんの? あたしとお母さんも2か月コースで学ぶんだけど」
どうやら、2人もなにかを学ぶらしい。しかも2か月コースで。
まあ無料だし別にいいけど、そうすると一回家に帰って準備しなくちゃならねえなぁ。
こうして、俺の営むゴルドー工房は、みんなしてこのリゾート村で修行することになるのだった。
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