第13話 ゴルドー 俺の弟子の人気が留まるところを知らない
俺はゴルドー。
アアウィオルの王都で平民向けの金属製品を作る鍛冶師をしている。
最近、俺の身にショックなことが立て続けに起こっている。
ケチのつけ始めは剣聖教会とキャサグメ男爵の決闘。
この決闘で、剣聖教会の門下生が使っていた俺の武具が、小僧のパンチ一発でぶっ壊れたんだ。
俺はその戦いを見てないから正確なことはわからんのだが、工房街の職人仲間たちは、「あれは仕方ない」と言ってくれる。
キャサグメ男爵の村で修行したロビンとかいう小僧は、それくらいヤバいやつだったらしい。
だけどさ、相手がどんなやつにしろ、自分が丹精込めて作ったもんが簡単に破壊されてみ?
しょんぼりだよ!
いや、キャサグメ男爵やロビンに思うところはねえんだぜ?
剣聖教会はちょっと頭がおかしいやつが多いし、こいつらも被害者と言っていい。
むしろ剣聖教会だよ。
なんで相手のこと調べねえで喧嘩売ってんだっての!?
そんでまあ、とにかくしょんぼりしていたわけさ。
いや、もちろん鍛冶場にこんな気持ちを持ち込むわけにはいかねえから、変わらず剣を打ったりしていたわけだけど。
どうやら、弟子のメルギスに見透かされるくらいしょんぼりしていたらしい。
ある日、メルギスが、珍しく休みが欲しいって言ってきたんだ。
理由はなんだって聞いたら、キャサグメ男爵の村へ行きたい、と。
しょんぼりだよ!
一応、そいつらは師匠の武具の仇だからね!?
そこは弟子として、「ふん、キャサグメ男爵の村なんて死んでも行かないんだからな!」くらいの可愛げを持ってよ。流行物好きの女子供くらいの早さで村を見に行きやがったよ!
でもまあ、ここでダメと言うのもダサいし、広い心で許可を出したさ。
そうしてメルギスはキャサグメ男爵の村へ行ったわけだが、半日で帰ってきやがった。
そんで、村を見てきた弟子が、俺にいろいろ言ったんだ。
村で一緒に学んでくれ?
このままだと俺の工房は潰れる?
俺の武器よりも良い物が格安で売られてた?
しょんぼりだよっ!?
普通の師匠ならぶん殴って破門にしてるからね!?
俺もここは一発ガツンといこうかと思ったけど、それよりも先に鼻の奥がツンとしてきた。やべ、泣きそう、そう思った俺はそっとその場を去り、工房に閉じこもった。
そうしたら、ドアの向こうでメルギスがでっけえ声で懇願してきたんだ。
メルギスは誠実な男だ。
そんな弟子がこんだけ言うんだから、見に行くだけでもしてみようかなと思った。
それに、メルギスにはある疑いもあった。
未熟な鍛冶師が隣のゾルバ帝国へ行くと、勘違いすることがあるんだ。
あの国は魔境やダンジョンが少ないから、武器から実用性が薄れて、見た目がカッコイイだけの儀礼用の武器に価値を見出すようになった武器の歴史がある。
見た目はカッコいいから、それを見てアアウィオルに帰国すると、魔境やダンジョンでは使い物にならない剣を打つ鍛冶師になってしまうことがある。
メルギスはこれと似た状態に陥っているのではないかと俺は疑ったんだ。
それならば、師匠である俺がその認識を正してやらなければならない。
やれやれ。
世話の焼ける弟子だぜ。
しかし、俺がそれを告げに行くよりも早く、女どもが乗り込んできた。
「あなた! 弟子にあんなふうに頭を下げさせて恥ずかしくないの!?」
「お父さん、なに拗ねてんの、ダッサ! メルギスが可哀そうだろ!」
「いや、ちょっ、俺は行かねえとは……」
「明日、そのキャなんとかって男爵の村に行くわよ。紐で縛ってでも連れていくからね」
「お母さん、あたし、鎖用意してくる!」
俺はガキみたいに拗ねていることになり、メルギスの株が上がった。
しょんぼりだよ!
翌朝のことだ。
「あなたあなた、見てこれ、凄いわよ!」
妻がキラキラした瞳で言ってきた。
鎖で縛られてベッドに転がされている旦那へ見せる顔ではないのだが、俺は怖いので黙って話を聞いた。客観的に見て最高に猟奇的な朝だ。
「メルギスの買ってきた薬を塗って寝たら、こんなに手が綺麗になったの!」
たしかに妻の手からは冬の水仕事でできたあかぎれが消えていた。それどころか、まるで10歳ほど若返ったようにスベスベになっている。
それを見て、メルギスが昨日言った多くのことが本当なのだろうと思った。
いや、昨日の時点で気づいてはいた。メルギスの買ってきた髪用液体石鹸が入っていた瓶の造りを見れば、ただの村でないのは一目瞭然だったのだ。少なくとも、ガラス工房の技術力は世界一かもしれない。
俺たちは朝早くから馬車乗り場に行った。
するとそこには、職人街の女たちがすげえ人数いた。
工房の女主人はもちろん、女将や娘たちもいる。
「おい、メルギス。これはどういうことだ?」
「昨日、お嬢が俺の買ってきた髪用の石鹸を使ってくれたんです。そうしたら、髪がサラサラのピカピカになって。もう夜だってのに、それを職人街の友達に見せびらかしに行ったんです。たぶん、そのせいです」
「俺の娘がひでぇ俗物な件」
見てみれば、確かに娘の髪は朝日を受けて輝いていた。さらに、よく見れば妻の髪も同じだ。
「ホントだ」
「親方。ここに来るまでに気づかなかったんですか?」
「いや、気づいてた気づいてた。やめろよお前」
マジでやめろ。
職人街の娘たちが俺の娘を、大人の女たちは俺の妻を取り囲んでキャッキャしている。
昨日の時点では知らなかっただろう手の塗り薬の効果を妻が披露して、女たちのテンションはマックスだ。
そのテンションの矛先はメルギスに向けられた。
「メルギス君、お土産のセンス最高じゃん!」
「メルギス君は女将想いねぇ」
「ねえ、メルギス君、村はどんなところだったの?」
「メルギスー、村案内してぇ」
女たちのメルギスの人気が留まるところを知らない。
クソがっ!
そんなメルギスを、娘が庇う。
「メルギスはあたしたちと遊ぶんだからダメ! なっ?」
「は、はい、お嬢」
いや、鍛冶の技術を見学するために行くんじゃねえのかよ。
その光景を見て、俺は開いた口が塞がらなかった。
俺だけじゃない。
妻も娘も、職人街の女たちも。
全員が、ギラギラとした太陽の光が降り注ぐ大都市を見下ろしていた。
これは不味い。
絶対に不味い。
メルギスが殊更有能な弟子だったわけじゃなかった。
こんなものを見れば、職人なら誰だって危機感を覚える。なにせ、この美しい大都市を作った職人がいるのだ。
新しくできた村にいる鍛冶の大師範だというから、俺はてっきり隠居した元大師範が数人の弟子と鍛冶をしているのだと思っていた。だって、王都圏にできた村だって言うんだもん。
だが、その予想は外れていた。
転移門とかずるいわ!
この規模の都市だと、いったい何人の鍛冶師がいる?
大師範も隠居した人物などではなく、ちゃんとした英雄教会の現役大師範だろう。
そしてメルギスがその弟子たちの腕前を認めたのなら、本当に俺の工房はヤバいかもしれない。
と、とにかく、武器屋を見に行こう。
「メルギスメルギス! すんごい大きな湖! 行ってみよう!」
「は、はい、お嬢」
「はい、お嬢じゃねえよ!? お前、なにしに俺を連れてきたんだよ!?」
「ハッ! そ、そうでした。お嬢、すみません、まずは親方を案内します」
「ハッ! たしかに!」
娘も親の工房がヤバいのは理解しているのか、さすがに聞き分けが良い。
「ちょっとメルギス君。私たちにも説明してちょうだい」
と、ここで服飾工房の女主人が言った。
こいつもこれは不味いと思ったようだ。
「えっと、俺も詳しくはまだわからないんです。でも、それを説明してくれそうな場所は昨日のうちに調べていますから、一緒に行きましょう」
「「「さすがメルギス君!」」」
女たちのメルギスの人気が留まるところを知らない。
こいつ、本当に俺の弟子か?
そうして俺たちはメルギスに案内されて、ぞろぞろと町を歩いた。
そこまで距離はなかったが、その間にみんなの顔色はどんどん悪くなった。
服飾工房の女主人なんて、自分の店の未来を悲観してポロポロ泣き出した。
わからんでもない。だって、町娘の服の仕立てが良すぎるし、その値段も非常に安かったし。そりゃ泣くわ。
「女王陛下の大募集を蹴っちゃった……」
そう言ったのは靴屋のまだ若い女親方だ。
それは俺も心配だった。
ここにいるのは女王陛下の職人募集を蹴った連中だ。
その募集では、修行に行っている期間の生活補助手当金を出すという大盤振る舞いだったのだが、もう手遅れだろうか?
そんなこんなでやってきたのは、この町で行われているという技術指導の受付所。大人数が訪れるのを想定しているのか、すげぇ大きさだ。
中に入ると、子供がやたらと多かった。ほかには冒険者がいる。
「はーい、ギラントからのロビン馬車で来た子たちは私についてきてくださいねぇ」
「私たちだ!」「行こうぜ!」
そんな案内を受けて、子供たちが15人ほど個室と思しき部屋に入っていく。
その顔はワクワクしていたり、不安そうにしていたり。
ギラントといえば王都圏にある町の名前だ。王都だけじゃなく、あそこからも来てるのか?
ていうか、ロビン馬車ってなんだ? あのロビンと関係しているのだろうか?
すると、俺たちの下へ係員の少女がやってきた。
「こんにちは。学園島入校受付所へようこそお越しくださいました。こちらの皆様は全員、同じグループで間違いありませんか?」
俺たちは顔を見合わせて頷いた。
メルギスが代表して言う。
「俺たちは職人なんですが、ここで説明を受けられると聞いてきました。可能ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。見学ということでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「それでは、順番にご案内しますので、この番号が呼ばれるまで少しお待ちください。半刻(※15分)ほどで案内できるかと思います」
「わかりました」
メルギスが整理券を受け取った。
その整理券をすぐに俺の妻に渡した。誰がボスなのか理解している動きだ。
しばらくして番号が呼ばれ、俺たちは少女に連れられて、この町にある別島・学園島に行くことになった。
やたらとでかい建物が並び立っているが、人がいないのかしんとしている建物も多い。
「この島では多くの人が泊まり込みで学べるようになっています。この辺りの建物は生徒たちが泊まる宿泊施設ですね」
「どのくらい金を取るんだい?」
大工工房の女将が真っ青な顔で問うた。
この建物を見て、旦那がまとめる大工一家の仕事がなくなりそうで恐怖しているのだ。
「基本的に、技術指導と宿泊、食事はお金を取りません」
「なんだって? 全部無料だって言うのかい?」
「はい。ただ、ここでの修行中に作られた物や討伐された魔物の6割は領の取り分になり、3割は国に納まります。残りの1割は、生徒全体に少しずつ支給されます。なにも持たずに来る方もいますからね」
なるほど、早い話がそこらの住み込みの弟子と同じか。
「何か月くらい修行するんだい?」
「職人さんの場合、無料なのは1か月コースと2か月コースがあります」
「そんな短期間で職人が育つってのかい?」
「最低限ですね。さらにレベルアップを目指したいのなら、この村の大師範に正式に弟子入りして学ぶか、いくつかの方法で独自に修行してもらうことになります」
「最低限ねぇ……それじゃあ、あたいらには意味がないじゃないか」
大工工房の女将が溜息をつく。こいつは大工一家の仕事を支える女将だが、一家の腕前くらいは理解している。
しかし、少女はそれを否定した。
「いいえ、そんなことはありません。みなさんは職人として決定的に足りないものがあります。この村ではそれを学んで頂くことになります」
ギラリと女たちが殺気だった。
俺も殺気を放出したかったが、女たちの早すぎる殺気の放出にビックリして萎えた。メルギスも俺と同じで、2人でカタカタ震えた。
しかし、少女はその殺気を軽やかに受け流す。
「本日は英雄教会の教育工房の見学をいたします。まずは一番近い鍛冶の教育工房をご案内します」
俺とメルギス、あとベラ工房の女主人とその跡取り娘の顔が強張った。
ベラ工房も鍛冶屋だ。扱っている物が俺たちとは少し違うけどな。
さっそく俺たちかよ。
まずは絶望するほかの奴らの顔を見て、心の準備をしたかったぜ……。
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