第11話 ニャル 学校生活初日


 ニャルの名前はニャル。

 ニャル達はすんごい村で過ごすことになったの。


 朝ごはんを食べ終わったニャル達は、2年8組の子で集まって移動したよ。

 寮とは別の建物で、そこは『学校』って言うんだって。


 学校の中の大きなお部屋に入って、それぞれが好きな席に座った。


「ここで少し待っていてくださいね」


 案内してくれた人はそう言って、部屋を出ていった。


 ここは『教室』っていうお部屋らしくて、固定された長い机と椅子が同じ方向へ向かって階段状に設置されてるの。そこにみんなで座るわけで、みんな同じ方向を向いて、なんだか変な感じ。


「ミャムム、机の下に入っちゃダメ」


 猫獣人の子供は狭いところが好きだから、ミャムムは机の下に入って遊んじゃってる。

 注意すると、ニャルの足の間からニュルンと顔を出して、キャッキャと笑った。


「ミャムムちゃん、可愛いね」


 ニャルのベッドの上で寝てる子が、そんなミャムムを見て言う。

 どうやらミャムムがお気に入りみたい。

 褒められたのが嬉しいのか、ミャムムはすぐにその子の足の間から顔出して、撫でられまくる。


「ミャムム、ふざけてたら追い出されちゃうかもしれないの。ちゃんとしなさい」


「はっ、それはいけないね。ミャムムちゃん、出ておいで」


 ニャルとその子がそう言うと、ミャムムはハワッとした様子で机の下から出て、席に座った。


「これで追い出されない?」


「うん。気をつけようね?」


「うん」


 この教室には70人くらいいるかな?

 それでも席は空いていて、最大で100人くらい座れそう。


 見た感じ、13歳の子が最年長で、一番下は6歳のミャムムだと思う。

 この組にはフィーナちゃん達スラムの子のグループ『ブラッディウルフ団』がいるから、12歳前後が揃ってるわけじゃないんだ。


 ちょっと不思議なんだけど、北の方にある大きな貴族さんの領地から来たって子がいた。この前やっとニャルのいた町にロビン馬車が来たのに不思議だ。


「よくわかんない!」


 前の席の子がそうだったからお話を聞いてみたんだけど、よくわからないって。

 ロビン馬車に乗って移動したら、3日で着いたんだって。どういうことだろう?


「でも、これからどんどん来るかも。ザライ侯爵様の町でロビン馬車に乗る人の大きな募集が始まってたんだ。あたしたち一番だったんだよ」


「はえー、やっぱり神様の力なんだ」


「あたしもそう睨んでるの」


 その子もニャルと同じみたいで、うむと頷いてる。


 そんなことを話していると、教室に女の人がひとり入ってきた。


「ミャムム、シッだよ?」


 これから何をするのかよくわからないけど、怒らせて追い出されちゃったら大変。ニャルはしっかりと言い聞かせ、ミャムムは口を両手で塞いで「んっ!」とした。

 他の子も追い出されるのが怖いから、お喋りはピタリと止まっている。


 女の人は教室の前に立つと、ニャル達に言った。


「おはようございます。私は今日から皆さんの先生をするミュゼと言います。他にもたくさんの先生がいますが、何かわからない点があったら基本的に私に相談してください」


 ふむふむ、ミュゼ先生か。

 すんごい綺麗なエルフの先生だ。


「この教室が今日から皆さんが使う部屋になります。朝ごはんを食べ、時計の針がここになる前にこの部屋に来てください。建物と部屋の場所をしっかりと覚えてくださいね」


 ミュゼ先生は、時計という例のうるさく鳴る物を手に取って教えてくれた。

 なんとなく理解してたけど、やっぱり時間を教えてくれる魔道具みたいだね。


「時計の読み方についてはこの後に教えますが、その前にまずはこれからの皆さんの予定をお話しします。しっかり聞いてくださいね」


 難しいお話なのかな?

 ちょっと不安だけど、しっかり聞かなくちゃ。

 ミャムムは、あとでニャルが教えてあげればいいや。


「すでに聞いているかと思いますが、皆さんはこれから約半年の間、この村で過ごすことになります。この半年は前半と後半に分かれます」


 そんなふうに始まった説明によれば、3カ月ずつ前半と後半に分かれていて、前半は基礎的な学習をして、後半は専門的な学習をするみたい。

 前半はみんな同じことを学ぶけど、後半は自分で選んだ専門の知識を身に着けるんだって。

 どちらにもこの村にある英雄結晶を使うみたいだね。


「ここまでで何か質問はありますか?」


 ミュゼ先生がそう言うと、前の方の席の子がおずおずと手を上げた。


「魔法を教えてくれるの?」


「はい。前半で魔法の基礎を学び、簡単な魔法なら誰でも使えるようになります。難しい魔法は後半の選択次第で学習できます」


「む、無料で?」


「はい。正確に言えば、後半の技術習得期間中に皆さんが倒した魔物や、作った物はこちらで徴収しますので、完全に無料というわけではありません。町の職人に弟子入りして技術を教えてもらうのと同じようなものです」


 無料というのは知っていたけど、改めて言われて、みんなでざわざわした。


 すると、ミュゼ先生はパンパンと手を叩いた。

 その音にみんなが慌てて静かにした。


 他の質問を尋ねたので、ニャルが手を上げた。


「ちっちゃい子がいるけど、お勉強ができなくて追い出されちゃったりする?」


 ニャルはそれが心配だった。


「いいえ、お勉強ができなくて追い出すことはありません。ただし、学ぶつもりがないとこちらが判断した人は、残念ですが子供でも追い出します」


 やっぱり追い出されちゃうんだ!

 まあ、仕事をしてない人にずっとご飯を食べさせてくれるところはないし、ここでは仕事の代わりにお勉強が必要なんだ。


「あなたは妹と一緒に来たようですが、妹に落ち着きがないなど心配なことがあるのなら、私のところに相談に来てください。皆さんが学習している間に乳幼児を預けられる場所もあるので、そちらを利用することも可能ですから」


「ミャムム、ちゃんとやるもん!」


 ミャムムがふんすぅと大声で言うので、ニャルは慌ててミャムムの口を塞いだ。


「この子は6歳だけど、ちゃんとお勉強についていける?」


「体が大きくないので、運動に関することは苦労するかと思いますが、文字や計算を覚えるのは十分に可能です。ぜひ頑張ってください」


 そう言われて、ニャルはホッとした。


 質問が終わると、ミュゼ先生が言った。


「これから皆さんには、英雄『百科の錬金術師 コロミア』を信仰してもらいます。基礎学習においてこれは必須になりますので、我慢してくださいね」


 いまの英雄じゃなくちゃ絶対にダメと考える人は割といるけど、うちの組は問題なそうだった。


「コロミアを信仰するにあたり、今日はコロミアの生涯について皆さんに知ってもらおうと思います。これから部屋が暗くなります。怖いことはありませんから、静かにしてくださいね」


 ミュゼ先生はそう言うと、自分の頭の上にある筒状の物についている紐を引っ張った。

 すると、その筒状の物から大きな白い布が現れて、広がった。


 何をしているんだろうと思っている内に、部屋が薄暗くなった。

 猫獣人は夜目が利くからどうってこないけど、周りの子はあまり見えてないみたい。


 すると、ミュゼ先生が広げた布に光が差し、そこに絵が浮かび上がった。

 ざわつく教室。ミャムムも楽しそうに声を上げる。


「ネコちゃんだ!」


 ミャムムが言うように、それはネコだった。

 なんだか不思議な絵で、ネコとわかるけど本物とは違う。本物とは違うけど、凄く可愛く見える。


 だけど、それは普通の絵じゃなかった。

 なんと動くのだ。魔法かな?


 前足で顔を掻くネコのそばを、ネズミが一匹ちょろちょろと通り過ぎる。

 ニャルとミャムムが思わずピョンと腰を浮かす。ネズミめ!


 そんなニャル達の気持ちを絵のネコが代弁してくれたのか、ネズミを追いかけて退治した。

 そこで動く絵は終わり、どこかの紋章が浮かび上がる。文字も書かれているけど、読めない。


 そこでミュゼ先生の声が聞こえる。


「これはアニメーションという絵を動かす表現技法です。こういうものをアニメーション、あるいはアニメと言います」


 ふんふん、アニメか。


「作り方についてはこの村で学ぶこともできるので、興味があったら調べてみてください。さて、これから始まるのはこのアニメを使って表現されたコロミアの物語です。この物語を通じて、これからあなたたちが信仰するコロミアの教義を深めてください」


 なるほど、要は英雄教会が行なう演劇みたいなものか。

 英雄の教義を深めるのと演劇は凄く相性がいいから、昔からよく行なわれているんだって。まあ、ニャルは一度も見たことないから、聞きかじった知識だけどね。


 ミュゼ先生の話が終わると、アニメが始まった。


『これは遥か昔、今ある国々が興るよりもずっと昔に栄えた古代文明の物語』


 そんな男の人の声がどこからともなく聞こえてくる。

 とても綺麗なのはもちろんだけど、凄く聞きやすい声だった。

 後で知ったけど、この声はこの村の領主であるキャサグメ様の声なんだって。


 そこから始まったのはコロミアというエルフの女性の物語だった。


 先ほどのネコと同じように、人だとすぐにわかるけど人とは違う絵。だけど、とても魅力的な絵。それが動き、物語が進んでいく。


 その内容は、子供の頃に両親に先立たれたコロミアが、一生懸命勉強して誰もが尊敬する大錬金術師になっていくというものだった。


 若者よ、学びなさい。

 それはあなたの人生を守る盾になるでしょう。

 若者よ、愛しなさい。

 それはあなたの知識を正しき矛へと変えるでしょう。


 どこかミュゼ先生に似た声がそう告げて、物語は終わった。


 灯りがふわりとつき、まるで夢から覚めたようにそこら中から息が零れた。

 灯りが灯った教室の中では、ミュゼ先生が片手で顔の半分を隠して、なにやら悶えていた。


「あたし、アニメ作る人になりゅ」


「え」


 ミャムムを挟んだ隣に座るフィーナちゃんが、涙を流しながらそう言った。

 そこは錬金術師じゃないのかなと思うけど、たしかにアニメは凄く楽しかった。


 そんなフィーナちゃんは特殊な例として、学ぶことの大切さはこの場の全員が理解したと思う。


 ミャムムは理解してるかわからないけど、ちゃんと最後まで起きていて、うんうんと偉そうに頷いている。


 ミュゼ先生が白い布を片付ける。

 そんなミュゼ先生は、さっきからなぜか耳まで真っ赤だ。


「ゴホン。というわけで、これがコロミアという女の人生です。アニメは2時間……4刻で収まるように作られているので語られていませんが、他にも多くの発見を残した人物です。彼女の教義は、学問を修め、それを上手に使うことで自分や他者を幸せにするというものです」


 ふむふむ。素敵な人だ。


「知識は自分を守る盾にもなり、困っている人が抱えた問題を切り裂く矛にもなります。ぜひ、この機会に多くの知識を学んでください」


 ニャルも知識をたくさん持っていれば、ミャムムを病気のままにしてなかったと思う。

 あんなふうに無力感に包まれた生活はもう嫌だし、頑張って勉強しよう。


 こうして、ニャル達は昨晩に涙とお別れして、学問と出会ったんだ。

 頑張るぞー!


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