第10話 ニャル 初めての朝
ピピピピッ! ピピピピッ!
「んみゃ? ……にゃ、にゃん!?」
頭の上で鳴った音に、ニャルは慌てて飛び起きた。
「お、おのれ、なにごとか! フシャーッ!」
ニャルは未だに鳴り続ける変なのを手に取った。
威嚇してみるけど、全然鳴りやまない。
そこではたとする。
凄くふかふかなベッドで寝ているの! お部屋も凄く綺麗!
自分と隣で眠るミャムムの温もりでぬくぬくになったお布団をポフポフする。
すると、すいーっとお布団に吸い込まれそうになっちゃう。
ボロ小屋の朝ではこんなことなかったのに、なんだんだこれは!
でも、それを阻止するように変なのが鳴るの。
もう、なんだこいつ!
ニャルは変なのを手に取って思い出そうとするけど、まるで焦らせるようにピピピッて鳴り続けてよく思い出せない。んーっ!
すると、隣のベッドで寝ていた子がハッとした様子で目を開けて、慌てて起き上がったよ。
「うんとうんと……」
その子もニャルみたいに鳴ってるやつを手に取って、まごまごする。
その様子を見ていて、だんだん思い出してきた。
ここはニャル達がこれから半年間過ごすお部屋だ!
昨日入ったお風呂も、美味しいご飯も、新しい服も、このふかふかなベッドも、なによりすっかり病気が治ったミャムムも。全部夢じゃなかったんだ!
それを思い出すと、ニャルの目からポロポロと涙が流れた。
お風呂やご飯中にも泣いちゃったし、この村に来てから何度も涙が出てきた。
「ニャルちゃん? そこの頭のところを押すんだよ」
隣の子が教えてくれた。
ハッ、もしかして、こいつの音を消せなくて泣いちゃった泣き虫と思われたかも!
ニャルはグシグシと涙を拭い、ずっと鳴ってた音を消した。
いろいろ思い出して、隣の子のことも思い出した。
ニャルと同じ日に来た子で、雪が降るよりもちょっと早く着いたみたい。
王都のスラムで生活してたんだって。見習い冒険者ではないみたい。名前はフィーナちゃんと言ったはず。
「ミャムム、起きて。朝だよ」
一緒のベッドで寝るミャムムは、元気になりすぎたのか万歳するような格好で寝ていた。
病気の時は大人しかったけど、そういえばミャムムは寝相が悪い子だった。
「うみゅ……みゃー」
もう、また猫っ気を出して!
「か、可愛い……」
上のベッドの子が、ベッドの縁から逆さにした顔を覗かせて、ミャムムを見ながら言う。
ニャルはミャムムと一緒に寝るから下のベッドなの。
ミャムムは上が良いってダダをこねていたけど、そんなのニャルだって上が良かったよ! でも、上で寝たらミャムムは寝ぼけて落ちちゃうでしょ。
「みんな起きたかなー!」
そう言ってドアを開けたのは、昨日知り合ったレナちゃんだった。
ニャル達よりも少し早く来た2月1組の子だ。
『2月』はこの村に来た月で振り分けられて、『1組』は来た順番を目安にして振り分けられるみたい。
このお部屋にいるニャル達は2月8組だよ。なんで分けるのかは、来たばかりだからよくわかんない!
2月1組の子たちはもうここの生活に慣れているから、あとから来た子たちにいろいろ教えてくれるの。
この部屋の子たちは今日が初めての朝だから、レナちゃんが来てくれたみたい。開けられたドアの向こうでは、ほかの部屋でもほかの先輩が教えてくれている様子。
「目覚まし時計はちゃんと消せたみたいだね」
目覚まし時計。
ハッ、そういえば、この鳴ってたやつはそんな名前だったかも。昨晩教えてもらったっけ。
「それじゃあ顔を洗って、修練着に着替えてね。この後は朝ごはんだから遅れないようにね。あたしも着替えたらまた来るからね」
「「「朝ごはん!?」」」
そういえば朝にもご飯を貰えるって言ってたっけ!
お部屋の子は全員がそれを忘れていたようで、揃って声を上げた。
着替えのために自分の部屋へ戻るレナちゃんを見送ると同時に、みんなで急いで着替え始めた。
「ミャムム、起きて! 朝ごはんだよ!」
「うみゅ……ごはん? もう夜?」
「違うよ! ほらほら、起きて!」
一気に目を覚ましたニャル達は、昨日貰った修練着に大急ぎで着替えた。
ミャムムも子供用の修練着に着替え終わる頃には目を覚まして、新しい服にご満悦な様子。
レナちゃんに付き添ってもらいながら食堂に行くと、すでに大勢の人が列を作ってた。
ニャル達くらいの歳の子がほとんどで、ちらほらとその弟妹もいる。
「あそこの綱で区切られた道に並ぶんだよ。ちゃんと貰えるから横入りしちゃダメだからね」
「うん」
レナちゃんに教えてもらいながら、ニャル達もさっそく列に並ぶ。
何が起こってるのかなと、みんな首を伸ばして列の先を見るけど、よく見えない。でも、すっごくいい匂いがしてくる。
まだかなまだかな、と思う暇もなく、前も後ろもどんどん列が動いていくよ。
列が進んでいよいよ自分たちの番になると、そこにはいろいろな料理が乗ったお盆がカウンターに置かれていて、1人1つそれを貰って列を離れていくみたい。
「今日はコンソメミルク粥だ!」
お盆に乗った料理を見て、レナちゃんが嬉しそうに言った。
「美味しいの?」
「超美味しいの!」
レナちゃんが自信満々に言う。
じゅるり。
「お姉ちゃっ、ミャムムも! ミャムムも!」
ミャムムがぴょんぴょんして、自分の目線よりもちょっとだけ高いカウンターを覗き込みながら言った。
「ミャムムは溢しちゃうかもしれないでしょ。そうしたら食べられないよ」
「しゅん。じゃあお姉ちゃ、運んで」
ミャムムはそう言うけどしょんぼりしてしまったので、ニャルはお箸とスプーンをミャムムに渡した。
「じゃあミャムムはこれを運んでね」
「うん!」
ニャルは2人分のお盆を持って移動した。
病気だったミャムムは大人しかったけど、こうして久しぶりに元気になるといろいろと思い出してくる。
ミャムムは決して大人しい子ではなかったのだ。うろちょろしたり、狭いところに潜り込んだりと、元気いっぱいな子だった。
この村で変なことしないかちょっと心配だけど、それは嬉しい心配だよね?
まあ、いまはそれよりも朝ごはん!
空いている席に座って、さっそくミルク粥を食べてみる。
「う、うみゃー……」
なにこれ!
ミルク粥? うまぁ!
「ひぅぐぅ……」
隣ではフィーナちゃんが泣きながらご飯をもしゃもしゃしてる。
ニャルも昨晩のご飯で泣いちゃったけど、フィーナちゃんは今日も嬉しいみたい。
「みゃっ、みゃっ! お姉ちゃ、こぇ、おいちぃ!」
ミャムムも握ったスプーンを必死に動かして、モグモグしてる。
ミルクは高いからニャルは飲んだことないけど、そういえばお母さんが、猫獣人はミルク好きが多いって言っていたっけ。
ほかにも卵やハムも茹でた野菜も凄く美味しい!
これをこれから毎日食べられる……しゅげー。
そんなことを思っていると、離れた席にギール君がいた。
寮は男女別だけど、食堂は一緒なんだって。
もう食べ終わっちゃったみたいで、満足そうな顔でほわーっとしてる。
周りにはニャル達と同じくらいの歳の男の子がいるから、きっと同じお部屋の子だと思う。
そんなギール君もこっちに気づいて軽く手を上げてきたので、ニャルも手を振って応えた。
「うぐすぅ、あ……リーダーだ」
フィーナちゃんが鼻をグズグズしながら嬉しそうに言った。
その視線の先はギール君がいるあたり。
「リーダー?」
「うん、あの前髪で片目を隠した子。あたし達『ブラッディウルフ団』のリーダーなの。ここに来たのもリーダーの案だったんだ」
「ぶらっでぃうるふだん」
ニャルが復唱すると、フィーナちゃんは慌てて自分の口を塞いだ。
秘密だったみたい。
たぶんだけど、王都のスラムで暮らす子供の集団だと思う。
ニャルがいた町のスラムの男の子たちも、自分たちのグループに怖い名前をつけてた。でも、その実態はミャムムくらいの子供もたくさんいる子供のグループだよ。
ミャムムが元気だったころは一緒に遊んでくれてたし、あの子たちもここに来ればいいのにな。
そんなふうに考えてると、食堂にいる一部の男の子や女の子が慌てて立ち上がった。
「「「ロビンさん、おはようございます!」」」
そう言って、一人の男の子にみんなでビシッと頭を下げるの。
中にはいかにもスラムでブイブイ言わせてたみたいな顔の男の子もいるよ。
頭を下げられて、その子はなんだか恥ずかしそうに挨拶し返している。
「あ、ロビン君だ」
レナちゃんが言う。
「ロビン君?」
「ニャルちゃん知らないの? 隣町のギラントなら噂も届いてそうだけど」
「んー、どこかで聞いたような……ロビンロビン……あっ、ロビン馬車の子だ」
「そうだよ。ここの多くの子はロビン馬車に乗って来たんだよ」
はえー、だからみんなに慕われてるのか。
きっと凄い子なんだろうな。
「ロビン君、超強いんだから。なんでもパンチ一発で爆散しちゃうの」
「にゃんと」
それからレナちゃんが自分のことのようにロビン君について話してくれた。
ニャルはそのお話を聞きながら、ミルク粥をモグモグした。うみゃー!
こんなふうにして、ニャル達の初めての一日が始まった。
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