第7話 ニャル 猫姉妹


 ニャルの名前はニャル。

 ネコの獣人なんだけど、妹のミャムムと一緒にいつもお腹を空かせてるの。


「ミャムム。寝る前にお薬飲もう」


「苦いやちゅ?」


「うん。我慢してね」


「うん」


 ニャルはポーションをちょっとだけミャムムに飲ませてあげた。

 ミャムムは目に涙を溜めながら、みー、と猫っ気を出す。


 猫っ気が出ちゃうなんて、ミャムムはまだまだ子供だな。

 でも、まだ6歳だから仕方ないかな。


「よく飲めたね。偉いよ」


「んふふ……ケホケホ」


 咳をするミャムムの背中を支えてあげながら、ゆっくりと体を横にしてあげる。


「ミャムム、大丈夫?」


「うん……ケホ……ケホケホ」


「あったかくして寝ようね」


「うん」


 隙間風が吹くボロ小屋で、2人で身を寄せ合う。


 小さな妹を抱きしながら、部屋の隅っこに置いたポーションの残りを見つめて、ニャルは思うの。


 ミャムムは今年の冬を越せないかもって。


 だから、ミャムムのへにゃりと元気のないお耳を撫でながら、ニャルはいつもお祈りするの。


 どうか神様、ミャムムを救ってくださいって。

 それができないのなら、その時が来たら、どうかニャルも一緒にお母さんのところへ連れていってくださいって。


 朝に目を覚ましてはミャムムがちゃんと生きているのを見てホッとして、冬のお天道様を見上げては今日も暖かくしてくださいってお願いする毎日。


 そんなある日のこと。


「ミャムム。ニャル、お仕事に行ってくるからね?」


「うん、お姉ちゃ、気をつちゅけてね」


「うん。暖かくしてるんだよ?」


「うん」


 スラムのボロ小屋にミャムムを残し、ニャルは冒険者ギルドに向かった。


 見習い冒険者はポーターが人気だけど、ニャルが狙っている依頼は早く終わるお仕事。

 できる限りミャムムと一緒にいてあげたいから。


 冒険者ギルドに到着すると、ギルドの前に大きな馬車が停まっていた。

 幌にタンポポの絵が書いてある可愛らしい馬車だ。商人さんの馬車かな?


 ギルドの中はいつもと様子が違った。


 見習い冒険者の子供たちが目を輝かせてはしゃいでいるの。

 なんだろう?


「ロビン馬車の定員はあと1人だ。誰か希望する者はいないか?」


 ロビン馬車?

 なにそれ?


 よくわからないけど、とにかく依頼を受けなくちゃ。

 わっ、まだまだたくさんある! 今日はどうしたどうした!?


「ニャルちゃん、あなたも連れていってもらったらどう?」


 依頼を選ぶニャルに、受付のカーナさんが話しかけてきた。


「どこに?」


「リゾート村ってところ。凄い村らしいわよ。タダでいろいろな技術を教えてもらえて、その指導を受けている期間は泊まるところやご飯も用意してくれるんだって」


「え!?」


「ほら、王都で噂になってるロビンっていう凄い見習い冒険者の子、知らない?」


「知らない」


「えぇ? 町の吟遊詩人がみんな謳ってるじゃない」


「ニャル、噂話を聞いてる暇なんてないもん」


「そっかー。でね、その子が大手柄を立ててね。女王陛下にお願いして、各町で頑張ってる子たちにそのリゾート村で技術を教えてもらえる機会をもらったんだって。外の馬車に乗っていけば、移動の時もご飯をもらえるそうよ」


「ほ、ホント!?」


 嘘みたい!

 これが変なところで言われた話なら人攫いを疑うところだけど、ここは冒険者ギルド! 嘘じゃない!


「ひゃっほーい! 行きたい!」


「じゃあ、あの人にお願いしてごらん」


「うん! おっちゃん、ニャル、行きたい!」


「よし、わかった」


「あのあの、妹も一緒に連れていきたい!」


 ロビン馬車の責任者の人にニャルが言うと、その人は首を振った。


「それはダメだ。あと1人までだ」


「ミャムムちっちゃいから大丈夫だよ?」


「規則だからダメだ」


「にゃんでさ! じゃあ、ニャルは走っていくよ。ご飯もいらない。ミャムムを乗せて」


「ダメだ。次の馬車が1か月以内に来るはずだ。それを待て」


「みゃー……」


 ニャルがしょんぼりしていると、1人の男の子が言った。


「俺、次の馬車でいいよ。その子と妹さんを乗せてあげて」


 それは見習い冒険者なのに体が大きな男の子だった。いつもポーターをしていて、先輩冒険者たちからよく褒められている姿を見かける子。


「ホント!?」


「ああ。だから、ほら。妹さんを連れて来いよ」


「うん、ありがとう! ニャル、行ってくる!」


 男の子にお礼を言って、ニャルは大急ぎでミャムムのところに戻った。


「ミャムム!」


「お姉ちゃ? ケホ……どうちたの?」


「お引越しするよ。急いで準備して!」


「お引越ししゅるの? ここにいられないの?」


「ううん。とても凄いところに行けるの!」


「ほぇー」


 ミャムムはほぇーとしてよくわかっていない様子。

 でも、これを逃したら、きっとミャムムは死んじゃう。急いで準備させないと!


 よれよれのカバンに毛布と少しばかりのお金やポーションの残りを入れ、お母さんの形見の髪飾りをミャムムにつけてあげる。


 ニャル達はお引越しするよ。

 お母さん、どうかミャムムを守ってね。

 そうお祈りしながら。


「よし、行こう」


 ニャルはミャムムの手を引いて、冒険者ギルドに向かった。でも、逸る気持ちを抑えて、ミャムムの歩調に合わせてあげる。


「あっ、お姉ちゃ、猫ちゃん」


「ホントだ。バイバイって」


「バイバイ! んふふ……ケホケホ」


 ミャムムはお外に出られて嬉しいのか、咳をしながらも楽しげだ。


 そうして、冒険者ギルドに到着したんだけど、そこに馬車はなかった。

 ニャルに席を譲ってくれた男の子が、ギルドの前で町門の方を見つめていた。


 その姿を見て、心臓の鼓動が怖いくらいに早くなる。


「ねえ、馬車は?」


 ニャルが声をかけると、男の子は振り返って言った。


「お前らが遅いから、新しく2人乗せて行っちゃったよ」


「にゃんでさ! そんなの酷い!」


 ニャルが叫ぶと、男の子は俯いてしまった。


「でも、そいつらもこの冬を越せるかわからないくらい弱い子だったよ。俺には止められなかった」


「……っ」


 ニャルは言葉を詰まらせた。


 見習い冒険者はきっとみんなそうなんだ。

 辛いのはニャルとミャムムだけじゃない。

 でも、だからって……っ。


「ケホ……お姉ちゃ……ミャムムが遅かったからダメだったの?」


 ミャムムがお耳としっぽをへにょりとさせてしょんぼりした。


「ううん、違うよ」


「ケホケホ」


 咳をするミャムムに、カバンから毛布を取り出してかけてあげた。


「帰ろう」


「うん……」


 ニャルはミャムムと手を繋いで、その場を後にしようとした。

 そんなニャルたちに、男の子が言ったの。


「なあ、その子は」


 ニャルは振り返って、キッと睨みつけた。

 それ以上先は言わせないよ。


 男の子は、ニャルの目をジッと見つめてから、言った。


「そのリゾート村ってのはさ、王都の近くにあるらしい。ここから王都まで馬車で2日だ。乗せてもらえる馬車を探してみないか?」


「馬車に乗るお金ないよ」


「ギルドに頭を下げて借りればいい」


「見習い冒険者に貸してくれるかな。でも……。わかった、そうしよう」


 もうそれしかないかもしれない。


 男の子と一緒にニャル達は馬車乗り場に行った。


 王都行きの馬車はあった。

 代金は1人銀貨5枚。3人で銀貨15枚なんだって。大荷物だとさらに上乗せだけど、ニャル達に荷物なんてないもんね。


 あとはギルドにお金を借りられるかだったんだけど、それ以前にニャル達は断られちゃった。

 理由はミャムムがひどく咳をしているから。ほかのお客さんに迷惑がかかるからダメだって。


「お姉ちゃ、ごめんね……」


「違うよ。ミャムムのせいじゃないよ」


 ミャムムの頭を撫でて、慰める。


「ねえ、名前は?」


「俺か? 俺はギールだ」


「そっか。ギール君、一緒に考えてくれてありがとう」


「お兄ちゃ、あいがと」


 ニャルがお礼を言うと、ミャムムはたぶんよくわかっていないながらも一緒にお礼を言った。

 ギール君はそんなニャルたちを見つめて言う。


「別に。それよりもあとは歩いていくかだ。行くなら、一緒に行こうぜ」


 その提案に、ニャルの口から断りの言葉が出かけた。

 だけど、話を聞いてからでも遅くない。


「歩きだと何日かかるの?」


「先輩たちの話だと5日だって。子供の足だと1週間くらいかな。ちょっと正確にはわからん」


 1週間……。

 いけるのかな……わからない……。


 でも、暖かくなり始めるまであと一か月はかかるし、アアウィオルの冬はこれからが一番きつくなる。

 ここにいればミャムムはもたないかもしれない。


 でも、道中、雪が降ってしまえばそれこそ……。


 ニャルが決めあぐねていると、ミャムムが言った。


「お姉ちゃ。ミャムム、頑張れぅお」


「ミャムム……」


 よくわかっていないだろうに、その瞳には力強い決意の光が宿っていた。


「わかった。行こう」


「うん!」


 ミャムムはふんすとした。


「ギール君。じゃあ、お願い。一緒に行って」


「わかった。じゃあ、有り金全部で旅の支度をしよう。俺もお前らも大して持ってないだろ?」


 それはその通りなの。


「ポーションを1本買いたいけどいい?」


「妹用のか? 下級ポーションでいいなら、俺のをやるよ」


「ホント!? ありがとう!」


 こうして、ニャル達はリゾート村へ向けて旅を始めたんだ。

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