第6話 カイル 会議


 俺の名はカイル・クロウリー。

 すでに知っていると思うが、アアウィオル王国の公爵だ。


 今回はリゾート村の開村と共に遊びに……いや、公務公務。公務をしに来た。


「へ、陛下! なぜ私にもお知らせしてくださらなかったのですか!」


 リゾート村に初来訪したフォルテム侯爵が言う。


「いや、お前は祝福の月が終わってすぐに領地へ帰ってしまったじゃないか。むしろ、開村と同時に、迎えにいったのを感謝してもらいたいものだ」


「う、うぐぅ……で、ですがですが!」


 フォルテム侯爵は、アアウィオル南方面の貴族たちを纏める女当主だ。

 南方面は数か国の友好国と面しているのだが、それらの国との貿易の道となっているため、南の貴族は商人としての気質がある。

 こういう気質だから、リゾート村の町並みを見て鼻息が荒くなっているのだ。


 いや、町並みだけではないか。わずか1か月ちょっとで、見違えるようにピッカピカになってしまった姉上や私の妻レオーネの姿が羨ましいのだと思う。


 とまあそんなふうに、開村当日である本日は、王家や我がクロウリー家のほかに4つの大貴族を同行させていた。


 北のザライ侯爵家、東のジラート辺境伯家、西のブロジード侯爵家、南のフォルテム侯爵家の四貴族だ。彼らはそれぞれ東西南北の貴族たちを纏めている大貴族である。


 ザライ侯爵については、冬場は王都に留まらなくてはならない事情があったので、先んじてこの村の視察に来ているな。


 彼らを領地から王都へ運んだのは、キャサグメたちが使う転移魔法だ。

 その際には、キャサグメたちだけでは怪しまれるだろうから、私が何回も転移に付き合うことになった。


 とまあ、ぶーぶー言っているフォルテム侯爵だが、私と同様、子供の時分に姉上の子分をしていた。そういう関係で姉上と仲が良い。


 そんなフォルテム侯爵も初日が終わる頃には、紫色の髪をピカピカにして上機嫌になっていた。




 レイン・オルタスやロビン少年の勲章授与式のために1日だけ王都に戻ったりしつつ、4日目の夜。

 四侯爵を交えたリゾート村の見学会を終えて、現在、会議を始めていた。


 非常に座りやすい革張りの椅子に腰かけ、円卓を囲う。

 円卓には小さな飲み物表があり、私はレモンティを頼んだ。


 円卓を囲う面々の身なりには、多少の変化があった。


 ガチガチな武門の家系であるジラート辺境伯やブロジード侯爵は日焼けが凄い。

 己の筋肉を公然とさらけ出せる海やプールに通っているのだ。

 とりあえず、日焼け止めを塗れよ。


 四侯爵で唯一の女当主であるフォルテム侯爵は、エステに通い、村で購入したドレスを着て、大変にご満悦。


 まともなのはすでに一度来ているザライ侯爵くらいなもので、他の三人とは違ってショッピングなど目的を定めて、落ち着きある視察をしたようだ。


「ラインハルト様、お体のほうは大丈夫なのですか?」


 そんなザライ侯爵が問う。

 挨拶代わりの世間話であったが、それはこの場の全員が思ったことだろう。


 ラインハルトさんは白・黒騎士団と近衛騎士団を率いてリゾート村で訓練を始め、私たちはその見学に行ったのだ。


 レイン・オルタスの訓練する姿を私たちは少ししか見学しなかったのだが、非常に高度な魔力訓練だったので大満足だったのは記憶に新しい。


 しかし、今回、実際に視察してみた戦闘訓練は尋常なものではなかった。

 私なんて新手の拷問広場に来てしまったのかと勘違いした。誇り高き騎士が泣きながら走る姿を見て、思わずといった様子で姉上が訓練を中止させたほどである。


 そのあと、騎士一人一人と面談して、ドラゴンコースから変更して良いことになった。ちなみに訓練をまったく受けないという選択肢はない。騎士だもの。


「問題ない」


 腕組みをしながらそう答えるラインハルトさんは、実際に問題ないのかもしれない。


 迎賓館襲撃事件で、ラインハルトさんは姉上や子供たちを失いかけていたわけで、その無力さや悔しさを糧にして頑張っているのだ。

 あの事件を起こした張本人であるキャサグメ一味に教えを乞うている気持ちがどのようなものなのか、私には窺い知れないが。


 そして、この訓練をジラート辺境伯とブロジード侯爵も視察が終わり次第に受けるという。配下の騎士数人はすでに参加させられている。


 うーむ、私もドラゴンコースではないにしても、なにかしらの訓練に参加しなければならないだろうな。今から激しく憂鬱である。


 とまあ、そんなふうにラインハルトさんへの心配もそこそこに、会議は始まった。

 王家とキャサグメの間では割と意見をすり合わせているので、ここでは四侯爵家を交えたものになる。


「さて、諸君、手元の資料に目を通してきたな?」


 姉上の質問に、私や四侯爵たちは頷いた。

 それぞれの手元にある資料には、リゾート村にある学園島を使った富国プロジェクトが説明されている。


「6ページ目を開け」という姉上の言葉に、紙をめくる音が静かに流れる。

 そのページを見て、四侯爵たちの顔が一層と引き締まった。


「富国プロジェクトにおいては、アアウィオルの東西南北の交通の円滑化が重要となる。そこで考えているのが転移門だ。4基の転移門を設置する」


 姉上の言葉に、フォルテム侯爵が手を上げた。


「キャサグメ殿が転移門を持っているのはすでにこの目で見ていますが、さらに4基も持っているのですか?」


 その質問に、キャサグメは頷く。


「というよりも、我々は転移門を作れます」


「嘘でしょ?」


「いえ、冗談ではなく作れます」


「マジか……」


 その言葉に、フォルテム侯爵が思わずといった様子で声を漏らした。


 彼女の反応も無理はない。

 というか、私と姉上もこの事実を聞いた時は耳を疑ったものだ。


 世界で唯一転移門を持っていたアルテナ聖国曰く、転移門は神から授かった神具とされていたが、実際には古代文明で作られていた魔道具だったのだ。

 古代文明ではたくさん作られていたらしいが、かなり繊細な魔道具のため、現在動いているのはアルテナ聖国の1対だけなのだろうというのが、キャサグメの見解だった。


「しかし、この技術は多くの事柄を変えすぎます。例を挙げると、馭者や宿町で失業者が溢れます。ですので、ポンポンと作ることはできませんし、設置場所の選定も慎重に行なう必要があります」


 キャサグメはそう説明して釘を刺した。

 姉上が頷き、説明を引き継いだ。


「原則として、転移門の設置は王の許可制とする。いずれは多くの転移門で張り巡らせた交通網も計画したいが、キャサグメの言う通り、突然では生活が変わりすぎる。ひとまずは4基で様子を見よう」


 4基でも革命的ではあるが、現状の我々は心配しすぎるほど大層な交通網を作れているとは言えないため、変革を恐れてはならないだろう。


 姉上の話を聞いて、フォルテム侯爵が姉上に上目遣いで色目を使い始めた。

 姉上は苦笑いした。


 ……色目を使われている姉上だが、実のところ、女もいける。


 そして、おそらくだが私の妻であるレオーネは、学生時代に姉上とできていた時期があったんじゃないかと私は睨んでいる。


 レオーネは姉上から貰ったという綺麗な箱を今でも大切に持っているのだが、その中には大量の手紙が入っているのだ。

 ある日、その一つをたまたま読んだことがあるのだが、その途中で私はレオーネからドロップキックを食らって吹っ飛ばされた経験があった。


 全文こそ読めなかったが、あの手紙の最後に書かれていた『あなたのエメエメ』という身内としては見たくなかった単語と、その横に添えられていた赤いリップマークを未だに忘れていないぞ。


 フォルテム侯爵も姉上と同じで、女もいける。

 というか、こいつはメイドの女と異国の踊り子の女と結婚してから、世継ぎを作るために仕方なく婿をとった経緯があるので、むしろ女の方が好きなのだろう。


 フォルテム侯爵は姉上の子分をしていたのはすでに説明した通りだが、そのせいでこうなっちゃったんじゃないかなと、私は最近思っていたりする。


 私が会議そっちのけで悶々していると、話は進んでいた。


 キリリ顔のエメエメが言う。


「さて、お主らには転移門の片方を1つずつ与える。もう片方は王家が持ち、王都近辺に設置する。お主らは与えた転移門の設置場所の選定と管理を任せる」


 姉上の言葉に、それぞれが一斉に唸った。

 少しして、ザライ侯爵が手を上げた。


「通行料はいかがいたしましょうか」


「お主らの好きにするとよい。あまり安くしすぎても周りの貴族とぶつかることになろう。ただし、すでに説明したロビン馬車とリゾート村に学びに来る目的の者には無料で使用させよ」


「ロビン馬車については一目でわかりますが、ほかの者の判別はいかがいたしますか?」


「これから設置される全ての転移門に言えることだが、関所と通行手形を作る。関所の役人はどちらが出しても構わん。信頼のおける貴族家があるのなら、そこに一任するのでも構わんが、何かあった場合はお前らも連座で責任を持つように」


 一同が頭を抱え始めた。

 特に通行料は、周辺の貴族領の収入に大きな影響を与える。特に王都への交易路として儲かっている領地は見逃せないものとなるだろう。


 領地持ちの貴族は大変だなぁ。

 その点、私は王都でぬくぬくできる。マジウケる。


「次に、転移門を作る土地のことだ。7ページと8ページ目を見よ」


 資料の7、8ページ目には、転移門を設置する土地の説明が図を交えて記載されていた。


 キャサグメは迎賓館と同程度の面積の土地を領地に貰って塀で囲ったが、あれは意味があった。

 あの土地の中では、ノミやダニ、シラミといった虫を殺す『小虫殺し』の魔法や、指定した疫病を持つ者が侵入した際に警報を鳴らす『疫病警報』の魔法など、さまざまな魔法が施されているらしい。


 我々には発想することすらできなかったが、長距離の短時間移動には病の高速蔓延というリスクがあるそうだ。

 そのため、リゾート村アアウィオル領の土地はこのリスクを減らすために必須だったのである。


 なお、あくまでリスクを減らすだけであり、キャサグメたちも知らない新しい疫病には『疫病警報』が鳴らないため、後手に回るという。


「各々、土地の確保はできそうか?」


 姉上の質問に、すでにあたりをつけているのか、それぞれが了承の意を示す。まあこいつらの領地は広大なので、場所はいくらでもあるだろう。


「では、場所を決め次第、諸々の建設を始める。費用は国庫から出すのでお主らは考えなくてよい」


「関所周辺に宿村を作るのは可能でしょうか? おそらくはかなり栄える地域となるはずですので」


 フォルテム侯爵が問う。


「もちろん許可する。ただし、そちらの建設費はお前らが出せ。また、転移門を囲う塀の中には余計な物は建てるな」


 そう告げる姉上に続き、挙手したキャサグメが言う。


「もし村を作るのでしたら、大工職人をリゾート村に寄越してくだされば、技術指導を行なえます。おそらくそのあとに本格的に村を作った方が、早く大きく丈夫な村が作れるかと思います」


「それほど変わるのですか?」


「はい、格段に。現代の職人の方々は生産に使う重要な魔法が失伝しています。この魔法の有無で、作業のスピードや完成品の性能が大きく変わります。特に今まで職人が加工できなかった素材が取り扱えるようになるため、多くの発見が見込めるでしょう」


「まあ! その魔法を使えれば、この村にある品々のような物も作れるのですか?」


 フォルテム侯爵がニコニコして言うが、きっと頭の中では金勘定をしていることだろう。


「大師範が作るような品は相応に長い修練が必要ですが、その弟子が作る品くらいなら比較的早く作れるでしょう」


 ざわつく四侯爵たち。


 お前らもこれから職人集めに苦労するんだぞ。

 あいつらの頑固さはマジで異常だから。


 それからも、騎士の強化人数や教育された子供たちの扱いで意見がぶつかったり、他国への輸出規制のすり合わせでフォルテム侯爵が色目を使ってきたり、先のスタンピードの魔物素材の輸出入でやりあったり。


 彼らとの方針のすり合わせが終われば、今度は各ギルドも交えて会議が始まり。


 外は陽気な太陽や、あるいはエキゾチックな月の世界。

 そんな場所で、なんで私は連日会議なんぞに参加しているのだろうと思えてくる。


 次は家族と遊べる時間が取れるといいのだが。


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