第5話 ステリーナ・ザライ フィギュア
わたくしの名前はステリーナ・ザライ。
ザライ侯爵家の長女ですわ。
キャサグメ様の村にやってきたわたくしでしたが、もう驚きの連続ですの。
今だってそう。
「ほわー……これがわたくし……しゅごー……」
ホテルのエステなる施術を受け、髪からつま先まで磨き上げられたわたくしは、鏡に映った自分の姿を見て、思わず息を呑んでしまいましたわ。
ポーションエステ、魔力線エステ、仕上げのアロマエステ。
女王陛下が仰るにはこれらが最高に効くとのことでしたが、本当でしたわ。
自分はこれほど変わるのかと震えるほど感動してしまいました。
それにピカピカになっただけでなく、体も羽根のように軽くなりましたわ。
長い年月をかけて少しずつ溜まってしまった余計な物を体の外に出し、魔力線を正したことで、体が軽くなったのだそうですわ。
しかもこれは入門のシンプルコース。
これから自分にあったエステを探して、美を磨くのだそうです。
もうわたくしとお母様は揃ってニコニコですの!
ウォータースライダーという水遊びに行っていたお父様や弟は、そんなわたくしとお母様の変わりようを見て、しばしポカンとしていたほどですの。
まったく紳士として、それではダメですのよ!?
それに比べて、キャサグメ様はわたくしたちを見てすぐに微笑んでくださいましたわ。
お父様がいなければ、きっと一番に褒めてくださってことでしょう。お父様を差し置いてそんなことはできないので、まったくまったくお父様は!
「あなたの言う通り、メイドを連れてきて良かったわ」
「うむ。そうであろう。それではコレット、ケイト、チャイカよ。お前たちは美容専門メイドとしてこの村で学んでもらうからな。しっかりと学んでくるように」
「「「はい、旦那様」」」
コレット、ケイト、チャイカ。頑張ってくるのですよ!
しっかりと学んできてくれたのなら、わたくしとお母様が必ずやお父様に給金を上げるように進言しますからね。
そうなんですの!
なんとキャサグメ様の村では、多くの技術を教えてくださるそうですのよ。
貴族家のメイドはもちろん、平民にも分け隔てなくですの。
ただ、中には戦闘技能のような危険なものもありますので、陛下はいろいろとお取り決めになれたそうですわ。
とても強い野盗が誕生してしまったら、目も当てられませんものね。
美容を学ぶために送り出された3人は、素敵な村ですのでとてもウキウキした様子です。それも仕方がありませんが、しっかりと学んできてくださいね?
その翌日には町へお買い物に行ったのですが、わたくし、お買い物がこれほど楽しいものだなんて知りませんでしたわ。
いつもは商人の方がお屋敷に自慢の商品を売りに来るのですが、自分で選ぶのがこんなに楽しかったなんて思いもしませんでしたわ。
でもでも、この村の大抵のお店は5品までしか売ってくれないのですわ!
もちろん、商品の性質上5品で収まらないセット物はその限りではありませんし、お土産に買える焼き菓子なども別の制限があったりします。
お屋敷に来る商人だったら全部買うと言えば諸手をあげて喜ぶでしょうに、不思議な村です。
お父様は、この5品制限のおかげでお買い物が楽しいのだとドヤ顔で言ってきましたわ。
お買い物すらも娯楽にしているのだと。
なるほど、それは納得の理由ですが、ドヤ顔がうざったいですわ。
尤も、付き人を多く連れてきているので代わりに買わせればいいだけなのですが、紳士淑女はそのようなことはしませんのよ?
さて、そんなお買い物の最中です。
わたくしたち一家はとあるお店と出会ったんですの。
「ほう。なんと精巧な人形だろうか」
お父様が言うように、お店のショーウインドウには40cmくらいの大きさのお人形が並んでいました。
木彫り人形でしょうか?
教会や王都の広場にあるような石像に見られる威圧感や神々しさはなく、可愛らしさやカッコ良さを強調した造りに思えます。
なによりも感心するのは塗装の技でしょうか。まるで触れば温もりすら感じられそうな肌の色です。
「本当ですわね。あら、こちらはミカンさんですわ」
そこにはヤシロという犬に乗ったミカンさんの人形が飾られていました。とても元気な子で、アリーシャ様と仲良しなご様子ですの。
その元気さが上手く表現されており、躍動感は抜群ですわね。
「ふむ、面白そうだ。少し入ってみようか」
お父様の提案で入店してみます。
店内には数席のテーブル席があり、磨き抜かれた床や壁の彫り物は貴族家の応接間のような印象を受けます。
でも、そこかしこに棚が置かれており、そこに並んだたくさんの人形が、ここを人形のお店だと主張しています。
人形は人を象ったものもあれば、魔物を象ったものもあります。
お父様は入口近くにあったドラゴンの人形に目を輝かせていますね。殿方はこういうのが好きなのだそうですわ。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
そう言って出迎えてくれたのは、紳士服を着た背の低い女性でした。
おそらくハーフフット族でしょうか。手先がとても器用で、細かな細工をさせたら右に出る者はいないと言われる種族ですわね。
「うむ。店主かな? ここはなんの店なんだね?」
「当店はフィギュアという種類の人形を製作する店になっております。このようなものですね」
店主はそう言って、棚に飾られている人形を紹介しました。ショーウインドウにも飾られていたような人形ですわね。
「製作? これらは依頼をすれば、例えば私たちの人形も作ってもらえるのかね?」
「はい、左様にございます」
「ふむ。なかなか面白いな。どうだお前たち、作ってみるか?」
「もちろんですわ! ね、お母様!」
わたくしたちはエステでピッカピカですもの。いまのわたくしたちのお人形、とっても興味がありますわ。
「では、家族4人分を作ってくれるかね?」
「ありがとうございます。そうしますと、素材や台座などのご相談をしたく存じます。どうぞこちらへお座りください」
それからお母様とわたくしを中心に話が詰められていきました。
お茶に出されたお菓子がとっても美味しいですわ。
ふむふむ、どうやら素材はいろいろあり、主に魔物素材を使うみたいですわね。そうすると人の肌感をよく表現できるようですわ。
「時間での劣化はどうなのでしょうか? 古くなった人形は少し恐ろしく見えますから」
お母様が質問します。
それはそうですわね。朽ちた木彫りの人形はなかなか不気味ですもの。わたくしの人形がそうなるのは、ちょっと勘弁ですわ。
「こちらの等級から下の素材を使った場合、劣化の心配はほぼありません。さすがに強い酸性の液体などを付着し続けると不味いですが、ケースの中で普通に飾る分なら数百年はそのままの姿を保ちます」
店主は素材表を指さして説明してくださいます。
安い素材だとわたくしのお小遣いでもポンと買えそうですが、一番高い素材だと下手な宝石を越えるほどお高いですわね。
なんとなく入ったお店ですし、誰それが作ったクチコミの情報もないので、なかなか難しいところですわ。
早々に話し合いに飽きたお父様は弟と一緒に店内の強そうな魔物人形を見学しに行ったので、お母様は一番いいプランを選びましたわ。やる気満々ですわね、お母様!
その後、店主はお宿までついてきて、この村で買ったドレスで着飾ったわたくしたちを、見たことのない魔道具で記録しました。あと水着を着た姿もですわね。
その魔道具を見せてもらったのですが、要は闘技場でキャサグメ様が見せてくださったあの魔道具の親戚で、一瞬の光景を紙に落とし込めるもののようですわね。
この魔道具は普通に村に売っているようでしたので、お父様は早速手に入れようとしていましたわ。
お父様は1週間の宿泊を予定してくださっていたようで、この1週間はまさに夢のようでしたわ。
お食事は見た目も美しく、味も最高ですの。
でもわたくしが特に感動したのは、シチュエーションの凝りようですわ。
海の中にいるような気持ちになれるレストランや、優しい水のせせらぎを聞きながら食事を楽しむレストラン。夜の涼しい時間には爽やかな海風の中でお食事をすることもありましたわ。
もちろんアアウィオル風の普通のレストランもありましたが、ここでしか楽しめないレストランでお食事をするのはとても素敵な体験でしたわ。
遊びも充実していましたの。
というよりも、遊びに対する情熱がとても凄いと思いましたわ。
水着に着替えるので水遊びは少し恥ずかしく思いましたが、それさえ慣れてしまえば水遊びは最高でした。
貴族は、時には民のために魔物と戦わなくてはなりませんから、男も女も太っていると下に見られる傾向がありますの。
ですから、誇り高き侯爵家の長女であるわたくしは、ウエストには自信がありましてよ? キュッと引き締まっていますし、んっ、と力を入れれば腹筋がちゃんと浮かびますのよ。
水族館はとても幻想的で、怖いと言われていた海の中があれほど綺麗だとは思いませんでしたわ。でも、ここだから安全なだけであって、普通はやっぱり怖いそうですわ。
劇場ではオーケストラという演奏を聞きましたが、音楽でこれほど感動したのは初めてでした。貴賓席から見下ろすと平民の方々も見に来ているようで、わたくしたちと同じようにいたく感動している様子でした。
もちろんお買い物も何度も行きましたが、まだまだ回りきれていませんわね。こんな楽しみを覚えてしまって、今後、商人がお屋敷に来る方法のお買い物で満足できるか心配ですわ。
そうそう、1週間の間に3回お宿を変えましたの。
そのどれもがとっても素敵でしたわ。
特に最終日に泊まった海の上のお宿!
青く光る海と満点の星空の狭間で過ごすひと時は、まるでおとぎ話の人魚になったような気分でしたわ。
でも、次の日には王都に帰ると思うと、どこか寂しい気持ちにもなりましたわね。
そんな楽しい日々でしたので、わたくしたちはフィギュアのことをすっかり忘れていましたの。
王都へ帰って次の日のことですわ。
この日はわたくし、前々からお茶会を予定していたんですの。
というのも、王都にある王国貴族学院に通う貴族家の子女たちは、みんなキャサグメ様の村に興味津々ですからね。
わたくしが家族で行くと知ると、是非お話を聞きたいという子が多く、お茶会を開く予定になったわけですわ。
実態はともかくとして名称が『村』なので、彼女たちの頭の中ではそのまま村をイメージしていることでしょう。ですから、貴族である自分たちが行くほどではないと考えているのだと思います。
もうひとつ行かない理由として、領地持ちの親を持つ子は、領にいる親へ連絡を入れなければ、キャサグメ様と関われないというのが大きいでしょう。止められていますからね。
ですから、わたくしのお茶会にはたくさんの子が集まりましたわ。
そんな彼女たちですが、エステで磨き上げたわたくしとお母様の姿を見ると、目を真ん丸にして驚いてくれましたわ。あと、村で買った素敵なドレスもですね。
お友達とのお茶会なのでお母様がいるのはちょっと変ではあるのですが、お母様は綺麗になった自分を自慢したくて仕方ないらしいですわね。だから、急遽参加していますわ。
お茶会なのでお茶やお菓子も出るわけですが、村で買ってきたそれらも、みなさんとっても驚かれていますわね。
ふふふっ、気持ちいいですわ。
そんなお茶会の最中でした。
執事がお母様へ来客のお知らせに来ました。
お客様は、なんと例のフィギュア店の店主さんでした。
キャサグメ様の村のお店ですので、恥をかかされるような代物ではないと判断されたのでしょう。お母様はわたくしたちのお茶会の席に、店主を呼びました。ついでにお父様と弟もやってきます。
「ザライ侯爵閣下ならびにご家族の皆様。大変お待たせいたしました。こちらがご依頼いただいたフィギュアにございます」
そう言って、用意された机にそれは1つずつ丁寧に置かれていきました。
長方形に包装している綺麗な布が、1つずつ解かれていきます。
まずはお父様。まあこれはどうでもいいんですの。お父様、カッコイイですね?
続いて弟も、まあうん、可愛いですね。よしよし、いい思い出になりましたね?
そして、お母様。
「「「ほう……」」」
その場の全員が吐息をつくほどお母様のフィギュアは綺麗でした。
お父様たちと同様に曇り一つない透明なケースに収まっており、片手を胸に片手を空へ向けたポーズを取っています。キャサグメ様の村で買った赤いドレスを着て、青い宝石の首飾りが胸元で輝いています。
お母様は大変感激していますが、お父様はそれ以上に感激しているご様子です。毎日見ているのにおかしいですわ。まあ両親が仲良しなのはいいことですわね。
そして、満を持してわたくしのフィギュアが登場しましたわ!
「「「きゃーっ!」」」
侯爵であるお父様がいるのに、わたくしのご学友はみんな大興奮。あっ、興奮しているのはわたくしもですわね!
やはり透明のケースに収まったわたくしのフィギュアは、白と青のドレスを着た姿ですの。足を前後で交差して軽くつま先立ちになり、両手を前に広げていますわ。
それぞれのフィギュアはまるで動き出しそうなほどリアルで、髪の一本一本も美しく輝いています。
わたくし、もうもう大感激ですのーっ!
「こちらには2つの仕掛けがございます」
はい、知っていますわ。
こちらで依頼したものですからね。
でも、どんなふうになったのかはわからないので、ドキドキです。
「お嬢様のものでご説明させていただきます。仕掛けを動かすには、台座にある魔石に触れます」
店主は台座にあるザライ家の紋章の横にある2つの魔石のうち、片方に触れました。
すると、わたくしのフィギュアの周りで星の煌めきのようなものが現れるではありませんか! その星の煌めきで髪や瞳が輝いていますわ!
さらに、もう片方の魔石に触れると、今度は綺麗なメロディが流れましたわ! 劇場で聞いた曲ですわね。
2つの仕掛けを合わせると、まるでわたくしが星の煌めきと美しい旋律の中で踊っているようです!
「なんて素敵なの……」
ご学友がうっとりと呟きました。
本人であるわたくしもびっくりですわ! 素敵すぎてどうしましょう!?
「いや、君。大変良いものを作ってくれたね。大切に飾らせてもらうよ」
お父様が固く握手を交わすほど褒めるのは珍しいです。
これはもう、どこに飾るか家族会議が必要そうですね。
ハッ、というか領地にある本邸に持って帰ってしまうのではないかしら!?
「あとは、撮影した画像資料をお渡しいたします。全部で20枚です。お確かめください」
フィギュア作成のために撮った『お写真』もくださいましたわ。
お店で保管しておくのは悪用されるリスクになるので、当然と言えば当然かもしれません。
そのお写真でもご学友たちはびっくりしていますの。
その中には水着のお写真もありましたが、それは恥ずかしいので抜きましたわ。
お写真にキャッキャするご学友たちの姿を見て、お父様が自分の買った『魔導カメラ』を自慢したそうな顔をしていますわね。
店主さんはフィギュアやケースの手入れの仕方を使用人に教えるために別室に行きましたが、それからのお茶会の熱の入りようは大変なものでした。
みなさん、美しくなった自分のフィギュアを作ってもらいたいと思っているのでしょう。
こうして、お茶会は大成功に終わりましたわ。
ご両親が領地に帰ってしまった子は、きっとすぐにでもお手紙を書くことでしょう。
ご両親が王都にいる子は、今週中にキャサグメ様の村へ行くに違いありません。
その夜。
「お父様、お母様。わたくし、此度の縁談、お受けいたしますわ」
わたくしは覚悟を決めて、両親にそう言いました。
「「え?」」
「え?」
でも、なぜかキョトンとする両親に、わたくしも思わず首を傾げてしまいましたわ。
「縁……談? 心当たりは……まあ、たくさんあるが、いったいどの縁談のことを言っておるのだ?」
「そ、それはもちろん、キャサグメ様ですわ」
わたくしはもじもじしました。
もう知ってるくせに、お父様の意地悪!
ところが、お父様は困惑の色を深めました。
「え、えぇ? キャサグメ殿? ちょっと待て、お前とキャサグメ殿はそういう仲になったのか? いったいいつの間に」
「え? いえ、特には? お父様が縁談を進めてくださっていたのではないのですか?」
「いや、全然そんなことはしていないが」
「ふぇえええ!? ですが、我が侯爵家とキャサグメ様とは深く付き合うと仰っていたではありませんか」
「あれは文字通り、私と彼らの話だ。縁談とかそういうのではない」
「えぇえええええええ!」
夫になる方だと思ったのに、わたくしの勘違いでしたわ!
そんなぁ……!
がっくりするわたくしを見たお父様は、なにやら少し思案します。
おやおや? 縁談、組んでくださいますの?
「私が縁談を持ちかけるのは無理だ。王家やほかの四侯爵家を警戒させてしまう」
さ、さすがキャサグメ様ですわ!
まさか上級貴族であるお父様にこうも言わせるとは。
まあ、あの村を見れば無理もありませんわね。
「ふむ、もしお前にやる気があるのなら、キャサグメ殿の村で学んでみるか? キャサグメ殿に会えるとは限らんが、あの村で学ぶのは価値があろう」
「天才現るですわ! お父様、わたくし留学しますわ!」
「王都のそばで留学もなにもないが。まあいい。では、その件については私が話を通しておこう」
きゃっほーい!
キャサグメ様のことを抜きにしても、あの村で過ごせるなんて夢みたいですわ!
「ちなみにだが、おそらく四侯爵家の当主やその子供たちもやってくる。仲良くするようにな」
くっ、やはりですか。
四侯爵家にはそれぞれ年頃の子女も多いのです。
ライバルは多そうですわね!
でもでも、ステリーナは負けませんわよーっ!
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