第3話 冒険者エミリア 楽園エンジョイ!


 私はエミリア。

 冒険者パーティ『太陽の風』で魔法使いをやっている絶世の美女よ!


 いつもは王都の近くにあるA級ダンジョンで稼いでる私たちだけど、今回はそれをお休みして、王都の近くにできた村に来ているの。


 どこが村なのか全然わからない大都市だけど、それは置いておいて。


 めちゃくちゃ美味しいご飯を食べてから、私たちは宿に帰ってきた。

 目的はもちろんお風呂!


 王都にも大衆浴場はあるけど、もう雲泥の差。

 お風呂なのに岩の小山があって、そこからお湯が大きな湯船へ流れて、とってもオシャレなんだ。床もピッカピカで、なによりも体を洗うところに綺麗な鏡があるの!


 体を洗ってから入らないと王都の浴場では尋常じゃなく怒鳴られるから、ここでもその作法に則って、体を洗うことにした。


 しかも、ここにはそれぞれの体を洗う場所に、体用の石鹸と頭用の石鹸があるんだけど、これが全部使いたい放題!

 使いすぎると逆効果だって言われたからほどほどにするつもりだけどね。


 それで髪の毛を洗って、ワクワクしながら泡を流してみたんだけど。

 なにこれ!?


「髪がピッカピカになってる!」


 綺麗な鏡に映った傾国級の美女にもうびっくり!


「ふわっ、見てみて! 胸の虫刺されがなくなったわ!」


「お2人とも、この石鹸、物凄くいい香りですよ!」


 なんだ、このお風呂、楽しすぎる!

 もう夢中だわ!


「「「ふぁあああ……」」」


 体の隅々まで洗ってから白濁したお湯に浸かると、体の奥から綺麗になっていく気がしてきた。


 腕を上げてみると、どうでしょう!

 肌からお湯がするりと落ちていく。感動してそのまま見ていると、残ったお湯が集まって水の玉の作り、肌に留まるのだ。

 見たことない現象だけど、きっと肌の艶がそうさせているに違いない。


 うっとりしながらお風呂を楽しむけど、さすがにいつまでも入ってはいられないので、私たちはお風呂を出た。


 するとそこには宿の少女が3人いた。


「お体のケアのサービスをいたします」


 貴族かよ!?


 1刻ほどして、新しい服に着替えた私たちは脱衣所を出た。


 ロビーには男共がさっぱりした顔で座っていたんだけど、私たちを見るなりポカンと口を開けて放心状態。


 私はシャランと髪を払った。

 シルクスパイダーの糸のように滑らかな髪が、するんと手の甲から流れていく。その手の甲も光を軽く反射してしまうほどツルンツルン。


「あれ、リーダーもさっぱりしたじゃん!」


「え。あ、ああ」


 私が何でもないようにそう言うと、リーダーは私の顔を見ながら、やっとのことで頷いた。

 くっはー! 気持ちいい!


 ……ん?


「リーダー、なに飲んでるの? ずるいずるい、私も欲しいんだけど! 店員さん、私にもくださーい!」


 私が店員さんからシュワシュワした泡の飲み物を貰ってくると、リーダーは凄くホッとした顔をした。


 あれ、よく見れば、本当にリーダーもさっぱりしてるな。

 無精髭や髪、眉毛を整えられて、ちょっとカッコ良くなってる。いいじゃん!




 それから私たちはこの村を遊び倒し、気づけば3日が過ぎて、現在4日目。

 すっかり町を村と呼ぶようになって、私たちも村の色に染まり始めているぞ!


 はー、太陽が気持ちいい。

 一生このままこの村で暮らしたい。


「ハッ!? おい、大変だ!」


「んー、なぁに?」


 浜辺の椅子で寝転がるリーダーが、ガバッと起き上がって、唐突に騒ぎ出した。

 その姿は海パン一枚。ムキムキな上半身はこんがり焼けていた。


 エッチな服なので最初は怖かったけど、今では私もビキニの水着姿だ。

 私は肌を焼きたくないから日焼け止めを塗ってるよ。


「ここに来た目的をすっかり忘れてるぞ!」


「目的? 超楽しんでるじゃない。目的達成じゃん」


 なに言ってんだ、こいつ。アホの子なんかな?


「バカちん! 俺たちはロビンが強くなった秘密を探りに来たんだろうが!」


 私はブルーソーダをチューとしながら、記憶を探った。


 ロビン……?

 強くなる秘密……?


「……ハッ!? そうだったかも!」


 私はカッと目を見開いた。


 何もかも初日に行ったプールが悪い!

 ウォータースライダーが楽しすぎたんだ!

 そのあとも映画館とか水族館とか、酒場とかエステとか行って、なにもかも忘却の彼方だった。なんて怖い村なのかしら。


「ほら、行くぞ!」


 そう言って、リーダーが私の手を握って起こしてくれた。

 前まではそんなことしてくれなかったのに。


 そう、この楽園が私とリーダーの関係を仲間から恋人に変えた。

 他のメンバーもそれぞれ付き合い始めている。部屋も3人部屋から2人部屋に変更したのは言うまでもない。

 というか、盾戦士と女僧侶は前から付き合っていたんだって。こそこそしやがって! 言えや!


 私たちは、全てを忘れて海でキャッキャとする愚か者共の下へ行く。


「おい、お前ら。集合だ!」


 リーダーが全員を集合させて、私たちがさっきまでいた場所で緊急会議。


「お前ら、俺たちがここになんで来たか覚えているか!?」


「あーん? そりゃお前、ハニーと遊ぶために決まってんだろ」


 そう言ったレンジャーが女狩人の肩を抱き寄せた。

 女狩人がメスの顔をした。

 リーダーが真面目な話してるんだから、やめろよ!


「ちげぇよ! 俺たちはロビンが強くなった秘密を探りに来たんだろうが!」


 リーダーがそう叫ぶと、全員がピシャゴーンと雷に打たれたような顔をした。


「「「そ、そうだった!」」」


「ホンットにお前らしょうもないな!」


 私がそう叱りつけると、「おめえもさっきまで遊んでたじゃねえか!」とレンジャーが口答えしてきた。


「なにをっ、私の彼氏はリーダーやぞ! リーダー、言ってやってよ!」


 リーダーに頭を引っぱたかれた。

 なんでぇ!?


「とりあえずだ。今日はまだまだ時間があるから、これから情報を集めよう」


「「「了解」」」


 というわけで、気分を強引に変えて情報収集!

 見習い冒険者の子があれほどの力を得たのだから、きっとそう簡単に手に入らない情報ね。


 ……着替えに戻った宿で普通に教えてくれた!


 なんでも学園島というもう一つの島で、技術指導をしてくれるらしい。

 そういえば、あの闘技場でキャサグメ男爵がそんな感じのことを言ってた気がするわね。


 私たちは、宿の少女が教えてくれた技術指導の申し込みをする総合受付へ行ってみた。

 ここで申し込んで、別の島で戦闘技術や職人としての技術を教えてくれるそう。


 でも、総合受付はあまり人がいなかった。


「リーダー、予想よりも人がいないぞ」


「戦闘技術を教えてくれるって話だけど、冒険者ならみんな来そうなもんだけどな」


 実際に、ここ数日で王都の冒険者をチラホラ見るようになった。


「……みんな、俺たちと同じなんじゃないか?」


 盾戦士が言った。

 思い返せば、この村で見た冒険者はみんな、プールやら映画館で遊び倒していた。あとはビールとご飯をウマウマしている姿しか見ていない。


「なんて恐ろしい村なんだ……」


 私はわなわなと震えた。

 人をダメにするものが揃っている。


 他にも要因として、剣聖教会の冒険者が来ていないのもあるかも。あそこの冒険者はこの村を怖がって、商人の護衛で辺境に行っちゃってるからね。


 なんにせよ、他の人よりも早く強さの秘密に近づけるのはいいことだ。

 私たちは早速カウンターに立つ少女に話しかけた。


「ここでは強くなるための修行をつけてくれると聞いたんだが」


 リーダーが言うと、少女はニコリと微笑んで頷いた。


「はい。選んだコースにもよりますが、一番下のコースでも今より強くなりますよ」


 強くなるねぇ?


「私たち、S級冒険者なのよね。どこまで強くなれるの? 期待外れだったら困るわ」


 私はシャランと髪を払って言った。

 すると少女はニコリと微笑んだ。


「皆様の強さは、冒険者ギルド基準ですよね?」


「ギルド基準……まあそりゃそうよ」


 でも、それは他の国でも通じる指標だ。だって、世界中にある冒険者ギルドが決めた基準だし。


「それはこの村ではまったく通用しません。今のあなたたちでは、冒険者でもなんでもないこの村の住人の誰にも勝てないですから」


 少女がそう言った瞬間、私たちから殺気が溢れた。

 私たちはS級冒険者。舐められたなら黙っていられない。


 でも、少女はニコニコしながらそれを受け流す。

 そして、カウンターから消えた。


 はえー?


 みんながバッと後ろを向くので、私も慌てて振り返ると、そこには少女が佇んでいた。

 さらにそこからも消え、少女はまたカウンターに戻っていた。


「な、なにをした?」


「ただ速く動いただけです」


 嘘でしょ?


「この村の住民はこの程度のことなら誰でもできます。皆様が希望するコースとご自身の頑張りにもよりますが、皆様もこの力の始まり程度なら手に入ります」


 全員が口をパクパクして、黙るしかなかった。

 リーダーがなんとか声を振り絞って言った。


「ロビンという少年が王都で活躍したが、君にとってあの少年はどれほどだ?」


「率直に申し上げますと、まだまだ未熟です」


 私たちは愕然とするしかなかった。

 S級冒険者になって世界でもトップクラスの一員になったと思ったら、全然そんなことはなかったんだもん。


「俺たちがロビンくらい強くなるにはどのくらいかかる?」


「最短でひと月です。これは最も厳しいドラゴンコースを選んだ場合ですね」


「当然危険は伴うんだろうが、さすがに膝とかをやっちまうのは困る。そこのところはどうなんだ?」


「死ぬことはありません。ケガも一瞬で治してもらえます。ただし、精神がやられる可能性があるくらい厳しい修練になります」


 どゆこと?

 全然わからない。


「そうですねぇ、それでは見学に行きますか?」


「可能なら頼む」


 というわけで、私たちはこの村にあるダンジョンに入った。


 草原タイプの階層に思えるけど、遠くに王都の闘技場よりも大きな建物がいくつも見えた。変わったタイプの階層だわね。

 どうやらその建物の中で修練が行われているらしいわ。


 私たちはその中の1つに入ったんだけど。


「うわぁああああああ!」


「ちくしょぉおおおお!」


「いやぁああああああ!」


 そこでは、同じ服を着たたくさんの男女が、そんな叫びを上げながら必死な形相で走っていた。必死になる原因は、後を追いかけてきている10体の巨大な蜘蛛型ゴーレムだ。

 男女が走る場所は小山になっていたり、壁になっていたりしていて、走行を妨害している様子だ。


「はん、動きが遅いな。低級冒険者か?」


 レンジャーが鼻を鳴らして言った。

 たしかに魔法使いの私よりもずっと動きが遅いわね。


 私たちが見ている前で、1人の男性が蜘蛛型ゴーレムに追い付かれた。


 やられる!

 そう思った瞬間、実際にやられた!?

 嘘でしょ!?


 しかし、蜘蛛型ゴーレムの鋭い足が男に突き刺さろうという瞬間、どういうわけか男は足に刺されずに吹き飛ばされた。

 男は私の目でやっと目視できたほどのスピードで吹っ飛ばされて、修練場の壁に叩きつけられた。


 男は口から致死量の血を吐き出した。あーあ、あれはもう助からないでしょうね。


 と、思っていたら男の体が強制的に逃げる男女の中に移動させられ、先ほど血を大量に流したとは思えない足取りで再度走り出すではないか。


「「「えぇ?」」」


 私たちが思わず間抜けな声を上げていると、受付の少女が言った。


「ここではあのように基礎を作っております。遅く感じるのは、負荷の腕輪という体を重くするアイテムをつけているからですね。彼らはあれで全力疾走なんですが、かれこれ4時間ほど走り続けています」


 4時間だと、えーっと8刻!?

 それなんて地獄?


「さらに、ダメージを受けても瞬時に回復する秘伝のポーションを服用していますので、今のような致死の攻撃を受けても死にません。大体の人が何度もああして叩きつけられますね」


 そ、それなんて地獄!?


「ちょっと待て。あれ、ザライ侯爵のところの騎士団長だぞ。あっちのは辺境伯領の副団長だ」


 盾戦士が指さして言った。

 盾戦士は昔、騎士様になりたかったらしく、有名な騎士の顔をよく知っているんだ。


「この修練が終わると、技術訓練に入ります。リゾート村には30の英雄結晶があり、そのうちの15が戦闘系の英雄結晶になっています。皆様の役割から見たところ、丁度良い英雄結晶がございますね」


「30も英雄結晶があるだと!?」


「はい」


 信じらんない。

 一つの都市に30個もあるなんて、聞いたことないもん。


 そんな説明を受けた私たちは、技術指導の受付所に戻った。

 そうして、詳しく説明を聞いてから、カウンターから離れて相談する。


「どうするよ、リーダー」


 レンジャーが言った。


「なにかしらの訓練を受けないわけにはいかないと俺は思う。ロビンが女王陛下にした願いを覚えてるだろ?」


 そりゃ覚えてる。意味不明だったもん。


 でも、ここに来てあの願いの意味がわかり、リーダーの危惧も理解できた。

 つまり、これからS級冒険者をはるかに超える見習い冒険者たちが続々と生まれるのである。


 それはさすがに看過できないわ。

 私たちだって、見習い冒険者の時代があったんだもん。

 私たちはちょっとずつ強くなってここまで来たんだから、いきなり抜かれるなんて許せない!


 でも、許せないからと言って彼らの幸せになる権利を邪魔するのは違うと思う。

 だから、私たちがもっと努力して先に行ってしまえばいいのだ。


「ドラゴンコースよ!」


 私がふんすとして言うと、リーダーが心配そうに見つめてきた。


「大丈夫か? 俺はお前が一番心配なんだが」


 はっ? なんだこいつ。私のこと大好きかよ。


「俺もお前が一番心配だわ」


「俺も」


「あたしも」


「すみません、私もです」


「はぁ!? どゆこと!?」


 マジ意味わかんない。

 なに言ってんだ、こいつら。私のこと大好きなんか?


 というわけで私たちは、ドラゴンコースにした。

 よーし、これでロビンとかいうショタ坊には負けないぞー!


「リーダー! 待ってよぉー! いやぁあああああ、がふぅ!」


「え、エミリアぁあああああ!」


 楽園から一転、地獄が始まったわ!

 私は毎晩逃げ出し、毎回リーダーに抱っこされて連れ戻された。


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