第2章

第1話 冒険者ポール 気になる村


 俺はポール。

 こう見えてS級冒険者だ。


 活動拠点はアアウィオルの王都で、主に王都周辺にあるA級ダンジョンに潜って活動している。


 信仰する英雄はもちろん『二丁斧 ガイモン』さ。

 剣聖なんてチャラチャラしてんのに興味はねえ。男は黙って二丁斧。これが王都の冒険者ってもんだ。


 まあそんな俺の自己紹介はいいとして、ついこの前、すげぇことが起こった。


 理由はよくわからんのだが、剣聖教会がどこぞの新米男爵に喧嘩を売ったのさ。


 俺たちのパーティは丁度よ、今回の探索を終えて王都に帰還してたから、骨休めでちょっとばかり暇だったんだ。だから、闘技場に見に行ったのさ。

 剣聖教会はいけすかねえが、まあ暇はいけねえからな。それに闘技場では賭けをやっているから、行きたくもなっちまうよ。


 で、楽しみにして行ったら、なんと賭けは行われていなかったんだ。

 なんでか聞いたら、王命だとさ。


 憤慨したよ。

 女王陛下は俺たちの楽しみを奪うのかって。


 プンプンしながら観戦したんだけど、うん、女王陛下の判断は正しかったわ。


 剣聖トバチリが凄まじく強いってのはみんな知ってるし、無名の男爵が相手なら、まあ普通は剣聖教会に賭けちまう。中には全財産突っ込むやつだっていただろう。俺だって自分の財布から金貨5枚を賭けるつもりだったし。


 結果はどうなったと思う?

 いや、知ってるか。

 そりゃ今じゃ王都中で語られている伝説の戦いだったからな。


 もうボッコボコよ。

 トバチリじゃないぞ? カマセーヌって王都でも評判の悪いやつがな。


 俺もS級冒険者だから腕には自信があったけど、ロビンの動きは辛うじて見える程度だった。いや、あれが観客席ではなく対面してのことなら、見失っていただろう。


 俺は女王陛下のおかげで金貨5枚を失わずに済んだわけだけど、ぶっちゃけ、剣聖教会との戦いは前座も前座。いまや王都じゃ、可哀そうだからその話はやめてあげよう、と言われるくらいの小さな話だ。

 そのあとに起こったことこそが、今の王都で語られる伝説の戦いってわけさ。


 まあ、これはもう俺が語るまでもないだろう。

 吟遊詩人のほうが上手く語るしな。


 これが俺の最近驚愕したことだ。


 で、それから数日経った今日の話。

 つまり、今だな。


 俺たちのパーティは1週間休んで1週間ダンジョン探索、っていう生活をしているんだが、今回はその探索を見送った。


 理由はもちろん、リゾート村ってところを見に行くためさ。

 たかが見習い冒険者の小僧が最強の力を手に入れた村なんて、気になるだろ?


 昼の鐘が鳴ったころに村を開放するって言うんで、俺たちは朝も早くから王都を出た。どうせなら一番に行きたいしな。


 同じことを考えているやつもいて、そいつはすげぇ馬車の列を率いていた。王都でも有名なアーガス商会だな。

 あんまりに凄い車列だったから、これから辺境伯領に行くのかと思ったほどだ。


 スタンピードのあとは魔物の素材が安く手に入るから、今の辺境伯領は国中の商人が押しかけているのさ。

 それなのにこのアーガス商会はこんなに馬車を持っているにも拘らず、辺境伯領には行っていない。王都の商人たちが旅立ったのは3日も前だし、これから出るようじゃ判断が遅すぎるだろう。意味がわからねえよな。商売が下手なのか?


 ちなみに、商人たちの護衛で冒険者も大量に辺境へ行っちまってるな。護衛の依頼が大量に出てるんだよ。

 剣聖教会の冒険者はその依頼でほとんどいなくなっちまった。キャサグメからの報復にビビッて、その護衛でほとぼりを冷まそうって考えみたいだな。マジでダセェ。


 まあそれはいいとして。


 俺たちも馬車だったから、アーガス商会の後ろについていった。

 そしたらさ、しばらくして新しくできた道に入ったんだ。


「は?」


 なんと、その道には等間隔に灯りの魔道具が設置されているじゃないか。


「これ、たぶん灯りの魔道具だぞ。この道を作ったやつはバカなのか?」


 こんなもん、盗んでくださいって言ってるようなものだ。

 前にアーガス商会が居なければ、考えちゃうわ。


「ちょっと行ってきていいか?」


 馭者台で馬を操る俺に、荷台から顔を出したレンジャーが実際にそう言った。

 こいつならパッと行って盗んでくるくらいは簡単だろう。


「そんなのダメですよ」


「そうだよ、やめなよー」


 女僧侶と女魔法使いが言った。

 俺もレンジャーを止めた。


「あのでっけぇ魔道具のこともある。やめておけ」


 キャサグメとかいう男爵は、遠くの風景を映し出す謎の魔道具を持っている。この灯りの魔道具だって、見た目にはわからない特殊な機能がついているかもしれない。たとえば、盗んだやつがわかっちまう仕掛けとかな。

 金に困ってねえのに、そんな危ない橋は渡るもんじゃない。


 レンジャーはつまらなさそうに舌打ちして、諦めた。


「ねえねえ、道が変じゃない?」


 次に顔を出したのは、女魔法使い。

 そう言われて、俺もハッとした。


「すげえ走りやすいな」


 道をよく見てみれば、凸凹1つないのだ。


「でも、新しくできた道ってのはそういうもんなのかもな。新しい街道ができるなんて滅多にないことだし、お前だってそんな道走ったことないだろ?」


「はー、たしかにそうかも」


 俺が言うと、女魔法使いは頷いた。

 女魔法使いは俺の背中をつんつんしてしばらく遊んでから、荷台に戻って女たちとキャッキャとし始めた。

 寂しいから誰か話し相手してくれない?


 謎に包まれた村へと馬車を走らせること6刻(※3時間)ほどか。


 遠くに、たしかに村らしきものが見えてきた。

 やたら頑丈そうな壁を持ち、正面には2つの門が離れて設置してあった。


 まだ距離はあるが、アーガス商会の馬車が止まるので俺もそれに倣った。


 先頭の方の馬車がチラホラ動き出した頃に、一人の少女が俺たちの馬車へやってきた。

 めちゃくちゃ可愛い子だ。髪はキラキラ光り、肌も虫刺されの痕一つなく滑らか。貴族なのか? いやしかし、貴族らしい服ではないが……。


「こんにちは。ただいま順番に案内しております。皆様は平民様でしょうか、貴族様でしょうか?」


「ははっ、平民様だな」


 平民に様付けとは面白い冗談だ。


「それですと、右手側の門からの入場になります。少し進むと右へ折れる道がありますので、そちらへ進んでください。前の馬車についていけば間違いありませんね」


「わかった。だが、そうなると、貴族も来るのか?」


「はい、貴族様は左手側の入場門からになります」


 ふーむ、村に貴族が来ることもあると思うけど、入口を分けるとはずいぶん大げさだな。まるで大行列ができる大都市の入場門みたいじゃないか。そういう都市には貴族用の入り口があるからな。

 そんなことを考えていると、少女は続けた。


「馬車での入場ですので、馬の尻尾にこちらの魔道具をつけるのが義務付けられています。よろしいですか?」


 そう言って見せてくれたのは、リング型の魔道具だった。

 なんでも馬の糞尿を即座に魔力へ変換して散らすものらしい。なんでそんなものが必要なのか全然わからん。

だが、義務と言われたら従うしかない。一応、この村は男爵領だし、無茶な法律でない限りは従うのがルールだ。


「ああ、危険でないのなら。馬は高いから、調子が悪くなるのはやめてくれよ」


「大丈夫ですよ」


 そんなふうに案内されて、俺たちはアーガス商会の後ろについて進み、ほどなくしてまた停車した。

 少女が教えてくれた通りに左手側の門へ行く道もあり、案内人こそ立っているがそちらに並ぶ者はいなかった。


「なあ、妙だと思わないか?」


 レンジャーが言った。

 俺も気になっていた。


「ああ。村の規模が小さすぎるし、中から生活の音がしない。それに貴族用の入り口まである」


「やべえところか?」


「判断に困るな」


「変態貴族向けに人身売買なんてやってねえだろうな」


「それはさすがになぁ。やるにしたって女王陛下のお膝元でこんな大ぴらにやらんだろ」


 そう答えた俺だが、レンジャーの危惧も頷ける。

 冒険者たるもの、時には撤退も大切だ。

 情報が出てから来ても遅くはないように思える。


「門が1つ増えたそうですよ」


 前の商人に話を聞きに行った女僧侶が、そう教えてくれた。


「元は1つってことか?」


「結構立派な門だけど、気づかねえ内に増えたってことか?」


「さっぱりわからねえな。なんだ、この村。見栄っ張りな村とかか?」


 仲間たちとひそひそと相談していると、背後から馬車がやってきた。それも凄い団体だ。


「おい、リーダー、降りろ! 王家の旗だ!」


「嘘だろ!?」


 だが、それは嘘でも何でもなく、その集団は本当に王家の旗を掲げていた。

 さらにクロウリー公爵が続き、ザライ侯爵、ジラート辺境伯の旗……違う、四侯爵全ての旗がある!


 馬車はすげぇ台数で、その周りには当然、白と黒、近衛騎士団、四侯爵家の騎士団が厳重な警護をしている。


「ちょ、マジか。もしかして村の討伐とかねえよな!?」


 レンジャーが狼狽えるのもわかる。

 小規模な戦争ができる兵力なのだ。村の討伐ならば余裕だろう。


「とにかく平伏しろ!」


 彼らは俺たちの後方にある分かれ道で貴族用の門に向かったが、そんなのは関係ない。

 貴族の馬車への対応は状況によるが、王家の馬車が見えたのなら跪くものだ。あと、俺たちがいまぶら下げている武器にも絶対に触ってはならない。


 俺たちの前に並ぶアーガス商会でも全員が跪いて頭を垂れている。

 ていうか、アーガス商会めっちゃ人多いぞ!? もしかして、この馬車って、商品じゃなくて全部に人が乗っていたのか!?


 王家の馬車が門の前で停車するが、門は開かない。

 男爵は死にたがりなのか?


 しばらくすると、白騎士がこちらに来た。商人たちの方にも派遣されている。


「楽にせよ。見ての通り王家の方がおいでになられているが、お前らが気にする必要はない。が、この場ではあまり騒ぐな。もちろん不埒なことも考えるな」


「はい!」


「昼には村へ入ることになるだろうが、村に入った後は存分に楽しめと、王家の方からのお言葉だ」


 白騎士はそれだけ言うと、去っていった。


 俺たちはドッと息を吐いて、馬車に戻った。


「王族が来るとか、どうなってんだ、この村は」


「誰が来てるんだ? ラインハルト様か?」


「クロウリー公爵が来てるみたいだし、女王陛下じゃないのか?」


「アホか。女王陛下が村なんぞに来るか」


「ていうか、王家の方が来てるのに門を開かないってどうなってんだ?」


 そんなことを話していると、アーガス商会の先頭の馬車にいた初老のオッサンが、王家の馬車の前まで連れていかれた。


「え、死ぬの、あのオッサン」


「いや、さすがにないだろ。ないよな?」


 うん、さすがになかった。

 平伏したかと思えば、オッサンは立ち上がって馬車の中の何者かと談笑を始めたのだ。


「これ、女王陛下の声だわ」


 耳が良い女狩人が言った。


 マジかよ。

 やべえ、全然意味がわからねえ。


 王家が来ているのに、それからも門は断固として開かず。

 しかし、騎士たちは別に文句を言いにもいかない。


 そんな時間がどれくらい過ぎたか。

 急に、騎士とアーガス商会が騒がしくなった。

 これといって案内があったような気配はなかったが、いよいよ門が開かれるらしい。


「大変お待たせいたしました! ただいま門が開きますので、ゆっくりお進みください!」


 そんな案内と共に、門が開いた。

 まずは貴族側の馬車が中へ入り、アーガス商会は進まない。これに文句はない。離れた門からの入場とはいえ、王家の馬車と馬の頭を並べて走るわけにはいかないのだ。


 すっかり貴族の車列が無くなると、いよいよアーガス商会が中へ入っていった。

 俺たちもその後に続いた。


 ちなみに、俺たちの後ろには誰もいない。

 無理もない。来てるやつも居たのかもしれないが、貴族の旗を見た時点でビビッて引き返しているだろう。


 門を越えた俺たちは、驚いた。


「は?」


 その場には、村なんて何もなかったのだ。

 あるのは真冬なのに青々と茂った芝生と、そこに敷かれた綺麗な石畳みの道が2本あるだけだ。


「ふぁ!? なんかビビってきた!」


 女魔法使いが叫んだ。


「どうした?」


「わかんないけど、ここ、なんかの魔法領域だよ」


 俺には全然わからんが、女魔法使いが言うならそうなのだろう。

 こいつはポンコツなところがあるが、魔法にかけてだけは信頼できるからな。


「あっ、わかった。これ、たぶん小虫殺しだ」


「小虫殺しって、魔吸シラミとかを殺すやつか?」


「うん。それがこの領地に張られてるんだと思う」


「はー、よくわかるな」


「だって、リーダーの服にさっきからついてた小さな毛虫が、ボロボロになって死んじゃったし」


「いるの知ってたならせめて教えろや! 俺、仲間にくっついてる毛虫をスルーするやつとか生まれて初めて会ったわ!」


「仲間じゃないのかも」


「え」


 仲間のドン引きプレイに怯えていた俺だったが、ふと貴族の車列に違和感を覚えて、首を傾げた。


「あ、あれ? 貴族の馬車はどこいった?」


 いや、いるにはいるが、半分以下になっているのだ。


「み、見てください! あれは転移門です!」


 女僧侶が叫んだ。

 転移門というとアルテナ聖国にある伝説のアーティファクトだ。その門を潜ると、対となる門がある離れた場所に瞬時に行けるらしい。

 俺は見たことがなかったが、女僧侶は巡礼に行った際に見たのだろう。


 それは貴族の車列の先にあり、今もどんどん貴族の馬車や騎士たちの姿を呑み込んでいた。


 ということはまさか……?

 そのまさかだった。


 前の馬車で見えなかったが、俺たちが並んでいる列でも、アーガス商会の馬車が巨大な転移門にどんどん消えていっていたのだ。


「青の門から入場してください! 赤の門はお帰りの方が出てくる門です!」


 少女に案内されて、前の馬車も転移門を潜った。


「おい、リーダーどうする!?」


 えぇええええ!? どうするって言っても!

 もう門が目の前なんだけど!?


「怖くありませんよ。青い門から入場してください!」


 は、はぁー!?

 こ、怖くなんてないやい!

 こちとら二丁斧男子だぞ!?


 可愛い少女にそう言われて、俺は馬車を進ませた。

 レンジャーは馬車の中に引っ込み、ひぃいいと言っている。

 お前も覚悟を決めろや!


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