第36話 ??? ある一つの終わり(※犯罪者思考の語り手です)


「クソが!」


 投げつけた酒瓶が壁に当たって砕け散る。

 部屋が汚れたその様ですらも苛立たしい。


「クソがクソがクソが!」


 壁に掛かった剣を取り、テーブルを斬りつける。

 この程度の木製品ならば一刀の下に真っ二つになるのに、剣はテーブルに深くめり込むだけであった。


 その結果は俺をさらに苛立たせ、テーブルを蹴りつけた。


「いつまで俺の剣を咥えこんでやがる!」


 あの日から数日。

 俺を取り巻く何もかもが変わった。


 王都ではそこら中で忌々しいガキの名前が叫ばれ、アパートの自室にいてもその名前が聞こえる始末。


 呼び出されて行った剣聖教会では、後輩や下級冒険者への暴行で破門を言い渡された。

 しかも教義を再度引き締めるなどとほざいてやがるから、このまま行くと俺が過去に行なっていた教育すらも悪事にすり変えられ、懲罰隊が組織されるかもしれない。


 そしてなにより、両腕だ。

 あの日以来、両腕に力が入らない。

 上級ポーションを飲もうとも治らず、目の前のテーブルすらも斬れない有様だ。


「なまくらが!」


 俺は持っていた剣を壁に叩きつけた。


 ベッドに落ちた剣を拾い上げ、そのままベッドの縁に座って剣を床に突き刺した。


「いったいどうしてこうなった!」


 いや、違う!

 誰のせいでこうなったかだ!


 まずはシッタパ!

 俺を騙してあの村に喧嘩を売るように仕向けた下級冒険者だ。

 目をかけてやったというのにこの裏切りだ。あいつは絶対に殺す!


 次にトバチリ!

 俺がこんな目に遭ったというのに、のちのスタンピードで活躍して褒められただと!?

 どいつもこいつも愚物か!? たしかに俺が果たし状を出す提案をしたが、決定したのはトバチリだぞ!? 奴も必ず殺す!


 そして、あのクソガキだ!

 あいつだ!

 あいつだけは絶対にどん底に落としてやる!


 俺は剣を引き抜き、振り上げた。

 怒りに任せて倒れたテーブルへ振り下ろそうとするが、それは止めて蹴りを食らわした。


「絶対に許さん……っ!」




 だが、俺が狙った奴らはほとんど王都にいなかった。


 まず、シッタパとそのパーティメンバー。

 あの野郎は、スタンピードの買い付けに行く商隊の護衛で王都を離れた。


 闘技場で石を投げていた剣聖教会のやつらの多くが、この依頼を受けて王都を離れたという。腰抜け共が逃げたのだ。


 トバチリは王都にいた。

 しかし、この腕でやつを殺せるとは思えない。

 やつを殺すのは長い計画が必要だろうから、後回しだ。


 あのガキも王都にはいなかった。

 だが、それならそれでいい。


 俺はあのガキが仲良くしていた小娘共の顔を覚えていた。

 フラガ病だというクズ共だ。


 まずはそいつらを血祭りにあげようと思ったが、なんと、こいつらもいなくなっていた。ガキが暮らす村へ行っているという。

 見習いのガキをあそこまで強くした以上、そこに近寄るのは不味い。


 王都にいればいずれはチャンスが訪れようが、俺の憤怒を少しでも癒すにはすぐにでも剣に怨敵の血を吸わせなければならない。


 ならば、狙うのは一つだ。


 忌々しいことにあのガキは英雄だなんだと騒がれているため、その情報は簡単に得られた。


 俺はあのガキが生まれた村へと向かった。




 ガキが生まれた村は、王都圏の外れにある村だった。

 この辺りの村の出なら王都圏にある魔境の町で冒険者を始めそうなものだが、王都まで出てきたのだろう。そのせいで俺がこんな目に遭っているわけで、とてもイラついた。


 しかし、俺が目的を果たしたあとに王都圏から出るには好都合でもある。

 この方面へ逃げ、いくつかの領を越えれば、ゾルバ帝国へと出る。

 2度ほどあの国には行ったが、あそこは男の偉大さと女の愚かさをよく知っているいい国だ。


 さて、村自体は王都圏によくある、大きな農地を持つ安全な村だ。

 どうやらすでに情報が来ているようだが、半信半疑といった様子である。


「あんたどこから来たんだい?」


 宿のババアがそんなことを聞いてきた。

 王都と答えたら思い出したくもないことを聞かれそうだから、俺は隣の領から来たと言っておいた。

 ババアはいかにも残念そうな顔をしたので、俺の予想は間違いなかろう。


 しかし、情報を得るには好都合な口が軽そうなババアである。

 俺は我慢して何があったのか尋ねた。


「それがねぇ! ウチの村から旅立った男の子が大手柄を立てたそうなのよー!」


 そんな話から始まった聞きたくない世間話はたっぷり1刻(※30分)ほども続き、俺はキリが良いところで次のことを尋ねた。


「ほう、それはぜひ生家を拝んでご利益を得たいものだな。家はどこなんだい? やはり兄弟姉妹もさぞ立派なのだろうな?」


 それからまた1刻ほども世間話が再開してしまったが、そのおかげもあって、俺は知りたい情報を全て手に入れた。


 結構は夜と決めているので宿で休んでいると、外がざわつき始めた。


 そっと木窓を開けて外を覗いた俺は目を疑った。

 広場には、なんと白騎士団がやってきていたのだ。


 まさか俺の動向が知られているのか、と焦ったがどうやら違うようだった。


 ぞろぞろと村人が広場に集まり、貴族院の紋章を掲げた役人が羊皮紙を読み上げた。


「昨日、このワンコロ村より平民における最上級勲章である地竜勲章を授かる栄誉を賜った者が現れた。名はロビン。12歳の少年だ。よって、生家があるワンコロ村へ女王陛下より宴の品が|恩賜(おんし)された」


 真偽のわからなかった情報が役人の口から告げられ、それと共に、山と積まれた荷物を隠していた布が取り払われ、それを見た村人たちは大きな歓声を上げている。

 そんな光景の中で、村長と思しきジジイから褒められる夫婦や青年たちの姿を、俺は目に焼き付けた。あれがあのガキの血縁か。


 それだけ確認し、俺は窓から離れた。

 白騎士は腕が立つ。覗いていることが知れたら俺の存在がバレる。


 それにしても、これは面倒なことになるな。

 俺の予想は当たり、村長が言う。


「今日と明日の夜は白騎士様が門の警備をしてくださることになっている。宴は明日の昼からとする。それぞれ準備し、存分に楽しむが良い」


 冬なので宴は冷え込む夜ではなく、昼なのだろう。

 白騎士がいる今日明日の決行は無理なようだ。




 あぶねえ。

 宿のババアが余計な気を遣って宴へ誘ってきた時は、ゾッとしたぜ。


 具合が悪いふりをしたが、怪しまれなかっただろうか。

 具合が悪い程度でこういう珍しい席を逃すやつはあまりいないからな。


 広場では王都から連れてこられたであろう吟遊詩人が謳い、俺の気分を逆なでする。本当に具合が悪くなるぜ。


 しばらくすると、女のガキが3人、俺がいる部屋の窓のすぐ下にあるベンチに座ってしゃべり始めた。


「あーあ、ロビン君が一番の当たりだったかぁ!」


「ねーっ、超大人しい子だったからダメっ子だと思ったよねぇ?」


「でも、ロビン君はちんちんが他の男の子よりもおっきかったから、大物だったのかも」


「えーっ! 見たのーっ!?」


「うん。女の子みたいな顔だったから、お姉ちゃんたちが女の子の服を着せて遊んでた時に見たよ」


「「なんであたしも呼んでくれなかったの!?」」


 ……俺はそんなやつに負けたのか?




 そんな宴が続き、宴があった翌日の昼には白騎士たちは帰っていった。

 その夜、村人が寝静まった頃に俺は宿を抜け出した。


 昨日の宴の余韻が未だに村の中には漂っているが、朝の早い農民にとって夜は寝るもの。どこの家も静かなものだ。


 宿のババアの情報通りの場所に、あのガキの生まれた家はあった。


 玄関の戸の上には、バトルディアの立派な角が飾られていた。

 魔物との闘争の歴史を持つアアウィオルでは、めでたいことがあった家の玄関には獣や魔物の骨か角が飾られるのだ。

 村ではそうそう手に入りそうにない角なので、これもおそらく褒美とやらの品の一つだろう。


 まあこれからお前らは不幸になるのだから、これは呪い飾りになるな。

 恨むなら調子に乗った自分の子供を恨め。


 剣を抜き、戸の前に立った。

 その時であった。


「むかーしむかし、太古の昔」


 ふいにそんな声が聞こえた。


 俺は取っ手から手を放して声がする方とは逆へ飛びのいた。

 着地と同時に剣を構えるつもりだったが、くそっ、やはり思い通りに腕が動かん。


 よろけつつも何とか構え、目を眇める。

 夜襲の最中のことなので|誰何(すいか)はできず、視線だけで何者なのかを探った。


 月明りの下に、そいつは立っていた。


 わずかばかりに色付きの刺繡が施された黒装束に黒マント、黒いブーツに黒手袋。

 黒づくめの格好なのに、黒い髪の下にある顔にだけ白い仮面をつけている。


 その姿を認識した瞬間、俺は即座に背を向けて走り出した。

 あのガキを鍛えた一味の中にいた仮面野郎だったのだ。


 どうして、なぜバレた!?

 まさか白騎士!? いや、それならば白騎士が来るはずだ!


 そんな疑問が頭の中で絶叫のように響くが、それをかき消すように両腕に痛みが走り、剣を落とした。

 走っているため腕を押さえることはできず、腕をだらりとさせながらがむしゃらに走った。


 家を曲がった先には森の入り口があった。

 茂みを越え、森の中へと転がり込んだ。


 半刻ほど走ったか。

 追手の気配はなく、俺は逃げきれたことにひとまず安堵した。


 そこでふとおかしなことに気づく。


 なぜ森がある?


 魔境でなくとも、森は魔物の領域。

 近くに森がある村はそこら中にあるが、家の裏手にすぐ森が広がっているような村は聞いたことがない。入口に茂みを生やすような管理していない森となれば、絶対にないだろう。


 そう気づいた瞬間、再びあの声が聞こえた。


「むかーしむかし、太古の昔」


 胃に熱湯でも流しこまれたようなズグリとした感覚が体を襲う中、再び走り出した。


「あるところに、1匹のゴブリンがおりました」


「な、なんなんだ、お前らは!」


 たまらず叫ぶが、仮面野郎の声はまるで俺の耳元で囁くように聞こえ続ける。


「多くのゴブリンが自然や魔物の神に祈る中、そのゴブリンは創造神様に祈りを捧げておりました」


「……っ!」


 なにを言っている!?

 なんの話だ!?


「創造神様はこのゴブリンを可愛がり、ご自身の加護を与えました。するとゴブリンの顔からは醜悪さが消え、いろいろなことを考えられる知恵や他者を慈しむ心を得たのです」


 俺の走る先に、仮面野郎が現れた。

 その瞬間、俺の足がまるで石にでも変わったかのようにビシリと止まった。


「そのゴブリンの名はシシルゥ」


 茂みの中を音もなく歩く仮面野郎。

 その姿に俺の体がガクガクと震えた。


 仮面野郎は言う。


「全ての人類の母、『原初の英雄 シシルゥ』」


「な、なんなんだよ、お前らは! 俺がなにをしたって言うんだ!」


 その不気味さに思わず叫んだ。

 仮面野郎は俺の言葉を無視して、意味の分からない話を続けた。


「『原初の英雄 シシルゥ』の教義を学んだゴブリンたちは、それぞれが人へと変わっていきました。その身に創造神様の加護を宿して」


「俺はお前らになにもしてねえじゃねえか! 逆に俺は腕を壊された被害者だぞ!?」


「しかし、人の祖先がゴブリンであることを忘れてはいけません。悪道に堕ちた者は創造神様の加護を失い、人の皮を被ったゴブリンへと戻っていくからです。これを『ゴブリン返り』と言いました。人々はゴブリン返りを恐れ、新たに生まれた英雄たちの教義を守り、己の心を守りました」


「俺はもう王都から出ていく。だから、なあ、もう勘弁してくれ!」


 仮面野郎は一歩また一歩と俺に近づきながら、言った。


「ゴブリン返り。つまりは君のことだ、カマセーヌ君」


 誰がゴブリンだ、こいつはいずれ絶対に殺す……っ!

 だが、この状況でそんなことを馬鹿正直に言うわけない。


「俺はトバチリと門下生たちに嵌められたんだ! 信じてくれ!」


 そう叫んだ時、手足の呪縛が解けていることにふと気づいた。

 剣は逃げ出した際に早々に捨ててしまったが、腰のナイフならばある。


 だが、やれるか?

 いや、やるしかない。


「英雄教会の師範代になれるほど英雄の教義を学んだというのに、どこで道を間違えたのか」


 そんなことを言いながら仮面野郎が俺の目の前まで来た瞬間、俺たちのやりとりに驚いたのか木々から鳥が数羽飛びたった。

 その音に、仮面野郎は空を見上げた。


 俺はその隙を見逃さずに腰からナイフを抜いて、上を向く仮面野郎の無防備な首を深々と斬りつけた。


 仮面野郎の首から血飛沫が舞い、その感触に俺の口から思わず笑みが漏れる。


「バカが、油断したなぁ! だが俺は油断せんぞ!」


 そのまま何度も仮面野郎をナイフで斬り、突き、確実に殺す。

 最後に蹴りを見舞い、仮面野郎を吹っ飛ばした。


「くはははっ、バカがバカがバカが!」


 最高の気分だった。

 これが己よりも強い者を倒す瞬間か。


 そこで気づく。

 剣ではなくてもいいのではないか? むしろナイフで斬りつけた感触は、刃渡りが短い分、剣よりも良かった。

 あのガキの血縁でさっそく違いを試してみよう。


 それから俺の脳裏にトバチリや師範たちの顔が過った。

 俺では勝てん相手だが、毒を盛れば無理ではなかろう。強者であろうこの仮面野郎も、油断さえあればナイフ一本で殺せるのだから。


「いや、いやいや」


 ダメだ。こいつを殺した以上は王都に帰っている暇などない。

 新たな追手が来る前に逃げなくては。


「ちっ、どこまでも面倒な奴らだ!」


 俺はそう吐き捨てて、横たわる仮面野郎の腹を蹴った。


 だが、そこに肉を蹴った感触はなかった。


 俺の足が仮面野郎の体を突き抜け、大量の木の葉を舞い上げたのだ。

 パラパラと木の葉が舞い落ちる中、俺の背後で声がする。


「ゴブリン返りが死ぬには贅沢な夜だ」


 その瞬間、俺の視界がグルンと回った。


 急激に暗くなっていく俺の視界の中で、首を無くして血飛沫を上げて突っ立つ体を綺麗な満月が見つめていた。


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