第35話 ロビン 小さな恩返し


 その日、僕とレイン様は約1か月間に亘った技術指導を終えた。


「「「おめでとうですぅ!」」」


 クー様や姉弟子の妖精さんたちが、僕たちをパチパチと拍手で祝福してくれた。


「ありがとうございます!」


 僕の口からさらりと敬語が出てきた。

 お礼の敬語だけは覚えたんだ。僕には尊敬する人が多いから、これはとても嬉しいことだった。


「クー様。僕はこの村に留まって、ダンジョンでお金を稼ぎながら修行を続けたいです。いいでしょうか?」


「もちろんです。ロビン君なんてまだまだタンポポ道の入り口に立ったばかりの綿毛っ子です。これからも稽古をつけてあげるです」


「はい、よろしくです!」


 そう言う僕を、レイン様は信じられない者を見る目で見てきた。

 まあ、無理はないかも。正直、自分でも頭がおかしい選択だと思うし。


「私はこれから学んだことを磨きながら、白騎士として王都を守りたいと思います!」


 レイン様は王都に戻るみたい。

 白騎士とはそういうものだからね。

 少し寂しいけれど、近いからいつでも会えるよね。


「さて、これで2人ともドラゴンコースを卒業したことになるが、お主らに言っておくことがある」


 老師が僕たちに言った。

 改まってなんだろう?


「ここで手に入れた力は悪事に使えば多くの者を悲しみに叩き落してしまう。それは理解できるじゃろう?」


 僕とレイン様は揃って頷いた。

 僕は剣聖教会の人たちと戦ったけど、はっきり言ってあの人たちは相手にならなかった。あの時、レイン様が僕の代わりに戦ったとしても結果は同じだったはずだ。


「もし、この先、お主らが強盗や殺人を楽しむような悪道に落ちたのなら、このリゾート村は必ずお主らを殺しに行く。これは技を教えた者の務め。必ず執行しに行くぞ。卒業するお主らはこれをよく肝に銘じるように。わかったかの?」


 静かな佇まいの老師も、いつも陽気なクゥ様も、とても真剣な顔で僕たちを見つめた。

 僕たちはゴクリと喉を鳴らした。


「絶対にそんなことをしないと誓うよ」


「この魂にかけて、私もそんなことはしません」


 僕とレイン様の返事を聞いて、クー様はニコパといつものように笑った。


「では卒業の証に、お主たちにこれをやろう」


 それは綺麗な水色のプレートだった。

 僕とレイン様がそれを受け取ると、プレートは手の中に吸い込まれていった。


「「ふぁ!?」」


 僕たちは慌てた。もらったそばから無くなっちゃったんだもん!


「それはそういうものじゃ。『我が修練の軌跡を証明する』と唱えてみよ」


「えっと、我が修練の軌跡を証明する」


 僕は老師の言葉に従って、その言葉を唱えてみた。

 すると、僕の手の平にプレートが現れた。


 先ほどはあまり見えなかったけど、よく見ると海と空と浜辺が描かれていた。その中に『ロビン』と僕の名前が記載されていた。

 裏面にもたくさん文字が書かれているけど、こっちは僕には読めない。


 レイン様が言うには、真ん中あたりに『戦闘技能5』と、下の方に『以上を習得したことを証明する』と書かれているんだって。


「それはこのリゾート村の卒業証書じゃ。この村でなにを学んだかを証明する手段となるじゃろう。お主らは戦闘技能を学んだ証明となっている。数字は習熟度の度合いで、お主らはドラゴンコースを修めたので『5』じゃ。追加で学べば、その証明も追加されていくぞ」


 ふむふむ。


「証が必要になった時が来たら使うがよい。あと、お主らの手から離れたら3分ほどで自動的にお主たちの体の中に戻っていく。その点は覚えておくようにの」


「わぁ……!」


 僕は素直に嬉しかっただけだけど、レイン様は驚いていた。


「どこかへ雇われる時に便利そうですね」


「たしかに!」


 さすがレイン様だ。


「それもあるが、リゾート村を卒業したと詐称する者が現れるとこちらが困るからじゃ」


 なるほど、老師たちからすると困るかも。


 でも、僕は単純に嬉しいな。

 これで少しは大人になれたかな?


 こうして僕たちの修行は終わったんだけど、この日はまだやることがあった。




 僕が修行を終えた日はリゾート村がオープンして2日後のことで、少しずつ人が訪れるようになっていた。


 いま来ている人は、自由が売りの冒険者や吟遊詩人ばっかりだね。

 普通の人はお休みを急にもらえないもの。


 意外に少ないのは商人さんで、辺境伯領に買い付けに行っちゃってるんだって。スタンピードが起こると、魔物素材が安くなるからね。


 それでも勘が鋭い人はいて、王都で有名なアーガス商会なんかはオープン初日から商会全体で来ているよ。あとは王家の御用商人も同じみたい。どこかで情報を手に入れたのかもね。


 そんなふうに、いま来ている人が外で話して、噂が噂を呼び、きっとリゾート村にはアアウィオル中から人が来ると思う。だって、こんな素敵な村だもの。


 村を見てびっくりしている人たちを眺めながら、僕たちは馬車で移動していた。


「さらば、リゾート村……天国と地獄の島」


 向かい側に座るレイン様がそんなことを呟く。

 やっぱりその瞳は村を眺めていた。


「一緒に映画館に行ったね?」


「はい。楽しかったですね」


 映画館の建物を見て、レイン様と思い出を語る。


「プールにも行ったね。レイン様と一緒に遊べて楽しかったよ」


「私も楽しかったです。ロビン君と遊んでいた時だけが、地獄の中に見つけた希望でした」


 レイン様がニコリと微笑んだ。


「ロビン君。あの時、私のことを引き留めに来てくれてありがとうございました。私のことを、白騎士のことを誇りと言ってくれたから、今日まで頑張れました」


 レイン様が僕に向かって頭を下げた。

 僕はふとももに添えられたレイン様の手を握って、言った。


「僕の方こそ、お礼が言いたいんだ。レイン様が一緒でなかったら、きっと挫けていたよ。ありがとうございました」


 レイン様は僕の手を強く握り、もう片方の手でグシグシと涙を拭った。


「私は白騎士に戻りますが、また必ず遊びましょう。絶対に会いに来てくださいね」


「もちろん!」


 僕も優しくて素敵なお姉さんとのお別れの時が迫っていることを感じて、涙を拭った。


 そうして、2人で泣きながら微笑みあった。




 馬車はレイン様の実家であるオルタス男爵家の、王都での家に到着した。


 そこではレイン様のお父さんとお母さん、お爺ちゃんにお祖母ちゃん、それにお兄さんやお姉さんが勢揃いしていた。みんなレイン様の活躍を凄く喜んでいて、レイン様はまた泣いていた。


 挨拶もそこそこに、僕たちはそこでお着替えをした。

 今日はこれから勲章の授与式があるんだ。


 僕が着るのはシキさんが選んでくれたカッコイイ礼装。

 リゾート村が僕にプレゼントしてくれたものだ。

 レイン様も白騎士の礼装がプレゼントされていて、すっごく素敵だった。


 そうして挑んだ勲章授与式で、僕は女王陛下から『地竜勲章』というものをもらった。


 平民用に作られた勲章で、国の存亡に関わる規模の事件の解決に貢献した人に与えられる勲章らしいよ。

 いままでこの勲章が与えられた平民は僕を含めて6人。

 そのほとんどが死後に英雄結晶になったような人たちで、そのうちの1人は王都にある英雄結晶『二丁斧 ガイモン』なんだ。僕がタンポポ神拳を学ぶ前に信仰していた英雄だね。


 でも、僕がガイモンや他の受章者と肩を並べられたとは思えない。

 僕は運が良かっただけ。

 これからもっともっと頑張って、本当の強い男にならなくちゃ。


「ロビンよ。お前の願いの件だが」


 そんな授章式の際に、女王陛下が言った。


「アアウィオルの各町からリゾート村へ、技術指導を希望する子供を運ぶための馬車を無料で走らせることにした。もちろん長旅の食事もつけてな。妾はこれを『ロビン馬車』と呼ぶことに決めた」


「あ、ありがとうございます!」


 それはとても凄いことだ。

 僕たち子供はお金がないから、乗り合い馬車に乗って町を移動することすらできないからね。

 本当に女王陛下は子供たちのために支援してくれたんだ。


 でも、僕の名前が入っているのは恥ずかしいかも。


「しかし、一度に運べる人数には限界がある。受け入れる側のリゾート村にもまた限界がある。すまぬがそれは理解してほしい」


「は、はい。それはもちろんです」


 それはそうだ。

 アアウィオル中の困っている子を一気に運べるわけがない。

 僕は自分の望みだけを言ったけど、それを叶える女王陛下やリゾート村のことなんて考えてなかった。

 子供の願いと切り捨てずに頑張ってくれた女王陛下に、どうして文句が言えるだろう。


「ありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げた。


 僕はシキさんやリゾート村のように、少しは誰かに優しさを分けてあげられたかな?

 ……技術指導でドラゴンコースを選択しちゃった子は、僕を恨まないかな。だ、大丈夫だよね?


 レイン様は『天竜勲章』を貰った。


 地竜勲章と内容は同じなんだけど、天竜勲章の方は貴族様が貰う勲章なんだって。

 これもとっても凄い勲章で、やっぱり受章者は死後に英雄結晶を残した人が多いみたい。


 授章式に出席していたレイン様の両親は、2人ともすんごい泣いてたよ。

 レイン様も僕の隣に帰って来た時、目に涙をいっぱい溜めてた。凄く嬉しいんだね。


 こうして、僕たちの授章式は終わった。


「見てくださいロビン君! 天竜勲章です! ふっはー! こんなのいまの騎士団で持っている人誰もいないですよ! あの副団長だって持ってないんですから!」


 控室に戻ったら、レイン様が凄く見せびらかしてきた。

 レイン様のこういう陽気なところ、僕は大好きだな。


「良かったね、レイン様」


「はい! 頑張ったかいがありました!」


「でも、修行は続けなければダメだよ。ほかの騎士様たちもきっとドラゴンコースで鍛えるから、サボってたら抜かされちゃうもん」


 第一次成長限界を超えた僕たちだけど、普通の人と同じように修行をサボれば、当然、実力は下がっていく。

 維持するのも大変だし、そこからさらに力をつけるならもっと大変だ。僕とレイン様の人生は、これからも日々修行となるんだろう。


 僕の言葉に、レイン様はちょっとしゅんとした。

 いらないことを言ったかもしれない。


「ごめんなさい。天竜勲章をつけたレイン様はとってもカッコイイよ」


「んふぅー! ですよねぇ!?」


 やっぱり僕はこういうレイン様が大好きだな。




「それじゃあレイン様。またね」


「はい。ロビン君、また会いましょう。それまでお元気で」


「レイン様も元気でね!」


 僕はレイン様にひと時のお別れを言った。


 王都とリゾート村。

 近くで生活するんだから、きっといくらでも会えるだろう。


 僕を乗せた馬車は王城から出発する。

 同席するのはシキさんとキャサグメ様、それに仮面をつけたゼロさんだ。ゼロさんとはあまり接点がない。


「勲章を貰えて良かったですね。ロビン君」


 シキさんが言った。


「はい。でも、シキさんやキャサグメ様やゼロさん、それにクー様や老師たちリゾート村のみんなのおかげです。ありがとうございました」


 僕が頭を下げると、2人はニコリと微笑んでくれた。ゼロさんは仮面をつけているのでわからないけど、温かな眼差しを感じた。


「ロビン君。君は学問にも興味があるらしいですね?」


 キャサグメ様がそう尋ねてきた。


「はい。文字や敬語を覚えたいです」


「それはいいことですね。そこでお話ですが、女王陛下と話し合った結果、君の願いでやってくる子供たちへは3カ月の基礎学習期間と3か月の職能学習期間を設けることになりました。つまり半年間の学習をすることになったわけですね」


「そんなに! わぁ、良かったです!」


 ミリーちゃんたちはじっくり学べるんだ、良かったぁ。


 僕が喜ぶと、キャサグメ様は笑った。


「君はリゾート村でお金を稼いで修行するつもりだったようですが、君もこの学習に参加することができます。どうですか、受けてみますか?」


 ホント!?


「受けたいです!」


「それじゃあリゾート村に戻ったらその辺りも詳しく話しましょう」


「はい!」


 やった、これでいっぱいお勉強ができる!


 そんな話を聞きながら貴族街を出て、しばらく進んだ時、僕はハッとした。


「あの、少しだけ馬車を停めてもらっていいですか?」


「構いませんよ」


 キャサグメ様がそう言うと同時に、馬車がゆっくりと止まった。馭者さんに声が届いたと思えないけど、仕組みがまったくわからない。


 少しだけ時間を貰い、僕は馬車の外に出た。シキさんも一緒についてきてくれた。


 僕が外に出ると、少しだけ周りがざわついた。

 闘技場で僕のことを見てくれた人たちかもしれない。知らない女の子から僕の名前が出てきて、少しむず痒い。


 僕は目的の場所に行った。


 そこでは、僕にいつもおまけのお肉をつけてくれたおっちゃんが、変わらずに屋台をやっていた。


「おっちゃん!」


「おう、いらっしゃ……」


 僕の顔を見たおっちゃんは固まってしまった。


「この子は貴族ではありませんよ」


 シキさんがそう言うと、おっちゃんは目を瞬かせた。

 そうか、いまの僕の格好は礼服だし、リゾート村ですっかり体も綺麗になったから、貴族様と間違えたのか。


「お、お前さん、英雄ロビンか!?」


 おっちゃんが叫ぶと、周りの人たちが一層ざわついた。


 僕は首を振った。


「ちがうよ。僕はおっちゃんにいつもお肉をサービスしてもらっていた、見習いの坊主だよ」


 それを聞いたおっちゃんは、ハッとしたように目を見開いた。


「そうか。お前さんは、あの坊主だったのか」


「うん。おっちゃんがいつもお肉をサービスしてくれたから、辛い見習い冒険者を頑張れたよ。ありがとう」


「そうかそうか。あの坊主が英雄か。何があったか知らねえが、死ぬほど頑張ったんだなぁ」


 おっちゃんはそう言うと、串焼き肉を焼いてくれた。


「ほら、たくさん頑張ったご褒美だ! 金はいらねえ、持っていけ!」


 おっちゃんはお肉を2つ分もサービスした串焼きを僕にくれた。

 僕は熱々なお肉を歯で齧って串から抜くと、もきゅもきゅと頬張った。


「とっても美味しいよ、おっちゃん!」


 それは塩とわずかばかりの香草をまぶしただけの変わらない味だ。

 でも、これこそがこの1か月頑張った僕の現実的なご褒美だった。正直、地竜勲章は夢みたいだものね。


 だから、僕はおっちゃんに耳よりの情報を教えてあげることにした。


「おっちゃん、あのね。ぜひ一度行ってほしいところがあるんだよ——」


 願わくば、これがおっちゃんへの恩返しとなるように思いながら。



              第一章 リゾート村と小さな英雄 完



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