第33話 ミリー 人生が変わった日 1


 あたしは見習い冒険者のミリー。


 あたしたちはいま、人生が変わるかもしれないと思って闘技場に来ていた。

 そこで見たのは、同じ見習い冒険者だったロビン君の成長した姿だった。超強いの!


 あっという間に剣聖教会の強い人たちを倒してしまったロビン君だったけど、それだけでは終わらなかった。


 いま、あたしたちは英雄の戦いを見ていた。

 男爵様がどこからか出した離れた場所の『映像』を映し出す魔道具の中で、ロビン君が大きな魔物をバッタバッタと倒しているの!


 なんでも、王都から遠く離れた大魔境が大変なスタンピードを起こしたみたいで、ロビン君たちはそこに行って活躍してるんだよ!


『はぁああああああ! タンポポ神拳奥義・綿毛降臨!』


 大きくジャンプしたロビン君がおっきなクマの魔物の頭に蹴りを入れた。

 その瞬間、クマの頭が爆散しちゃった!


「ふぉおおおおおお!」


 さっきからあたしは手をブンブンと振って興奮が止まらないの!


『いまロビン君が倒したのは、ブラッディベア。通常ならばS級冒険者で構成されたパーティで討伐する魔物です』


 そんなふうに男爵様が観客に向かって戦いの説明をしてくれている。


 この辺では見ない魔物なので説明も面白いけれど、なによりもロビン君の活躍が凄い。


 気づけば、王都中から全ての人が集まったんじゃないかって思えるほどの人が闘技場に押しかけていて、その全員がロビン君の活躍を見ているの!


「がんばれぇ、ロビンくーん!」


「そこだぁ! レイン様やっちゃえーっ!」


 見習い冒険者仲間の女の子たちも、大興奮だ。


 そうレイン様も凄い!

 炎の翼を纏い戦場を駆け、水の刃で敵を斬り、雷の剣でみんな黒焦げなの!

 冒険者の先輩たちが悲鳴を上げるような真っ赤な鬼も、一瞬で真っ二つ!


『我が名はレイン・オルタス! アアウィオルに仇なす暗雲を切り裂く者の名だ!』


 真っ赤な鬼を倒したレイン様の名乗りに、闘技場は大歓声。

 技も凄いけど、セリフがカッコイイの!


「きゃぁあああ! 見た、ミリー見た!?」


「うん!」


 でもでも、レイン様の活躍もカッコイイけど、うぉおおおお、ロビン君をたくさん映してーっ!




 そんな大興奮の時間はあっという間に過ぎていき、ついにスタンピードは鎮圧された。


『それでは女王陛下。これを以て、スタンピードを鎮圧したということでよろしいでしょうか?』


 男爵様が女王陛下に言った。


「うむ。見事であった!」


 女王陛下も夢中で見ていたからね。


『身に余るお言葉、恐悦至極に存じます』


 男爵様は恭しく頭を下げた。

 最初はキラキラしただけの人かと思ったけど、とても凄い人なのかも。


『では、まだ断続的に強い魔物も出てくると予想できますので、しばらくは数名を残し、リゾート村の援軍を引き上げさせていただきます』


 男爵様はそう言うと、舞台の下に控えていた執事さんに目配せした。執事さんはシュンッとどこかへ消えた。あの魔法もどうなってるんだろう?


 男爵様の頭上にある巨大な四角形に映像が映る。


 それは空から見たゼリア一帯だった。

 大魔境はゼリアの東部に広がっているみたいなんだけど、森の入り口手前に広がっている平原には真っ赤な帯が出来上がっていた。まるで血の川だ。


 その赤い帯から少し離れた場所にはたくさんの人がいて、たぶん魔物の死体と思われる黒い帯が出来ている。きっと魔物の処理をしているんだと思う。


 ゼリアの町がちっちゃく見えるし、きっと凄い距離に亘って戦いが起こっていたんだと思う。


『ゼリアが通常行っている撃退方法は外壁に魔物を集めるというものですが、今回は規模が非常に大きかったため、このように北部や南部の平原にも広がっています』


 スタンピードは終わったけれど、それで帰る人は1人もおらず、男爵様の説明に聞き入っている。こんなお話はめったに聞けないし、無理もないよ。


 それからスタンピード後の大魔境の動きなどを説明してくれているけど、あたしには全然わからなかった。


 エマさんやギルド長はとっても真剣にお話を聞いているから、きっといい情報なのかも。


 そんなふうに男爵様の説明を聞きながら待つことしばし。

 舞台の上に、ロビン君とレイン様、犬耳メイドさんが帰ってきた。ほかにも映像の中で指揮を取っていた辺境伯様と、たまに映っていた剣聖教会のトバチリさんもいる。


 その瞬間、闘技場は王都を揺るがすほどの大歓声が上がった。


 あたしたちも立ち上がって興奮しながら拍手した。

 ロビン君は目を真ん丸にして驚いてから、もじもじしている。


 鳴りやまない拍手だったけど、女王陛下が手を上げたことで少しずつ収まっていく。

 すっかり静かになると女王陛下が、跪く辺境伯様に言った。


「辺境伯カルロス・ジラート。此度のスタンピードの鎮圧、見事であった」


『はっ! ありがたきお言葉!』


 辺境伯様の声が闘技場に響く。男爵様と同じだ。魔法なのかな?


『しかしながら、強力な援軍の出陣を陛下がご命じくださらなければ、とてもではありませんが防げませんでした。この度はその御礼を申し上げるために、キャサグメ殿に頼み馳せ参じました。我が領全ての民を代表し、陛下のご恩情に御礼を申し上げます』


「うむ。しかし、援軍が間に合ったのは結果に過ぎん。絶望的な状況にあっても、身命を賭してアアウィオルを守ろうとしたその姿は、領民共々、天晴というほかない。さすがはアアウィオルの防人たちよ」


『そのような誉れあるお言葉を……必ずや此度の戦いに携わった全ての者に伝え聞かせましょう』


「十分に労ってやれ。それでは追って褒美を遣わす」


『はっ!』


 辺境伯様はそう言うと、一度立ち上がって後ろに下がり、再び跪いた。貴族のルールはよくわからない。


「白騎士レイン・オルタス」


 女王陛下は、今度はレイン様に声をかける。

 跪くレイン様は、『はっ!』とカッコよく返事をした。


「お主の獅子奮迅の活躍、しかとこの目で見た。お主こそアアウィオルの誇りよ」


 白騎士様の鎧を着て戦うレイン様は、本当にカッコよかった。

 見習い仲間の女の子たちも、みんな目をキラキラさせて見ていたもんね。


「お主の働きに報い、追って勲章を授与する。楽しみにしておれ」


『はっ! 謹んで拝受いたします!』


 レイン様はキリリとしてそう言うと、辺境伯と同じように後ろに下がって跪いた。ううん、そのあとに涙を拭っていたから、きっと凄く嬉しいんだと思う。


「剣聖教会大師範トバチリ」


『はっ!』


 トバチリさんの番になった。

 なんであの人が女王陛下から言葉を貰えるのかな?


「此度の戦いへの参加ご苦労だった。聞きしに勝る素晴らしい活躍だったぞ」


『……っ。ありがたきお言葉、身に余る光栄にございます。しかしながら、わたくしはそのお言葉を賜るわけには参りません。御前にてご無礼を!』


 トバチリさんはそう言うと、立ち上がって男爵様に向き直った。


 そして、深々と頭を下げた。


『キャサグメ殿、大変なご無礼を致しました』


『共に戦った仲ですから、水に流しましょう』


 男爵様はそう言うと、トバチリさんの手を無理やり取って、握手した。


『いま、剣聖教会の教義は乱れています。いま一度、教義を見直し、門下生たちの気を引き締めなさい。そうすれば、あなたが触れた「無敗の剣聖 トム」の英雄結晶は今まで以上に眩い光を放つでしょう』


 男爵様がそう言うと、トバチリさんは大きく頷いた。


『私の完敗だ』


『ふふっ。ぜひ、リゾート村に遊びに来てください』


『必ず』


 トバチリさんはそう告げると女王陛下にも一礼して、舞台から去っていった。


 うーん、よくわからないやり取りだったな。

 でも、これで剣聖教会の人は怖くなくなるのかな? そうだといいな。


 そんなことより!


 ついにロビン君の番になった。

 ロビン君は犬耳メイドさんに案内されて前に出ると、慣れない様子で跪いた。


「冒険者ロビンよ」


『は、はい!』


「まだ幼いながらもお主が見せた英雄の如きその働き、実に見事であった。最前線で我が臣民を守るその姿は多くの者の心を打ったであろう」


 す、すごいすごい!

 女王陛下からあんなに褒められてる!


「そんなお主に妾は褒美を与えようと思う。望みを言うがいい」


 ご褒美!

 なんだろう、金貨を10枚くらい貰えるのかな!?


 あたしたちはゴクリと唾を呑み込んで、ロビン君の言葉を待った。


 ロビン君は顔をあげて、一度、あたしたちを見た。


 手を振るレナちゃんに、ロビン君は少し微笑んだように思える。

 ……あたしも手を振れば良かった。


 そうしてから、女王陛下へ視線を戻す。

 その目はとても力強くて、観客全員が息を呑んだと思う。


『ありがとう、ございます。でも、僕はご褒美はいりません』


 少しつっかえた敬語で言った予想外の言葉に、闘技場がざわついた。

 あたしたちも、お金を貰える機会を逃しちゃうロビン君に困惑した。


 ロビン君は続けた。


『でも、そのかわりに、僕のように1人で生きるしかなくなってしまった子供たちに、リゾート村で学ぶための支援をしてほしいです!』


 学ぶための支援?

 それがお願いなの? どういうこと?


 でも、それを聞いた女王陛下は、嬉しそうに笑っていた。


「まことに天晴な少年よ! その願い、このアアウィオル15代目女王エメロードの名にかけて、必ずや叶えてやろう!」


『あ、ありがとうございます!』


 ロビン君は、そう言うと両膝を折って平伏した。

 平伏したその姿はとても小さいけれど、あたしには凄く大きく見えた。


 拍手や喝采は起きなかった。

 英雄の物語で語られるようなわかりやすいご褒美じゃなかったから。


 この時のあたしたちは全然理解できていなかったんだ。これが多くの吟遊詩人が謡うようになるほど凄いお願いだったってことを。


 ロビン君が犬耳メイドさんに案内されて下がると、女王陛下は男爵様に言った。


「聞いての通りだ。話の半分はお主たちのことでもある。できるな?」


『少年の煌めく願いに、どうして首を横に触れましょう』


「うむ。お主たちの褒美の話もある。追って連絡を入れるので登城するように」


『はっ!』


 男爵様は恭しくお辞儀をすると、一歩下がった。

 それを見てから、女王陛下は観客に向けて言った。


「今日はアアウィオルから2人の英雄が生まれた! 今日この場で見た奇跡の戦いをその心に刻み、皆も存分に励むが良い!」


 女王陛下がそう言うと、闘技場は大喝采に包まれた。

 アアウィオル万歳、白騎士万歳、という歓声の中には、ロビン君の名前も入っていた。


 ロビン君はこの日、英雄になったんだ!




 全部が終わると、観客の多くは一刻も早く今日のことを家族や友人に話すために帰っていった。


 ギルド長やエマさんも忙しそうに闘技場をあとにしたけど、こちらはお仕事なんだって。


 辺境でスタンピードが鎮圧されたから、今日はこれから商人たちが大挙して押し寄せてくるらしいの。スタンピードが終わると魔物の素材が安くなるから、商人たちが買い付けに行くんだって。その護衛に冒険者ギルドは大忙しになるそうなの。


 あたしたちは人の波に揉まれたら危ないから、人の流れが納まるまでその場で待っていた。


 全部が終わったけど、あたしたちの興奮は冷めなかった。

 みんな、先ほどの戦いのことでわいわいしてた。


 そんなあたしたちの前に、あの犬耳メイドさんが現れたんだ。


「ち、チケットありがとうです!」


「「「ありがとうです!」」」


 あたしがお礼を言うと、みんなも続けてお礼を言った。


 犬耳メイドさんは微笑むと、言った。


「もしあなたたちが望むなら、リゾート村で技術指導をいたしましょう」


「技術指導?」


 あたしたちは首を傾げた。


「それってロビン君が言ってた学ぶってこと? 何かを教えてくれるの?」


 レナちゃんが問う。


「その通りです。戦う術から読み書きまで、我々リゾート村ではさまざまなことを教えています」


「あたしたちもロビン君みたいに強くなれるの?」


「可能ですが、ロビン君は死ぬほど辛い修行を選びました。もちろん普通の修行もありますし、そもそも戦うだけが道ではありません」


 死ぬほど辛い修行……。

 だからあんなに強くなれたんだ。


「でも、あたしたちお金持ってないよ」


「お金は必要ありません」


「「「え!?」」」


 その言葉にあたしたちはびっくりした。

 無料で教えてくれるってこと!?


 でも、なんにしても、そこに行けばロビン君がいるんだ。


「あ、あたし、行きたいです!」


 あたしは一番に手をあげた。


「あたしも!」


「タータも行く!」


「ウチも行きたい!」


 すると、見習い冒険者の女の子たちは全員が手をあげた。

 犬耳メイドさんはニコリと微笑んで頷いた。


「いいでしょう。では、リゾート村にご案内します」


 こうして、あたしたちは犬耳メイドさんにリゾート村に連れていってもらうことになった。


 この日から、犬耳メイドさんが言っていたように、あたしたちの人生は大きく変わることになったんだ。


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