第32話 冒険者ガイア 性の女神様?
俺はガイア。
冒険者パーティ『大魔境の狩人』の剣士だ。
俺は昔から、自分が死ぬ日は冬のどんよりとした曇り空の日だと、なんとなく思っていた。
占い師のババアに言われたとかそういうんじゃないんだ。本当になんとなく、10歳くらいからそう思っていた。
枯草の草原に大の字になって寝転がり、空を見上げる。
青い空に白い雲。ピリリと寒いがいい天気だ。
予想が外れちまったな。
たしかに冬場に死ぬらしいけど、天気はピカピカの冬晴れだ。
これから、超大規模のスタンピードが起こる。
たぶん、アアウィオルの歴史に残るくらい大きいスタンピードだ。
スタンピードが起こった際には、辺境伯領で活動する冒険者に緊急招集がかかるのはいつものことだった。
いい額の報酬が出るけど、そもそも冒険者ギルドの緊急招集は断れるものでもない。
今までのスタンピードは俺も割とノリノリで参加してきたけど、今回はまず間違いなく死ぬ。
そんな運命だから、黄昏るのも無理ないだろ?
「体あっためておきなさいよ」
見上げた空を幼馴染のリーアの顔が遮った。
俺は空を背景に影を作ったリーアの顔をぼんやりと見つめた。
勝気な眉毛をへんにょりとさせたリーアも、俺の目から視線を外さなかった。
体を起こした俺は、リーアの後頭部に手を添えて、無理やり唇を奪った。
ヒューと冷やかしの口笛が仲間たちから飛んでくるけど、冷やかしはあの世でゆっくり聞いてやるよ。
唇を離すと、そこには目に涙を溜めたリーアの顔があった。
「わりぃな。最後にどうしてもお前とキスしたくなった」
「……うん」
リーアは涙を拭って小さく頷いた。
リーアは肩が触れるほど近くに座った。
こいつは俺のことを兄弟みたいに見ていると思ったけど……もしかしたら、待っていてくれたのかもしれないな。そうだとしたら可哀想なことをしたなぁ。
「なあ、リーア。俺は魔術師になりたかったんだぜ」
「知ってるよ。何年一緒にいたと思ってるのよ」
「そっか」
「これが終わったら、みんなでギヴァランへ行こうよ。それで魔術師ガイアになるの。ね?」
「ははっ、いいなそれ。一緒に行こうぜ」
「うん……っ!」
泣きながら笑うリーアの頭を抱き寄せて、俺は青い空を見上げた。
ああ、死にたくねえな。
しかし、時は無情に流れていく。
森の気配はいよいよ怪しさを増していき、いつ魔物の大群が飛び出してきてもおかしくないピリピリとした空気があたりを支配した。
その頃になると俺たちも簡易防壁に敷かれた陣の一員となっていた。
全員の顔が悲壮感に満ちている。きっと俺の面だってそんな表情をしているのだろうな。
これから、ここにいる戦士たちは全員死ぬ。
リーアをつれて逃げたい。
でも逃げられない。
スタンピードで戦うのは冒険者の絶対の掟だから。これは決して破ることはできない。
それともその掟を破って、懲罰部隊に狙われながら野盗として生きるか?
……大魔境を守り続けた英雄たちの教義を聞いて育った俺には、そんな生き方はできそうになかった。
誰もが絶望する戦いが始まろうとしていた。
そんな時だった。
忽然と、枯れた平原にエルフの女が現れたのだ。
「「「は?」」」
全員が目を疑った。
絶世の美女だったのだ。
彼女が魔術師だというのは頭に被った三角帽や禍々しい杖でわかった。
しかし、エルフだとか魔術師だとか、そんなことはどうでも良かった。
紫色のローブ姿が非常にエロいのだ。
スリットからは歩くたびに煌めく白い太ももが見え、胸なんて『乳首が隠れればいいってもんじゃねえんだぞ』とガン見しながら説教したくなるほどエグイ谷間ができている。
そんなふうにローブは肌色多めだが、それだけじゃなく全体的に体のラインが浮き彫りになっており、マントがなければケツの形なんてくっきり見えるんじゃなかろうか。
「死にゆく俺たちへの手向けに、性の女神様が降臨なされたか?」
誰かがアホなことを言ったが、俺はその意見を完全には否定できなかった。それほどまでに現実離れした美女だった。
女は紫色の唇でキセルを吸いながら、近づいてくる。
俺たちは歩くたびに揺れるおっぱいに目を奪われた。
これから死ぬというのに、この時ばかりはそれが頭から抜け落ち、あの服がどうやって乳首を隠しているのか、その神秘ばかりが気になった。いや、その神秘に何らかの不具合が生じる瞬間を見逃すまいとガン見していた、と言った方が正しいか。
「んーっ!」
俺だけリーアに引っ叩かれた。
リーアは貧乳だった。
「き、貴殿は何者か?」
南部平原の大隊長である家臣団の貴族が尋ねた。
俺たちは割と名の知れたパーティなので、この大隊長の直轄の部隊だった。だから、その会話はよく聞こえた。
大隊長はいつもきつい物言いをする人なのに、慎重な口ぶりだ。
まあ気持ちはわかる。
妖艶で退廃的な雰囲気の女だが、見るからに凄腕なのだ。
女は虚空に紫煙を吐いて、言った。
「私は援軍」
大隊長は喜ぶでも残念がるでもなく、「援軍」と言う。反応に困り、そのまま言葉を返しただけだろう。
「私は勝手にやるから、そちらも自由にやるといいわ。でも、私がいる位置から向こう側に行ったら死ぬかもしれないから、気をつけてね」
女はそう言うと、ふわりと浮きあがり、簡易防壁から300mほど離れた場所まで飛んでいった。
飛行する魔法。
それは200年前に一度だけ再現された古代の魔法だった。
残念ながらその使い手は海に落ちて死んでしまい、英雄結晶は残らなかったのだが。そんな魔法を使うあの女はいったい……。
俺たちから離れた女は平原に降り立つと、持っていた禍々しい杖を平原に刺した。
すると杖が平原に潜り込んだ。
なにをしたのか全然わからんが、あのあたりに行くと死ぬかもしれないという忠告が頭に過った。
今後は、突然、女の周りに椅子やサイドテーブルが現れた。
厚手の背もたれで非常に座り心地が良さそうだと遠目にもわかる。その椅子は女が座るとふわふわと浮き始めた。
さらに、女の周りでは椅子と同じようにサイドテーブルが浮いた。
そして、女は紫煙を燻らせながら本を読み始めるではないか。
「な、何者だ? それに、いったいなにをしたんだ?」
「わかりませんが、大隊長、あの場所だと矢が当たります」
それはたしかにその通りだ。
冒険者や兵士が放つ矢は山なりに放たれるのだが、あそこは余裕で射程内に入る。あそこに居られたら邪魔でしかない。
「おい、あんた! そこにいると矢が当たるぞ!」
冒険者の1人が大声で叫んだ。
それに対して女は手をひらひらさせて、応えた。
と、その時。
大森林の外周の木々がざわついた。
いよいよスタンピードが始まる!
「来たか! ええい、止むを得ん、作戦通りに行くぞ!」
「い、いいんですか!?」
「仕方なかろう! 我々の任務を忘れるな!」
大隊長の言うことは正しい。
いきなり現れた人間のために作戦を変えるわけにはいかないのだ。
「おい、こっちに来い! 死んじまうぞ!」
冒険者が最後の注意をするが、女はそれも手をひらひらさせて応えた。
魔物に食わせるにはあまりに惜しい美女。リーアとついさっきいい感じになった俺ですらそう思うくらいだ。注意した冒険者もそう思ったに違いない。
いよいよ森から最初の魔物が姿を現した。
角ウサギ。
そう認識した瞬間には、南北に広がる森の入り口からとんでもない数の魔物たちが飛び出してきた。
大魔境の2つの勢力図が変わり、さらにダンジョンのスタンピードまで加わったと聞いたが、その影響はここまで凄まじいのか。
ゴブリン、ウルフ、オーク、足斬りネコ、バトルディア……一瞬で数えるのを放棄するほどの魔物群れが平原に躍り出る。
「弓構え! 前衛は3射だ、3射撃ったら武器を構えろ!」
「「「弓構え!」」」
大隊長の命令に各部隊長たちがあちこちで復唱すると、縦列に配置された戦士たちが一斉に弓を構えた。
俺は弓があまり得意ではないが、これだけ多ければ撃てば当たるだろう。
弓を斜め上空に構えながら、俺は女を見た。
相変わらず椅子に座り、紫煙を吐きながら、魔物の群れを見つめている。
そこには一切慌てた様子がなかった。
「放てぇ!」
大隊長の号令と共に、俺は矢を放った。
そして、すぐさま次の矢を番え、放つ。
ダダダダダッ!
連続で3射放ち、矢が突き刺さるけたたましい音を聞きながら、俺は剣を抜き放って構えた。
「「「……は?」」」
そんな間の抜けた声が戦場を満たした。
簡易防壁を越えた先の平原には、いるはずの魔物がどこにもいなかったのだ。
平原と言っても、俺たちの目の前だけじゃないんだ。南北、見渡す限りの平原から魔物が居なくなっちまった。
ただただ、放たれた矢の雨が地面に突き刺さる音だけが空しく鳴っていた。
混乱する俺たちだが、スタンピードはこれで終わりではない。
まるで始まりの光景を見ているように、森からまた魔物たちがぞろぞろと駆けだしてきた。
「ゆ、弓だ! 弓を構えろ!」
大隊長が慌てて指示を出し、俺たちも慌てて近接武器を納めて弓を構えた。
だが、予定と違うので、俺の持っている矢はあと2本しかない。
「放てぇ!」
また平原を満たす魔物に、俺たちは矢を山なりに連射した。
俺たちは矢の行く末や弓を構えるのに集中できなかった。何が起こったのか見るために、その視線は魔物たちに向けられていた。
だから、それを目撃できた。
地面から生えた杭に体を貫かれた魔物たちがビクンと体を震わせ、平原から姿を消したのだ。
人間ってやつは理解できない光景を見ると、黙っちまうらしい。
これだけの人間がいるのに、俺たちの声はピタリと止んだ。
遠く森の入り口から出てくる魔物たちの鳴き声だけが、場の静寂をかき乱していた。
やっと正気に戻った俺たちだったが、歓声より混乱が勝って、ざわつくしかできなかった。
その視線はこの現象を起こしているであろう、エルフの女に向かった。
椅子に座り本を読む女は、時折、キセルを吸いながら魔物たちを見て、また本へ視線を落とす。
魔物たちを見るついでにキセルを吸うのではない。キセルを吸うために顎を上げたついでに魔物たちを見ているのだ。女にとって、魔物はその程度の存在だった。
そこから、その平原は魔物たちの処刑場に変わった。
狂乱化して平原に出て、地面から生えた杭に撃ち抜かれ、まるでそんな存在は最初からいなかったかのように、どこかへ消えていく。
ゾッとする光景だった。
「ね、ねえ、ガイア。あたしたち、死ぬ前の夢を見てるのかな? いーたたたっ!」
リーアが言うので、俺はほっぺを抓ってやった。痛いらしいし、夢じゃない。
なにが起こっているのか俺にもわからないが、なんにせよ、俺たちは助かった。
リーアの頬の温かさが俺にその実感を湧き上がらせた。
俺はリーアにキスした。生き残れて調子に乗った感は否定しない。というか、エルフの女がひたすらエロかったからムラムラしていた。
とろんとした顔のリーアの頭をガシガシと撫でる俺は、仲間から殴る蹴るの暴行を受けた。
くそが、嫉妬はやめろよ!
スタンピードは波がある。
魔物が出てこない時間もあるのだが、そんな折に、女が唐突に消えた。
そして、俺たちの大隊長の前にいきなり現れた。
女のいきなりの出現に驚いた俺たちは、反射的におっぱいを見た。
こういう唐突な出来事があると、人間の、男の本性というのは出てしまうのだろう。
何度見ても凄い。
そんな感想を抱いてから、ハッと顔へと視線を上げた。
周りの男全員が同じ行動を取ったので、男とはアホな生き物なのだろう。
「あなたたち暇そうね。ちょっと、魔物の解体しておいてよ。素材の扱いは辺境伯に聞いてね。それじゃあ、お願いね」
「え、あ、ちょっ」
女はそれだけ言うと、また消えて、元の位置に戻っていた。
手を伸ばす大隊長だったが、陣地内で上がった悲鳴で慌てて振り返った。
俺たちの背後には、あたり一帯の地面を埋め尽くすほどに大量の魔物が、倒れた状態で現れていたのだ。
その体は非常に綺麗だったから、まだ生きていると思うやつも大勢いた。
だが、ピクリとも動かない。
「し、死んでやがる……」
「こっちもだ」
横たわる魔物を調べた冒険者たちが言った。
俺も調べてみたが、どうやら杭で脳天を貫かれて死んでいるようだった。
ていうか、え、ちょっとまって。もしかして、これ全部解体すんの?
だが、はっきり言って俺たちは暇だった。やることと言ったら、魔物たちの処刑風景を見て混乱するくらいだ。
俺たちが大隊長に注目すると、大隊長は少し狼狽えてから指示を出した。
2割はこの場で引き続き警戒、2割は他の地域への援軍、残りは解体となった。まともな指示だ。
この絶望的な戦いの中で生き残れたのにわがままを言うのは贅沢だ。
俺たちは率先して任務についた。
そうして、特に俺たちの活躍の場がないまま、スタンピードは終わった。
マジでビックリするほどなんの活躍もなかった。
大体の戦士が大地に矢を突き刺しただけだもん。
たぶんケガをしたのも、仲間から暴行を受けた俺だけのはずだ。
そして、これは俺たちだけじゃなかった。
全ての防衛地域で、魔術師様と同じようなとんでもない存在が助けてくれたというのを後で聞くことになる。
ただ、エロいのは魔術師様だけだったようなので、俺たちの地域が最上であると確信をもって言える。
「諸君、やっとるね」
終わる気配がない魔物の解体をしている俺たちに、気軽い調子でそう言ってきたのは、例の魔術師様だった。
誰もが畏怖しておっぱいや下腹部を見る中、俺は人生最大のこの機会を逃してはならんと、魔術師様の前で土下座した。
「魔術師様、どうか俺を弟子にしてください!」
「控えろ、ガイア! というかお前はたしか剣士だろうが!」
魔術師様の隣にいる大隊長に怒られた。
失礼があってはならんとこの大隊長が思うのも無理はない。
俺など相手にもされないかと思ったが、意外にも魔術師様は声をかけてくれた。
「あなた、魔術師になりたいの?」
「は、はい!」
「それなら、王都の近くにある私たちの村に来るといいわよ。私が教えるとは限らないけど、行けば魔術の基礎くらいは教えてくれるから」
魔術師様はそう言うと、俺に1枚の紙をくれた。
必然的に体が近づくのだが、紙を手渡す距離なのにめちゃくちゃいい匂いがした。あと、おっぱいがすげぇ!
「んーっ!」
ぽかぁとリーアに引っ叩かれた。
なんだよ。真剣な話をしてるんだから、やめろよ!
魔術師様が去った後、パーティメンバーどころか、近くの冒険者や兵士たちまでもが、俺が貰った紙を見に来た。
密かに魔術師になりたいと思っていた俺は、自慢じゃないが文字が読める。
紙には『リゾート村という場所でさまざまな技術の指導をしている』という内容が書かれていた。
スタンピードが終わった後の俺たちの方針がすぐに決まったのは、言うまでもない。
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