第29話 エメロード 茶番劇


 妾はアアウィオル王国の女王エメロード・アアウィオル。


 剣聖教会がリゾート村に対して挑戦状を送り付けた時は、大変に頭が痛くなったものだ。

 剣聖教会は最近調子に乗っているのは妾も知っていたが、まさか自滅の道に入り込むとは。


 現代の英雄と古の英雄では、あきらかに強さが違うのだ。

 現代の英雄では迎賓館を制圧することなど不可能だからな。


 そして、それは証明されてしまった。

 ロビンという彼らの教え子によって。


 まさに圧倒的だった。

 妾の上の息子とそう変わらない歳の少年が、剣聖教会の滅茶苦茶怖い顔のオッサンを一瞬にして倒してしまったのだ。

 それどころか、10人にも及ぶ上級の剣士たちが1分も経たずに戦闘不能に追い込まれてしまった。


「マジか」


 思わずそんな感想が妾の口から出てしまう。


 いったいどのような修練を積めば、あの歳の少年があれほどの武力を得られるのかは知らないが、これを放置すると大惨事になりうるぞ?

 早急に戦闘訓練の制限をしなければなるまい。特に他国の者を強くするのは不味すぎる。


「姉上」


 隣に座るカイルが、こそっと耳打ちする。

 妾はハッと正気に戻った。


 すぐにでも会議を始めたいところだったが、残念ながら事態はこれで終わらない。

 妾は、これから国民を騙さなければならないのだ。


 その演目が始まってしまった。


 ロビン少年と入れ替わりで舞台の中央に立ったキャサグメが言う。


『さて、というわけ勝負が終わってしまいましたが、それでは皆さんもせっかく来てくださったのにつまらないでしょう。そこで、本日はこれより、ロビン君と同じく我々の村で技術指導を受けたレイン殿による演武を、この場を借りてお披露目したいと——』


 そんな説明を始めたキャサグメだったが、その言葉を言い終わる前に止めた。

 すると、キャサグメのそばに初老の執事がいきなり現れた。

 リゾート村の大師範たちが当たり前のように使う転移の魔法だ。


 執事はキャサグメになにやら報告すると、またどこかへ行ってしまった。


 こういったイベントの際に、主催者の話を遮ってまで報告するのはなかなかないので、貴族席にいる者らは不穏な予感を抱いている様子だ。その予感は正しい。


 キャサグメが言う。


『大変失礼を致しました。えー、ここで皆様にたったいま入ってきた情報をお知らせします。辺境にある大魔境が非常に大きなスタンピードを起こしました』


 その告知がされた瞬間、少しの間を置いてから観客席がざわつき始めた。

 妾の夫であり騎士総長でもあるラインハルトが、「静まれーい!」と叫ぶと、会場のざわつきが一気に引いていく。

 雑音が無くなったので、妾は声を張ってキャサグメに尋ねた。


「キャサグメよ、今の情報はまことか?」


 ここは王族専用なので、闘技場に妾の声が響いた。


『はい。配下の者がすでに現地に行っておりますので、映像を映すことができますが、ご覧になりますか?』


 妾は一瞬考える素振りを見せて、「頼む」と答えた。


 そう、素振り。

 なにもかも計画通りなのだ。




 事の起こりは剣聖教会の挑戦状の件で、キャサグメと対談した際のことだった。


 この対談では、王家がこの件に関与していないことを明確にするのと、やりすぎて剣聖教会を潰さないように注意する目的があった。


 英雄教会というのは民の生活に根差しており、文化と言ってもいいものだ。

 最近調子に乗っている剣聖教会もそれは同じで、簡単に潰していいものではないのである。


 この対談の際に、キャサグメの方からも1つずつ報告と提案がされた。


 報告については、『大魔境で燻っていたスタンピードが数日以内に起こります』というものだった。


 大魔境とは、アアウィオルの東にあるとんでもなく大きな大森林のことで、数年に1度はスタンピードを起こすことでも有名だった。

 あの迎賓館襲撃の日にも辺境伯が報告していたので、いずれは来るのが確定していた災害だったのだが、それが報告されたわけである。


 妾はすぐにリゾート村に援軍の要請をしたのは言うまでもない。

 迎賓館襲撃の際にした約束をここで果たしてもらわずにどうするか。


 キャサグメは当然了承したのだが、ここで提案してきたのだ。

『どうせ援軍に行くなら、このスタンピードをレイン・オルタスのお披露目に利用したい』と。


 そして、現在に至る。




 妾の要請を受けたキャサグメは、指を鳴らす。

 すると、舞台の上に巨大な台座のような魔道具が出現した。


 空間に物を収納するこの魔法もリゾート村の大師範が当たり前のように使う技だ。

 妾たちはすでに見慣れてはいるが、民はそんなことはないため、またざわつきだした。


 キャサグメは両手を上げると、その手を弾ませるようにして下げていく。

 それを前方と後方に2度ずつ見せると、不思議なことに観客たちのざわつきは静まってしまった。

 魔法ではなく、舞台に上がる達人としての技なのだろう。


『皆様、これは他の場所で現在起こっている光景を見ることができる魔道具です』


 キャサグメはそう説明してから、魔道具を起動した。

 すると、舞台の上空5mほどの場所に、ブォンと音を立てて巨大な四角形が出現する。すぐにその四角形の横4面に映像が流れ始めた。


 妾はリゾート村の映画館で上映されていた『デッドリーモコニャンVSレッドドラゴン』を見ているのでそこまで驚かなかったが、観客たちはその映像を見上げてポカンとしてしまっている。

 彼らには『映像』という概念すらわからないのだ。


 とはいえ、妾もこの魔道具は初めて見た。

 スタンピードをお披露目の場にしたいと提案されたわけで、この魔道具の存在は聞いていたが、これほど鮮明に見えるとは思わなかった。


 さて、その映像は、非常に堅牢な城壁を持つ町から始まった。

 城壁の上は兵士と冒険者が入り乱れた物々しい警備体制になっており、不穏な空気がビシバシと伝わってきた。


「大魔境の町ゼリアじゃねえか!」


「あいつはS級冒険者のジョンだ!」


 いくつかの粗野な声がそう叫んだ。

 大魔境の町ゼリアは冒険者の町なので、叫んだのも冒険者だろう。


『その通りです。こちらは辺境伯領にある大魔境の町ゼリアです。大魔境と隣接しており、冒険者の方なら行ったことがある人も多いでしょう』


 映像はゼリアを映すと、今度は大魔境の方を映した。

 町から1kmほどの平原を挟んで、そこから先には彼方まで森が続いている。


 そして、森の入り口からは多くの野生動物が飛び出してきており、森に異常が起こっているのは一目でわかった。

 さらに、すでに平原へ飛び出す魔物の姿も少数ながら見られる。


「キャサグメよ。会敵の時間はわかるか? 民にもわかるように報告せよ」


 妾がそう言うと、キャサグメは頷いた。


『あと2刻(※1時間)ほどで浅い層の魔物から順番に押し出されてくるでしょう。暴走状態の魔物が全て森から出てくるまで、そこからさらに4刻(※2時間)ほどと我々は予測しています』


 その報告を受けて、妾は魔石時計へチラリと目を落とした。


 今は昼の1時。

 スタンピードの始まりは2時。

 魔物が平原に出切るのがおよそ4時。

 今は冬場なので、4時ならば夕暮れが始まる少し前だ。


 しかし、魔物が平原に出終わったら終わりではない。

 そこからアアウィオル東部に広がった魔物の討伐をしなければならないため、終息まで何日かかるか見当がつかない。


 ……本当に大丈夫なんだろうな。信じるぞ?


 そんな不安を押し込めて、妾は威厳を保った。


「辺境伯の対応はわかるか?」


『細かなところは存じ上げませんが、町を見る限りだと、少なくとも事態を察知して迅速に領軍へ命を下しているようです。城壁の様子からギルドと連携も取れているのが窺えます』


「で、あるか」


 ここで普通の会議なら辺境伯の勝算を聞くところだが、民の前で辺境伯の評価を下げるようなことを言わせるわけにはいかない。


 なので、結論へと跳んだ。


「……キャサグメよ、いけるか?」


 妾の問いかけにキャサグメは大きく頷いた。


『もちろんにございます。陛下がお命じになられたのなら、これからすぐにでも向かいましょう』


「馬でも到底間に合わぬ距離だが、援軍は可能なのだな?」


『はい。ただ、私は皆様に説明役として残らせてもらい、ほかの者を派遣いたします』


「構わん。ではキャサグメよ、エメロード・アアウィオルの名においてスタンピードの鎮圧を命じる!」


 妾はそう言って、手を前方に振るった。

 古の英雄『涙雨 ロミオ』に教えてもらったカッコイイ命令の仕方である。


 その声は闘技場に響き、民たちがワッと歓声を上げた。

 凄く気持ちいい。


『ハッ!』


 それに合わせて、リゾート村のメンバー全員が妾に膝をついた。


『指示を出しますので、御前にて失礼いたします』


 キャサグメはそう言うと、仲間たちに指示を出し始めた。


 しばらくすると、再び舞台へと戻った。

 そして、茫然と立ち尽くすトバチリやその周りにいる師範たちに声をかけた。


『トバチリ殿。これから我々はゼリアへ援軍として向かいます。我々は遠方に一瞬で行くことができるのですが、あなたも行きますか?』


 トバチリはキャサグメにビクついたのも束の間、顔をキリッとさせて頷いた。


 これが、スタンピードを利用する理由の一つだ。


 剣聖教会との戦いでは、確実に勝ちすぎる。

 なので、面子回復の機会を与えたいというのがキャサグメの言だった。


 これで剣聖教会に新しい風が吹けばいいのだが……。




 キャサグメを抜かした十数名が舞台から消えていった。


 リゾート村勢に加え、白騎士レイン・オルタスとロビン少年。

 さらに、剣聖教会のトバチリと師範数名だ。


 ロビン少年と戦った怖い顔のオッサンはどこかへ逃げてしまったので、不参加である。


 決闘は終わったので本来ならば帰る者がちらほら現れるものだが、本日に限って言えば、逆にどんどん人が集まり始めていた。


 その中には執事長が送り込んでいる影衆も紛れており、マークしている他国の間者に接近している。

 これもまたスタンピードを利用してのあぶり出しである。この事件が終わったら、大量に釣れるだろうな。


 まあそのためにも、無事に終わってもらわなければならないが。


 しばらくすると、映像に変化が起こった。

 それは先ほどまでこの場にいた、レイン・オルタスとロビン少年の姿だった。


 映像に映し出された2人の姿は人とは思えないほどの大きさ。映像を見慣れていない者にとっては驚くべきことのようで、観客たちの中には悲鳴を上げる者もいる。


『この魔道具は、離れた場所の光景を映します。これを『映像』というのですが、この箱の中に巨人がいるわけではありませんし、こちらに攻撃が飛んでくることもありませんからご安心ください』


 舞台の上にいるキャサグメが説明を始めた。


 キャサグメたちにとって当たり前の技術を1から説明するのは、どういう気分なのだろうか。いずれ、我が民もこれらの技術を当たり前に享受できる日は来るのだろうか。


『さて、この魔道具は、離れた場所の映像を映し出すだけでなく、声や音も皆様にお届けすることができます。そういう魔道具というのをご理解ください。それでは、これからロビン君とレイン殿から一言がありますので、ご清聴のほどお願いします』


 新しい概念に戸惑いつつも、観客は受け入れた様子。

 まあ、世の中には理屈のわからないものなどたくさんあるため、平民の順応力というのは存外高いのだろう。


 映像の中で、ロビン少年が言う。


『ろ、ロビンです。これからゼリアの町を守るために一生懸命頑張るです!』


「「「キュン」」」


 観客席から黄色い声が上がった。


 妾の臣民は大丈夫だろうかと心配する一方で、妾自身もちょっと可愛いなと思う。妾の気持ちは母性なのでセーフだ。

 それと同時に、なし崩しとはいえ、こんな少年を戦場に送ってしまって良かったのかとも思う。


 また、見習い冒険者と思しき少女たちが座る一帯では、ロビン少年の知り合いなのか、熱い声援が上がっている。


 続いて、レイン・オルタスが映った。

 その姿は美しく、入念にエステを受けた者の匂いがした。


『陛下のご下命により、白騎士レイン・オルタス、最前線にて死力を尽くします!』


 ほう、キリリとしてカッコイイじゃないか。

 その姿には、ラインハルトが言っていたような自信を無くした様子はない。


 ロビン少年があれほどの強さになったからには、こやつも相当な力を手に入れたのだと思うが、果たしてどれほどのものなのか。


 レイン・オルタスの意気込みに対しては、老若男女問わずに多くの歓声が上がった。

 白騎士としての人気もあるだろうが、彼女は妾の目から見てもカッコイイと思える。妾が未婚なら寝室に呼ぶやもしれないくらいには魅力的だ。


 2人の意気込みが終わり、キャサグメが説明する。

 それに伴って、魔道具に映し出された映像がゼリア近辺を上空から見た光景に変わった。


 その映像を見て、妾は迎賓館襲撃の際に見たアアウィオルの精密な地図の正体がわかった気がした。


『我々リゾート村軍は、ゼリアの東に広がる大魔境に対して、最前線にて縦列に広がり挑みます。最北から順番に剣士シュゲン、メイド娘シキ、見習い冒険者ロビン君、白騎士レイン殿、仮面の男ゼロ、そして最南に魔導士ルナリア。ロビン君とレイン殿にはそれぞれの師匠がつきますが、師匠は基本的に手を出しません』


 キャサグメの言葉に合わせて、映像の中でそれぞれの持ち場がわかりやすく表示されていく。うーむ、謎の技術だ。


 今回のスタンピードは過去類を見ないほどの規模のようで、対応すべき範囲はとんでもなく広く、その距離は10kmほどもあるだろう。


『最前線はこのようになっていますが、ゼリアの町の最終防衛ラインではジラート辺境伯軍と冒険者ギルド、各英雄教会の混合軍が対応に当たります。我々と共に現地へ向かった剣聖教会の方々もここで戦います。またこちらの回復役を神官のティアが努めます』


「最前線をたったの8人で……か」


 守備しなければならない範囲は10kmと非常に広く、それに対するのが8人。はっきり言って舐めているとしか思えない人数だ。

 不安ではあるが、古の英雄の力とやらを信じるしかあるまい。


 そして、それから数十分後、ついに大魔境の森が凄まじいスタンピードを起こすのだった。


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