第28話 ミリー 悪夢を払う戦い


 あたしはミリー。

 見習い冒険者をしているよ。


 犬耳メイドさんにチケットを貰ったから、あたしたちは闘技場へ観戦に来たんだんけど。


 そこでなんと! 行方不明になっていたロビン君と再会できたの!


 そのあとに少しだけ怖いことがあったけど、これだけでも闘技場に来て良かったって思えたよ。


 人混みがある程度落ち着いたから、いよいよ闘技場に入った。

 闘技場には初めて入ったけど、とっても大きいの。


 段々になった観客席の真ん中より少しだけ後ろがあたしたちの席だったよ。


 闘技場は凄い熱気で、どっちが勝つかってお話で盛り上がっている。

 でも、キャなんとかさんなんて知らないし、みんな剣聖教会が勝つって笑ってる。


 あたしの目から見ても、闘技場前広場で見た男爵様たちは、あまり強そうには思えなかった。

 剣士のおじさんもいたけど、中くらいの強さの人に見えたかな。

 でも、みんな身なりが綺麗で、凄い強さではないけど男爵様の私兵団なんだなって感じ。


 一方で、舞台西側の裾ですでに座っている剣聖教会の偉い人たちは、みんなとっても強そうで怖い。


 その中にはあたしたちが恐怖した師範代のカマセーヌさんもいた。

 きっとあの人だけで、男爵様一行はみんな斬られちゃうと思えた。


 そんな剣聖教会の人たちを見ていたのはあたしだけじゃなかったようで、隣に座るレナちゃんが、あたしの手を握ってきた。

 あたしもその手を握り返して、恐怖を和らげた。


「おい、エマ」


 ふいに、あたしたちの引率役をしてくれている受付嬢のエマさんの名前を呼ぶおじさんが現れた。ムキムキで強そうな人だ。


「あっ、ギルド長。お疲れ様です」


 冒険者ギルドのギルド長だった!

 あたしたちは背筋をピンとさせて、大人しくした。


「お前は出勤日だろ。仕事はどうしたんだ?」


「仕事が薄かったので、見習いの子たちの付き添いです」


 それからエマさんがチケットの件を説明すると、ギルド長は納得したように頷き、エマさんの隣に座った。


「ギルド長こそ、なぜここに? お仕事が溜まっていたんじゃないですか?」


「ホントに一生終わらねえんじゃねえかと思える量だが、これも仕事の一環だ」


「せめて楽しんでくださいね?」


「さてな、それはキャサグメって男次第だが。こいつはさ、いま貴族界で話題の中心になっているんだ。見ろ、王都にいる多くの貴族が見に来ている」


 ギルド長が顎だけで視線を促すので、会話の外のあたしたちも思わずそちらを見た。

 闘技場に貴族様たちが座る特別な席があって、個室っぽいのがいくつもあるの。

 それらはどこも使われていて、その中には陛下もいたよ。


「陛下もいらしているんですね。あまり闘技場がお好きなイメージではないですけど」


「ああ。それだけ注目を集めているやつだ。近日中に職人たちにもなんらかのテコ入れが入るようだし、ぽっと出たキャサグメ男爵が関係しているのではないかと俺は考えている」


「へえ。キャサグメ男爵の村で行なわれている技術指導というのに関係があるんですかね?」


「え。なにそれ」


「え? ひと月前……祝福の月(※年末)が明けてすぐに男爵様のメイドさんが来たのをお話したじゃありませんか」


「……嘘だろ?」


「未処理の書類箱のほうに入れておけってギルド長が言っていたので、入れておきましたよ」


「辺境伯領への物資輸送で頭がいっぱいだった時だ……」


 お話が難しくてよくわからなかったけど、エマさんの言葉にギルド長は頭を抱えてしまったよ。エマさんが勝ったみたいで、ちょっと面白い。


 そんなギルド長に、タータが言った。


 タータは10歳で見習い冒険者になった子なの。

 普通は12歳くらいまで家にいられるから、タータは他の子よりも寂しい思いをしているんじゃないかな。


「ねえねえ、ギルド長のおじちゃん。どっちが勝つかなー?」


 馴れ馴れしっ!

 あたしたちはタータの態度に慌てたけど、ギルド長は別に気にした様子もない。むしろ、先ほどの話で悩むのが馬鹿らしくなったような顔で、タータの質問に答えた。


「まあ剣聖教会だろうな」


「えー、なんでぇー?」


「キャサグメというやつは新米貴族なんだが、武功で|叙爵(じょしゃく)されたのなら必ず冒険者ギルドが情報を掴める。しかし、それがないとなると、武功以外で手柄を立てたことになる。文官系なのだろうが、となれば、まあ剣聖教会には勝てんだろう。部下の名も知らんしな」


「ほえー」


 凄く真面目に答えてくれたのに、タータはほえーっとして、わかってなさそう。


「しかし、貴族界で噂になるほどだし、優秀な男であることは間違いなかろう。おそらくどこかのタイミングで陛下から待ったが掛かって引き分けとなるはずだ。それを証拠に、今日は女王陛下のお達しで賭けが禁止されているんだよ」


 ギルド長すごぉ。

 そんなことまでわかるんだ。


 でも良かった。

 ロビン君がお世話になった男爵様が虐められるのは嫌だもの。


 そんなことを話しながら待っていると、いよいよ男爵様の一団が入ってきた。


 やっぱりみんな身なりが綺麗で、ギラギラした殺気みたいなのは感じられない。


 その中にはロビン君もいて、あたしたちを見つけると軽く手を振ってくれた。

 あたしもすぐに手を振った。……あっ、いま幸せかも!


 そこから男爵様が舞台に上がって、観客にお話をした。


 へぇ、王都の近くに村を作ったんだって。

 じゃあロビン君はその村にいたんだね。


 エマさんや冒険者仲間の子たちはああいう男の人が好きなのか、キャーキャー騒いでる。

 凄くカッコイイからわからなくはないけど、でも、ロビン君のほうが素敵だと思うな。


 男爵様の話は続き、『自分たちは強すぎるから戦わない』と言った。

 これには剣聖教会の人たちが凄く怖い顔をした。


『ですが、それではせっかくお金を払ってお越しになった皆様に申し訳が立ちません。そこで、本日は私たちの村で技術指導をした少年に戦ってもらおうかと思います』


 その言葉に、あたしは耳を疑った。

 男爵様の方に、少年と呼べる子は1人しかいないんだもん。


 その予想は当たっていた。

 舞台の上にロビン君が上がったのだ。


「ひぁ……。え、エマさん、ギルド長さん、ロビン君が殺されちゃうよ!」


 慌てるあたしを余所に、男爵様は、『この会場にいる剣聖教会の全ての門下生でロビン君と戦ってもいい』なんてことも言い始めた。

 それは聞いて、あたしは全てを理解した。


 あの男爵様は……男爵はロビン君をなぶり殺しにして楽しむつもりなんだ!


 いまはもうそんなことはないけど、昔の闘技場ではそういうことが行われていたって聞いたことがある。ううん、他の国ではまだやっている国はあるんだって。


 それに気づいたあたしは、席を立って走り出していた。

 相手は男爵だし、あたしが行ったところでどうにもなりはしない。


 でもね。

 おねしょを庇ってくれたのが、あたしはとっても嬉しかったんだ。


 エマさんが止める声を背中で聞きながら、あたしは罵声が飛び交う闘技場の階段を駆け下りた。

 そんなあたしの前に立ち塞がる人がいた。


 それはあの犬耳メイドさんだった。

 さっきまで舞台の周りにいたのになんで!?


 あたしは、犬耳メイドさんに抱え上げられてしまった。


「おろして!」


 ジタバタするけど、全然解けない!


「まあ見ていなさい」


「どうしてこんな酷いことをするの!?」


「宣伝のためでしょうか? あなたの言うように剣聖教会の方には酷いことをしてしまいますが、まあ情報収集もせずに挑戦状を送ってきたのはあちらですし、構いませんよね」


 頭に血が上ったあたしは、言われた言葉を理解できなかった。

 話が嚙み合っていなかったような?


 その時、ふいに犬耳メイドさんに声をかける人が現れた。


「おい、姉ちゃん。こんだけ俺らをコケにしたんだ。あのガキがくたばったら、てめえも覚悟しておけよ?」


「おめえんところは娼婦の村らしいな? おめえはボロ雑巾決定だぞ」


 それは剣聖教会の門下生の人たちだった。

 ここは観客席に通る階段なので、周りは剣聖教会の人がたくさんいるんだ。


「よく聞こえなかったので、戦いが終わったらもう一度同じ言葉をお聞かせください。さっ、始まりますよ」


 舞台に上がったのは、あのカマセーヌさんだった。

 その怖い姿を見て、あたしの目から涙が溢れだした。


 男爵はカマセーヌさんだけでなく会場も煽りに煽って、西側にいた剣聖教会の人たちが観客席から飛び降りて舞台に上がっていく。


 あ、ああ……ロビン君が殺されちゃう!

 神様、お願いします! 助けて……っ!


「ロビン君……ロビン君……っ! ロビンくーん、逃げてぇーっ!」


 あたしの叫びは周りの怒声にかき消される。

 いよいよ戦いが始まってしまった。


 その瞬間、ロビン君の姿が消え、カマセーヌさんの腕が木っ端微塵になった。その傍らには、ロビン君が立っていた。


「「「……え?」」」


 それは誰の口から漏れ出たのか。

 あたしだったかもしれないし、周りの剣聖教会の人だったかもしれない。


 会場のあちこちで女の人の悲鳴が上がるけど、その悲鳴が終わるよりも早く、カマセーヌさんのもう片方の腕が吹き飛んだ。


 その一帯が真っ赤な血で染まりあがる中、ロビン君が叫ぶ。


「そんなに強いのなら、たくさんの子供たちを導くことだってできただろうに!」


 その言葉を聞いた瞬間、あたしの中にある悪夢の霧が散っていたような気がしたんだ。


 ロビン君の姿がまた消える。


 すると、今度は舞台に乱入した剣聖教会の人の足が消し飛んだ。

 3人目は鎧が消し飛ぶとともに場外の壁に叩きつけられ、4人目は剣の柄と共に両手が木っ端微塵になり、5人目は片足が消し飛んで舞台に転がる。


 その合間合間にロビン君の姿が少しだけ見えた。


 それからも戦いは続き、あっという間に10人が舞台と場外に転がった。

 血で染まった舞台の上に立っているのは、揺れる金髪の下でギラリと瞳を輝かせるカッコイイ男の子だけだった。


「どうですか、ロビン君は強くなったでしょう?」


「あ、あわ……」


 犬耳メイドさんの問いかけに、あたしはやっとのことで頷いた。


 そんなあたしの視線の先で、剣聖教会の人たちをやっつけたロビン君が優しい笑顔で頭を下げてくれた。


 顔が真っ赤になっていくのを感じた。

 心臓がドキドキして凄く苦しい。


 こんな真っ赤な顔はすぐにでも隠したいけれど、ロビン君の姿から目が離せなかった。


「さて、私も少し忙しくなりそうですね。さあ、席に戻りましょうか」


 犬耳メイドさんは、あたしを抱えたまま階段を一歩上がった。

 でも、すぐに足を止めた。


「そういえば、すっかり戦いが終わってしまいましたが、先ほどはどのような御用だったのでしょうか? もう一度お聞かせ願えますか?」


 犬耳メイドさんが、さっき怖いことを言ってきた男の人に問うた。


「ひっ……あ、え、と、とと、とてもお綺麗ですねって言いました! ごめんなさい!」


「そうですか。それはありがとうございます」


 犬耳メイドさんはそう言って見逃してあげた様子。


 あたしはそんなやりとりを聞きながら、犬耳メイドさんの肩越しにロビン君の姿を見つめ続けた。


 でもね、話はこれで終わりじゃなかったの。

 この後、あの日レナちゃんと語り合ったように、ロビン君が本当の英雄になる事件が起こったの!



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