第27話 レイン オス味ましましショタ


 私の名前はレイン・オルタス。

 純白の美少女騎士をしています。


 リゾート村が喧嘩を売られて、ひょんなことからロビン君が戦うことになったわけですが。


 キャサグメ様の紹介を受けて舞台に上がったロビン君が、もう最高にオスをしています!

 お腹のあたりが熱くなる気配に、バカバカお前は騎士でしょ、と自分の頬を引っ叩く私です。


 そんなロビン君に、私の師匠のジジイが言います。


「ロビン坊、手加減する必要はない。ウチのヒーラーは優秀じゃからの、頭が吹き飛んでも回復できる。ただまあ、実際に頭が吹き飛ぶと絵面的に面倒じゃから、顔は狙わないように。やるなら武具や手足にせい」


「老師、わかったよ!」


 怖すぎワロタ。

 でも、実際に私も毎日腕が切断されていますが、普通に治してもらっていますし、それは事実です。


「ロビン君、相手は雑兵ですぅ! 舞台に赤い花を咲かせるですぅ! もしこの程度の相手に負けたら、タンポポ煉獄組手10時間ですぅ!」


 続いて、妖精さんがきゃいきゃいと不穏なことを言います。

 これにはロビン君もオスをお休みして青い顔。


 タンポポ煉獄組手がどういうものかはわかりませんが、私が体験した心眼地獄巡りと同じくらいヤバい修行なのでしょう。


 こんなふうに師匠たちから声を掛けられる一方で、闘技場の最前列を囲む剣聖教会の門下生たちの野次も止まりません。

 いえ、状況が状況だけあって、剣聖教会に限らず、血の気の多い観客は野次を飛ばしている様子ですね。


「ガキが出る場所じゃねえぞ! 引っ込んでろ!」


「キャサグメとかいうやつは腰抜け男爵か!?」


「おいおい、そいつはポーターやってたガキじゃねえか!」


「技術指導するとかアホなこと言ってた村で何を勉強してきたんだぁ!?」


「身綺麗になっちゃって、メイドのお姉ちゃんに男にしてもらってきたのかよ、おねしょのぼくちゃーん!?」


 ロビン君はちょっと涙目になって、そんな野次に耐えています。特に『おねしょのぼくちゃん』というのがクリティカルヒットしたようです。

 とりあえず、殺しちゃってもいいんじゃないでしょうか?


 先ほどから西側にいる剣聖教会の幹部席では、師範代のカマセーヌが大師範トバチリ殿に詰め寄って、なにかを喚いている様子でした。


 その後、カマセーヌが舞台に上がってきたので、おそらく誰が最初に戦うかという話をしていたのでしょう。

 やつが最初に舞台に上がったのは、キャサグメ様の計算なのか偶然なのか。


「おい、腰抜け。そのガキを始末したら貴様が出てくるんだな!?」


 カマセーヌが怒声をあげました。


 カマセーヌは戦闘系の英雄教会の師範代なわけで、相当な使い手のはずです。冒険者で言えばS級は確実でしょう。まあ、S級は最終ランクであり、その実力はピンキリですけどね。とりあえず、顔がチンピラみたいでめっちゃ怖いです。


 キャサグメ様は、そんなチンピラにニコリと微笑んで言います。


『はい。まあ無理でしょうが。そうそう。ご来場の剣聖教会の全員でロビン君に挑んでも構いませんよ。また、ロビン君の拳は危ないですから、あなた方は真剣を使っても構いません。剣聖教会の皆様は剣術よりも投石が得意なようですので、観覧席から石を投げるのも一向に構いません。ですが、間違えてお仲間に当てないように気を付けてくださいね』


 キャサグメ様の妙に良く通る声が会場に響きます。

 この人、めっちゃ煽るじゃないですか!


 これにブチギレた大勢の門下生が、壁から飛び降りて舞台の周りに集まり、殺してやんよ、と息巻いてます。

 その代わりに、投石がピタリと止まったのは彼らのプライド故でしょうか。


 キレまくっている彼らの姿に、オス顔だったロビン君もさすがにはわわとしています。

 それもそのはず、ロビン君が戦いたいと言ったのは、あくまでカマセーヌだけなのですから、全員で掛かってきてもいいと言われてビックリでしょう。


「大丈夫ですぅ! タンポポ神拳は無敵の拳法なのですよ! 魔物どもの臓物をまき散らした修行の日々を思い出すですぅ!」


 妖精さんの物騒なエールに、ロビン君の顔にオス味が戻ります。


 一方、キャサグメ様の煽りは止まりません。


『あー、どうぞどうぞ、そんなところでゴブリンのように騒いでいないで、実際に舞台へ上がってください。本日この場に限り、ロビン君は何人でもお相手いたしますよ。ただ、あまりに大勢で舞台へ上がると投石係の人が困るでしょうから、ほどほどにしてくださいね?』


 一周回って笑えてくるほどの煽りっぷりです!


 これにはカマセーヌもブチギレです。

 舞台の周りに降りてきていた冒険者たちも真っ赤な顔をして剣を抜き、ぞろぞろと舞台に上がってきます。


 カマセーヌは剣聖教会の師範代なわけで、こういう場所では必ず名乗りを上げるものなのですが——


「いいしゃらっせあ!」


 ——人語から離れた叫びをあげて、開始の合図を待たずに剣を片手に走り出しました!


 速……くないっ!


「おっそ! ゴブリンより遅いですよ!?」


「当たり前じゃ。レイン嬢ちゃんが戦っていたリゾート村のゴブリンは、普通のゴブリンより遥かに強いからの」


 いま明かされる驚愕の事実!

 いえ、今はそんなのどうでもいいんです、ロビン君の戦いです!


 ロビン君は10mほどの距離を一瞬にして詰め、カマセーヌの真横に移動しました。

 足の下にマジックバリアを仕込み、それを蹴って強い反動を生んだわけですね。


「爆散!」


 その掛け声とともにロビン君はパンチ!


 ロビン君が自分のそばにいることにギョッとしたカマセーヌは、すぐにチンピラ顔を憤怒の色に染め、素早く足腰を動かしました。


 その足腰の使い方から見て、剣を振るったつもりなのでしょう。

 しかし、剣が振り下ろされることはありませんでした。

 なぜなら、剣を持っていたカマセーヌの腕がすでに消し飛んでいたからです。


 斬撃の代わりに噴き出した血が舞台を汚します。

 ゴブリンの大量虐殺で返り血に慣れているロビン君は、一切の返り血を浴びずに、立ち位置を変えました。


 カマセーヌは、そこでようやく自分の置かれた状態に気づいたようで、絶叫しました。


「え? ひゃ、ひゃあああああああ!」


「「「きゃぁああああああ!」」」


 激痛による叫びと女性の悲鳴が闘技場に響きます。

 そりゃそうです。二の腕から先が爆散して消失していますし。


 さらにロビン君はもう片方の腕にパンチ!


 これにより、カマセーヌの両腕が消え去りました。

 痛みは2つ分。丁度、泣いていた小娘の数です。


 当の本人は無くなった腕から噴出する血を見て、絶叫を上げ続けています。


 呆気なさすぎる決着です。

 私だったらもう少しいたぶるところでしょうが、12歳の純粋な少年にそういう嗜虐的な戦いを求めるのも酷でしょう。


 代わりに、ロビン君は自分の、いえ、自分たちの憤りの叫びをカマセーヌにぶつけました。


「そんなに強いのなら、たくさんの子供たちを導くことだってできただろうに!」


 その叫びは魔力の波動を纏っていたのでしょうか、私の肌をひりつかせ、闘技場に静寂を生み出しました。


 息を呑む音が重なる中で、ロビン君は、ギンッと舞台に上がっていた他の門下生たちを睨みつけました。

 カマセーヌが両腕を吹っ飛ばされたので、彼らの足は急ブレーキをかけて止まっている最中でした。


 あっ、舞台に足をかけていた人が、そっとその足を外して舞台から降りましたね。観客席から罵声を浴びせようとしていた人も、すっと席に座ります。いい判断です。


 陛下たちは……うん、席から立って、手すりにかぶりつきになり、ロビン君の活躍を見開いた目で見つめています。


「せやーっ! 爆散!」


 可愛くも勇ましい声をあげて、ロビン君が移動します。


 その速さに門下生たちはまったくついていけません。

 もういい的です。

 ロビン君のパンチが入ると、腕や足、鎧、剣が片っ端から爆散していきます。


 まさに圧倒的!

 ジジイが『アアウィオルの基準ではもはや測れない力を持っている』と言っていましたが、本当でした。


 ほんの1分ほどで、舞台の上に立っているのはロビン君だけになりました。

 そこら中、爆散の影響で血だらけです。


 まき散らされたその血を見て、私はロビン君と共に呪いの腕輪をつけてゴーレムに追いかけられた日々を思い出し、ほっこりしました。危ない兆候です。


「これぞ、タンポポ神拳ですぅ! 爆散爆散、ふっふーい!」


 妖精さんが嬉しそうにキャッキャします。その姿はとても可愛らしいですが、決して甘い物を食べて喜んでいるわけではありません。血を見て喜ぶ獣のそれです。


 一方、会場はドン引きです。

 悲鳴すら上がっていないのは、気の弱いご婦人がすでに気を失っているからでしょう。


「お、おい、最初にやられた人、師範代のカマセーヌ様だよな?」


「ほかの連中もB級とかA級の冒険者ばかりだぞ……」


「な、なんなんだ、あのガ、こ、子供は……」


 すぐ近くから、そんな会話が聞こえてきます。


 そんな中で、この惨状を生み出したロビン君は全然油断していません。

 舞台どころか闘技場全体に気を張り巡らせ、闘志は衰えるどころかマシマシです。


 それもそのはず、私と同じような修行なら、魔物の集落を殲滅したあとには謎のゴーレムが現れて戦闘になりますからね。戦場においては油断など一切許されないのです。


 と、そこでキャサグメ様が会場に向けて言いました。


『皆様。本日は我々の村から優秀なヒーラーを連れてきています。この程度の傷は瞬く間に治療しますので、安心して本日の戦いをご覧になってください』


 キャサグメ様が例の良く通る声でそう告知すると、女神官・ティア様が杖でトンと地面を叩きました。


 すると、対戦者たちの爆散した部分が一瞬で再生し、さらには気絶している人たちをも目覚めさせました。


 手足が一本消し飛んで再生するくらいは、ジジイのドラゴンコースを受けていた私にとってもはや日常ですが、会場の方はそうではなかった様子です。

 全員が再び唖然としました。


 一方、涙を流してのたうち回っていた対戦者たちの方は、キョトンとして新しく生えた腕や足を見ています。

 喜色が顔を満たしたのも束の間、全員がハッとしてロビン君を見ます。


 ロビン君は未だ闘志を漲らせてやる気満々!

 一切の隙を見せず、舞台周辺の気配を探っています。キリリとして大変カワカッコイイです!


 これは現実なのか。

 その疑いは、自分の周りに落ちている爆散の痕が証明しています。自分の腕や指がそこら中に落ちているのです。


「ひ、ひぁああああ!」


 一番に逃げ出したのは、一度両腕を失ったカマセーヌでした。

 側に落ちている愛剣を蹴ったのにも構わず、西側の入場口から逃げていきました。

 両腕に感じた激痛が魂に刻まれてしまっているのか、腕をだらりとさせた奇妙な走り方です。


 そして、それを皮切りにして、舞台に上がっていた他の門下生たちも悲鳴をあげて逃げていきます。


 まったく情けないやつらです。

 腕を無くして絶望しながらも生にしがみついて謎のゴーレムを倒す。それができなくちゃ、頭がおかしいドラゴンコースの後半は生き残れないですね。


 とはいえ、ロビン君を舐めていたやつらがビビり散らかして、大変スッキリしました。今日はきっとご飯が美味しいです!


『さあさあ、次の方どうぞ。もちろん、引き続き複数人でも一向に構いません!』


 キャサグメ様が言います。


 しかし、誰も挑戦者は現れませんでした。

 先ほどまでイキリ散らかしていた門下生たちは、示し合わせたように息を殺して静かにしていますし、観客席が不自然に空いている場所もあるので逃げた人も多そうです。たぶん、投石勢でしょう。


 無理もありませんね。

 さっきの人たちは剣聖教会の中でも実力者が揃っていたらしいですけど、誰もロビン君の動きについていけてなかったわけで、観客席にいた普通の門下生がどうこうできるはずもありません。


 そんな門下生の視線はトバチリ殿に向かいました。我らの大師範ならやってくれる! そんな希望が見え隠れしています。

 その視線を追って、キャサグメ様もトバチリ殿へ微笑みかけました。


 トバチリ殿は、マジで止めて、と懇願するような目でキャサグメ様に視線を向けます。

 そちらから喧嘩を売ってきたのに、まったく勝手ですね。


 でも、キャサグメ様はどういうわけか追撃をしませんでした。

 王都の剣聖教会は大きいですし、気を遣ったのでしょうか。リゾート村には30もの英雄結晶がある今、そんな必要はないと思いますけどね。


『ロビン君、ご苦労様でした。これにて決闘は終わりです』


 キャサグメ様がそう言うと、ロビン君はやっと構えを解きました。


 そして、観客席の階段へ目を向けます。

 そこにはいつの間にか移動していた犬耳メイドのシキさんが、例の小娘の1人を抱っこしていました。ロビン君の戦いに夢中だったので、どういう状況なのか私にはさっぱりわかりません。


 ロビン君はそんな小娘に微笑み、ペコリと頭を下げるのでした。

 舞台に広がる血の惨劇を作り出した少年とは思えない優しい微笑みです。

 そんな顔を向けられて、小娘は完全なるメスの顔でロビン君を見つめていました。


 試合は終わりましたが、拍手や歓声は上がりませんでした。


 あまりに異質。

 あまりの強さ。

 ショタなのか、オスなのか。


 観客たちの脳は未だに自分が見た光景が信じられないといった様子です。

 そして、自分たちの見た光景の証拠も、キャサグメ様が指を鳴らしただけで舞台の上から綺麗さっぱり消えてしまいました。


 なんにせよ、これにて決闘は終わり、一件落着!


 そう思っていたら、この決闘は前座に過ぎませんでした。

 この日の本当のイベントはこの直後に始まったのです。


 私とロビン君のお披露目という話だったのに、それは王都で語り継がれるほどの大事件となって。


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