第26話 レイン 歌唱と演技の大師範


 私の名前はレイン・オルタス。

 白騎士をしています。


 化け物共の巣窟であるリゾート村で修行をしていた私ですが、大変な事件が起こりました!

 なんと、剣聖教会の大師範であるトバチリ殿が、リゾート村に挑戦状を送り付けてきたのです!


 もうすぐ修行期間が終わるという日の夕食の時に、珍しくキャサグメ様がいらして。


「明日、剣聖教会と決闘することになっちゃいました!」


 とウキウキした様子で言われた時は、思わず食休みの麦茶を吹き出しそうになりましたよ。


 そうして見せてもらった挑戦状は、めっちゃ挑発的なものでした。

 要約すると、王都には剣聖教会の立派な道場があり、お前んところのようなザコが出る幕ねえからと。それでも道場を開きたいのなら、武威を見せろと。

 それが丁寧な言葉で綴られていました。


 マジで知らないって恐ろしいです!


 一方、私の方はトバチリ殿の腕前を知っています。

 なにせ『無敗の剣聖 トム』の教義の一つは『剣で名を上げる』というもので、だから、彼らは手柄がはっきりする場所で好んで戦うのです。つまり、闘技場や戦場ですね。


 こういう理由もあって、私もトバチリ殿が戦っている姿を何度か目にしていました。

 その強さはアアウィオルで5本の指に入る程度。これは多くの人の口からも語られる評価ですね。


 もちろん、それでも凄まじく強いのですが、それではこの村にいる化け物たちには勝てないんですよ……っ! せめて『やつは史上最強だ』くらいの噂は欲しいです。


「さて、それでですね。せっかくの機会なので、この決闘のあとに2人のお披露目をしたいと思います!」


 キャサグメ様の口ぶりは、完全に勝ちを確信したものでした。

 私もそれは疑っていません。


「ついにその時が来ましたか……」


「はい、レイン殿。ここで習った技を駆使して頑張ってくださいね」


 このお披露目というのは、もともと予定されていたもので、陛下の御前で行なわれる手筈でした。この予定がちょっと変わったようですね。


 それにしても、ただのお披露目に『技を駆使して』とは、ちょっと大げさじゃないですかね?


「そこで、本当は卒業する際に贈られるはずだったのですが、あなたたちにこれを渡そうと思います」


 そう言って、キャサグメ様は私たちに武具をくれました。


 私には白騎士の装備セットと見た目は全く同じ物を。

 ロビン君には拳をガードしない小手や軽装を。


「これは?」


「それらはリゾート村製の武具です。レイン殿がつけていた武具よりも上等な装備ですが、超強いというわけでもありません。それよりも強い武具はたくさんありますので、実力に武具が追い付かなくなったら、ぜひともリゾート村で買ってください。まあ、簡単な卒業祝いの一つと考えてください」


 そう言いますが、明らかに素敵装備です!


「わぁ、キャサグメ様最高ですぅ!」


 きゃっほーい!

 きっとこんなの白騎士団の誰も持ってない装備ですぅ!


「ありがとうです、キャサグメ様!」


 ロビン君も装備を貰って感激しています。可愛い!


 はー、このピカピカの装備を着てお披露目するわけですかー。ドッキドキですね!


「さっ、今日はこの後、寝る前にホテルのエステへ行きましょう!」


「えっ、本当ですか!?」


「はい。フルコースです」


「ふわぁ!」


 どうしちゃったどうしちゃった!? 最高ですぅ!


 私もクロウリー閣下の護衛の際に1度だけエステを受けました。水着を着るためにムダ毛を処理する必要があったので簡単な施術を受けたんです。

 それが今度はフルコース! きっとクロウリー閣下の奥方様みたいにピカピカになっちゃいますぅ!


 エステでピカピカになって、さらに装備もピカピカで。

 ヤバいですぅ! きっと明日は白騎士レイン・オルタスが伝説になっちゃいますよーっ!




 そんなこんなで、地獄に咲いたハイパー美少女騎士レイン・オルタスになった私ですが。


 闘技場前広場に行くと、さっそくイベントが起こりました!

 ロビン君を狙っていると思しき小娘2人と遭遇して、さらにチンピラ集団に出くわしたんです!


 チンピラの1人にフラガ病だと言われた小娘が泣いちゃいました。

 乙女にあんなゲスなことを言うとは、あのチンピラは殺すべきでしょう。


 でも、それをやるのは私ではありません。


 小娘たちに背中を向けたロビン君が、圧倒的なオスの顔をしているのです!


 これには私の中の女がざわっざわです!

 妖精さんもきゃっほいしてますし、キャサグメ様たちもロビン君の成長に満足げ。


 小娘たちから離れると、ロビン君は言いました。


「キャサグメ様。決闘をどういうふうにやるか知らないけど、あの人とは僕が戦いたいです!」


 小娘たちに心配をかけないように離れてからお願いする姿は花丸です。最高のショタです。


「君やレイン殿の活躍の場は後半に用意しているけど、それでも戦いたいのかい?」


「はい!」


「ふむ。しかし、君は人と戦うのは初めてでしょう? 君の未熟なタンポポ神拳だと血の雨が降ります。相手が爆散してもいくらでも回復できるので構わないですが、人を傷つけてしまう君自身の心は大丈夫ですか?」


 相手が爆散するのは良いんですね、とひっそりと思いつつ、キャサグメ様が割とロビン君に気を遣っていることにビックリです。

 まあ、12歳の子に対人戦をさせるのですから、無理もないかもしれません。


「はい。大丈夫です! 人の血は自分とレイン様ので慣れたです」


 たしかに。

 さらりとそう思える自分に恐怖しました。


「いいでしょう。では、今回の戦いは君に任せます。頑張ってくださいね」


「はい!」


 こうして、ロビン君が戦うことになりました。

 こいつぁ、私の女がざわざわ確定です!


「さぁて、ロビン君が頑張ると言うのですから、私も頑張るとしましょうか」


 キャサグメ様の言葉に、私は首を傾げました。


「キャサグメ様が何を頑張るのですか?」


「おや、ご存じありませんでしたか? 私は歌唱と演技を司る英雄『涙雨 ロミオ』の大師範なんですよ。興味がありましたら、ご指導いたしますよ」


 へー。そうだったんですね。

 道理でめっちゃカッコイイわけです。


 ……ということは、この人、非戦闘系の大師範じゃないですか!

 それなのにゲロスを一瞬で石にして……こわぁ。




 闘技場に入ると、そこは完全にアウェイな空間でした。


 人はみんな何かしらの英雄を信仰するものなので、王都にある剣聖教会の信者は多いのです。

 信者の全員が熱心に信仰しているわけではありませんが、少なくとも観客席の最前列を厚く埋める程度には熱心な方がいる模様です。


 リゾート村一行は、東口から入場しました。


「よく逃げなかったなぁ!」


「おいおい、あのエルフ見ろよ! 超エロイぞ!」


「夜のお稽古をしてくれる村って噂は本当かぁ!?」


 さっそく野次が飛んできます。

 キャサグメ様、ここは迎賓館を襲った狂人っぷりを発揮しましょう! 皆殺しです、皆殺し!


 しかし、そんな野次を飛ばされても全員が涼しい顔。

 ムカついているのは私だけ。ロビン君は口をへの字にして拳を握っているので、もしかしたら怒っているかもしれません。


 西口の舞台の下にはすでに剣聖教会の幹部たちが勢揃いです。

 大師範、師範、師範代が主に幹部と言われる人たちですね。上に行くほど人数が少なくなる三角型の組織図は、全ての英雄教会に言えます。


 対するリゾート村一行は、キャサグメ様、女神官ティア様、剣士シュゲンさん、犬耳メイドのシキさん、仮面の少年ゼロさん、エロイ格好のエルフの魔術師ルナリアさん。この6人は迎賓館を襲ったメンバーでもあります。

 さらに、私の師匠の老師マオ、ロビン君の師匠の妖精クーさん。


 リゾート村一行は、剣聖教会をひとまず無視して、まずは王族専用の貴賓席に向けて片膝をつきました。陛下やクロウリー閣下がいらっしゃいます。リゾート村が関わるので、見に来たのでしょう。

 迎賓館を襲った際にはキャサグメ様しか頭を下げなかったという話を聞いていたので、ちょっとビックリです。


 白騎士である私がそれに遅れを取るわけにはいかないので、膝をついて礼をします。作法を知らないロビン君は、犬耳メイドのシキさんに教えられて膝をついています。


 この時ばかりはピタリと野次が止んだので、陛下の威光は民に行き届いている様子です。


 この礼は御前を失礼しますという意味なので、特に陛下からのお言葉を待つこともなく礼は終わります。

 そうして立ち上がると、野次が再開されました。


「はっはっはっ、臆せずに来たのは立派だが、それにしてもずいぶんと大人数で来たではないか!」


 トバチリ殿が高らかに笑うと、それに合わせて観客席も笑いの渦に包まれました。

 闘技場前広場で先ほど会ったのにそんなことを言うのは、彼が闘技場慣れしているからでしょう。観客を味方につけているわけです。でも、その挑発、自分の頭に突き刺さってますよね?


 ちなみにですが、英雄教会の大師範の発言力は非常に大きいです。特に剣聖教会は有名なので新米男爵よりも影響力が遥かに大きく、これが剣聖教会の門下生がキャサグメ様に野次を飛ばしている原因の1つになっています。


 もう1つの原因は、闘技場が無礼講の気風があることでしょうか。

 ここでキャサグメ様が観客に怒ると、狭量と思われてしまいます。


 トバチリ殿からの挑発が飛んできましたが、キャサグメ様はひらりと舞台に上がると観客に向かって言いました。


『ご来場の皆々様。私はついこの前、陛下より男爵位を賜りましたキャサグメと申します。以後お見知りおきを』


 非常によく通った声が、闘技場に響き渡ります。何かの魔法かもしれませんね。


 うーむ、歌唱と演技の大師範というだけあって、作った声は滅茶苦茶いい声です。


 キャサグメ様が気取ってお辞儀をすると、女性客から黄色い声が上がります。

 代わりに最前列の門下生たちからブーイングが飛びますが、キャサグメ様はどこ吹く風。


『我々は、この王都より馬車で鐘1つ分(※3時間)程度の場所に、観光と学びを目的とした村を作りました。3日後の正午の鐘が鳴りましたら村をオープンしますので、村人一同、皆々様のお越しをお待ちいたしております』


「どんな村ですかーっ!?」


 女性客からそんな質問が飛び、キャサグメ様はニコリと微笑んでから答えました。


『我々の村はまさにこの世の楽園。楽しむもよし、学ぶもよし。生涯忘れ得ぬ思い出をお届けいたします。しかし、具体的にどのような場所なのかは、どうぞ皆様の、そう、あなたのその目でお確かめください』


 キャサグメはそう言って、四方へそれぞれお辞儀をした。

 そのたびに、女性から黄色い声援があがった。


「完全に宣伝に来てますね」


「うん。でも、みんなに来てもらえたらいいな」


 私がボソリと言うと、ロビン君も頷きます。


 これに顔を真っ赤にしたのは、トバチリ殿の横にいる坊主頭の師範代です。

 闘技場前で小娘たちに酷いことを言ったチンピラですね。名前はたしか……カマセーヌと言いましたか?


『剣で名を上げる』という教義のため、自分たちよりも目立たれるのは面白くないのでしょう。自分たちで挑戦状を送ってきておいて、なかなか勝手なやつです。


「おい!」


 カマセーヌが怒声を放ちますが、それを意に介さず、キャサグメ様は続けます。


『さて、本日は剣聖教会の大師範殿から挑戦状を頂きまして、この場に参りました』


 キャサグメ様はそう言うと、一拍置きます。

 その一拍の間が、場の空気を宣伝から決闘に対するものに変えていったように思えます。


 キャサグメ様はバッと片手を横に広げ、恐ろしいセリフを言い放ちました。


『しかし、しかしです! 我々が戦ったら、皆様ははっきり言って満足できないでしょう! なぜなら……そう、我々が強すぎるからです!』


 キャサグメ様は、一呼吸溜めて放った最後の言葉と同時に、人差し指を立てて会場の女性にウインクします。

 特定の誰かに飛ばしたでもないのでしょうが、その方角に座っている女性たちが一斉に胸に手を当てて頬を赤く染めています。


 そこには貴賓席に座っている貴族令嬢も含まれます。

 あっ、ザライ侯爵のところのお嬢様も胸に手を置いていますね。まさに一目惚れといった様子です。キャサグメ様は男爵なわけで、お嬢様はいけると勘違いしてしまうかもしれません。ザライ侯爵は大変ですね。(※18話にて登場した侯爵)


 私は現実逃避気味にそんな様子を見つめていました。

 だって、今のキャサグメ様のセリフは、剣聖教会などザコと言っているのですから。もう完全に喧嘩ですよ、喧嘩。


 実際に、それを聞いた剣聖教会の門下生たちが一斉に激怒しました。

 あなたたちも煽ってたじゃないですか。煽られ耐性赤ちゃんですかね。


 キャサグメ様は降り注ぐ罵声に構わず、観客に言います。


『ですが、それではせっかくお金を払ってお越しになった皆様に申し訳が立ちません。そこで、本日は私たちの村で技術指導をした少年に戦ってもらおうかと思います』


「貴様、この期に及んで臆したか! 貴様が戦え!」


 カマセーヌが怒号を発しますが、キャサグメ様はニコニコと笑って答えます。


『そうですね。万が一、これから紹介する少年が負けたのなら、この中で指名された者がお相手をして差し上げましょう。もちろん、指名相手は私でも構いません』


「いいから貴様が戦え!」


 ついに観客から石が飛んできました!

 それも複数です!


 しかも、その石はこっちにも投げられてます!

 男爵が石を投げられるとか処刑台に乗る時だけですよ!? マジで剣聖教会は調子に乗ってます!


 ですが、そんな彼らの苦労は無に帰します。

 キャサグメ様はもちろん、私たちの方へ飛んできた石が空中で消失しているのです。


 もうこの時点でヤバい奴らだと理解しそうなものですが、頭に血が上っているのか誰も気づきません。

 あっ、いえ、トバチリ殿とその片腕と思しき師範だけは目を見開いて、「あ、これいかんやつだ」みたいな顔になっています。さすが大師範と師範です。


 石ばかりじゃなくいろいろな物が飛んできますが、キャサグメ様はそれを一切無視。凄まじい精神力です。石が当たらなくても、私だったら泣いている自信があります。

 あるいは、演技の大師範というだけあって、野次に対する耐性が抜群に高いのかもしれませんね。


 投石物の雨が降る中、キャサグメ様が高らかに言いました。


『それでは紹介いたします。見習い冒険者にして、幻の拳法タンポポ神拳の使い手・ロビン君です! その優しき心を闘志に変え、いま、王都の舞台に舞い降ります! さあ、観客の皆様、その二つの|眼(まなこ)に彼の姿を焼きつけてください!』


 キャサグメ様の紹介と共に、ロビン君がふわりと舞台に上がりました。


 エステを受けたロビン君は、そのうえで貰った武術着に着替え、涎が出そうなほどの美少年に仕上がっています。

 誰かのために舞台に上がるそんな少年の後ろ姿を見て、私の中の女がざわざわです!


 会場のメス共も、ロビン君の登場にざわついています。

 心配する声もあれば、キュンキュンと豚みたいに鳴く声もします。


 そんな中、観客席の一角で例の小娘たちとギルドの受付嬢が驚愕する姿がありました。

 その驚きは、剣聖教会と戦うのがロビン君という事実へのものでしょう。


 あなたたちのために立ち上がった男の子の雄姿を、その目にとくと焼き付けるといいです!


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