第25話 ミリー あの日の背中
あたしはミリー。
見習い冒険者をしているよ。
あの怖い日から、あたしは見習い仲間のレナちゃんと一緒に、王都のドブさらいのお仕事をしていた。
どちらも口にしないけど、あたしたちは見習いが取れた本当の冒険者にはもうなれないかもしれない。先輩冒険者と接するのが、たまらなく怖いんだもの。
今日もドブさらいのお仕事を終えて、トボトボと木賃宿に帰った。
「ロビン君……」
朝の冒険者ギルドでも見ないし、きっと死んだんだってみんなは噂してる。
あの怖い日以来、レナちゃんもロビン君が生きているって励ましてくれなくなった。
悲しい。
辛い。
その日も、あたしは毛布にくるまって、声を殺して泣きながら眠りに落ちた。
どうかおねしょをしませんように。
どうかロビン君が生きていますように。
そう願いながら。
次の日は冒険者ギルドのお仕事が全然なかった。
理由はあの剣聖教会が、キャ、キャ……キャなんとかさんの村と決闘をするかららしい。
それを聞いて、あたしとレナちゃんは顔を青ざめた。
あの日に聞いた話が実行に移されたんだ。
先輩冒険者さんには剣聖教会の門下生がたくさんいるから、みんな今日はお休みして、闘技場で観戦するんだって。
剣聖教会じゃない先輩冒険者さんもお祭り好きだから見に行く人がいっぱいいて、今日はポーターのお仕事がまったくないの。
そうすると今までポーターをしていた子たちがドブさらいとかの依頼を受けちゃうから、あたしたちは依頼を受けそこなっちゃったんだ。
「ねえ、ミリー。仕事見つかった?」
「ううん、男の子たちが取っちゃってダメだった」
「ホントあいつらはね。あーあ、1日休むと大変なんだけどなぁ」
レナちゃんもダメだったみたい。
でも、朝の時間が終わっても、たまにギルドにお使いの依頼が入ることがあるので、あたしたちはギルドの前でうろうろして、来るともしれないそんな幸運を待った。
そんなあたしたちに声をかける人がいた。
「あなたたちは見習い冒険者ですか?」
それは犬耳のメイドさんだった。
メイドさんは貴族様のお家のお使いの人が多いから、あたしやレナちゃんは怯えて俯いた。
貴族は私たち子供に毛布をくれた女王陛下みたいに良い人も多いけど、怖い人は信じられないほど怖いんだもん。
「もし人生を変えたいのなら、ギルドの中についてきなさい」
犬耳メイドさんはあたしやレナちゃんだけでなく、同じように待機していた子たちに向けてそう言うと、ギルドの中に入っていった。
あたしとレナちゃんは顔を見合わせて、ギルドの中なら安全だろうとそのあとに続いた。ほかの子もわらわらと入ってくる。
「今日の決闘の観戦を望む見習い冒険者の子にこれを無料でお配りください。余裕がある大人の冒険者は自分で買うようにお願いします」
犬耳メイドさんは受付のエマさんにそう言って大量の何かを渡すと、あたしの汚い頭を優しく撫でてからギルドを出ていった。
温かなその手の感触が残った頭に自分の手を置きながら、あたしはその後ろ姿を見送った。
犬耳メイドさんの姿が見えなくなると、みんなで急いでエマさんのカウンターに詰め寄った。
「エマさん、メイドさんは何をくれたの?」
レナちゃんが尋ねると、エマさんは肩をすくめて1枚の紙を見せてくれた。
ハンコが捺されてるけど……うっ、読めない。
「それ、闘技場のチケットだ!」
誰かが言った。
闘技場のチケットとな?
「今日のお昼に、剣聖教会とキャサグメ男爵様の村が決闘をするのは知ってる?」
エマさんの言葉に、あたしの心臓がドクンと高鳴った。
そんなあたしの心情なんて知らない子たちが、エマさんと会話する。
「うん。そのせいでお仕事がなかったし」
「今の人、そのキャサグメ男爵様のメイドさんなのよ。それであなたたちみたいな見習い冒険者の子にこれをあげるってさ」
「なんで!?」
「知らないわよ。まあ、くれるって言うんだから欲しい子にはあげるわよ」
「「「欲しい!」」」
すぐに並んだあたしたちに、エマさんは闘技場のチケットを1枚ずつくれた。
あたしも無料で貰えるものなので一応貰ったよ。
「やった! ミリー、これを売れば銀貨3枚になるよ!」
「ホント!?」
「うん! だって闘技場のチケットは普通、銀貨5枚だもん。3枚ならみんな買うよ!」
「ホント!?」
「やったーっ!」
レナちゃんの言葉に反応して喜びの声を上げたのは、話を聞いていた他の子たちだった。
剣聖教会は怖いし、最初から行く気がなかったあたしも、売ればお金になると知って喜びが込み上げてきた。
でも、その喜びが声になる前に、犬耳メイドさんの言葉が甦った。
『人生を変えたいのなら、ギルドの中についてきなさい』
優しく撫でてくれた頭が、ポカポカと温かくなった気がする。
あたしは、チケットを見つめた。
これを売って手に入れた銀貨3枚で、あたしの人生は変わるのかな。
……ううん、きっとそうじゃない。
剣聖教会は怖い。
でも、自分の人生がこのままダメになるのはもっと怖い。
「レナちゃん。あたし、この戦いを見に行く」
「……本気?」
「うん。だって、犬耳メイドさんが言ってたもん。人生を変えたいかって。きっとこの戦いを見にいけば、なにかが変わるんだよ」
「……」
「レナちゃんも一緒に行こう!」
「ホントにそう思う?」
「う、わかんない。でも、あたしはもう、毛布の中で声を殺して泣く夜は送りたくないの」
「……そんなのあたしもだよ」
あたしの言葉に、レナちゃんや周りの子たちが俯いた。
この中で、泣きながら夜を過ごしたことがない子は、きっといない。
そして、これからもそれは続くんだ。
「わかった。銀貨3枚は惜しいけど、あたしも行くよ」
「タータも行くぅ!」
「あ、あたしも見に行く」
「あたしも!」
みんな、観戦に行くって言い始めた。
あたしはバカなことをしたかな?
みんなに銀貨3枚分の損をさせちゃうかな?
でも、なにかを変えたいんだよ。
ねえ、ロビン君。
決闘が始まるのはお昼の鐘が鳴る頃らしいから、あたしたちはそれに間に合うよう早めに移動した。
今日は依頼が全然ないから、受付嬢のエマさんも付き添いで来てくれたよ。
あたしたちがチケットを持っていたら、どうやって手に入れたのか疑われちゃうかもしれないからね。
闘技場前広場に行くと、たくさんの人が正面入り口へ入っていく光景が見られた。
「混んでるから、ちょっと待ってましょう」
エマさんがそう提案した。
混んでるところに子供が行くと潰されちゃったり、迷子になったりするからね。
あたしはベンチに座って、闘技場に向かうたくさんの人をぼんやりと見つめていた。
一般の人もいれば冒険者もいる。
少数だけど子供がいる中、多くは大人だ。
あの人たちはどんな人生を送ってきたのだろう。
あたしはちゃんと大人になれるのかな。
それとも、この冬に死んでしまうのかな。
握りしめたチケットは、あたしの人生を変えてくれるのかな。
そんなことを考えていると、ハッとした。
闘技場前広場の入り口に、3台の馬車が停まったの。
それだけなら普通のことだけど、問題はその中から出てきた人たちだった。
それはとても目立つ人たちだったの。
全員が美男美女で、エッチな格好のエルフの女性や妖精さんまでいる。さらには、あたしたちに闘技場のチケットをくれた犬耳メイドさんもいた。
きっと、キャなんとか男爵様の一行だ。
闘技場に向かう人たちは、そんな男爵様一行が通る道を開け、全員が息を呑んで見つめていた。
あたしも目が離せなかった。
でも、理由は他の人たちとはきっと違う。
彼らの中にロビン君に似た男の子がいたんだもの!
でも、あたしの知っているロビン君とは違って、凄く綺麗な服装で、髪もピカピカに輝いてる。……きっと見間違いで、貴族様の子供だ。
そう思っていたけど、なんとその子はこちらに気づいて、あたしのよく知る無邪気な笑顔で手を振ってくれたんだ。
やっぱりロビン君だ!
「ミリーちゃん、レナちゃん! みんなも久しぶり!」
男爵様一行と一緒に近づいてくるロビン君の姿に、あたしの目からポロポロと涙が零れた。
生きてたんだ……っ!
嬉しい……っ!
でも、それで抱き着けるような行動力はなくて、あたしは必死に涙を拭うばかりだった。
「ロビン君、生きてたんだ! 良かったー!」
だから、レナちゃんみたいに明るく声を掛けられるのが、今はたまらなく羨ましかった。
「うん、ちょっと修行してたんだ! それよりもミリーちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
その声に、あたしは涙を拭いながら頷くことしかできなかった。
「ロロロロビン君、このお子様たちは!?」
それは女の人の声だった。
ハッとして顔を上げると、それはとても綺麗な白騎士様だった。
キリリとしている印象しかない白騎士様だけど、中途半端に手を上げてあわあわしている。それがとても可愛らしく見えた。
そんな人と一緒にいるロビン君が、この1か月でとても遠くへ行ってしまったように感じて、あたしの目からまた涙が溢れてきた。
「レイン様、この子たちは」
ロビン君が、あたしたちを紹介しようとした時のことだった。
闘技場前広場がまたざわついた。
そちらへ目を向けると、そこには素人のあたしでもわかるほどにギラギラした殺気を放つ集団がいた。
剣聖教会の偉い人たちだ。
彼らは私たちのすぐ前にいる男爵様一行の下へ真っすぐやってくる。
その進路上にいる人たちが慌てて道を開け、やがて男爵様一行と剣聖教会の偉い人たちが顔を合わせた。
とても対極的な2組に思えた。
片方は殺気が凄くて、もう片方はただキラキラしているだけ。
ありゃダメだな、とどこからか聞こえてきた。
それが、男爵様一行が負ける、という意味だとあたしでもわかった。
男爵様と思しき男の人が挨拶する。
「本日はどうぞよろしくお願いします」
それに対して答えたのは、剣聖教会の大師範トバチリ様。
アアウィオルで5本の指に入るほど強い剣の達人だって聞く。
『無敗の剣聖 トム』の教義は『剣で名を上げる』というものなの。
そのせいもあってか、トバチリ様は目立ちたがり屋という噂をよく聞き、それを現したように胸当ては黄金だった。でも、対戦者はこの黄金の胸当てに傷をつけることができないんだって。
「貴殿の村は冒険者の指導をするという話だが……まあ、今日は精々楽しませてくれ」
「それはもちろんにございます。観客の皆様に至高の一時をお届けしたいと思っております」
「ふっ、たしかに観客は楽しませなくてはな。ところで、道を開けてもらえるか?」
「おっと、これは失礼を致しました。どうぞ、お進みください」
男爵様はそう言うと、素直に道を開けてしまった。
これから決闘をするのに、とても弱気だ。
「つまらん男だなぁ」
トバチリ様はその姿を見て鼻白んだ様子で、闘技場に向けて歩いていった。
そんな剣聖教会の一行の中で、1人の男の人が立ち止まった。
それはあたしたちを恐怖させたカマセーヌさんだった。
カマセーヌさんはあたしたちの方を見て、首を傾げた。
その瞳に見つめられ、あたしとレナちゃんはカタカタと震えた。
「そこの小娘はたしかフラガ病とか言っていたか。そんなクズと付き合いがあるようでは程度が知れるな」
カマセーヌさんはそう言うと、あたしたちに興味を無くしたようにトバチリ様たちのあとを追った。
「違うもん……」
今の言葉をみんなの前で言われたレナちゃんが、そう呟きながら涙を拭った。
フラガ病って言うのは、性病なんだって。
あの時、レナちゃんは咄嗟に嘘を吐いたって言っていた。
あたしはレナちゃんを抱きしめた。
そんなあたしたちに、ロビン君が問う。
「レナちゃん、ミリーちゃん、大丈夫? あのおじさんに何かされたの?」
レナちゃんは腕で目を擦りながら、首を横に振った。
その仕草にあるのは、きっといろいろなものへの諦めだったように思う。
なにも答えずに俯くあたしとレナちゃんの頭に、ポンと手が乗った。
それはロビン君の手で、ゴシゴシと髪を撫でてくれた。
顔を上げたあたしたちに、ロビン君はニコリと微笑んだ。
「今日は僕の1カ月間の修行のお披露目をしてくれるんだって。2人とも絶対に見ていってね」
そう言って、ロビン君はあたしたちに背中を見せて、男爵様一行へ顔を向けた。
すると、ロビン君の顔を見た男爵様一行の数人が、口の端を上げて笑った。
その中の一人である妖精さんが、「うむぅ! それでこそ我が弟子ですぅ!」と頷く。
その意味はよくわからなかったけど、あたしの目には、あの日、おねしょを庇ってくれたロビン君の後ろ姿が重なって見えたんだ。
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