第24話 ミリー 君のいない町で


 あたしの名前はミリー。

 見習い冒険者をしているよ。


 最近、心配事があるの。

 ううん、それだと前まではなかったみたいだね。それどころか、臆病なあたしは、きっと他の人よりも心配なことがたくさんある。

 そんな心配なことが一つ増えたの。


 あたしの好きな男の子がいなくなっちゃったんだ。


 出会ったのは木賃宿きちんやどの大部屋。


 木賃宿にはルールがあって、おねしょをしたら追い出されちゃうんだ。


 宿によって回数は変わるんだけど、あたしが最初に常宿にしたところは2回やったら追い出されちゃう宿だった。


 最初はあたしもね、自分はもうお姉さんなんだからおねしょなんてしない、と思っていたの。

 考えが甘かった。あたしたちみたいな子供は、疲れすぎるとおねしょをしちゃうって知らなかったんだ。


 あたしは他の子よりも早くに追い出されることになっちゃった。予想以上に冒険者のお仕事が辛くて、あたしにはついていけなかったんだ。


 あっという間に2回おねしょをしちゃって宿から追い出されたあたしだったけど、木賃宿はたくさんあるから、泊まるところに困ることもなかった。


 でもね、おねしょは癖になるみたいだった。

 あたしはそれからも度々おねしょをしてしまい、木賃宿を渡り歩くことになったの。


 そして、いま泊っている木賃宿にやってきた。

 冒険者ギルドでお友達になったレナちゃんが、「あたしが泊まってるところに来なよ!」って誘ってくれたんだ。内気なあたしとは違って、とても明るくて可愛い子なの。


 レナちゃんが誘ってくれた宿は、おねしょを2回も許してくれる良い宿だった。つまり、3回すると追い出されちゃうわけ。


 寝る前にレナちゃんとお喋りするのはとても楽しかったけど、床に就くと、またおねしょをしちゃうかもって、毎晩不安に思いながら毛布にくるまって眠ったの。


 そうして3日目の朝に目を覚ますと、あたしの周りはびしょびしょになってたんだ。

 その時のあたしは、レナちゃんが誘ってくれた場所でもおねしょをした自分に心底がっかりしちゃって、ポロポロと泣いちゃったの。


 誰も馬鹿にしないよ、とレナちゃんが慰めてくれる。

 それはその通りで、いくつかの木賃宿を追い出されたあたしだけど、同じ年ごろの子に馬鹿にされたのは1回しかなかった。

 でもそうじゃなくて、自分が情けなくて仕方なかったんだ。


 そんな時、足音が近づいてきた。

 木賃宿の大部屋は、宿の人が朝に起こしに来て宿泊客を追い出すんだけど、それが近づいてきた音だった。


 すると、ここでビックリすることが起こったの! 近くで寝ていた男の子が、床に広がっていたあたしのおねしょの上にいきなり寝転がったの!

 その凶行にレナちゃんや近くの子たちはもちろん、泣いていたあたしもびっくりして、目を真ん丸にしちゃった。


 宿の店主さんがやってきたその時、その男の子はあたしに頭を下げたの。「ごめんなさい」って。


 その光景をジロリと見た店主さんは、「誰の仕業だ?」って聞いたの。

 そうしたらね、男の子がビクリと肩を震わせるあたしの前に立って、「僕がやって隣で寝てたこの子を濡らしたです」って言ったの!


 店主さんは男の子とあたしを見比べると、男の子に歩み寄って平手でその頬を叩いた。

 そうしてから、部屋にいる全員に聞こえる声で言った。


「寝小便をしても人を巻き込むな。冬場にそれをやると2人死ぬ。お前は今回で1回目だ。ルールはルールだから2回までは許してやる。だが、次も他のやつを巻き込んだら2回目でも追い出すからな」


 そんなふうに叱られる男の子のズボンはびしょびしょになってしまっていたけれど、あたしの目には、この世の誰よりもカッコよく見えたんだ。


 そのあと、事の真相を知ったんだけど、あたしが泣く姿を見て、今回で追い出されるのだと男の子は勘違いしちゃったみたいだった。

 馬鹿だねぇ、とレナちゃんは笑って男の子の肩を叩いていたけど、あたしの恋心は膨れ上がるだけだった。


 そんな男の子がいなくなっちゃった。




「ミリー、元気出しなよ!」


 冒険者ギルドからの帰り道、レナちゃんがあたしの肩に腕を回して言う。

 あたしは心配かけまいと笑って見せるけど、頬を引っ張られ、逆にニッと笑顔を向けられた。


「ミリー。あたしはね、あいつは将来、凄いやつになるんじゃないかって思うんだ。だってさ、ほかのやつのおねしょの上に寝転がって、そのうえ頬をぶっ叩かれても、笑ってるんだもん。ああいうのをきっと『英雄の相』って言うんだよ」


「うん、絶対に凄い人になるよ」


「だから、死んだりしてないよ。どこかできっと元気にやってる。隣町に行ったのかもしれないし。だから、もう1回会うまでにミリーが死んじゃったらダメでしょ? がんばろ?」


「うん」


「じゃあ、まずは飯! あいつが教えてくれた屋台のおっちゃんが、見習い冒険者に肉1つサービスしてくれるんだ。いこっ!」


 あたしはレナちゃんに手を引かれて、屋台へ向かうのだった。




 その日に受けた依頼は、ダンジョンのポーター(※荷物持ち)だった。

 ポーターを2名ということなので、あたしとレナちゃんでその仕事を受けられた。


 正直、あたしはポーターがあまり得意じゃなかったんだけど、あの子がどこかで頑張っていると思って、あたしも苦手なことを克服しようと思ったんだ。


 でも、世の中は無情だった。

 あたしの決意をあざ笑うかのように、その日に受けた依頼主の人たちは凄く怖い雰囲気だった。


 剣聖教会の人だ。

 それも師範代の人が1人おり、このダンジョン探索は門下生の指導なのだとか。


 4人の門下生はとても強く、ゴブリンやウルフを簡単に倒していく。

 あたしとレナちゃんは、討伐証明の部位や素材をはぎ取り、必死にそのあとを追った。


「まだ行けるな」


 師範代の人がそう言って、どんどんダンジョンの先へ進んでしまう。

 あたしたちの依頼はダンジョンの5階までなので、あたしたちはその進行の早さに不安になった。もしかして、5階以降にも行くんじゃないかと。


 その杞憂は当たった。

 6階に降りる階段に足をかける師範代の人に、レナちゃんが言った。


「あ、あの! あたしたちの依頼は5階までなんだけどです!」


 すると師範代は首を傾げて、門下生に問うた。


「そうなのか?」


「はい。ギルドにはそう依頼を出したっす」


「そうか。まあ良かろう」


 それだけ言うと、師範代は6階へ向かってしまった。

 門下生たちもそのあとを追い、あたしたちは顔を見合わせた。


 レナちゃんの顔には悲壮感が漂っているけど、きっとあたしも同じ顔をしている。

 でも、こんな場所で置いていかれたら絶対に死んじゃうので、あたしたちは慌ててあとを追った。


 ここまでの道中でリュックはもう半ばまで埋まり、紐が肩に食い込み始めていた。

 正直、5階より先に行く不安はあまりない。あたしたちは戦闘をしないからだ。問題は、帰りの距離が延びて、重い荷物を持つあたしたちの体力が持つのかというところだった。


 6階に降りると、すでに大きな蜘蛛が倒されていたの。

 あたしたちはすぐに解体しようとしたのだけど、師範代がそれを止めた。


「素材を持って帰ったら契約違反がバレるだろう?」


 あたしたちは黙って頷き、解体用のナイフをしまった。

 じゃあ、なんで魔物を倒すのかと問いたかったけど、ポーターが口を挟むとろくな目に遭わない。


 そんなあたしたちに、師範代は言った。


「お前たちももちろん秘密にしていられるな?」


 坊主頭の強面に見つめられ、あたしたちは身を竦ませるばかりで返事ができなかった。

 すると、あたしの頭に手が置かれ、髪がグッと引っ張られた。


「俺はグズが嫌いだ。二度同じことを言うも嫌いだ。わかるな? それで、返事は?」


 顔を無理やりあげさせられて、瞳を見つめられる。

 あたしは、ガクガクと震えながら返事をした。


「ひ、秘密! は、はい!」


「いい子だ。そっちのお前は?」


「ひぅ、ひ、秘密にするです!」


「そうか。では行こうか」


 師範代はそう言うと、門下生たちを率いてダンジョンの奥へ歩いていった。

 あたしたちは、足をガクつかせながらそのあとを追うしかなかった。




 ダンジョン8階。

 あたしたちにとっては6階からすでに未知の領域だったけど、剣聖教会の人たちは簡単に魔物を倒していった。


「さて、そろそろ引き上げる頃合いか」


 師範代がそう言うので、あたしたちはホッとした。


 引き上げの前に休憩が入った。

 あたしとレナちゃんが持ってきたパンを食べていると、剣聖教会の人たちは談笑を始めた。


 最初は、今回の探索の結果を受けて門下生たちの段位を上げるという話をして、門下生たちが嬉しそうに歓声を上げていた。

 それから話は雑談に変わり、しばらくするとあの怖そうな師範代が声を上げて笑った。


「なんだお前は童貞か! ははははっ!」


「あ、はは……実はそうなんっす。ははは」


 そう言われた男の人は、顔を赤らめつつヘラヘラと笑っていた。


 童貞ってなんだろう?

 そう思ってレナちゃんを見ると、顔を真っ青にした。


「そこに2人いるぞ」


 師範代は強面な顔を無邪気にニコニコさせながら、そう言った。

 男の人はこちらを見て、苦笑いした。


「さすがに仲間に見られながらは……」


「くははっ、別に気にせんでもいいだろうに」


 そんな談笑をする剣聖教会の人たちに、未だに青い顔のレナちゃんが恐る恐る言った。


「あ、あの、あたしたちはフラガ病なんです。へへっ、育った村で売りをしてたんですけど、2人ともそこで貰っちゃって。あのクソ親父は本当にぶん殴ってやりたいです」


 フラガ病ってなんだろう?

 レナちゃんは何をそんなに怯えているんだろう?


 あたしがよくわからないでいると、レナちゃんの話を聞いた師範代は、先ほどまでの笑顔を真顔にすると大きな溜息を吐いた。


 そして、立ち上がってこちらに来ると、レナちゃんのお腹をつま先で蹴りつけた。

 あまりの出来事に茫然としていると、次の瞬間、あたしのお腹に蹴りが刺さっていた。


 嗚咽を吐きながら蹲るあたしたちの頭に、師範代の言葉が降ってくる。


「女王陛下のご恩情もこんなクズに行き届いているのだ。なんとも嘆かわしいことだ」


 すると、門下生の慌てた声がした。


「さすがに殺しは不味いっすよ!」


「ダメか? この歳でフラガ病を貰うようなクズだぞ?」


「冒険者ギルドの査察が入っちゃうっす! それにこんなの斬ったらカマセーヌ様の剣に傷がついちゃうっすよ!」


「俺の剣か。はははっ、それは尤もだ。やめておこう」


 それから剣聖教会の人たちは、再び元の位置へ戻って談笑を再開した。


 あたしたちは涙でべちょべちょになった顔をしながら、お互いに体をくっつけ合って震えるしかなかった。

 そんなあたしたちの耳には、剣聖教会の人たちの会話が嫌でも入ってきた。


「先ほど童貞という話が出たが、この中で人を斬ったことがある者はおらんのか?」


 それはそんな会話から始まった。

 これが大事件に繋がるとは、怯えるばかりのあたしたちには知る由もなかった。

 人を斬るという物騒な言葉に、ただただあたしとレナちゃんは繋いだ手をギュッと握りあうばかりだったの。


「いえ、この辺りは盗賊もいないっすから、なかなか機会がないんす」


「人を斬る機会は盗賊討伐だけではないだろう。傭兵だとか決闘の経験はないのか?」


「はい、まだないっす」


「それはいかんよ。剣士は人を斬ってこそ名が上がる。ふーむ、ガイモン教(※王都にある冒険者向きの英雄教会)に果たし状でも送ろうか」


「王都内の教会同士で喧嘩をしたら王家が出てきちゃうっすよ」


「ままならんなぁ。大きな戦争でも起こらんものか」


 すると、門下生の1人が思い出したように言った。


「そういえば、王都の北東に新しい村ができたそうっす」


「ふむ? 村が。知らんな。それで?」


 関係なさそうに思える話だったので、師範代は無表情で首を傾げた。

 門下生は慌てて続きを話した。


「へ、へい。それでなんでも、その村で冒険者の技術指導をするなんて豪語したらしいっす。ギルドにその報せに来たのはとんでもない別嬪の犬耳メイドだったそうっす」


「ほう! それは実に面白いじゃないか。誰かから聞いたようだが、誰から聞いたのだ?」


「3段のジョージ先輩っす。ほかにも上位の冒険者で一時期酒のタネになってたっす」


「ジョージか。ふむ」


「でも、おかしな話でもあるんす。新しい英雄結晶が生まれたとか移転した話は聞かないし、英雄教会の道場ではないとは思うんすけど」


「おそらくは俺のような役職持ちが遠方で道場を開き、どこぞの英雄の教義を教えているのだろう。そういう支部的な道場は、大抵の場合、町に根付いた英雄教会に遠慮して町の隅や近隣の村で開かれるものだ。そうして見込みがある者を英雄教会へ向かわせるわけだよ」


「あっ、聞いたことあるっす。なるほど、それっすかー」


「それにしても面白い。腕に自信ありならば、挑発すればすぐに釣れるかもしれんな」


「でも、大師範様が戻らないうちに大きな興行を行なうわけにはいかないんじゃないっすか?」


「安心しろ。大師範様は、明日お戻りになられる」


「えっ、本当っすか!? おい、明日、大師範様が戻ってくるって!」


「「「おーっ!」」」


「お戻りになり次第、さっそく報告しよう。くく、くはははっ! 面白くなってきたな」


「もしかして、カマセーヌ様が一番に出ちゃうんすか?」


「ダメか? 最近、人を斬っていなくてな」


「……っ。か、カマセーヌ様みたいな達人が出たら、俺たちが人を斬るチャンスはないじゃないっすか」


「わからんよ? 案外強くて、俺は負けてしまうかもしれん。その時はお前らの出番だ」


「カマセーヌ様が勝てないのに俺たちじゃ無理っすよ!」


「はははははっ! なにを情けないことを言っているか。ははははっ!」


 その内容はあたしたちにはあまり理解できなかったけど、人を殺すようなことが行なわれるのだけはわかった。


 そうして話が終わると、先ほどの話で心が躍っているのか、行きよりも早いペースでダンジョンを引き返した。


 あたしたちは小走りになりながら、そのあとを必死に追うしかなかった。




 この日、あたしとミリーは一緒になっておねしょをした。


 今回の朝にはあたしのことを庇ってくれたカッコイイ男の子の姿はなく、涙を目にいっぱい溜めたあたしとミリーの姿しかなかった。


 生きるのが辛いよ。

 人の悪意が怖いよ。


 ロビン君。

 君がいなくて寂しいよ……っ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る