第23話 ロビン 修行の日々
ピュー様を信仰して2日目。
「まずはマジックバリアのおさらいです! マジックバリア腕立て100回です!」
僕はなぜか焚火の上でマジックバリアを張り、その上で腕立てをさせられた。
腕の力で上半身を跳ねさせ、マジックバリアを一度消し、落ちる前にまた手がつく場所にマジックバリアを張る。それを繰り返す。そんな常軌を逸した修行だ。
燃えるほどの近さではないけど、マジックバリアを消すと十分に熱さを感じる地獄仕様。
他にもマジックバリア懸垂に、マジックバリア腹筋に、マジックバリア背筋に、マジックマジックまじっくまじあぁあああああ……っ。
しかし、これは準備運動に過ぎなかった。
というか、これから毎日行なう準備運動だった。
「今日は攻撃の修行です!」
「お、押忍!」
僕は素人だし、木の的とかを攻撃するのかな?
でも、凄く大きな猪が見える。今までこのダンジョンでギガントゴーレム以外の魔物は見たことなかったし、無関係とは思えない。
ひぃ、こっちに気づいた!
その瞬間、逃げようとした僕の足に足枷が巻き付いた。
僕の視界がぐにゃ~とした。
「まずはクーが見本を見せるです」
クー様はそう言うと、その小さな手で猪にパンチした。
直進してきた猪が直角に吹っ飛ばされた。そうはならないんじゃないかな?
「これは失敗例です。これでは普通のパンチなのです」
「もうトドメ待ちだよ!?」
クー様は小さな手で猪の足を持って、ていっと投げ飛ばした。
地響きと共に、僕の目の前の地面に猪が叩きつけられた。
やっぱりそうはならなくないかな!?
「タンポポ神拳は相手を侵食する拳法です。まず自分の体の中で魔力を循環させて、それでパンチ! パンチと同時に相手の体内に魔力を流しこむです! そうするとこうなるです! 爆散!」
クー様は猪にパンチした。
その瞬間、猪の頭が木っ端微塵になった。
「これがタンポポ神拳の基本にして奥義『王花侵食法』です。食らった者は内側から花を咲かせるです」
血の雨が降る中、僕はガタガタ震えながら恐ろしい拳法の説明を聞いた。
「小さな子がおっきな人を制する拳法ってそういう感じなの!?」
僕が思わず叫ぶと、クー様は大きく頷いた。
「世の中には山のように大きな魔物もいるですからね。そういう子を制するには工夫が必要なのです」
「僕の想定よりずっと大きかった」
僕の質問の謎が解決したとばかりに、クー様は続けた。
「『王花侵食法』では、ほかにも体内魔力を乱して相手を動けなくすることだってできるです。しかし、相手によってはレジストしてくるので万能な技というわけではないです。さらに未熟な者は装備の上から体を破壊することもできないです。全ては熟練度。修行を重ねるです」
怖すぎる。
「では、相手の体内に魔力を流すというのがどういうことなのか、ロビン君自身が体験してみるです」
「ひぃいいいいい!」
ニコパと笑いながら飛んでくるクー様の姿に、僕は漏らした。
クー様との修行3日目。
未だ『王花侵食法』は会得できていない。
とりあえず、パンチとキックのやり方だけ教わって、ダンジョンの中にできたゴブリンの集落を僕1人で殲滅するように言われた。
頭がおかしいと思ったけど、できてしまった。
老師の下で行なった地獄の修行で得た力は、ゴブリンを一撃で倒せるほどのものだったんだ。
さすがにゴブリンアーチャー3体から矢を射かけられた時は死ぬかと思ったけど、マジックバリアでどうにかなった。近接攻撃しかしてこないゴブリンキャプテンは弱かった。
それよりもだ。
殲滅し終わると、謎のウッドゴーレムが乱入してきた。
こいつに腕一本を折られて、なんとか勝った。正直、ゴブリンの集落を殲滅するよりも大変な相手だった。
「謎のウッドゴーレム……いったい何者ですぅ?」
報告を聞いたクー様は、そんなことを言いながら僕の腕を治してくれた。
修行4日目。
タンポポ神拳の道は険しい。
門下生の妖精さんはみんな爆散できているのに、僕はできない。
とりあえず、またゴブリンの集落に特攻させられた。昨日より大きな規模の集落だ。
ゴブリンロードはザコ。やっぱり遠距離攻撃のゴブリンマジシャンが強かった。
遠距離攻撃に弱いのは、圧倒的に戦闘経験が足りていないせいだろう。
でも、2回の襲撃でいろいろと学ぶことができた。次はもっと上手くできるはずだ。
あと、やっぱり謎のウッドゴーレムが出てきた。
昨日よりも明らかに強い。それでいて僕がギリギリ倒せるくらいの加減。人為的なものをひしひしと感じる。
こいつには足の指を折られつつ、なんとか倒せた。
先輩冒険者に頬を引っ叩かれたことは何度もあるけど、連日に亘ってこれほどガンガン骨を折られたことはない。
僕の人生はどうなっちゃったのか。
帰りにふと気になって昨日殲滅したゴブリンの集落を見に行ったのだけど、なぜか一面にタンポポが咲いていた。きっと今日殲滅したこの集落も明日にはこうなっているのだろう。怖い。
この日は、頑張っているご褒美に久しぶりの遊びの時間があった。
なので、レイン様と一緒に2人乗りのウォータースライダーに乗った。
ウォータースライダーの揺れのせいか、後ろに乗って僕を抱っこするレイン様の指が幾度となく乳首に当たり、なんだか変な気分になった。
修行5日目。
その日、レイン様とプールで遊ぶ夢を見た。
レイン様と遊ぶのは楽しいし、きっとそのせいだと思う。
でも、水気のある夢を見たからか、ハッとして目覚めると僕はおねしょをしてしまっていた。最低最悪の不覚だ。
王都の木賃宿だと追い出されかねない失態にしばし茫然とした僕だけど、ちゃんと言うことにした。
というのも、藁のベッドでおねしょをすると、藁に虫が湧いたり腐ったりするんだ。ここのベッドは藁ではないけど、僕には手入れの方法がわからないので、言わないわけにはいかなかったのだ。
それに気になることもあった。
そのおねしょがいろいろ変だったのだ。
もしかして病気かもしれないと思って、クー様に相談した。病気をしていたら修行に支障が出てしまうからね。
「ロビン君が侵食する立場になったですぅ!」
ところが、わたわたと慌てふためくクー様のそんな言葉と共に、その日の修行は午前中がなぜかお休みになり、その代わりに男の先生による保健という座学の授業になった。
黒歴史という言葉をのちに覚えるけど、これは僕の生涯最大の黒歴史となった。
日を跨ぎ、修行7日目。
どうしても爆散できない。
ゴブリンをぶっ飛ばしたけど、これではただの殴打だ。
「クー様、僕は才能がないのかな……」
「甘ったれるなです!」
パンッ!
頬を引っぱたかれた。
クー様の手はなんでも爆散できる手なので、僕は瞬時に漏らした。
僕のズボンは一瞬で乾かされ、クー様が転移魔法を使った。
草原から草原への移動だけど、景色が違うので僕はどこかに飛ばされたらしい。
「こっちに来るです」
僕は前を飛ぶクー様のあとを追った。
しばらくして止まったクー様の横には大岩が。
しかし、ただの大岩ではない。黒光りする大岩だ。
「これはアダマンタイトです」
「あ、アダマンタイト!?」
アダマンタイトと言えば物凄く珍しい鉱石で、話によればとんでもなく硬いそうだ。超一級品の武具にも使われるアダマンタイトが、こんな巨大な塊であるなんて……。
「ロビン君、見るです」
クー様が指さしたのはアダマンタイトの側面だった。そこには、一輪のタンポポが咲いていた。
「タンポポが咲いてる……」
「その通りです。タンポポの根はアダマンタイトすら穿つのです」
なにそれ凄い。
「た、タンポポさんは魔物なの?」
僕がそう言うと、クー様はきゃはははっと笑った。
こういう笑い方をするあたりはとても妖精っぽい。
「それはタンポポ神拳を極めんとする者なら誰しもが一度は抱く疑問です」
「クー様も?」
「クーも若い頃は悩んだものです。でも、ある日気づいたのです。タンポポはタンポポ。それ以上でも以下でもなく、ただの侵略者なのです」
それは以下ではないかもしれないけど、侵略者なら以上ではあるんじゃ……。
「ロビン君。この小さな花でもできることを、なぜロビン君ができないというのです。ロビン君は必ずできるです。自分を信じるです」
「自分を信じる……」
僕は自分の手を見つめた。
最近タンポポタンポポ言ってるから、指がタンポポの花びらに見えてきた。危険な兆候に思える。
「さあ、修行に戻るです。今日はオークの集落をぶっ飛ばすです!」
「お、押忍!」
修行8日目。
ついに爆散の道を捉えた。
ヒントは地面の下にあった。そう、タンポポの根っこだ。
パンチがヒットした瞬間、魔力をタンポポの根のように打ち込むのだ。
思えば、ピュー様の英雄結晶に祈りを捧げる際に、クー様は大きなヒントをくれていたのだ。
とりあえず、オークの集落を1つ壊滅させた。
その中で、1体だけ爆散できた。
この感覚を忘れてはならない。爆散! 爆散!
修行9日目。
クー様が言っていたように、有り余る魔力というのは本当に修行に向いており、何度も失敗を繰り返して、練習に励んだ。
これがどれくらい凄いのか馬鹿な僕にだってわかる。
魔力が無くなれば休みの時間を挟むわけだけど、その間に前回の感覚は少しずつ消えていっちゃう。でも、今の僕はそれがなく、1回前の感覚がホカホカなうちに次の練習ができるのだ。
そのおかげや英雄信仰の効果もあって、この日のうちに、僕は意識をすれば爆散できるようになった。
この日はまた遊びの時間があり、レイン様が修行で覚えた空を飛ぶ魔法を使い、僕を抱えて遊泳区域を飛んでくれた。
抱っこされているからかレイン様の指が僕の乳首に幾度となく当たり、この前みたいに変な気分になった。
そんな気分になっていると、唐突に甲高い笛の音が鳴った。
どうやら海辺の安全を守る監視員さんが鳴らしているようだ。
監視員さんはレイン様と同じように空を飛ぶと、僕らのところにやってきた。
「アァーウトですよーっ!」
監視員さんが叫んだ。
それから、レイン様だけ連れていかれて説教されていた。
「ちぃ、お堅い連中ですぅ。貴族だったらもう結婚しててもおかしくない年齢だってのですよ、もう。まあ浜辺でやるなってのはその通りですけど」
そんな文句をぶつくさ言いながら戻ってきたレイン様に、僕は謝った。
「もしかして、空飛んじゃダメだったの? レイン様だけ怒られてごめんね」
「キュン」
そう言った僕に、たまに口にする謎の言葉を言ってからレイン様は微笑んだ。
「違いますよ。あのお姉さんはなにか勘違いをしちゃったみたいなんです。だから、ロビン君は心配しなくて大丈夫です。さっ、遊びましょう!」
「そうなの? 良かった!」
「じゃあ今日は浅瀬で泳ぐ訓練をしましょう。私がロビン君のお腹を支えてあげます」
「わぁ、ホント? やりたい!」
レイン様はホントに優しいな!
修行10日目。
すっかり爆散できるようになった。
オーガの集落にぶち込まれ、なんとか壊滅させた。
冒険者の噂に出てくるオーガだけに、ゴブリンやオークが何だったのかと思えるほどに強かった。
それ以上に、謎のウッドゴーレム1体のほうが強かったわけだけど。
こいつに骨を折られない日はないし。
さて、爆散できるようになったけれど、僕はようやくタンポポ神拳の入り口に立てたにすぎない。姉弟子の妖精さんたちは、足でも爆散する。あの小さな体全てが狂気、いや、凶器なのだ。
まだ修行に日は残っている。頑張るぞ!
数日すぎて、修行15日目。
この頃になると、タンポポ神拳のいくつかの技を覚えられた。
でも、スマートに出せているとは言えない。
姉弟子の妖精さんたちは海を爆散させながら走れる。ああいうのを『息を吸うように爆散』というのだろう。やはりタンポポ神拳の道は険しい。まあ、姉弟子たちは妖精だから飛べるので、海を走る意味はあまりないけど。
修行期間はもうすぐ終わるけど、そんな妖精さんたちを見ていると、こんなものでは足りないことが実感できる。
引き続きこの村で修行したいという思いが、最近の僕にはあった。
武術の修行もそうだけど、文字や敬語を覚えたかった。文字の大切さは最初から知っているけど、敬語については、この村に来てからの僕には尊敬できる人がとても増えて、使いたいと思うようになったんだ。
追加の修行についての相談もしよう。
そして、技術指導の終了が目前に迫ったその日、事件が起きた。
しかも、僕も強制的に巻き込まれるという形で。
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