第22話 ロビン 綿毛世界


 僕の名前はロビン。

 妖精の大師範クー様に師事する見習い冒険者だ。


 英雄ピュー様を崇めることになった僕は、その日からさっそくクー様に武術を教えてもらうことになった。

 その武術の名は、タンポポ神拳というらしい。


 場所はダンジョンの中の花畑。

 全ての花がタンポポなので、タンポポ畑である。


 周りでは、クー様の弟子の妖精たちがタンポポさんにパンチをしまくっている。

 もはや僕の中の妖精さんのイメージは、ちっちゃいとかお花好きではなく、パンチであった。


「あのクー様。僕、タンポポをモロに踏んでるけど、大丈夫?」


「大丈夫です。タンポポもたまには踏まれないと堕落するです。踏まれることでたくましい子が育つです」


「そ、そうなんだ」


 厳しい世界だ。


「さて、ロビン君はまず防御の型を覚えないとダメです!」


「防御の型?」


「その通りです。ちょっとこの剣でクーに斬りかかってくるです」


 クー様はそう言って、どこからともなく剣を一振り取り出した。

 シャンと音を立てて、剣が地面に突き刺さる。その際に、一輪のタンポポが両断された。容赦ない世界だ。


「え。さすがにそれは」


「ロビン君の実力ではクーに花粉1粒分の傷もつけられないです。遠慮はいらないです」


「それは……そうかも。じゃあ」


 戦闘系の英雄教会の大師範は凄く強い。

 誰もがA級かS級冒険者くらいの実力があるそうだ。

 老師との修行で多少強くなった程度の僕では、きっと全然相手にならないんだろう。


 僕は地面に刺さった剣を引き抜いた。

 鉄の剣かな?


「行くよ」


 僕はクー様を信頼して、剣を振り落とした。

 今までの僕とは思えないほどの剣速だ。


 剣がクー様を斬りつけると思った瞬間。


 バキン!


 剣が弾かれた。

 終始腕組みをしたままだったクー様がクワッとした。


「これがタンポポ神拳の防御で使う魔法、マジックバリアなのです!」


「そういう感じなの!? 拳法だし、僕はてっきり腕でシャッてやるのかと思ったよ!」


「そんな無駄なことはしないです! マジックバリアで防御して、その間に力を溜めた拳で殴る! それがタンポポ神拳です!」


 ピシャゴーンとクー様は宣言した。


「でも、今のはタンポポ神拳の防御の中でもダメダメな部類です。これから基本にして奥義となるタンポポ神拳の防御の型を見せるです。もう一度剣を振るですよ!」


 僕は言われた通り、クー様目掛けて剣を振おうとした。

 しかし、その腕が振り下ろされることはなかった。


 手首に何かが当たったのだ。

 心構えしてなかったので、凄く痛い。修行してなかったら手首が折れてたかも。


 そんな僕を見て、クー様が回復魔法をかけてくれた。


「これがタンポポ神拳の防御の基本。相手の力が入る前の場所にマジックバリアを出現させて、相手の動きを封じるです」


「マジックバリアにそんな使い方が……」


「その姿は他の草花の領域に攻め入るタンポポの如し。これぞタンポポ神拳、防御の型『綿毛世界』です」


 タンポポってなんだっけ?

 魔物?


「ロビン君はまず、この技術を体得するです。そのためにはマジックバリアの大きさや形、色、出現場所を自在に操れなければならないです」


「マジックバリアってそんなことできるの?」


 ポーターとしてついていった冒険者パーティにもマジックバリアを使う人はいたけど、みんな同じ形だった。その形とは、ドーム型だ。

 かくいう僕も最近使えるようになったけど、やはり一律でドーム型しか出てこない。


「できるですよ。タンポポ神拳の防御の型と言いましたが、古の英雄たちは当たり前のようにやっていた技術です。当然、ピューを信仰する子はその技術の体得が容易になるです」


「ふむふむ」


「では、修行を始めるです!」


「はい!」


 というわけで、僕はタンポポ畑の外にある林に連れてこられた。

 それというのはつまり、タンポポ畑に多大な被害が出る類ってことじゃないのかな?

 僕は老師の地獄の特訓を思い出して震えた。


 クー様が僕の足首にポンと触れた。

 すると、足首に輪っかがついた。


「あ、あの、これは?」


「それは足枷です!」


 その足枷にはとても短い鎖がついており、地面に繋がっている。

 僕の視界がぐにゃ~とした。


「目覚めよ~ですぅ~」


 僕のぐにゃ~を知ってか知らずか、クー様は林の木をポンと叩いた。

 すると、そこには最近の僕が親の顔より見ているゴーレムの姿が。ただし、石ではなくウッドゴーレムというやつだ。棍棒を持っている。


「さあ、ウッド君1号よ、やるです! ロビン君はマジックバリアを張るです!」


 クー様が命じると同時に、ウッド君1号は棍棒を振り上げた。


「ひぃいいいいい! ま、マジックバリア!」


 今の僕はフェニックスポーションを飲んでいない。死んでしまう!

 僕は必死にマジックバリアを張った。


 棍棒がマジックバリアに接触すると、棍棒が弾かれる。しかし、それと同時にマジックバリアも砕け散った。

 だが、ホッとしたのも束の間、ウッド君1号は再び棍棒を振り上げる。


「ま、マジックバリア!」


 結果はまた同じだ。


 棍棒は迫力満点だけど、防げないわけじゃないんだな。

 僕はちょっと自信がついた。


「ちなみに、そんなマジックバリアの使い方をしていたらすぐに魔力切れで使えなくなっちゃうですよ」


「え? それはどうマジックバリア! っぶねぇ……」


「そのマジックバリアは広範囲攻撃から身を守るタイプのものです。食らうと前も後ろもなく全部が砕けるです。だから、今みたいな攻撃を防ぐ際には、ほかの場所を構築している魔力が無駄になるです」


「マジックバリア!?」


 僕は悲鳴の代わりにマジックバリアを唱えた。

 だってさっきからお話し中でも殴ってくるんだもの!


「コンパクトに……」


 クー様はそう言いながら、手のひらを前に出す。

 そこには前方だけを覆えるようなマジックバリアが。


「さらにコンパクトに……」


 別の方向へ手のひらを出す。

 今度は、クー様の体からするとラージシールドほどの盾が現れた。


「必要なだけ……」


 さらに、スモールシールドほどの盾を出現させる。


「出したいところに……」


 最後に小さなマジックバリアが今までよりも離れた場所に展開した。


「なにも考えずにマジックバリアを使ってはダメです。相手の動きを侵略できるマジックバリアを想像するです。綿毛世界とは受け身の防御に非ず、攻めの防御なのです」


「マジックバリア……」


 僕は返事の代わりにマジックバリアを唱えた。


 棍棒を振りかぶるウッド君1号の姿は恐ろしい。

 きっとその攻撃はとても痛いだろう。


 でも、恐れちゃダメだ。

 その先にはきっと魔力切れでなにもできなくなる未来が待っている。


 コンパクトに……。


「マジックバリア」


 コンパクトに……。


「マジックバリア」


 呪いの腕輪をつけていた時に老師が教えてくれた。

 正しい姿勢こそが最も疲れないのだと。


 僕はそれを忠実に守り、正しい姿勢でマジックバリアを唱え続けた。


「マジックバリア」


 何度も唱えていると、ふと、僕はマジックバリアが砕ける瞬間がわかった。

 それは目に見えているところだけではなく、死角になっている場所もだ。


「マジックバリア」


 さらに集中して唱え続けると、マジックバリアの形がわかるようになった。


 魔法の基礎である魔力操作を毎日のように行なった。だからか、マジックバリアのひび割れの形すらもわかるようになる。


「マジックバリア」


 集中だ。

 魔力操作の授業を思い出せ。


 やがて、僕の背中側にマジックバリアがなくなった。


「マジックバリア」


 いつしか僕は、自分とマジックバリアの境界がわからなくなった。

 僕がマジックバリアなのか、マジックバリアが僕なのか。


 いや、違う。マジックバリアも僕なのだ。

 僕の魔力でできているのだから。


「マリィッバリァ」


 そのうち、僕のマジックバリアは巻き舌気味になった。

 唱えすぎてマジックバリアという言葉自体がわけわからなくなってきたのだ。


「マィッバィア」


 この頃になると、僕の中でマジックバリアとは世界の一部なのではないかという疑問が生じた。


 すると不思議な現象が起こった。

 僕の脳裏に言葉が駆け巡ったのだ。


 ――マジックバリアとは僕の魔力で生じる。僕の魔力とは僕の生命活動の中で生じる。その生命活動を支えてくれるのは、この大自然。すなわちタンポポ……ですぅ。


 教えを乞うているからか、その言葉はクー様の声によるものだった。


 僕はその言葉に逆らわず、丁寧に丁寧にマジックバリアを張り続けた。


 ――僕はマジックバリア、マジックバリアは魔力、魔力は大自然……大自然はタンポポ、ならばそう、僕もまたタンポポ……ですぅ。


 いつしか僕のマジックバリアは詠唱を不要とした。


 ――相手の動きを侵略することタンポポの如し……ですぅ。


「相手の動きを侵略することタンポポの如し」


 やはり脳裏に浮かぶのはクー様の声で、それは僕の心に沁み込んでいく。

 沁み込んだものを心に刻むように、僕は復唱した。


 ――明鏡タンポポ。タンポポ止水……ですぅ。


「明鏡タンポポ……タンポポ止水……」


 まるで意味がわからない言葉が脳裏に駆け巡るけど、僕の心が森に佇む泉のように静まっていった。


 ウッド君1号が棍棒を振りかぶった。

 力が乗る前の手首に、僕は小さなマジックバリアを張った。

 この瞬間、ウッド君1号は初めて棍棒を振り下ろさなかった。


 ――相手の動きを侵略せよ……ですぅ。


「相手の動きを侵略せよ」


 ウッド君1号が横薙ぎに棍棒を構える。

 その肘が通る場所に小さなマジックバリアを張った。

 そのマジックバリアに肘が当たり、ウッド君1号の腕が変な場所で伸びきって弾かれた。


 ここから、ウッド君1号はもはや敵ではなかった。


 さらにウッド君2号やウッド君3号も参戦してくるけど、僕のマジックバリアが全ての攻撃を力が乗る前に防いでいく。


 それから少しすると、唐突にウッド君たちが林に戻っていった。

 そうして、本来の姿である木に戻った。


「よくぞ、綿毛世界を体得したですぅ!」


 クー様がクワッとして言った。


「あ、ありがとうございます。最後の方はなんだか不思議だったんだ。自分とマジックバリア、それに自然やタンポポと一体となったというか」


「それこそが侵食、すなわちタンポポです」


「これがタンポポ……こっわぁ……」


 え、僕は大丈夫なのかな?

 この道の果てにタンポポになってしまうなんてないよね?

 きゃはは、と笑うクー様を信じたい。


「まあなにはともあれ。今日の修行は終わりです!」


 見れば辺りはすっかり夕暮れ色に染まっていた。


「え、もうこんな時間!? 何時間やってたの?」


「9時間です」


「9時間……く、9時間!?」


 まだ時計の読み方に不慣れなのでパッと理解できなかったけど、よく考えてから凄くビックリ。9時間だと朝から晩までだよ!


 でも、たった9時間でこの技術を体得できたのは驚くべきことだ。

 やはり英雄信仰による技術習得速度の上昇は凄い。もちろん、クー様の教え方も良いのだろう。


「でも、僕の魔力はそんなにあるの? 数えきれないほどマジックバリアを張ったよ?」


「忘れたですか。昨日まで飲んでいたフェニックスポーションは魔力も回復するです。その状態でずっと魔力枯渇と回復を繰り返していたロビン君は、とても魔力が多くなっているです。マジックバリアの効率化さえできれば、このくらい当たり前なのです」


「ぼ、僕にそんな魔力が……」


 先輩冒険者たちだって、マジックバリアはここぞという時にしか使わなかった。それなのに僕はたくさん使えるんだ。凄い!


「魔力や体力が多いというのは、修行に有利です。他の人が一日休まなければならないのに、ロビン君は休まずに修行できるからです」


 それはつまり、相応に厳しくなるということではないのかな?


 ひとまず今日の修行はあまりきつくはなかった。

 でもこれからはどうなのか。

 ……いや、ゴーレムに常に殴られそうになる修行は、一般的にヤバいのではないだろうか?

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