第18話 エメロード 大臣たちと
キャサグメとの会談から数日が過ぎ、妾は国政を担う大臣等の重臣たちを城に呼び寄せていた。
「急な話で申し訳ないが、3日後にキャサグメ男爵の村へこの場の全員で視察に行く。1泊2日の視察である。これは強制参加だ。また、護衛は3名、使用人は2名まで同伴を可能とする。追って詳細を通達するが、各々そのように仕事を調整するように」
その告知に、全員が絶望した顔になった。
わからんでもない。
というわけで、当日。
こっそり各家に送り込んでいる影衆メイドの話では、それぞれが遺書を書いたらしい。護衛と使用人は道連れになるので、きっぱり連れてこないという決断をする男気ある大臣もいた。これには妾も苦笑いである。
あの日、キャサグメたちは自らを『英雄結晶となった古の英雄本人たち』と名乗った。
そして、神からの命を受けたとも。
その真偽はともかくとして、そう名乗った連中が遺書を書かなければ会えないほどビビられていることに、なんとも面白さがこみあげてくる。
そんなこんなで3日後、ピカピカな冬晴れを予感させる朝日の中、明らかに寝ていない大臣たちが集合した。ちょっと可哀そうになった。
しかし、そんな顔もリゾート村に入るまでだった。
おーおー、驚いておるわい。
誰もが転移門のある高台で口をポカンと開けて放心してしまっていた。
まあ、そうなるわな。
あの会談で、『エメラルドブルーの海を見た感動の中に、是が非でも奪ってやろうという欲望を生み出してほしくない』とキャサグメは言った。
それは喩えではあるが、今この瞬間がそれだろう。
さて、どうなることやら。
まいど数日に亘って宿泊していては公務に響くので、今回の予定は1泊2日。
そのため、プールなど半日潰れるような遊び場にはいかずに、どのような村か知ってもらう予定となっている。
高台から貴族エリアへ降り、一旦ホテルまで向かう。
その頃になると、大臣たちに明確な畏怖が宿っていた。
おそらく、事前に武力を見ていなければやばかった、と考えていることだろう。
リゾート村を制圧できたとしても大臣たちの領地になるわけではないが、なんらかの利権を得られる可能性があるため、暗躍した自分を想像したのだろう。
ホテルで昼食を取る。
さて、今回の視察にはデュラン・ザライという侯爵も来ていた。
彼は大臣職ではなく、この国の東西南北をまとめる四侯爵の1人で、北方貴族をまとめる立場だった。
多くの貴族が、年末から年明けにかけて行われた王国会議が終了すると同時に領地へ帰ってしまったのだが、ザライ卿の領地は冬場の移動が危険であるため、逃げ遅れたのだ。
あと王国貴族学院に入っている娘を溺愛している男なので、心配で逃げられなかったとも考えられる。
『ザライ卿、もしよかったら娘も連れてきていいぞ』
この村に来る予定を告げた日に、ザライ卿にそう言ったのだが、『む、娘だけはご勘弁を……っ!』と言われた。苦笑いするしかなかった。
なんにせよ、丁度いいので連れてきたのだが、昼食を食べてすっかり顔色が良くなった様子。
「これは美味い」
『オークの薫香ハム』が気に入ったようで、おかわりまでしている。
「肉がいいのか、塩が良いのか……」
そう呟くのは、彼の領地が塩の産地である海に近いからだ。
アアウィオルは塩の値段の上限が決まっているが、下限は決まっていないため、ザライ侯爵領は最安値で塩が手に入る。そのため領地では塩を使った保存食を盛んに作っているのだ。
「そういう物を作る技術も先ほど説明した学園島で学べるそうだぞ」
「秘伝ではないのですか?」
「中には教えてくれない技術もあろうが、この地を見てわかる通り、領地を盛り立てる知識も多かろう」
妾の言葉を受けて、ザライ卿は思案顔。
大臣勢の中に自分が連れてこられた意味を理解したのだろう。
妾は、子供たちが明るく暮らせる国を作りたいわけだが、それは王家直轄領の中だけの話ではない。ザライ侯爵領も含まれるのだ。
「さて、諸君。大体どのような村かはわかったと思うので、食休みを終えたら、午後は買い物に行くぞ」
妾がそう言うと、大臣たちは揃ってギョッとした。
「へ、陛下御自身でお買い物に出られるのですか?」
「うむ。この前、ずいぶん久しぶりに買い物をして、なかなか楽しかったからな」
妾は、もう20年近く店で買い物などしていなかった。最後にしたのは12の時だから、18年か。
「買い物をするにあたり、この村にはルールがある。1店舗で買えるのは5品までだ」
「購入制限をしているのですか?」
財務大臣がキランと目を光らせた。
「そうだ。そして、それは妾でも変わらぬ。お前らも守るように」
「陛下もなのですか?」
そう言ったのは内務大臣。40代の女性の大臣だ。
その顔は、キャサグメやばすぎるだろ、みたいな感じだった。
そんな内務大臣に、妾の弟のカイルが言った。
「内務大臣。観光島は遊びの場なのだ。我々の財力ならば店舗ごと買えてしまう店もあろうが、それは
購入制限については様々な考えた方があると思うが、カイルはそう考えているらしい。
そういえば、妾も子供の頃、金貨1枚を握りしめて、これで物を買えるかとドキドキしながら屋台に突っ込んだものだ。まあ、友人となった少女にアホを見る目で見られたが。
思えば、この村での買い物はその時と似た気持ちになる。
というわけで、買い物に出かけたのだが。
「財務大臣殿。少し融通してくださるかしら? 王都に帰ったらすぐに返しますわ」
内務大臣のそんな声が聞こえた。
そして、それは内務大臣だけでなかった。
「なんだお前ら。お小遣いを持ってこいと詳細の通達でしておいただろうが」
妾は呆れて言った。
「はい。ですが村だと聞きましたので……」
「むっ、それは違いない」
近くの村に行くのに、大金を持っていくやつはそういないだろう。
もし何かを買うにしても、貴族なのでツケが利くと考えるのが普通だし。
これは妾の伝達ミスだったか。仕方ないな。
「財務大臣もあまり持ってきていないようだな。仕方ない、妾が貸してやる。王都に帰ったら3日以内に返すように。利子は不要だ」
全員にめちゃくちゃ恐れ多い顔をされた。
まあ、国王に買い物用の金を借りるなんて、たぶん、一族規模で初めてのことだろうし。
内務大臣は金を借りると、メイドたちと共にルンルンしながら美容品店に入っていった。やつも女だからな。
今晩、ホテルでエステをしてもらえるようにキャサグメに言っておいてやろう。
大臣たちに金を貸し終わり、妾も内務大臣と同じ美容品店に入ると、そこには先にザライ卿がいた。
「なんだザライ卿。お前も美容品が気になるのか?」
「これは陛下! い、いえ、その、私ではなく娘と妻のお土産にしたく思いまして。しかし、どれがいいのか皆目見当がつきません」
「そういう時は店員に尋ねろ」
ザライ卿はハッとした顔をした。
さてはこいつ、初めてのお買い物だな?
最終的には良い買い物ができたようで、ザライ卿はニコニコしていた。
その晩、妾は大臣やザライ卿を招集して、小会議を行なった。
キャサグメは呼んでいない。やつがいると、大臣たちも発言が鈍るだろうからな。
入室した内務大臣を見て、他の大臣たちが目を見開いた。誰お前、みたいな顔だ。
「陛下、遅れて申し訳ございません」
「いや、妾もいま来たところだ。それに、お前にエステをしてもらえるように話を通したのは妾だからな。それでどうだった?」
「最高にございました!」
妾が問うと、内務大臣はニコニコしてそう言った。
化粧も学んできたようで、いつもの厚化粧ではなく薄く化粧をしている。それなのに、いつもより遥かに美しくなっていた。
こいつはもう堕ちた様子である。
そんなふうに始まった小会議だが、まずザライ卿が核心に触れてきた。
「陛下。キャサグメ殿は、その……神に関わる人物なのでしょうか?」
まあ、その可能性は普通に行きつくよな。
他の大臣も頷いていた。
「お前もそう思うか」
「はい。迎賓館の襲撃があったあとに、私なりにキャサグメ殿について調べたのですが、一切の出自がわかりませんでした。そこに来てこの町……村です。そこからそのように考えた次第にございます」
世の中の人は、英雄結晶があるため英雄の誕生に敏感だ。
英雄の卵と思しき傑物はみんなが注目し、吟遊詩人が歌い、噂は国境を跨いで伝播する。
しかし、ザライ卿が言うように、妾もまたキャサグメたちの情報は一切手に入らなかった。
『この村にいる大師範は、全員が英雄結晶になった古の英雄本人です。我々は創造神様の命によりこの地上に再びやってきた者たちなのです』
妾は数日前にキャサグメから打ち明けられたことを思い出す。
妾はこの話を聞いたので合点のいった思いではあるのだが、限られた情報しかない貴族たちからすれば、依然、謎の多い一味なのだ。
「その件について、妾は彼らに正体を尋ねている。そして答えも貰った」
「それは、我々が聞いてもよろしいのでしょうか?」
「かまわん。彼らは遠海にある島の民なのだ。なんでも古代文明の系譜に連なるのだとか」
「なんと! ……失礼ながら、それはまことなのでしょうか?」
ザライ卿は、驚きのあとにすぐに疑い始めた。
「事実としてこの島があり、我々の知るどの文明よりも栄えており、キャサグメたちの出自は不明だ」
「それはたしかに……しかし、目的がわかりませぬ」
「目的も聞いている。ただ、これはこの場限りの話とせよ。できるか?」
妾がそう尋ねると、一同はゴクリと喉を鳴らして、頷いた。
「昼に説明をしたが、この村には30の英雄結晶があり、それぞれに大師範がいる。それらの英雄結晶の教義のいくつかが、『頑張っている者に幸せを運ぶ』というものらしい。もちろん、多少は違うが類似していると考えろ」
妾の説明に、一同は理解を示す。
英雄の教義には、似たものがたくさんある。
英雄は神から選ばれるため、あまりにも邪悪な教義を持つ英雄結晶は生まれないのだ。逆に『他者を慈しむ』『努力の推奨』のような教義は多い。
「例えば、内務大臣がやってもらったエステだが、あれもこの村にある英雄結晶の技術を用いている。その英雄は『幸せ者 ネイジー・レイジー』だ。本屋に行けば、その生涯が描かれた本が売っている」
買わなくちゃ、みたいな内務大臣。
一方、男たちは真剣な顔。
「二つ名が『幸せ者』ですか。となると、自分が幸せになるというわけではなく、他者を幸せにした英雄ということでしょうか?」
「妾も軽く読んだが、この英雄は健康や美容を通じて他者を幸せにし、その感謝から自分も幸せになっていった人物だったようだな」
「つまり、キャサグメ殿たちは、人がいる場所を欲したということですね?」
「そのようだな。やつらの目的は、自分たちが信仰する英雄の教えを遂行すること。だから、観光地や学び舎を開き、それで人々を幸せにしようと考えているのだろう」
全員がそれぞれ理解したように頷く。
「先ほどこの場限りの話だと言ったが、こういう目的ゆえに舐めるやつが出かねん。幸せになるという理由で、店の購入制限を越えようとする者とかな。幸せの定義は曖昧だ。ルールを守る者がバカを見るのは面白くあるまい?」
迎賓館で石に変えられたゲロス伯爵とか、いかにもやりそうだった。
とまあ、キャサグメたちの出自や目的についてそう説明したが、嘘である。
しかし、全部が嘘ではない。
キャサグメたちが創造神から授けられた目的は多数あるようだが、その1つが『この村に訪れた者を幸せにし、村に聖なる気を満たす』ことらしい。
これは、この地に神が降臨する際に必要なのだとか。
ちょっと理解を越えた話だが、なんでも、この島は7月にある『神の休暇日』で神が地上に遊びに来る地らしいのだ。
この言葉が真実かどうかは、神の休暇日の翌日にリゾート村へ来ればわかるそうだ。神の気が残っているのだとか。
そういうわけで、キャサグメたちはせっせとこの村で人を幸せにするのだそうだ。
それが神から命じられた任務の1つであり、妾の思想はいくつかの任務を全うするのに都合が良かったのだろう。
「観光地で人の幸せですか。……しかし、我々の文化が侵略されないでしょうか?」
農業大臣が難しい顔で言った。
「お前のいう文化とはどういうもので、誰のためのものだ?」
「そ、それは……」
「精神なのか、技術なのか、暮らしなのか、遊びなのか、その全てなのか。しかし、国内でも領地を越えれば文化は少しずつ違う。商人が持ち込めば文化は変わる。食える者にはよく見えるが、食えぬ者はあることにすら気づくまい。箸を取り上げられるわけでなし。祭りを止めろというわけでもない。文化の花は一度しか咲かないわけではなく、何度でも花開くのだ。ならば妾はリゾート村を利用して、アアウィオルを愛する国民が増えることを目指したい」
妾がそう言うと、一同は座ったまま頭を下げた。
「出過ぎた真似を致しました。陛下の御心のままに」
農業大臣が先ほどの発言への謝罪を口にする。
「いや、お前の言うことも正しいのだ。妾だって女を装飾品程度にしか見ていないゾルバ帝国の思想は嫌悪している。そのようなものが入ってきたらと思うとゾッとする。お前のような警戒心はアアウィオルになくてはならないものだ。これからも頼りにしているぞ」
「過分なお言葉、感謝の念に堪えません」
うむ、と妾は頷いた。
喩えにあげたゾルバ帝国は、アアウィオルの西にある国だ。魔境とダンジョンが少なく、そのため農業が非常に盛んである。
この国はどういうわけか、昔から女を蔑む傾向が強かった。
妾の戴冠の際にも外交官が祝いに来たのだが、めちゃくちゃ態度が悪かったな。その外交官をラインハルトとカイルが斬っちゃわないか、妾は心配だったものだ。
そして、この帝国思想にアアウィオル北西の領主であるゲロス伯爵が傾倒している節があった。
もう暗殺しちゃった方がいいのだが、あいつは殺せない理由があるのだ。マジで面倒くさい。
まあゲロスのことはいいのだ。
そのうちキャサグメ一味が処分してくれるかもしれないし。
「さて、妾は先ほどキャサグメに聞いた出自や目的について話したが、妾はこれが本当のことかわからん」
妾は話を戻した。
「ザライ卿はキャサグメたちを神にまつわる者かと考えたようだが、実のところ、妾もそれを疑っている。だが、神が関わる伝説ではその正体を暴けば往々にしてろくなことにならん。しばし様子を見ろ」
妾がそう言うと、一同は神妙な顔で頷いた。
伝説では、しばしば神が人に化けて出てくるものがある。
そういう話では、例えば、約束を破って正体を暴こうとしたりすると、神は去っていき、後悔だけが残る。
そんな話を引き合いに出して、妾はこの話をまとめた。
「さて、それでは今後の方針についてだ。リゾート村、特に学園島を利用しない手はない。お前らもここの料理を食べて、自分の家の料理人の腕を上げたいと思ったことだろう。だが、それだけで終わらせるわけにはいかん。職人を送る段取りなどをお前らに考えてもらいたい」
そんなふうに、妾はリゾート村の開村に備えて、着々と準備を進めるのだった。
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