第17話 エメロード マンガとシリアスな会談


 妾の名前はエメロード・アアウィオル。

 みんなご存じアアウィオル王国の女王である。


 妾はいま、キャサグメの案内で学園島を視察していた。


 う、うーむ、寮も素晴らしく綺麗だった。


 王都には王国貴族学院があり、妾も卒業したのだが……すまん、学園長。妾、息子をこっちの学園に入れたい。

 女王たる妾からしてもうこんな有様なわけで、王国貴族院はピンチであった。別の町には魔法学院もあるのだが、同じくピンチである。


 これは教員の育成もしたほうが良さそうだ。


 そんなことを考えていると、キャサグメが言った。


「こちらは大図書館です」


 それは非常に立派な建物だった。


 この村には建築家もいるとカイルから報告を受けていたが、たしかに見たことのないデザインだ。

 本を扱っているからか、他の建物と違ってガラス窓は少なく、それが反って権威めいたものを感じさせる。


 中に入った妾たちは、言葉を失った。

 見渡す限り本がぎっしり詰まった棚が並ぶさまは、まさに圧巻。

 この島はエメラルドブルーの海に囲まれていたが、内には本の海があったらしい。


 本は貴重なため、これだけでも莫大な財産だ。


「ここの本は自由に読むことが可能です。貸し出しもやっていますが、学園島から持ち出すことは禁じられています」


 王国貴族学院は潰れるかもわからん。


「どんな本があるのだ?」


 妾の弟のカイルが問うた。


「様々ですね。各国の歴史書、各種図鑑、職人向けの専門書、子供から学者まで学べる各種教材、魔法の初級指南書、絵本という子供向けの本などいろいろです」


「お、おぅ……」


「その中で私がお薦めしたいのはこちらのコーナーです」


 キャサグメの案内で、妾たちはそのコーナーへ足を運んだ。

 コーナーの案内板には、『マンガ』と書かれている。マンガというもののコーナーらしい。


「こちらはマンガという、たくさんの絵と文字を組み合わせて物語を紡ぐ表現方法を用いた読み物です。どうぞ実際にお手に取ってご覧ください。タイトルの下についている数字が若いものから順番に読み進めます。あと、複数人が読めるように同じ本が置いてあるのでご注意ください」


 マンガねぇ。知らぬな。

 むむっ。『魔天武神 レガ』というマンガがある。

 これはレイン・オルタスを指導していた教官が大師範をしている、この村の英雄の名だな。


「なるほど。これは英雄の教義を伝えるための教典なのだな?」


「ご明察にございます。通常の教典と違うのは、子供でも読みやすく、英雄の心情を追いやすいことでしょうか。しかし、英雄の軌跡に限らず、娯楽物語として使用されることもありますね」


「ふむ」


 妾がマンガを取ろうとすると、キャサグメが止めた。


「あっ、申し訳ありません。『魔天武神 レガ』は玄人向けです。ひたすら男が魔境やダンジョンに籠って修行しまくっている物語なので、オチもヤマもないのです」


「そうか」


 なにその頭おかしい英雄。

 しかしなるほど、『魔天武神 レガ』だけ続きの巻がないな。1巻で終わるらしい。


 妾はその隣の『幸せ者 ネイジー・レイジー 1』という本を手に取った。


「そちらは美容に生涯を捧げた女性の物語です」


「ほうほう」


 その説明を受けて、レオーネや供のメイドたちが読みたそうにした。

 1巻は複数あるので許可を出すと、そこだけ本が無くなった。


 さて、本を開くと、たくさんのマスの中にそれぞれ絵と文字が書かれていた。

 絵は目が少し大きくキラキラ輝いた、変わったものだ。ふむ、女性らしさを表現しているのだろうか? なかなか可愛らしく見える。


「これはどう読むのだ?」


 そう尋ねると、キャサグメは別の本を開き、妾たちに見やすいように広げて説明した。


 ふむふむ。右上からそうやって読むのか。


 なるほど……


 ふむ……


 ……


「おい、キャサグメ! 3巻がないぞ! ネイジーが大変なところなんだ!」


 妾が言うと、レオーネがサッと本を背中に隠し、メイドが涙目で献上してきた。うむ、大儀である。


「なんでお前らはそんなに読むの早いのだ?」


 妾は公務で書類仕事をたくさんしているし、こいつらよりも読むのが早いはずなのだがな。


「おそらく、彼女たちは効果音を読んでいないのではないかと思います」


 キャサグメが驚愕の事実を言った。


「は? そんなのありなのか?」


 もっと嘗め回すように読めよ。まったくまったく。


 …………


 ……


「ぐずっ!」


 ふいにそんな音を聞こえて隣を見ると、ラインハルトが涙ぐんでいた。

 手には『魔天武神 レガ』のマンガがあった。


「なんと寂しく美しい……」


 え、それ泣く話なのか?

 しかも1ページ目からまた読むの?

『幸せ者 ネイジー・レイジー』も面白いぞ?

 こっちにしよ?


 …………


 ……


「恐れながら陛下。そろそろお時間が」


 キャサグメが言った。

 その言葉に、妾はハッとした。


 窓の外を見れば、まだ明るいものの影の入りがかなり傾いている。

 よほど長時間読んでいたのか、一緒に来ていたアリーシャはスライムを抱えて眠ってしまっていた。近くには、先ほど説明にあった『絵本』と思しき本がある。


 レオーネやメイドたちは涙目になっているが、妾は心を鬼にした。


「か、帰るぞ……っ!」


 だって、あと10巻もある。

 とてもじゃないが読み終わらない。


「これはここだけにしか置いていないのか?」


「いえ、マンガは観光島の本屋にもございます。1冊大銀貨1枚と少々高額ですが」


「これだけのものが大銀貨1枚なら安いと思うが」


 大銀貨というと、中級の宿に泊まれる値段だ。平民ではたしかにまとめて買うのは難しいだろうが、英雄の人生を追体験できる本がその値段で買えるのなら安いと思う。


 英雄結晶は努力の成果を引き上げる効果があるわけだが、マンガを読めばそれが最高点にまで達するかもしれない。それは凄いことだった。


 後ろ髪を引かれつつ、妾たちは大図書館をあとにした。


 うーむ、マンガかぁ。

 どうやって作るのだろうか?




 視察最終日の晩のことだった。


 夕飯を終えた我々は、キャサグメと会談することになっていた。

 こちらのメンバーは、妾、ラインハルト、カイル。

 リゾート村からは、キャサグメ、犬耳メイド、仮面の男。2名はキャサグメの後ろで立っていた。


「夜分にお時間をいただきまして、ありがとうございます」


「いや、構わん。貴族の領に視察に行けば、毎晩会談することもあるからな」


 その点で言えば、キャサグメたちは慎ましやかだった。

 一緒にいても出しゃばらないし、夜に会談の申し入れは今回以外になかったのだ。

 グイグイ来ないので、迎賓館襲撃の件を抜きにすれば、こいつはかなり付き合いやすい貴族と言えた。


 ただ、お前はグイグイ来いと。お前としっかり会談しなくて誰とするのだと。


「こちらからもいくつか質問したいことがあるが、そちらの要件は?」


「私どもの要件は最後で構いません」


「ふむ。まあどちらでも構わん。それではこちらから質問させてもらうが、答えたくない質問は答えなくても構わん」


「ご配慮感謝いたします」


 普通なら女王である妾がこんな配慮するはずもない。

 ただ、無理に聞いてアアウィオルを去られても馬鹿らしい。迎賓館で襲われ損だ。それこそ王家の権威が地に落ちる。


「さて、お前らの町……村? とにかく、村を見させてもらった」


「楽しんでいただけましたか?」


「うむ。それと同時に妾なりに迎賓館を襲った理由も想像がついた。しかし、お前の口から聞いておきたい。なぜ迎賓館を襲った。お前はあの1件を抜かせば、比較的真っ当な人間性と言えよう。まあ貴族の礼には欠けるかもしれないが……とにかく、あれだけが極めて非常識だ。なぜ正当な手順を踏まなかった。お前らなら貴族になる手段はいくらでもあっただろう」


「その件に関しましては、改めてお詫び申し上げます」


 キャサグメはそう言うと、素直に頭を下げた。


「前提として、このリゾート村を癒しと学びの発信地として、この大陸のどこかに繋げるのは確定事項でした」


 妾は黙って頷き、先を促した。


「我々が迎賓館を襲ったのは、アアウィオル王国の貴族の皆様と良好な関係を築くためです」


 まあ、それしかないよな。

 妾はため息交じりに尋ねた。


「それほど死んだと思うか?」


「我々はそう考えています。これは当事者になったであろう陛下のほうが、我々よりも正確に推測できるのではないでしょうか?」


「……死ぬまでいくかはわからんが、王家も無傷では済まなかっただろうな」


 この村の様子を見て、キャサグメ一味が迎賓館を襲撃した意図を理解できない王侯貴族はおるまい。


 この村には、巨万の富を得られる物や技術が無数にある。

 妾と同じような傾国レベルの美女や美男子も非常に多い。

 種族も、エルフ、ドワーフ、妖精、獣人などなど、多種多様。

 土地自体も素晴らしい。

 特に転移門が4対あるとか、どうなってんだと。


 通常の方法で貴族になった場合、あるいはどこかに自分たちの国を作った場合、彼らの異常な強さは誰にもわからない。


 ぽっと出の貴族あるいは国家がこのような美味しそうな物を多数所持していたら、どう考えても血の雨が降る。降らないわけがない。


 絶対王政と封建制の国がほとんどのこの世の中でこれだけのご馳走を見せて、最初にお行儀よく話し合いの交渉をしてもらえると思うほうがどうかしている。

 というか、交渉する側だって、何を提示すれば転移門や高度な技術を貰えるか見当がつかないので、脅迫以上のことをするしかなくなるだろう。


 これは絶対王政のこの国の女王たる妾だって同じだ。


 妾にとってなんの思い入れもなく、過去の歴史や恩義もない新米貴族が転移門なんぞ持っていたら、普通に接収するわ。だって、この村に来るなら転移門が1対あれば十分で、転移門があれば国が富むのだから。


 断れば軍や影衆を差し向けるし、受け入れれば褒美は取らせるだろうが、転移門に代わる褒美なんて用意できない。せいぜい爵位を上げる程度だろう。


 これはあくまで王家と新米貴族の2つしか勢力が出てこず、与える領地の場所も考慮しない仮定だ。実際には他の貴族もどちらかに加勢あるいは独自に動いて、スピード勝負の奪い合いに発展していくこと……にはならないだろう。


 キャサグメは人が死んだと言っているが、たぶん嘘だ。

 おそらく、そうなる前に、迎賓館襲撃なんか目じゃないほどの恐怖で、全ての王侯貴族が黙らされたに違いない。


 結局のところ、キャサグメたちが武力を使わない選択肢はないのだ。

 それが最初になるか後になるか、そして被害者と加害者の関係がどうなるかでしかない。


「貴族は爵位を強さの基準にして喧嘩をしますが、判断を誤ってほしくない。エメラルドブルーの海を見た感動の中に、是が非でも奪ってやろうという欲望を生み出してほしくはないのです。この村は癒しと学びのリゾート村なのですから。それがあの日、迎賓館を襲撃した理由です」


 キャサグメはそう言った。

 これが迎賓館を襲った理由であり、おそらく嘘はないと思う。


「わかった。この件はこれで水に流してやる。だが、二度とするなよ」


「はい」


 こう言った妾だが、むしろ、被害者になってから反撃する方針を取らなかったキャサグメに好感すら覚えていた。普通なら遠慮なくぶっ飛ばして、賠償金を奪うところなのだから。


 まあ、迎賓館襲撃のせいで妾は大恥をかき、大変に怖い思いをしたわけだが……意地を張っても仕方ない。勉強代と思って飲み込もう。


 ラインハルトにもあとでしっかりと言い聞かせなくてはな。

 王都の防衛を担う騎士団の総長であるラインハルトも、あの1件は大変に悔しかったはずだから。夫のフォローは大切なのだ。


「では次の質問だが――」


 そんなふうに妾は質問をしていったのだが、キャサグメは普通に答えてくれた。

 もう少し隠し事をするかと思ったが別にそんなことはない様子。


 いくつかの質問を重ね、妾は言う。


「まだ会談を続けたいと思うが、ここらでお前の要件を聞いておこうか」


 こちらからの質問ばかりでは心証があまりよろしくない。

 なので、最後でいいとは言われたが、質問権をキャサグメに譲った。


 キャサグメは頷くと、真剣な顔で言った。


「ひとつ伺っておきたいことがございます」


「申してみよ」


「女王陛下はアアウィオル王国をどのようにしたいのでしょうか?」


 駆け引きなどない直球な質問だった。

 なるほど、これは信頼も実績もほとんどない新米貴族ではできない質問だ。政治の中枢にいる忠臣と、酒を飲みかわしながらひっそりと語らう類のものだろう。


 ふと見れば、後ろにいる2人が真剣な眼差しで妾を見つめていた。


 直感した。

 この質問を間違えると、キャサグメたちは去っていくような気がする。


 こいつらの力を使えば、この世を統べる王にもなれよう。

 戦記を描いた演劇では、そのような大願を語る王に優秀な部下が従う場面がよくある。名場面として描かれやすいが、キャサグメたちはそんな答えを望んではおるまい。


「この視察でご覧になった通り、我々の技術力は現在ある全ての国を遥かに凌駕しています。女王陛下のお考えを知らなければ、どこかで道を踏み外す可能性もございます。ですので、女王陛下の望むアアウィオル王国の未来をお聞かせ願いたく存じます」


 キャサグメの言葉に、妾の脳裏に今は亡き家臣の笑顔が駆け巡る。


 死ぬ間際まで笑顔を絶やさなかった少女。

 たった12歳で死んでしまった私の2人目の|家臣(こぶん)――


「……お前はこの国の、いや、世界の子供たちが何歳で家を出るか知っているか?」


「はい。農民や裕福でない家の子は大体が12歳前後。冒険者などになって頑張っていますね」


 キャサグメの返答を聞いて、妾は大きく頷いた。


「妾が戴冠したのは5年前ことだったが、それから……いや、お転婆姫を終えたあの頃から妾の考えは変わっておらぬ。妾は子供たちが幸せになれる国を作りたい。誰もが温かな家庭で成人を迎え、それから巣立てる程度の豊かな国を作りたい。妾の力及ばず、未だ毛布の配布や税の免除程度のことしかできておらんがな」


「いえ、素晴らしい施策かと存じます。その種は必ずや芽吹きましょう」


 まあそのおかげで一部の貴族からケチと言われていたが。


 毎年大量の毛布を用意するには、当然金がかかる。

 それで税金を上げるのでは本末転倒なので、晩餐会での出費を抑えたり、妾のお小遣いを減らしたりすることで、その資金の足しにしていた。


 今回の視察旅行を素直に楽しめたのだって、リゾート村での宿泊費やエステ代が無料だからだったりする。

 ふふっ、新米貴族の村でそんなことをしていれば、それはケチだと言われるな。


「お前らも手伝ってくれるか?」


 そう問うた妾だが、すでに答えはある程度予想がついていた。


 キャサグメ一味をこの国に呼び寄せたのは、まず間違いなく妾だ。


 迎賓館の地図配り係。

 そして、村の招待を受けたカイルや妾の足元に花びらを頑張って撒く係。

 要所で使われていたあの幼女・ミカン。


 伊達や酔狂でそんなことはやるまい。

 キャサグメ一味は、最初から妾が目指す国がどういうものなのか理解して、この国に来たのだろう。


 キャサグメがいつもの食えない微笑みで返事をする――そう思っていた妾だったが、彼らの行動は予想外のものだった。


 キャサグメは椅子から立ち上がると、後ろの2人と共に妾の前に跪いたではないか。


「もちろんにございます。本日より、この村は女王陛下の思い描く未来を叶えるために調整させていただきます」


 その瞬間、妾はゾクリと背筋が震えた。


 迎賓館で見せた底知れぬ強さ。

 女王である妾ですら魅了する大都市を作り上げる技術力。


 この者らの助けがあれば、もう子供たちが凍えて死ぬことのない国を作れるかもしれない。


 手の震えを隠すために、握った手を肘置きから太ももへと下ろす。手の中はじっとりと汗ばんでいた。


「つきましては、我々の正体をお話させていただきます」


 その言葉に、妾はキャサグメたちが跪いたのと同じほどに驚いた。

 しかし、なるほど、それが彼らなりに妾へ協力する誓いなのかもしれない。


「ただ、この話はこの場限りで留めてください。現状では、もし他の者に知られると大戦争が起こる可能性がございます。特に神々を崇める神聖教会がまずい」


「凄く聞きたくないのだが」


「それならそれで構いません。我々が何者であろうとも、陛下のお手伝いをするのは変わりませんので。いかがいたしますか?」


 英雄教会は英雄結晶を残した『人間』を崇めるのに対して、神聖教会は『神々』を崇める。

 その総本山はアルテナ聖国といい、正直なところ、妾の目には神を使って商売をする商人に見えた。

 しかも、喩えるのなら犯罪すれすれのところを攻めまくる類の商人だ。なにせ神は本当にいるのだし、よくそんな恐れ多いことができるな、と妾としては思えた。


 やつらと事を構えるのは非常に面倒なのだが……知りたい。


「聞こう」


 妾がそう返事をすると、キャサグメは頷いた。


「これは、昼にご質問いただいた『古代遺跡から発掘された英雄結晶の教義がなぜわかるのか』というご質問への答えにもなります」


 それはこの後に聞く予定だった。

 しかし、その答えとの繋がりとはなんだろうか?

 遺跡を守っていた隠し里の一族とかだろうか?


 しかし、キャサグメが告げたのは、妾の予想を超えた衝撃的な話だった。


「この村にいる大師範は、全員が英雄結晶になった古の英雄本人です。我々は創造神様の命によりこの地上に再びやってきた者たちなのです」


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