第16話 エメロード 視察


 妾の名はエメロード・アアウィオル。

 アアウィオル王国15代目女王だ。


 妾はいま、キャサグメが作った村に来ていた。

 名前をリゾート村というらしい。


 カイルから説明は受けていたが……。


 なにこれ、王都より遥かに綺麗なんだけど。

 あと、村の要素が皆無だ。


 展望台から見える景色にもちろん感動はしたが、同時に激しく心配になった。

 この大都市に訪れた地方の者に、王都プークスクス、とか言われないだろうか。

 実際に、一緒に連れてきたメイドたちは感動のあまり、妾がいるのに小さな歓声を上げてしまっている。


 これは、妾の大切な王都のピンチである。


「陛下。そろそろ参りましょう」


 弟のカイルが余所行きの言葉使いで言った。


「う、うむ」


 カイルに言われて妾が歩き出すと、この町の少女たちが妾の足元にせっせと花びらを撒き始めた。可愛い。その中には、ミカンという例の少女もいる。


 カイルから聞いていた歓待の仕方だが、なるほど、なかなか優美なものである。


「お役目ご苦労だな?」


「「「はい!」」」


 元気に返事をする少女たちの姿に、妾の口元から笑みがこぼれた。


 ミカンか。

 ……やはり、そういうことだなぁ。




 午前中の軽い視察を終えて、妾はいまレオーネと共にエステなるものを受けていた。


 カイルの妻であるレオーネは、この町に来て大変に美しくなった。

 その秘密がこれのようである。


 妾にはエステを受けなければならない理由があった。

 レオーネとは並んで歩くことがしばしばあるのだが、その時、レオーネがピッカピカの美女で妾が普通の美女だったら、どちらが女王なのかわかりもしない。


 ゆえに、可能な限り、妾は美しくあらねばならんのだ。


 というわけで、メイドと共に施術の説明を受け、いざ実践。

 ムダ毛の処理から顔のマッサージなどあれこれやったが、妾が一番気に入ったのは、ボディエステだ。


「はわぁ……」


 体の中を走る魔力線を整える『魔力線エステ』、肌に活力を与えて強張った筋肉をほぐす『ポーションエステ』のコンボ。

 胸の重さと政務で凝りに凝った肩が、お転婆姫だった少女の頃のしなやかなものに戻っていく。

 影衆メイドから『人をダメにする至福』と報告を受けていたが、正直侮っていた。王宮でもマッサージは受けるが、完全に別物だ。


 ぬぅ、でも妾は負けない……っ!

 負けるものかぁ……き、キクゥ……っ!


「……陛下……女王陛下」


「ふぁ? はぅあ?」


「ボディエステが終わりました」


 ハッ!?

 ね、寝ていただと?


 その夜、ラインハルトが獣に成り下がった。

 お前、死ぬ覚悟をしたような感じでこの村に来てなかったか?




「こ、これを妾が着るのか?」


「はい。水遊びをする際に今のお召し物では不自由しますので」


 エステで磨き上げられた翌日。

 妾の前には、水着なる服が並んでいた。

 報告にあったが、大変にエッチだ。


「ぬぅ。レオーネはどれにするのだ?」


「わたくしはこれですわ」


 レオーネはそう言って、隣に立つメイドに水着を広げさせる。


「お、おヘソが出てしまっているではないか」


「ちょっと冒険してみようかと思いまして」


 レオーネはそう言ってもじもじした。

 こやつはカイルと共にすでにこの村に来ているので、若干の慣れがあるのだろう。


「ぬ、ぬぅ……しかし、妾は女王だし……ぬぅ! では、これにしよう」


 妾は女王だし、あまり煽情的な格好をするわけにもいかない。

 昨晩、ラインハルトが獣に成り下がったことからもわかる通り、今の妾は神々しさを纏った女王である。

 おヘソなどを晒して、近衛騎士に本気で惚れられてしまっても困る。うむ、大変に困るな!


 なので、肩や太ももから先だけ露出したアイバックなる水着を選んだ。胸元やわき腹辺りは花の意匠で編み込まれ、肌が透けて見えるようになっているのがポイントだ。腰回りにはパレオという華やかな布も巻いておく。


 というわけで、着替えてみる。


「ふわぁ、大変お似合いです!」


 メイドがキラキラした目で言った。


 鏡を見る妾もそう思った。

 凄くカッコイイ美女がそこにいた。


 新緑のように鮮やかな緑の髪をかき上げると、メイドたちが小さな歓声をあげた。はっはっはっ、はしゃぐでないわ。


「どうだ、アリーシャ?」


 妾はレオーネの娘であるアリーシャに尋ねた。


「とてもお似合いです」


「そうかそうか! アリーシャも可愛いぞ」


「っっっ!」


 妾が褒めてあげると、アリーシャは顔を赤らめて、スライムをもちもちした。可愛い。


 それぞれ水着に着替えた供を連れて、妾は颯爽とプールへ向かった。


 ギラギラした太陽に反して、水が煌めくプールがなんとも涼やかだ。


「待たせたようだな」


「「っっっ」」


 先に来て待っていたラインハルトとカイルが、妾たちを見てもじもじした。


 妾はシャランと髪を払ってみせた。

 すると、水着に帯剣姿の若い男性騎士たちが一斉に片膝をついた。


「うむ、良い忠誠心だ。しかし、遊びに来ているのだからもう少し楽にしてよいぞ。はっはっはっ!」


「え? あ、ハッ!」


 妾がそう言ってやるが、男性騎士たちは立とうとしない。

 ふふっ、まあ騎士に忠誠心があるのは良いことだな。好きにさせてやろう。


 それから妾たちはプールを満喫した。


 ウォータースライダー、超楽しい!


「ひゃっふーい!」


 かつてお転婆姫だった頃の血が騒ぐ!




「じゃないわ!」


 あぶない!

 この村、あぶない!


 妾は遊びに来たわけではないのだ!

 視察、しーさーつ!


 というわけで、この日は視察をすることにした。


 観光島に目が行きがちだが、為政者として注目すべきは学園島だ。

 まずはレイン・オルタスの戦闘訓練とやらを見ておこう。


 ラインハルトやカイルを筆頭に供を連れて、大きな橋を渡って学園島に入ったのだが。


 高台からも見えていたものの、足を踏み入れて近くで見た学園島の光景に、妾たちは圧倒された。


 観光島にも3階建ての建物は多くあったが、ここは見上げるほど巨大な建物がいくつも建っている。

 建物は四角形のものが多く、それだと普通は無骨で面白みのない印象になりそうなものだが、ガラス窓がふんだんに使われているためか、むしろ合理性や明るい印象が強い。


「これは砦ではないのか?」


 だが、ラインハルトがそう呟くのも理解できる。職業柄、何万人も収容できる軍事施設に見えるのだろう。


「この学園島には、主に3つの用途の建物がございます。1つは生徒用の寮。1つは各学習施設。1つは英雄教会です。その他には事務管理棟や倉庫などもございますが、学園島を利用する方で関わりが深くなるのはその3つです」


「ふむ、やはり英雄結晶があるのか。いくつある?」


「30にございます」


 キャサグメの言葉に、その場の全員が息を呑んだ。


「ま、まて。キャサグメよ、まさか英雄結晶を略奪したのではあるまいな?」


 妾が一番に心配したのはそれだった。


 英雄結晶はかなり大きなものだが、移動が可能だ。

 英雄の教義が正しく継承されていれば信徒の努力の成果を上げるため、歴史上、英雄結晶を巡る戦争が数多く起こっている。


「ははっ、まさか。英雄結晶はあるところにはあるものです。たとえば、古代の都の遺跡などにですね」


 あー、そういういわくのものか。

 魔境に飲まれている古代遺跡は多く、そういうところからはたびたび英雄結晶が見つかる。ただ、そういう由来のものは問題もあった。


「ということは、教義が継承されていない英雄結晶が多いということか……」


 そう、教義が途絶えているため、なんら効果がないのだ。

 ところがキャサグメがとんでもないことを言い始めた。


「いえ、全ての英雄の教義が完全に継承されています」


 妾は泣きそうになった。

 言っていることが、ぜんぜんわからないんだもん。


「……なぜ遺跡から発掘されて教義がわかるのだ」


「それはあとでお教えいたします。知っている人間は少ないほうが良いことですので」


 この場には騎士やメイドたちもいるため、妾は頷いた。


「それでは、まずはレイン殿の訓練からご案内いたします」


 こうして、学園島の案内が始まった。




「こちらは魔法学習棟にございます。本日のレイン殿は魔法操作の学習をしております」


 案内されたのは、これまた大きな建物だった。

 どうやら、各施設は旗やタイルで認識できるようになっているようで、この建物は杖のマークがそこかしこで見られた。


「集中を要する訓練ですので、別室からの見学となります」


 案内された部屋はガラス張りで、その向こう側に白騎士レイン・オルタスと見覚えのない少年がいた。教官と思しき人物は初めて見る者で、白髪白髭の老人だった。


「あやつらはこちらに気づいてないのか?」


「このガラスは特殊な加工をしておりまして、向こう側からはこちらが見えません」


 ふむ、それはなんとなく想像がつく技術だな。


「あのご老体は?」


「彼はマオといいます。『魔天武神レガ』という英雄の大師範です」


「大師範につききりで指導を受けるのか」


「人が増えた場合は師範代などが教えることもあるでしょうが、まだ生徒がいませんので」


 そんなことを話している間にも訓練は行なわれているようだった。

 ガラスで作られた等身大の人形の前に座り、なにかをやっているようである。


「あれは何をしているのだ?」


「本日は魔力の操作を学習しています。こちらに彼女たちが使用している魔道具と同じ物をご用意いたしましたので、どなたか体験してみますか?」


「ならば妾がやろう」


「待て待て」


「い、いえ、ここはわたくしめがやります!」


 ラインハルトや騎士たちがごちゃごちゃ言うが、やれせてよ!


「できる限り目の前のガラス人形と同じ姿勢を取ってください。そうしましたら、この紐をそれぞれの手で握ります」


 ガラス人形は椅子に座っているので、妾も目の前の椅子に座り、キャサグメに渡された紐を握る。

 すると、ガラス人形の腹の中に紫色の靄が現れた。


「陛下は魔法をお使いになられますね?」


「うむ。自衛程度だがな」


 キャサグメは頷いて、説明した。


「こちらの紫色の靄は陛下の体の中にある魔力とリンクします。陛下が魔力を動かせば、この紫色の靄もまったく同じ動きをします」


「ふむふむ。つまり、妾の魔力はいま腹にあるということか」


「その通りです。厳密には体中に微量な魔力がありますが、大きな魔力はお腹にございます。微量な魔力は設定を変えると見えるようになります。一旦そちらに変えましょう」


 キャサグメがガラス人形の座る椅子を触ると、なるほど、ガラス人形の中に非常に細かな魔力の線が無数に姿を現した。


「非常に美しい魔力線です。この線に異常が起こると、病になったり肩こりをおこしたりする原因の一つになります」


「魔力線エステはこれを正したということか」


「その通りです。さて、この設定は上級者が行なうものなので、先ほどの設定に戻します。では陛下、腹部の魔力を右手に動かそうと強く念じてください」


 そのくらい簡単だ。舐めないでもらいたい。


「むぅん!」


 妾が頑張ると、紫色の靄はたしかに右手に移動した。しかし、目にも移動してしまっている。


「えぇ? なぜ目に移動したのだ?」


「それは陛下が強く念じたため、目に魔力が流れたのです。ではリラックスしてください」


 リラックスすると、移動した魔力が全て腹に移動した。


「では、もう一度魔力を右手に移動してください」


 だが、今回も少し目に移動してしまう。


「不良品なのではないか?」


「いえ、これでいいのです。ではしばらく同じことを繰り返してみてください」


 これは変な役目を買ったか?

 騎士にやらせて、レイン・オルタスの訓練説明を受けていた方が良かったかもしれない。


 そう思いながらもしばらくやっていると、次第に目に行く魔力が減り始めた。

 それと同時に、なんとなくコツが掴めてきた気がした。

 半刻(※15分)もすると、完全に右手だけに魔力が流れるようになっていた。


 メイドたちが小さな歓声をあげて拍手する。

 やめて、恥ずかしいから。


「これが魔力操作の学習です。両手両足、腹部で高速回転、全身に満遍なく、と。そんなふうに魔力を自在に移動させられるようになることで、放たれる魔法の質は格段に向上します。このガラス人形はその学習を手助けするわけですね」


「なるほど、便利なものだな」


 これ、超欲しいんだが。

 息子たちの魔法訓練に使わせてあげたい。


 妾がジッと見つめるが、キャサグメはこの眼差しをまさかのスルー。

 くれよ!


 レイン・オルタスの訓練は地味なので見学はそう時間を要さずに終わった。


 案外まともな訓練を受けていたので、これはなかなか期待できそうだ。

 白騎士は魔法も剣も使うので、魔法の技量が上がったレイン・オルタスは、白騎士として自信を取り戻せるかもしれないな。

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