第13話 ロビン 修行前準備
翌日、僕はシキさんに案内されて、学園島の広場に来ていた。
学園島の広場といっても、僕が暮らしていた村の広場と同じと思ってはダメだ。王都の広場より立派だもん。
どうやら、僕のほかにももう1人、技術指導を受ける人がいるようだ。
装備を見るに、なんと、女性の白騎士様だ。
歳は18歳くらいのお姉さんで、僕を見るととてもホッとした顔をした。
でも、どうして白騎士様が技術指導なんて受けるんだろう?
王都を守る白・黒騎士団の騎士様たちは、冒険者で言うなら誰もがC級以上の実力を持っているって話だ。
あくまで最低でもC級だよ? 強い人たちもゴロゴロいて、そういう人はS級冒険者だって敵わないんだって。
このお姉さんがどのくらい強いのかはわからないけど、ここで学ぶようなことがあるのかな?
シキさんが僕と白騎士様を引き合わせてくれた。
「レインさん、こちらはロビンさんです。ロビンさん、こちらはレインさんです。お2人は今日から共に修練に励んでもらいます。寮は違いますが、食堂などで会うかもしれませんね。仲良くしてください」
男子寮と女子寮の間には食堂があり、男女共通エリアになっているのだ。
「よ、よろしくお願いします。一緒に頑張りましょう」
白騎士のレイン様から挨拶されて、僕は緊張しながら挨拶を返した。
「はい、よろしくです!」
レイン様はシキさんを気にしている様子だけど、どうしたのかな? ビクビクしているように見えるけど。
うーん、もしかしたら、シキさんは引退した先輩騎士様なのかもしれない。そうでなければ、白騎士様がビクビクする必要なんてなさそうだし。
「あ、教官役の人が来ましたよ」
シキさんが言うのでその視線を追ってみると、白くて長い髭のお爺さんがこちらに歩いて来るところだった。
お爺さんだけど腰は曲がっておらず、いかにも強そうな人だ。
「シキよ。この子たちが初めての生徒かい?」
「はい、老師。2人とも、こちらはマオ老師です。老師とお呼びください」
「ロビンです。よろしくです!」
「れ、レイン・オルタスです。よろしくお願いします」
「うむ。元気があってよろしい。それで2人はどのコースにするのじゃ? まずはレイン嬢ちゃん」
「ど、ドラゴンコースです……」
「ドラゴンコースは極めて過酷じゃ。もし、他の者から無理やりそうするように命じられたのならばやめておくがいい。わしはお主の意思を聞きたい。他のコースでも今のお主よりも遥かに強くしてやれるぞ?」
そんなに厳しいんだ。
けれど、レイン様は希望を変えなかった。
「ど、ど、ドラゴンコースでお願いします……っ!」
「ふむ、覚悟はあるのならば良かろう。ではロビン坊。お主は?」
「ど、ドラゴンコースです!」
「聞いていた通り、とても過酷じゃぞ? 肉体は死なんことは保証するが、心が死ぬ可能性は十分にあり得る。それでも受けるか?」
え、新情報!?
レイン様も「ひぅ!」と言ってるし。
でも、僕は強くなりたい。
そして、僕たちみたいな子を少しでも減らしたいんだ。
僕は怖気づきそうな心に喝を入れて、顔を上げた。
「はい、大丈夫です!」
「そうか。ほっほっ、最初の生徒からドラゴンコースか。活きが良いの」
そう、この戦闘の技術指導はコースを選択できた。
強くない僕でも最上級の訓練を受けることができるようだから、僕はドラゴンコースを選んだよ。
「ひぅうう……」
レイン様も同じコースを選んだけど、なんだか腰が引けている。きっとこの訓練は老師が言うように、とても過酷なんだろうな。
でも頑張るぞ!
ふんすぅ!
「それでは老師。あとはお願いします」
「任された」
「ロビンさん、頑張ってくださいね」
「はい!」
そう言って、シキさんは自分のお仕事に戻っていった。
また会えるかな。
残された僕らは、老師のお話を聞く。
「さて、お主らは英雄信仰にこだわりはあるかの?」
「僕はないです」
「わ、私もとくにありません。ただ、剣か魔法を使う英雄様がいいです」
「よろしい。では、まずは『魔天武神 レガ』を崇めるとしよう。ついてきなさい」
老師の後に続き、僕らは学園島の中を移動した。
やっぱりこの村にも英雄教会があるんだな。
まあそれはそうだよね。
ダンジョンや魔境と英雄結晶が町を発展させるって先輩冒険者も言ってたし。だから、英雄結晶が6つもある王都は大きな都になったんだろうね。
「老師、『魔天武神 レガ』ってどんな教義なの?」
「レガの教義は、武術と魔法の融合を極めること」
「……え、それだけ?」
普通は、みんなのために戦うとか、剣で名を上げるとか、そういうのを英雄の様々な想いや苦労話と共に教えてもらうのが教義なんだけど。
「うむ。そこに正義もなければ悪もなく、愛もなければ憎悪もない。ひたすらに武術と魔法の融合を修練し、それだけのことに生涯の全てを費やした男だ。しかし、その強さとストイックさだけは神々にも認められた」
はー、本当にずっと修行していたのか。
「ここじゃ」
そこには立派な英雄教会があった。
中へ入ると、最奥の祭壇に大きな英雄結晶が置かれていた。
「誰もいない……老師、大師範はいないの?」
大師範は、英雄の教えを信徒に教えるその英雄教会で一番偉い人だ。
戦闘系ならめちゃくちゃ強いし、職人系なら凄い物を作るそうだよ。
「レガの大師範はわしじゃ」
「老師は大師範様だったの!?」
「そうじゃよ」
すげぇ。
僕、大師範様に武術を教えてもらえるんだ。
「レガに祈る際には、武術と魔法を融合して戦う自分を思い浮かべるのじゃ。炎を纏って空を飛び、剣に雷を宿して敵を斬る。それで入信できる」
「わかったよ」
僕とレイン様は、英雄結晶の前でお祈りした。
すると、魂が熱くなるような感覚が過った。
これで信仰する英雄が変わったはずだ。
普通は大師範様の説法を聞いたりするので、とても早く終わった。
「この村には、ほかにも英雄教会はあるの?」
僕は、教会を出て歩き出す老師に聞いた。
「あるぞ。戦闘系が15、職人系が15、全部で30じゃの」
「「さ、30も!?」」
僕とレイン様は声を揃えて驚いた。
王都にだって英雄教会は6つしかない。厳密には、王家が管理しているゼリオロード様の英雄結晶を一般人は使えないから、5つだね。
これは英雄結晶を残せる人が本当に少ないからだ。
さらに、たとえ残せたとしても、教義が正しく継承されていない場合も多いんだ。そういう英雄結晶から得られる恩恵はとても低く、人気になりにくかった。王都にある『孤高の狩人トーマス』なんていい例かな。孤高だから、誰も彼の思想を知らなかったんだ。
そんなだから、英雄結晶をたくさん持っているこの村はとても凄かった。
「本日からしばらくの間はレガを信仰してもらう。それが終わったら、自分の人生に必要な技術を学べる英雄を信仰するといい。わしに気を遣う必要はないぞ」
「「はい」」
よーし、たくさん頑張って、シキさんをびっくりさせるぞー!
僕は改めて気合を入れなおした。
英雄信仰を変えた僕たちは、ダンジョンの門の前に立っていた。
「ここがお主らの修練場になる」
「ダンジョンで修練するの?」
「うむ。村の中ではどうしても手狭になるし、魔法も撃ちにくいからの。さっ、行くぞい」
そう言うと、老師はさっさとダンジョンの中に入っていった。
僕も慌ててそのあとを追った。
そこは草原の中に小規模な林が点在する野外型のダンジョンだった。
しばらく進むけど、とくに魔物とかは出てこない。等級が低いダンジョンなのかな?
「全然魔物が出てこないね」
「わしが威圧してるから魔物はよってこんのじゃ。お主らは許可するまで1人で遠くへ行ってはならんぞ。今のお主らが1人の時にここの魔物に出会ったら、まず間違いなく死ぬ」
「え」
なにそれ怖い。
「さて、この辺りで良いか」
老師は立ち止まると、僕とレイン様を地面に座らせた。
「修行を始める前に、知っておかなければならんことがある」
なんだろう、流派の基礎かな?
僕はワクワクした。
「お主らは強くなる過程を理解しておるか?」
「英雄を信仰して、魔物を倒してレベルをあげる!」
僕はビシッと手をあげて答えた。
レベルというのは、人のランクみたいなものだね。
普通に生活しているだけでもちょっとずつ上がるけど、魔物を倒すといっぱい上がるんだ。
このレベルは、知りたいって考えれば知ることができるよ。
ちなみに、今の僕はレベル3だね。よわよわだ。
「ふむ。ロビン坊よ、それは正解ではない」
「そうなの? でも、先輩冒険者たちは頑張って魔物を倒してレベルが上がると強くなるって言ってるよ」
僕がそう言うと、レイン様も頷いた。
騎士団でも同じように考えているのだろう。
でも、老師はこれを正解じゃないと言う。
「そう見えるだけじゃ。レベルとは人の成長の器を拡大させるだけにすぎん。実戦や素振りといった日々の修行こそが能力を伸ばす。レベルアップ自体には能力を即時上昇させる効果はないのじゃ」
そう言うと、老師の隣に奇妙な形のガラスの置物が唐突に出てきた。
おー、魔法かな? すげぇ。
「これは『成長概念模型』という。人の成長の仕組みを語る際にしばしば使われる模型だ」
それは、昔見た砂時計に似た形だった。つまり、くびれで区切られて、上と下で広い空洞がある形になっている。でも、砂時計と違って中は空っぽだった。
「たとえばロビン坊、お主のレベルはいま3じゃな?」
「う、うん」
どうしてわかったんだろう?
知る方法があるのかな?
「お主がレベル3の状態で頑張って修行をすると、当然強くなる」
老師はそう言って、ガラス模型の上に手を置いた。
すると、ガラス模型の下皿に液体が湧き出た。
「この液体が成長を表現しておる。このように修練を積むと人は成長していく」
液体は老師が話す間にみるみると溜まっていった。
「しかし、通常はこの真ん中までしか成長することができん。これを『第一次成長限界』と呼ぶ」
「上には行けないの?」
液体はガラス模型の下部分しか満たしていない。上にも溜められたらもっと強くなれるのに。
「もちろん行ける。しかし、通常の修練では行くことはできん。まあそれは一先ず置いておき、レベルアップで人が強くなるという勘違いを正そう。例えば、レベル3の限界まで成長したお主が、魔物を倒してレベル5になったとしよう」
下皿が満タンになったガラス模型を、老師が触った。
すると、今度はガラス模型自体が少しだけ大きくなった。
ガラス模型が拡大したけど、液体の量はそのままなので、成長できる隙間が生まれているのが見て取れた。
「このように、レベルが上がると成長の器は大きくなり、成長できる余裕ができる。冒険者の多くは魔物の領域でレベルが上がるため、そのまま魔物と戦うことになってこの隙間が少し埋まってしまうのじゃ。だから、レベルが上がると能力も上がるという勘違いをしてしまう。魔境やダンジョンで魔物を狩る行為もまた、修行のようなものだからの」
「なるほど……だから、パワーレベリングをした人はその場では強くならないんですね……」
レイン様が頷く。
僕はよくわからなかった。だって、魔物とか全然狩ったことないし。
「さて、先ほどロビン坊が気になった模型の上皿部分の話をしよう」
老師はそう言うと、ガラス模型の上半分を指でピンと弾いた。
「この上の部分は、模型ではこの程度の大きさだが、実際には下よりも何倍も大きい。つまり第一次成長限界を超えた者は、大きな成長の余裕が生まれることになる」
僕とレイン様はゴクリと喉を鳴らした。
僕はよくわかっていないけど、なんとなく凄い気がした。
「だが、上の成長を使うには通常の修練をいくら重ねても到達できん。死ぬほどの修練をして、このくびれ部分を破壊するようにして突破せねばならん。ドラゴンコースとはつまり、その突破を助け、突破後の力の使い方を手解きするためのコースなのじゃ」
……なるほど!
とにかく、ここで修行すれば強くなれるんだね!
僕はそう納得した。
「というわけで、まずはレベルをあげて成長の器を拡大化するぞ」
「レベル上げさせてくれるの!?」
僕は期待して聞いた。
「うむ。レベル3やレベル25では、第一次成長限界を超えてもたかが知れておるからの」
レイン様がビクッと肩を揺らしたところを見ると、レベル25というのはレイン様のレベルなのだろう。
なんにせよ、魔物と戦わせてくれるのは嬉しい。
ポーターをやっているとたまに教えてくれる先輩がいたけど、滅多にないからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます