第12話 ロビン 温かな村


 犬耳メイドさんの名前はシキさんというらしく、王都から馬車で鐘1つ分ほどの場所にある村へ連れていってくれた。


 きっと開いた口が塞がらないとはこういうことを言うんだろうね。僕は目の前に広がる光景に、ポカンとするしかなかった。


「ようこそ、リゾート村へ」


「いやいやいや、シキさん! ここは村じゃないよ、大都市だよ!?」


 そう、そこはどう考えても大都市!

 全然村なんかじゃないんだ。


「村ですよ」


「ここに大魔法を100発ぶち込んでも僕のいた村のほうが粗末だよ!?」


「ですが村は村です。そう納得してください」


 え、えー?

 ……えぇー?


 混乱する僕だけど、高台での説明はしっかりと聞いた。


 とくにここは貴族も来ることがあるそうなので、貴族エリアへ近づく際には気を付ける必要があるだろう。

 貴族が近くにいれば頭を下げる慣わしだから、貴族エリアに行ったら頭を下げっぱなしになっちゃうかも。


 これから僕が行くのは学園島。

 観光島の方でお世話になるのは平民エリアだね。

 よく覚えておこう。


「まずはロビンさんが過ごす場所へご案内いたします」


 そうしてシキさんに案内された村は、少し違和感があった。

 なんだろうと首を傾げていると、シキさんが教えてくれた。


「この村はまだ一般に開放されていないのです。ですから、準備中のお店も多くあります」


「そういえば、1か月後から村を開くって言ってたっけです。でも、もう十分に村を開けると思うです?」


 村という呼び方に酷い違和感を覚えつつ、僕は首を傾げた。


「ロビンさん。無理に敬語を使わなくて大丈夫ですよ。あなたの気持ちはありがたく受け取りますが、普段通りにお話ししてください」


「……は、はい」


 返事は『はい』、言葉の後ろに『です』をつけとけば間違いないって友達のレナちゃんが教えてくれたけど、やっぱり違ったんだ。


「先ほどの質問ですが。ここは観光を楽しみ、学びを得る村なのです。ですから、細かな調整が必要なのですよ」


「ふーん。でも、絶対みんな来るよ。僕、海なんて初めて見たもん。こんなに綺麗だったんだね」


「ありがとうございます」


 シキさんは少し誇らしげに微笑んだ。


 そこで僕はふとシキさんの歩調に気づいた。僕と合わせてくれているのだ。

 昨日やったポーターの仕事の記憶がまだ残っていた僕は、それだけでシキさんの優しさが好きになった。


 リゾート村の説明を受けながら移動し、僕たちは大きな橋を渡って学園島へと入った。


 そこには立派な建物が立ち並んでいて、シキさんの話ではその一つ一つが学ぶ場所や宿泊施設なのだそうだ。


 しばらく移動して、僕たちはその建物の前にやってきた。

 外装からしてとても立派で、見上げるほど大きな建物だ。とてもじゃないけど僕が泊まれるランクの宿には思えなかった。


「ロビンさんは『寮』というのをご存じですか?」


「ううん、知らない」


「寮というのは、アパートの親戚みたいなものです。アパートと違う点は、住む人の所属が同じといったような、目的があって作られた点です。たとえば、王都では騎士団や王国貴族学院の生徒の寮がありますね」


「ふんふん、そういうのか。わかったよ」


 同じ組織の人なら、まとまってアパートに住んだ方が便利なんだろうな。寮というのはそういうものなわけだ。


「さて、ここが今日からロビンさんが泊まることになる寮です。ここは男性用ですので、女の子を連れ込むのは禁止されています」


「お、女の子なんて連れ込まないよ。それよりも、あのその、僕、お金は本当にないんだけど」


「この寮の場合は無料ですから大丈夫ですよ。ただし、期間は決められていますが」


「それはどのくらい?」


 3日くらいかな?


「ひとまずは1か月と考えています。ですが、これも調整中です」


「い、1か月? そんなに無料で!?」


「はい。では中をご案内しましょう」


 そうして案内された寮の中は、僕の常識を壊してしまいそうなものばかりだった。


 まず何といっても、全てが綺麗!


 どういう建材を使っているのか床も壁もスベスベで、全ての窓には反射が無ければあることすらわからないほど綺麗なガラスが嵌めこまれている。

 今は点いていないけど、灯りらしき魔道具が天井に一定間隔で取り付けられており、さらに、なぜか寮内に入ると少しだけ涼しいんだ。


「こんな綺麗なところを汚い見習い冒険者に使わせちゃダメだよ!?」


「ロビンさんが驚くのは理解できますが、こういった大型の建物の建て方も我々は教えます。その技術をどのように使うかは国の方針に因りますが、近い将来にはそこまで珍しいものではなくなるのではないでしょうか」


 はえー?

 僕は放心しながらシキさんのあとを追った。


「こちらが食堂になります。朝、昼、夜の3回食事をすることができます」


「3回も出るの!? 今までの僕なんて良くて2回だったんだけど!?」


「そうですか。しかし、ここで学べば、少なくとも食べることに関しては生涯心配せずに済むようになるでしょう」


「ホント?」


「はい」


 いっぱい食べられるようになれるといいな。


「こちらが大浴場です」


「お風呂!? 貴族でもないのに専用の!?」


 そこは僕の寝泊まりしていた木賃宿の大部屋よりも広いお風呂だった。

 誰もいないのに湯船にはお湯がじゃぶじゃぶ注がれていて、凄く不安になる光景だ。


「汗をかきますからね。できる限り毎日入ってくださいね」


 それから、軽くお風呂の使い方を教えてもらった。

 王都にある公衆浴場と使い方はほとんど同じだったけど、設備が違いすぎた。


 リ、リンスインシャンプー?

 ボディソープ?

 ピュッピュッて出る。なんだこれ!


 もしかして、これは夢なんじゃないかな?


「そして、こちらがロビンさんのお部屋です」


「こ、こんないい部屋……あぅ……僕、僕……本当にいいの……?」


 僕の目から、ついにポロポロと涙が出てきてしまった。

 感動とかそういうのじゃない。この涙は恐怖からだ。

 もう絶対に詐欺だと思っていた。


「大丈夫ですよ。技術指導を終えたら、この寮がなぜ無料で使えるのか、ロビンさんにもわかるようになりますから」


「ホント?」


「はい」


「ホントにホント?」


「もちろんです。それでも不安でしたら、簡単に仕組みを説明しますか?」


 僕はコクンと頷いた。


「この村では様々な指導をしますが、そこで得られた成果物……ロビンさんの場合は訓練で魔物を狩ることになると思いますが、その魔物の素材をこちらでいただきます。その素材はこのリゾート村全体で利用され、間接的に学園島の運営が可能になるのです。また、税金もそこから賄われます」


 全然わからん。


「そうですねぇ。鍛冶職人さんの弟子が作った剣が売れたなら、それはその工房の売り上げになるでしょう?」


「うん、それは当然だよ」


 師匠から技術を教えてもらって鉱石や炉を使わせてもらうのだから、当たり前だ。

 たしかお弟子さんは、そうやって剣が売れ始めたらお給料が高くなるような仕組みだったはず。


「規模が大きいですが、それとほとんど同じです」


 なるほど。

 じゃあ、僕は魔物をいっぱい狩ればいいのかな?


「でも僕、ゴブリンも倒せないよ? 絶対に赤字になっちゃう」


「あるいはロビンさんだけのことなら赤字かもしれませんが、それはあまり気にする必要はありません。成果物が生じない技術指導も多くありますので、ロビンさんだけが後ろめたく思う必要はないのです」


 僕はまた小さく頷いた。


「さて、それではこれがロビンさんの修練着です。訓練を受けるときは必ず着てきてくださいね」


「……はい」


 服まで……。

 たぶんこれ、新品だ。


 新品の服は昔一度だけ見たことがある。

 実家がある村で過ごしていた頃に村長の孫に自慢されたんだけど、この修練着はあれよりも上等な物だった。


「さて、これで大体説明は終わりましたが、このあとは一度お風呂に入って、汚れを落としてきましょうか。その前になにか質問はございますか?」


「あの、シキさん。これで買える服が売っているお店はある?」


 僕は武器を買うために貯めたお金をシキさんに見せた。

 袋の中は銀貨や銅貨ばかりだ。


 本当は使っちゃいけないお金だけど、この村で過ごすのに僕の服はあまりにみすぼらしかった。これではベッドにだって寝転がれない。

 武器を買う予定が狂ってしまうけど、この服で過ごすのはあまりに申し訳なく思ったんだ。


 シキさんは袋を見ると、そっと紐を閉じ、僕の手にしっかりと握らせた。


「これは大切に取っておきなさい」


「でも、この服じゃ……」


「そうですね。それでは安い物を買って差し上げましょう」


「え。でも、そんな。ダメだよ」


「いいんですよ。さあ行きましょうか」


 そう言って、シキさんは僕の手を引いて歩き出した。


「ロビンさん。これもまた、先ほど説明した村の調整なのです」


 観光島を歩きながら、シキさんがそう言う。


「そうなの?」


「はい。あなたは今の服でお部屋に入るのを恐れましたね?」


「……はい。ベッドで寝たら汚しちゃうって怖く思った」


「そうですか。でも、それは気にしなくていいですよ。土で汚れてしまっても、洗えばいいだけなのですから」


「はい。でも、汚さないように使うよ」


「それに越したことはありません。すぐにシーツを変えられない時間でのことなら、汚れたベッドで眠るのはロビンさんですからね」


「はい」


「話を戻しますが。我々は、ここに学びに来る人たちの、そういった感情を見落とすかもしれません。人が多くなってから気づくと、直すのにも時間がかかりますからね。ですから、これからも気づいたことがあったら教えてくださいね」


「……はい。僕、頑張るよ」


「ふふっ、これは頑張る必要はありませんよ。ふと気づいたらでいいんです」


 シキさんが買ってくれたのは、下着と丈夫そうなズボンとチュニック、それに靴だった。全部がとても仕立てが良く、これらもきっと古着じゃない。


 これ、絶対に大赤字だ。


 寮に帰ってきた僕は、そのまま大浴場の前に案内された。


「1人でお風呂に入れますか?」


 先ほど説明を受けたので、僕は頷いた。


「それでは、わたくしは食堂にいますから、時間を気にせずゆっくりしてください」


「あ、あの!」


 僕はシキさんを呼び留めた。

 買ってもらった包みを胸に抱き、僕は問うた。


「こんなによくしてもらって、僕はどう恩返しすればいいかわからないよ……」


 シキさんは僕の目線まで屈むと、僕の肩に手を置いた。


「それでしたら、その気持ちが色褪せない間だけ、ロビンさんの人生で出会う後輩たちに優しくしてあげてください。それが我々への恩返しです」


「っっっ」


 僕は新品の服が入った包みを顔に押し付けた。

 涙があふれて止まらない。


 農家の三男に生まれて、家を追い出され。

 それからの半年、厳しい世界で生きてきた僕の心と体はボロボロだった。

 だから、シキさんの優しい言葉は、僕の疲れた心に沁みわたった。


 初めてお風呂に入った感動も、シキさんにしてもらった優しさには敵わなかった。


 お風呂のお湯で涙を流し、僕は誓った。


「必ず凄い冒険者になってやる!」


 そして、シキさんの言うように、この気持ちを誰かに分けてあげるんだ!


 僕のリゾート村での日々はこうして始まった。


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