第11話 ロビン 運命の分岐点
僕の名前はロビン。
元農家の三男。
物心ついた頃には家の手伝いをしていて、思い出せる僕の最初の記憶は、水に浸したドングリを兄ちゃんと一緒に突っつている光景だった。
このまま僕はこの村で暮らしていくのかな、と思っていたんだけど、家を追い出されちゃった。
僕は知らなかったんだ。
男も女も、家を継ぐ子供以外が村に残るには、ほかの家の後継ぎと許嫁にならなくちゃならなかったんだって。
僕と同じくらいの歳で後継ぎになる女の子はいたんだけど、「ロビン君は女の子みたいだよね。ちんちんあるの?」ってからかわれ続けて、気づけば僕は売れ残っていた。あるけど、ダメだったみたい。
兄ちゃんや姉ちゃんたちは、全員が相手を見つけられたのに。あと弟もいつの間にかお婿さんになることが決まってたよ!
でまあ、そういう子は家を出ることになる。
各家の都合で家を出される年齢は変わったりするみたいだけど、大体が12歳くらいかな。僕も12歳になった年に旅立ったんだ。
旅立った子供がどういう仕事をするかというと、いろいろかな。
縁を頼ってなんらかの職人さんに弟子入りできる子もいる。
そんな中で一番多いのは、冒険者。
アアウィオルは魔境やダンジョンが凄く多いから、冒険者になる人が多いんだ。
僕には伝手がなかったから冒険者になるのは確定だったんだけど、せっかくなので王都まで出ることにした。
村に来た冒険者さんが、『立派な冒険者になるには、王都で英雄ガイモンを崇めなくちゃダメだな』って教えてくれたんだ。
その道で立派な人になるには、『英雄結晶』を崇める必要がある。
そうすれば、その英雄結晶を残した英雄様の能力に近づけるんだって。
で、冒険者に人気の英雄『二丁斧 ガイモン』の英雄結晶があるのが、王都だったんだ。
というわけで、僕の生活の場は王都に移った。
僕の住んでいた村とは大違いの大都市でびっくりしたのは、半年くらい前の話。
村の牧歌的な日々は終わり、僕は見習い冒険者として厳しい世界で生きていた。
僕の朝はとても早い。
実家で暮らしてきた時よりも早いかもしれない。
今日も他の子たちと共に朝一番に冒険者ギルドの前に並び、ギルドが開くと同時に掲示板の前に走った。
掲示板には、依頼がたくさん貼ってあるんだ。
「えっと、えっと!」
僕たちは字があまり読めないから、ハンコで依頼内容を把握する。
僕が狙っている条件はこう。
『銀貨1枚と銅貨2枚以上』の仕事だ。
これが最低ライン。
これよりも下回ると、宿代とご飯代でその日は赤字になっちゃう。
お金を貯めて武器や防具を買わないとならないから、赤字はダメなんだ。
「あった、これだ!」
銀貨1枚と大銅貨1枚のお仕事だ。美味しい!
カバンのマークがついてるから、ダンジョンポーター(※荷物持ち)だね。剣のマークが添えられてないから、戦闘はしなくていいやつだ。
「あっ!」
「悪いな!」
僕は急いで手を伸ばしたけど、それよりも早く別の子に取られてしまった。
僕はがっかりする気持ちを抑えて、すぐに次を探した。
結局、その日は銀貨1枚のダンジョンポーターをすることになった。
うっ、失敗した。
この依頼は、『剣聖教会』の人たちのやつだったんだ。
英雄結晶は英雄教会という場所に安置されているんだけど、剣聖教会は、『無敗の剣聖 トム』が祀られている教会の名前だ。
この王都には6つの英雄結晶があり、僕が崇める『二丁斧 ガイモン』の『ガイモン教会』もその1つだね。
剣聖教会は、ちょっと怖い人が多い。
『無敗の剣聖 トム』が闘技場や戦場で名を上げて英雄結晶となった人だからか、その思想や技術を学ぶ剣聖教会の門下生は、人を威圧して怯ませる技術に長けているんだ。
「ほら、こいつも入れろ」
「はい!」
王都の近くにあるダンジョンで、先輩の冒険者が倒した魔物から素材を取り、リュックの中に詰めていく。
荷物が増えるにつれて、リュックの紐が僕の肩に食い込んでいった。
赤字なのに仕事はきつい。
でも、不満を顔に出したら険悪なムードになって、心まですり減ってしまう。
だから、我慢しなくちゃ。
「ぐずぐずするな。次行くぞ」
「は、はい!」
先輩たちは僕を置いて先に行ってしまう。
成長途中の僕は、先輩たちと歩幅の違う足で一生懸命ついていった。
お、終わった……。
今日の仕事はここ最近で特にきつかった。
「お疲れさまでした。こちらが報酬になります」
「ありがとう!」
ヘトヘトになってギルドに戻ってきた僕は、カウンターで報酬をもらう。
ポーターの依頼はギルドを経由しなければならないので、先輩たちにちょろまかされたりはしないよ。
僕がお礼を言うと、受付のお姉さんはニコリと微笑んでくれた。
「はい。ロビン君の毛布」
「ありがとう」
冒険者ギルドでは仕事へ行く子供たちの毛布を預かってくれている。
女王様は、僕たちのような家から放逐されてしまった子供たちへ、無料で毛布を配ってくれるんだ。
以前は冬を越せない子供が多かったそうだけど、今代の女王様が戴冠してからというもの、冬の寒さで死んでしまう子供がとても減ったんだって。
だから僕よりもちょっと年上の先輩たちで、女王様を悪く言う人はいない。もちろん、僕だってとても感謝してるよ。
他にも冒険者1年目の子は税金の天引きが無いんだって。まあ、税金についてはよくわからないけどね。
僕は報酬をしっかりとしまい、ギルドを後にした。
「はー、寒い」
季節は冬。
マントみたいに羽織った毛布で首を隠し、大通りを歩く。
「おっちゃん、1本ちょうだい!」
「おう、見習いの坊主か。頑張ってるか?」
「うん!」
「そうか。じゃあ、ほら、肉1つ分サービスだ」
「わっ、いつもありがとう!」
このおっちゃんは、いつもこうしてお肉を一欠片分サービスしてくれるんだ。
他にもパンを買い、これが僕の夕ご飯になる。
「おっちゃん、ごちそうさま!」
「おう。明日も頑張れよ!」
「うん!」
僕はおっちゃんにお礼を言って、いつもの木賃宿に戻った。
その道すがらに、ガイモン教会がある。
王都に来た当初は毎日のように英雄結晶を参拝しに行ったけど、日々の生活で疲れて、いつの間にか足が遠のいちゃった。
僕は後ろめたさを覚えながら、頭を下げてガイモン教会の前を通り過ぎた。
「あとちょっとで手斧が買える。そうすれば僕も」
口の中で呟きながら、僕は1日を終えた。
これが僕の生活だったんだ。
次の日、僕はおねしょをした。
疲れが溜まっている子供は、僕のようにおねしょをしてしまうことがあるんだ。子供が多いこの木賃宿の雑魚寝部屋では、よく見る光景だった。
僕はもう12歳なので、とても恥ずかしい思いをしながら床を拭き、ズボンを洗った。
冬場なのでとても寒い。
でも僕はまだ運が良かった。雪が降るほど寒い日におねしょをすると、凍えてそのまま死んでしまうこともあるんだって。
「お前は今回で2度目だな。3度目をやったら叩き出すからな」
「はい。ごめんなさい」
宿の店主に注意された。
場所によっては1回目で追い出されるそうなので、ここの店主はまだ優しいほうかもしれない。
おねしょの片付けで出遅れてしまったので、もういい仕事は残っていないだろう。僕は肩を落としながら、ギルドへ向かった。
冬場だから、洗ったズボンが凄く冷たい。だけど、お仕事を休むわけにはいかない。風邪を引かないといいな。
案の定、ギルドは空いていた。
これからの時間帯は、上位ランクの冒険者たちが集まる時間だ。そのランクになると、僕たちがついていけるようなダンジョンでは活動していない。
テーブルにはそんな上位ランクの冒険者たちがくつろいでいる。
うっ。け、剣聖教会の人たちが多い。
みんな上位ランクの先輩たちだから、昨日の先輩たちよりも怖いな。
僕は目のあった冒険者にペコリと頭を下げて、カウンターへ向かった。
一張羅のズボンはまだ濡れていて、ほかの人が笑っているように錯覚する。
カウンターへ毛布を預けてから、掲示板へ向かう。
やはり掲示板にはいい依頼はなかった。木賃宿の代金にすらならないものばかり。
昨日も赤字だったから、この中で一番報酬がいいお仕事を選ばないと。
そうやって依頼に手を伸ばそうとした時、ふいにこんな会話が耳に入った。
「村にギルド支部を作るお誘いですか?」
「はい。王都から馬車で鐘一つ分(※3時間)の場所に、およそ1か月後に村が開きます。その村にギルド支部を招致するお誘いです」
それは受付のお姉さんのエマさんと、犬耳のメイドさんの会話だった。
2人のやり取りに、酒場で朝食をとっている先輩冒険者たちも何事かと注目していた。
「えーっと、王都からその近さですと、おそらくは無理かと思いますが」
それは僕にもわかる理屈だった。王都から鐘一つ分の村に、ギルドの支部を作る意味はあまりない。だって、近いし。
先輩冒険者たちの中にはケラケラと笑っている人たちもいる。
朝なのに少しお酒がはいっているのかもしれない。
「私の一存では決められませんので、こちら件はギルド長にお話を通しておきます」
「よろしくお願いします。それと、私たちの村では冒険者の技術指導も行ないます。もしよろしければ、その案内の紙をこのギルドに貼っていただけないでしょうか?」
「えっと、はい。それは構いませんが」
エマさんがそう言った時、聞き耳を立てていた先輩冒険者たちから笑い声が上がった。
「冒険者の技術指導……っ! ダメだっ、我慢できねえ! くはははははは!」
剣聖教会の先輩冒険者が噴き出して、テーブルをバンバン叩いた。
それを皮切りに、ギルド内にいる先輩たちがドッと笑う。
けれど、犬耳メイドさんはすました顔だ。
「あれじゃねえか? 夜の方を鍛えてくれるんじゃねえのか!?」
「ばっか、あはははははっ!」
「しかし、俺たちは夜もつえーぞ!? 技術指導してやる立場じゃねえのか!?」
「ちげぇねえ!」
そんな下品な言葉が飛び交う中で、唐突にゾッとするような気配を感じた。
それはすぐに遠ざかり、剣聖教会の人が呆れたように言った。
「ありゃダメだ。殺気すら感じ取れてねえな」
い、今のは殺気だったのか。
これが上位ランクの冒険者。怖い。
「申し訳ありません。すぐに注意いたします」
諸々のことに、エマさんが申し訳なさそうに謝った。
「いいえ、大丈夫ですよ。いずれ理解する時が来ますから。それでは、ギルドの招致と張り紙の件をどうぞよろしくお願い致します」
犬耳メイドさんはそう言うと、手紙と羊皮紙を残して、ギルドを去っていった。
カウンターから出口までの間にも、冷やかしの声がいくつも飛んでいくけれど、メイドさんは誰にも恥じることなく背筋を伸ばして、外へ出ていった。
その姿は、僕の目にはとてもカッコよく映った。
追え!
その時、心の中で誰かが叫んだ気がした。
僕は、その指示に従うように慌ててそのあとを追った。
「おっと、おねしょの少年がメイドさんに男にしてもらいに行ったぞ!」
「「「ぶはははははっ!」」」
そんな言葉が聞こえて悔しくて涙が出そうになった。
ギルドを出てすぐに左右を見回すと、犬耳メイドさんはもうずっと離れた場所を歩いていた。
僕は走った。
そうして犬耳メイドさんが姿を消した角を曲がると、そこに当の犬耳メイドさんが立っていた。
「わたくしになにか御用ですか?」
ギルドの薄暗さでは気づかなかったけれど、犬耳メイドさんはとても綺麗な人だった。いま気づいたけど、多くの人が振り返って犬耳メイドさんを見ている。
正直、自分でもなんで追いかけたのかわからない。
技術指導だって、冒険者ギルドやガイモン教会で行なわれているし、犬耳メイドさんの村でわざわざ教えてもらう必要はないはずだ。
でも、おねしょで遅刻してしまった日に巡り合ったこの出会いに、僕は運命的なものを感じていた。
僕はドキドキしながら、言った。
「あ、あの、さっきの話。技術指導をしてくれるって」
「はい、1か月後からになりますが」
「1か月後……」
そういえば、1か月後から村が開くって言ってたっけ。
ちょっと先走っちゃった。
少し恥ずかしくなって帰ろうとする僕に、犬耳メイドさんは言った。
「興味がおありですか?」
「はい。でも、お金はあまり持ってないんだ」
「大丈夫ですよ。技術指導にお金は取りませんから」
お金がかからないという言葉に、僕は警戒心が芽生えた。
もしかしたら詐欺かも。
でも、ギルドを使って、しかも王都から近い村で詐欺なんてするかな?
うーん、田舎者だからちょっとわからない。
なんにせよ、1か月後のことだから、それまでに悪い噂を聞くようならやめておこう。
そう思っていると、犬耳メイドさんはこう言った。
「そうですね。もしよろしければ、先行して技術指導をいたしましょうか?」
「え?」
「どうなさいますか?」
犬耳メイドさんは僕に判断を委ねた。
どうしよう。
タダで戦い方を教えてくれるなんて、あまりないことだ。
僕はズボンをギュッと握った。
……あれ?
ズボンがいつの間にか乾いてる。
いや、そうじゃない。
そんなことを考えている時じゃない。
犬耳メイドさんは返事を待っているのだから。
「……強くなれる?」
そう質問した僕に、犬耳メイドさんは真摯な眼差しで断言した。
「はい。あなたの心が挫けぬ限り、必ず強くして差し上げます」
その言葉を聞いた僕は、決心した。
「指導してほしい、です!」
慣れない敬語の返事をした僕に、メイドさんはニコリと微笑んだ。
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