第10話 カイル 報告会


 私の名前はカイル・クロウリー。


 2泊3日の歓待を受け、私たちは王都へ帰るべく、馬車に揺られて転移門がある丘へと向かっていた。


「あなた、また来ましょうね!」


「ああ、そうだな」


 ニッコニコなレオーネが言う通り、大変に楽しい休暇だった。

 アリーシャはミカンとすっかり仲良しになり、隣り合って座ってスライムをモチモチしていた。そんな姿を見つめながら、この3日間について想いを馳せる。


 大変に楽しいひと時だったが、同時に危機感も抱いた。


 幸いなのか、猶予を与えられたのか、この村はまだ一般向けには開村しないそうだ。

 これから1か月間で村を調整してからの開村となるらしい。

 なので、我々はこの1か月間でいろいろと動かなければならないだろう。


 馬車を降り、高台の上でキャサグメに言う。


「それではキャサグメよ。招待に感謝する。素晴らしい歓待だったぞ」


「過分なお言葉、恐悦至極にございます。それでは明日より1か月後を目途に開放したいと思います。その折にはまたお知らせを致します」


「承知した。では、それに合わせてウチから料理人やメイドを寄越す」


「承知いたしました。その折には責任をもって技術指導させていただきます」


 これは私的な話だが、我が家の料理人やメイドを技術指導してもらうことは決定事項だった。


 それから、私は1人の女性の白騎士へ視線を向けた。

 レイン・オルタス。

 騎士生活1年目を終えようという白騎士だ。


「それではしっかりと励めよ」


「は、はいぃ……っ!」


 女性騎士は若干の涙目になりつつ、私の激励に返事をした。


 彼女は、これから一足先に戦闘の技術指導を受ける。

 この技術指導の結果を見て騎士の教育・運用を考えたいので、他の技術指導よりも一足先にお願いしたのだ。


 期間は1か月。

 訓練内容は知らないが、複数あるコースの中で一番厳しいものを副団長が選んだらしい。まあそれでも、たった1か月でどうなるとも思えないが……いや、低く見積もるべきではないだろうな。


「しっかりな」


 副団長がレイン・オルタスの肩をポンと叩く。

 副団長は彼女を生贄に選んだ張本人なので思うところがありそうだが、はい、と答えた。きっと文句を吞み込んだことだろう。


 しかしまあ、妻やメイドの受けは非常にいい村なので、彼女にとっては案外おいしい任務になるのではないかな? はっはっはっ……そういうことにしておこう!




 夕刻に王都に到着した私は、家族と共にその足で登城した。

 謁見の間ではなく、姉上の執務室での報告である。


 メンバーは、姉上、姉上の夫のラインハルトさん、執事長だ。

 対するこちらは、私、レオーネ、アリーシャ、そしてスライム。スライムの存在感が凄い。


 騎士や影衆メイドからの報告は後で聞くことだろう。


 まず真っ先に驚愕したのは、レオーネを見た姉上だった。


「れ、レオーネ!? お前、いったいその姿はどうした!?」


 姉上の驚きも無理はない。

 エステを体験したレオーネの美しさは、それはもう女神が降臨したかと思ったほどだ。


「キャサグメ様の村で作られている髪用の石鹸や、エステというマッサージのおかげですのよ」


「っっっ!?」


 レオーネの言葉を聞いて、姉上の中で感情のうねりがあったのが見て取れた。


 自分も体験したい。

 だけど、キャサグメたちが怖い。

 姉上の感情は容易に想像がついた。


「エメロード様にもお土産に買ってきましたのよ!」


「ほ、ほう? お土産とな?」


 キャサグメたち本人ではなく、お土産なら、という感情が見て取れた。

 ちなみに、姉上はレオーネと学生時代からの親友である。


 と、そこでラインハルトさんが言った。


「アリーシャはなぜスライムを抱えているのだ?」


 そう言われたアリーシャは「ふぁ!」と涙目になり、すぐにスライムを背中に隠した。ラインハルトさんは眉間にしわが寄って厳しそうな見た目なので、アリーシャは少し苦手なのだ。


「あーいや、別にどうにもしないから」


 ラインハルトさんが姪っ子の反応に狼狽えた。

 見かねた私が代わりに答えた。


「キャサグメの村で買ったんだよ。育成すると面白いらしい」


「なるほど。よくわからんが、スライムも一応は魔物だ。十分に気をつけるんだぞ」


「はい」


 ホッとしながら返事をしたアリーシャは、スライムを背中からお膝の上に移してモチモチした。なんだか、こう見ると気持ちよさそうだな。あとでちょっとだけ貸してもらおう。


 ゴホンと姉上が咳払いをした。

 お土産を貰ってはしゃいだことが恥ずかしいのだろう。


「それでどうだった?」


「家族と一緒に良い経験をさせてもらったよ」


「それだ。お前が一度帰ってレオーネたちを連れていったと聞いた時は驚いたぞ。それほどだったのか?」


「ああ、驚愕の連続だったよ。どこから話そうか……まず、姉上は小さな領地を与えたつもりだったと思うが、あれは正しくもあり、勘違いでもある」


「なんだと? 妾はなにか失敗をしたのか?」


「やつらは転移門を持っていた」


「て、転移門だと!?」


 サッと青ざめた姉上たちの顔を見て、私は視察任務という無茶ぶりをされたことに対する留飲を下し、意地悪をやめた。


 そこから、私たちが体験した2泊3日を報告した。


 それに伴い、リゾート村で買った2つの魔道具をお披露目する。


 それは、魔導映写機と魔導カメラいうもの。

 魔導カメラを通じて魔石に景色を記録し、その魔石を魔導映写機にはめ込むと、その景色を壁などに映し出すことができるのである。

 つまり、2つで1セットの魔道具と考えていいだろう。魔石も含むなら3つで1セットか。


 この景色を記録する行為を『撮影』といい、景色を映したものを『映像』というらしい。アアウィオルにはなかった新しい言葉で、まずはそんな説明をした。


 最終日、つまり今日買ったばかりなので、記録できた映像はそう多くない。

 しかし、それだけで十分だった。


 映像と共に私が説明したのだが、果たしてどれだけ聞こえていたか。

 姉上は、口をポカンと開けて映像に見入ってしまっていた。


 無理もない。

 だって、招待状には『村』だと書いてあったし。

「え、村じゃないが……」という姉上の呟きは至極真っ当なものであろう。


 映像が終わり、姉上は背もたれに寄り掛かって、額に手を添えた。


「……王都より立派じゃないか」


 姉上はちょっとしゅんとしてしまった様子。

 この国を愛している姉上なので、無理はない。


「メイドたちに買い物もさせた。そちらもあとで検めてほしい」


「こういう物か?」


 姉上は魔導映写機を指さして言った。


「メイドのセンスで買わせたからわからないね」


 姉上は頷くと、小さく息を吐いて気持ちを切り替えた様子。


「しかし、こんなものが王都から6刻(※3時間)ばかりの距離にあるとなると、王都の経済が狂うぞ?」


「ある程度の混乱は仕方ないだろうさ。しかし、キャサグメたちはそれを理解している様子だった。というのも、彼らは技術を学べる場所を作ったらしい。そこで学んだことをアアウィオルの国民が使用するのに、特に制限はなさそうなんだ」


「技術? どんな技術だ?」


「いろいろだね。たとえば、こういう魔道具を作る技術も学べるそうだ。完成度はわからないけどね」


 私は魔導映写機を指さして言った。


「こんなものはもう国宝クラスではないか」


「平民でも頑張って金を溜めれば手に入るそうだよ。私のは貴族エリアで買ったから少し値が張ったけど」


「……ぬぅ、妾も欲しいのだが。平民用のをメイドの誰かが買ってないのか?」


 姉上はそこらの貴族よりも慎ましい生活をしている。

 自分の物はあまり欲しがらず、その分を平民の子供のために使っていた。


 なので、姉上の物欲を刺激するのは珍しいことだった。

 しかし、平民用を求めるあたり、やはり高い物は買いたくないのだろう。


「姉上も買いに行けばいいさ」


「ぬぅ!」


 姉上は腕を組んで唸った。

 やはりキャサグメ一味に苦手意識があるようだ。

 まあ、首を差し出す覚悟で挑んだ姉上が一番怖い思いをしたわけだし、仕方ないだろう。


 だがまあ、姉上も行くしかないだろうな。


「それはともかく、技術指導の話に戻すけど。ひとまず、姉上から借りた白騎士のレイン・オルタスを武術訓練に置いてきた」


「レイン・オルタス……オルタス男爵の娘か?」


 姉上は覚えが薄いらしく、ラインハルトさんに視線を向けた。


「ああ、去年入った新米だ。筋は悪くないのだが、入団と共に鼻っ柱を折られて、自信を無くしてしまっている白騎士だな。頑張ってはいるが、少し空回りしている様子がある。しかし、そうか……」


 あれは、そういうタイプの娘だったか。


 王都を守護するエリートである白・黒騎士は、非常に強い。キャサグメ一味に完膚なきまでに負けてしまったが、あれは例外中の例外なのだ。


 新米騎士はそんな猛者共の中に放り込まれて訓練を受けるわけだが、実力の差は歴然で、自信を無くすことがあった。

 故郷で負け知らずの者などは、特にそれが顕著だと聞く。故郷でブイブイ言わせていたので、挫折への耐性が低いのだろう。


 人選を間違えたか?

 まあ、私がした人選ではないが。


「あとは、あそこが正式に開村したら、私の家の料理人とメイドを送るつもりだ」


「白騎士は承知したが、お前のところの料理人とメイドをか?」


「メイドは美容関連の技術を学ばせるんだ。これは妻の要望。料理人は家族みんなの総意だよ。おそらく、あそこの料理を食べたら、ほかの料理は残念に思うようになる」


「それほどか……」


「今回は姉上にもお土産にスイーツを買ってきたよ。それを食べれば、あそこの料理の片鱗がわかると思う」


 私はメイドに目配せする。

 すると、すぐに別のメイドの手でショートケーキが運ばれてきた。


 そのメイドの髪や肌の美しさに、姉上がまた目を真ん丸にして驚いた。そうして、サッとラインハルトさんを見た。

 姉上は結構嫉妬深いのだ。ラインハルトさんもそれを承知しているので、キリリとした顔を維持している。


「失礼します」


 そう言って、毒見係のメイドがショートケーキを箸でごっそりとすくった。


 こ、こいつ!


 メイドはショートケーキを一つ一つ毒見していく。私たちが買ったお土産だが、ほかの者の手を経由して出されたので、私たちの分もだ。

 キリリと職務を全うしているつもりのようだが、頬が緩んでいるぞ、おい。


「異常はございません」


 唇にクリームをつけながら、メイドは楚々とした様子で下がった。


 姉上たちは少し毒見の量が多いなと思う程度だ。あるいは、キャサグメという謎の人物の村で買ったお土産だから、入念に毒見したとでも思ったかもしれない。


 だが、私は知っている。

 こいつは多く食べたかっただけだ……っ!


 姉上とラインハルトさんが警戒して食べないので、私たちは先にいただくことにした。執事長はその職業柄、私たちとほぼ同時に箸を動かし始めている。


「うむ。やはり美味いな」


「そうですわね」


「美味しいです」


 レオーネとアリーシャは似た顔でニコニコしている。


 この数日で何度も食べたので最初の頃ほどの感動はないが、それでも週に1度は口にしたいと思う味わいだ。

 レオーネやアリーシャに至っては、おそらく毎日でも飽きないだろう。少しばかり太りやすい食べ物という説明を受けているので、注意は必要だろうが。


「これは……なんと上品な……」


 執事長も目を少し見開いて、驚いている様子だ。

 この爺さんのこういう顔は珍しい。


「なっ、これは!?」


 姉上よりも後に食べるわけにはいかないので、ラインハルトさんも食べ始めると、意外にも甘い物が好きだったようで皿の上は一気に無くなった。


「むむっ、たしかに美味しいな……」


 やっと食べ始めた姉上もショートケーキの美味しさに驚いている。


 私は少し優越感に浸りつつ、言った。


「姉上、リゾート村はそういった料理がたくさんあるんだよ」


「……ちょっと待て。いま食べている」


 語り始めた私を止めて、姉上はショートケーキをもぐもぐした。

 叔母だから、どこかショートケーキを食べる姿はアリーシャと似ている。


 すっかり食べ終わり、ハンカチで口を拭う姉上に、私は話の続きをした。


「経済の混乱の件に戻るけど。学ぶ気があるのなら、平民でも料理や魔道具の作り方を習得することが可能なんだそうだ」


「つまり、混乱は一時的なものだと言いたいのか?」


「ああ。あそこの技術を習得した者が増えるにつれて、国力は非常に上がると私は考えているよ。特に一番近い王都は学びに行きやすいから、一番栄えるかもしれない」


「なるほど」


「しかし、ぼやぼやもしてはいられない。1か月後の開村に向けて、送り出す職人を募集し、必要ならば学習期間中の生活保障金も考える必要があるんじゃないかな?」


「祝福の月が明けて早々に忙しいことだ」


「だけど、姉上の目指す国作りに向けて、大きく前進すると私は思うよ」


「妾の目指す国作りか……」


 姉上は思案顔だ。

 私よりも遥かに賢い姉上なので、なにを考えているのかさっぱりわからない。


 思案を終えた姉上は大きく頷いた。


「あい、わかった。お前の話を聞くよりも、妾が実際にこの目で見てこようと思う」


 そりゃそうなるよな。王都のすぐ近くだし。


「エメロード。それはあまりにも危険ではないか?」


 ラインハルトさんが狼狽えた。


「だが、この件は実際にこの目で見ないことには方針を誤るかもしれない。それにキャサグメには聞きたいことがある」


「だが……」


「もちろんラインハルトも連れていくぞ」


「それは当然だが……わかった。どこへだってついていこう」


 アアウィオルの貴族は魔物の討伐が義務である。それは王も変わらず、稀ではあるが姉上も魔物の討伐に出陣する。

 だから、王都の外へ出ること自体にはあまり抵抗はない。


 ラインハルトさんが心配しているのは、キャサグメ一味の村だということだろう。

 まあ、これはもう気持ちの問題でしかない。


 私はやつらが下手な貴族よりも安全だと考えている。

 これもまた、やつらと付き合ってみなければわからないだろう。


 その視察旅行には当然、すでに行っていた私もついていくことになったわけだが。




 数日後。


「きゃっふーい!」


「うははははははは!」


 私は姉上やラインハルトさんとウォータースライダーに乗りまくることになった。


 私は姉上の1番の子分だ。


 そう子分。


 姉上はかつて、子分を取るようなお転婆姫だったのである。

 女王になったことで眠っていたその本性が、ウォータースライダーで目を覚ましていた。


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