第5話 カイル キャサグメの村


 私の名前はカイル・クロウリー。

 アアウィオル王国の公爵をしている。


 アアウィオルに現れた謎の男キャサグメの領地を検地した私だが、その1週間後、新しい任務を姉上から仰せつかった。


「カイル。ちょっとキャサグメの村の招待を受けてこい」


「姉上!?」


 任務の内容はそれである。

 怯えるわ。


 事の発端は、キャサグメから送られてきた招待状だった。

 驚異的なスピードだが、どうやら村が完成したらしいのだ。


 だけど、なんで女王陛下に送っちゃうの……っ!?

 村だよね!?


 お世話になったからというのはわかるが、感謝状を贈るだけじゃダメだったのかよ。王都からも近いし、なんなら謁見を申請してもいいわ。なんで招待しちゃうのか。


 かくいう私にも招待状が届いた。

 たぶん、領地を検地したからだろう。


 というわけで、私は年が明けて早々に、姉上の命令で招待を受けることになった。これが今回の任務というわけだ。


 ほかの参加者?

 はは、誰もいないんだよ、これが!


 姉上は、キャサグメ一味が他の貴族と必要以上に仲良くなるのを恐れている。

 あいつらは謀反に利用されるようなタマではないと思うが、姉上は一度しか会っていないし、わからないのだろう。


 参加者は他にいないが、護衛や世話役の従者はいる。

 姉上が貸してくれた白騎士や影衆メイドだ。


 さて、そういうわけでキャサグメの村へ向かう私だったわけだが、今回の旅には馬車を用いていた。


「う、うーむ……」


 招待状には新設した街道の情報が書かれていたので馬車を使ったのだが、物凄く綺麗な道がわずか数日でできあがっていた。


 王都の中の道ですら少なからず揺れるのに、この街道に入った瞬間から嘘みたいに揺れがない。


 王都から6刻(※3時間)ほど走っただろうか。ふいに馭者がノックと共に報告をしてきた。


「閣下、目的地らしきものが見えてきました」


 私はつり革に掴まり、馭者台の後ろにある木戸を横にスライドさせて、前方を見た。


「なんとまあ」


 影衆を使った姉上から聞いた通り、数日前まで何もなかった草原にずいぶん立派な壁ができあがっていた。


 横幅300メートル、高さ5メートルほどの塀だ。迎賓館の塀の長さと同じ程度なので、ほぼ検地した面積通りに収まっているのがわかる。ここからは見えないが、奥行きの幅も守られていることだろう。なんでこういうところは律儀なんだよ。


 しかし、塀ね。村としてはかなり上等な防御力だ。王都近隣ではここまでする必要はない気もするが、いったい何を想定しての塀なのか。


 正面には、馬車2台がすれ違えそうなほど大きな門があり、現在は閉まっていた。私が来るって確定しているのだから、開けとけよ。


 門に近づいたので、私はひとまず馬車を下りた。

 騎士たちは慌てたが、いまさら弓でぶっ殺されることはないから安心しろ。


「なんと無礼な」


 隣で護衛する白騎士団の副団長が、開いていない門を見てボソリと言う。

 副団長もあの日にボコられているので、あくまでひっそりと。


「副団長、陰口はやめたまえ。私の命がかかっている」


 私はぴしゃりと注意した。本当にやめてほしい。


 私たちがやってきたのに気づいたのか、門が両側に開いていく。

 そこから現れたのは、初老の執事と犬耳メイド、そして幼女のミカンを引き連れたキャサグメだった。

 ミカンはなにやら白やピンクの花びらが大量に入った籠を持っている。なんだろうか?


「クロウリー閣下、ようこそおいでくださいました!」


 柔和な笑顔を見せるキャサグメ。


「キャサグメよ、数日ぶりだな」


「はい。この度は招待を受けてくださり、光栄の極みにございます。ささっ、どうぞ中へお入りくださいませ」


「うむ。今日はよろしく頼むよ」


「はっ。誠心誠意おもてなしさせていただきます」


 キャサグメの案内を得て足を前に出した私は、次の瞬間、驚愕することになった。


「てい!」


「っっっ!?」


 なんと、ミカンが持っている籠から花びらをむんずと掴み、私の足に向かって投げつけてきたのだ。


 副団長が剣の柄にサッと手を伸ばす。


「ちょ、ま!」


 私は人生で一番の反射神経を以てして、その柄頭を手で押さえた。


 シュッ、カチン!

 と刃が出る音と納まる音が続けざまに鳴る。


「こ、こら、ミカン、オーバースローじゃない! 申し訳ありません、閣下! 手違いが起こりました!」


「はわっ、間違えっちゃった。ごめんなさい」


「う、うむ。まあ良いよ。次からは気をつけたまえ」


 キャサグメとミカンが謝るので、私は心臓をバクバクさせながら頷いた。そっと下半身の調子を探り、漏れていないことにホッとした。


 副団長もハァーハァーと汗を流しながら、柄から手を離した。

 わかるよ。幼女のせいで戦争が始まりそうだったし。


 どうやらミカンは先頭に立って、花びらを来客の前に撒く役目だったようだ。

 犬耳のメイドに教えられ、それが正しく行なわれるようになった。


 コツは、ふわり、ふわりと。

 決して上投げで投擲してはいけない。

 あと、てい、などとも言ってはいけない。


 初めて見る歓迎の仕方だが、ちゃんとやればこれがなかなか文化的で美しかった。


 さて、数日前に放った影衆からの報告では、門の中は闇魔法のシャドウカーテンで見えなかったという話だが、今は見えていた。


 実はその中の様子に、私は先ほどから不安を覚えていた。

 門を潜ったことで、その不安は一層強くなる。


 門を始点にして、なんとも美しい模様が刻まれた石畳が真っすぐに伸びているのだが、これはいい。

 問題は、建物がないのだ。


 謀られたか……。


「これはどういうことだ、キャサグメ」


「ご安心ください。いまからご案内しますので」


 そう言って、キャサグメたちは少し先へ進んで、歩みを止めた。

 私たちが逡巡していると、ミカンが戻ってきて花を撒く。花の量が少ないから歩き出さないとでも思ったのかもしれない。せっせと撒くせいで、私の靴にどんどん花びらが積もっていく。


「行くぞ」


「か、閣下」


「ここで引いても、結局、王都の近くにいるのだ。もはや行くところまで行くしかあるまい。毒を最初に飲むのが陛下であってはならないのだ」


「……お供します」


 私の言葉に副団長は胸を張って少し前を歩き出す。頼もしい限りだ。

 私も花びらをワッサーッとかき分けて歩き出した。


 しばらく進むと、石畳の道が分岐する。


「こちらが貴族用になります。あちらが平民用ですね」


 キャサグメが説明する石畳の先には、それぞれ大きなアーチが2つずつ存在した。

 導かれるままに貴族用とやらのアーチへ向かう。


 アーチを潜る場所にはそれぞれ青い膜と赤い膜が張ってあるのだが……はて、昔どこかで似た物を見た気がするが?


「さあ、それでは参りましょう」


 そう言って、キャサグメたちが青い膜が張られたアーチを越えた。


 するとどうだろうか。

 青い膜が波紋を描き、キャサグメの姿が見えなくなったではないか。


 その光景を見た瞬間、私はハッとした。


「こ、こ、これはまさか、転移門か!?」


「閣下、これは罠です!」


 それは伝説のアイテムである転移門だった。

 そう、私はかつて神都で一度だけ使用したことがあったのだ。


 転移門は神都にあるその1対以外に存在していないはずだ。

 それなのになぜここにある!?


 私たちが足を止めていると、隣にある赤い転移門からミカンが戻ってきた。

 そうして、せっせと私の足元に花びらを撒く。足よ進めとばかりに。


「いやいやいや!」


 私は思わずツッコんだ。

 すると、ミカンはほぇーとした顔で私を見上げた。


「おっちゃん、行かないの?」


「お、おっちゃ……!? い、いや、ここはどこに繋がっているのだ?」


 まだ28なのにおっちゃんと言われて軽くショックを受けつつ、ミカンに問うた。

 すると、ミカンは口を開くが、言葉になる寸前に手でその口を塞いだ。


「言えぬのか?」


 ミカンはコクッと頷き、せっせと花びらを再開した。


「閣下、ここは帰りましょう。正体がわからぬ以上はお咎めもありません」


「……」


 私は靴の上にどんどん積もっていく花びらを見つめながら考えた。というか、もう靴は見えない。


「閣下?」


 お咎めか。

 姉上と私の仲なのでお咎めなんてないだろう。そもそも相手はキャサグメ一味なわけだし、姉上だって許してくれるはずだ。


 そうではなく、むしろ私はこの先に興味があった。


 まず、罠のために貴重な転移門を使うのか、という話だ。

 実力が伯仲しており搦め手が必要な者なら使うかもしれないが、キャサグメたちは王都の最大戦力を余裕で倒しているのだ。


 金のため、女のため、権力のため――キャサグメたちの強さは、これらを否定してしまうのだ。あれほど強いと、これらは容易に手に入るのだから。


 例えば、私を弄ぶためだとしても、あれほどの実力があれば別の弄び方がいくらでもできるだろう。少なくとも、そんなことに使うには転移門の価値はあまりに高すぎる。


 では、底知れぬ実力を持つキャサグメたちが、いったいどこに転移門を繋げたのか。非常に興味があった。


 私はひとつ頷き、心を決めた。


「いいや。私は招待を受け、門前にまで足を運んだのだ。ここで帰って、ホストの顔を潰すのは高貴な者がすることではない。もしこれが罠であるのなら、私は紳士であったと堂々と告げて死んでやろう」


 私はそう言うと、ワッサァーと花びらをかき分けて、足を前に進めた。

 副団長が背後でゴネているが、長いんじゃ!


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