第4話 影衆 監視任務


 私は王国の影。

 名前は……どうでもいいですね。どうせ本名ではありませんし。


 さて、本日の私はさるお方の命を受け、いまアアウィオルの上層部で大きな問題となっているキャサグメとその一味の監視に訪れています。


 場合によっては国境を跨いで活動することもある我々ですから、王都からわずか数刻で到着する任務地はなかなかに楽なものです。

 ただ、楽なのは任務期間だけの話ですね。


 相手は超絶頭がおかしいキャサグメ一味。

 みんなで楽しむ祝福の月に、迎賓館に攻めこんでくる空気が読めない狂人たちです。

 私なんて、晩餐会が終わったら残りのお料理が食べられる、とウキウキしていた夜でした。


 そんなキャサグメ一味に、影衆も大敗北を喫しました。暗殺術なども習う我々の技術が一切通じず、それはもう完膚なきまでの敗北です。

 壁の中や天井裏にいた先輩なんて、気づいたら朝になっていたなんて言っていましたからね。


 私?

 私は会場内警護だったので、影衆メイドの1人として最後まで正気を保っていました。あそこで影衆の頭領である執事長が私たちに特攻命令を出していたら、床を舐めていたはずですが。


 そういうわけで、今回の任務は他国の宮廷に潜入する以上に危険だと思ったほうがいいでしょう。


 そんな危険な任務につく私ですが、昨晩は同僚たちがモルモル鶏の丸焼きを奢ってくれました。

 懐には、やはり昨晩、厳しかった先輩がくれた幸運のコインがあります。なんでも胸に忍ばせていた際に、偶然、このコインが矢を止めたのだとか。


 あいつら、完全に私が死ぬと思っています。




 着きました。

 本当にあっという間です。

 途中に丘がなければ王都が遠くに見えるんじゃないかってくらいの近さです。


 着いてすぐに、びっくりさせられました。

 昨日に検地がされたはずなのに、すでに村を囲う石壁と立派な門ができているのです。


 ……いえ、考えてみれば、アアウィオル最強の白黒騎士団を無傷で戦闘不能に追い込む化け物の巣窟でしたね。土魔法の腕も化け物レベルなのでしょう。


 女行商人に扮した私は、素知らぬ顔で門へ近づきます。

 彼らは化け物なので、遠くから盗み見るとか考えていませんよ。実際、迎賓館の天井裏にいた先輩も余さずぶっ飛ばされていましたし、離れて監視なんてバレるに決まってます。


「はぇー、こんなところに村ができたんですねー。いったいいつの間に」


 私は誰も見ていないのにそんなことを言います。

 ぜひとも見てください、この涙ぐましい努力。すでにここから勝負は始まっているのです!


「あははははははは!」


 すると、壁の角から犬が走ってきました。大笑いする幼女を背中に乗せて。


「ひぅ……」


 あ、あの犬と幼女は、迎賓館を制圧したメンバーの1人と1匹です!

 戦闘をした者からは特に脅威度などの報告に挙がっていませんが、あの場にいたことだけは確かです。


 さ、さーて、ここからが影衆としての見せ場です。

 今の私は行商人。情報収集しちゃいますよー!


「こんにちは、お嬢さん」


「あーっ、この前のメイドのお姉ちゃんだ! ミカンはミカンです! こにちはー!」


「わんわん!」


 ば、馬鹿な、一瞬でバレました……っ!?

 たしかに会場内で私はメイドをしていましたが、いまの顔は変装して別人の顔なのに!


 やはりこの幼女も化け物級なのでしょうか。


「シュタッ!」


 自分の口でそう言いながら犬から下りた幼女は、私に駆け寄ってきました。

 幼女が走るものだから、犬もなにかの遊びかと思って走ります。


 これが普通の犬ならば、私は冷めた目でシッシッとしたことでしょう。

 ですが、この犬は化け物たちのメンバー。

 その牙は、もしかしたらドラゴンの鱗すら貫くかもしれません。


「ねえねえ、なにしに来たのー?」


「へへっ! へへっ!」


 幼女と犬のハイテンションな襲撃です!


「ひぅううう……っ」


 王国の影として恐怖に耐える訓練をしていたはずなのに、いざ死を振りまく存在が接近すると、私は恐怖に耐えきれず足をガクガクとさせてしまいました。

 ゲロスみたいに石化はいやですぅ!


 ……あっ、もうダメ。


 ぺたんと尻もちをついた私は、そのまますぐに土下座に移行します。行商人に扮しているので、背負った荷物がずしりと私の体に圧し掛かってきます。


「こ、これでご容赦ください!」


 私は、昨日先輩に貰った幸運のコインを進呈しました。

 はっきり言ってゴミですが、幼女ならばこれで勘弁してくれるかもしれません。


「わぁ、メイドのお姉ちゃん、これくれるの?」


「は、はい。ですから命だけは……っ!」


 あと行商人です。


「わっふーい!」


「わんわん!」


 幼女は私の手からコインを掴み取り、犬と一緒になってぴょんぴょんと跳ねます。

 ふっふーい、チョロいです!


 何度も言いますが、ゴミみたいなコインです。

 銅貨ですらありません。


 先輩が任務地へ向かう途中、森の中で拾ったものらしいです。なんでも、先輩にびっくりして逃げたスライムがいた場所に落ちていたのだとか。なにそれ。


 しかし、そんなゴミみたいなアイテムで命が救われるとは、たしかに幸運のコインでした。ありがとうございます、先輩!


「そ、それでは、私はこれで……ひぇっ!?」


 そう言って立ち去ろうとした私ですが、立ち上がった瞬間、心臓が口から出そうになりました。


 いつの間にか、見知らぬ少年がすぐ近くに立っていたのです。

 15歳くらいでしょうか、青い髪をした陽気そうな少年です。


 私はまたぺたんと尻もちをつきました。

 ちょ、ちょっと股のあたりが冷たいです。


 冗談はやめてほしいです。こう見えて、私は王国の影。そこらの職業シーフとは違い、スーパーエリートなんですよ?

 それなのにまったく接近に気づかなかったなんて。


 しかも、この人は新メンバーです。

 凄い情報ですし、もう十分でしょう。帰りたいですぅ……っ!


「へえ、ミカン。これは珍しいものを貰ったね。お姉ちゃんにお礼は言ったかい?」


 ゴミをあげたことへの嫌味なのか、少年がニコニコしながら言うと、ミカンと呼ばれた幼女は「そだった!」と目をまん丸に見開いた。


「メイドのお姉ちゃん、ありがとうございます!」


 いまは行商人だからその呼び方はやめて……っ!


 私が情けなく思っていると、少年が言いました。


「大層な物を頂いちゃったからね、お礼をしなくてはならないね」


 その言葉に、心臓が激しく脈打ちました。

『命乞いにゴミを献上するのなら、お前の命もゴミなのだろう? お礼にゴミ掃除をしてやるよ』みたいな展開になったらどうしましょう!?

 職業柄、悪辣な人間を多く見てきたので、すぐさまそんな想像が脳裏を過ります。


「ひっ……い、いえ、お、お礼なんてそんな」


「いやぁ、そういうわけにもいかないよ。そうだな、それじゃあこれをあげようかな」


 少年はそう言うと、ポケットから1枚のカードを取り出して、差し出してきました。


 せ、セーフ……っ!?


 私はドキドキしながらもそのカードを受け取ります。

 銀板でしょうか? 金であしらった豪華な装飾の中に文字が書かれています。えーっと、なになに?


「ワクワクプレミアムチケット・2名様用……ですか?」


「そうだよ。この村にあるどの宿泊施設でも無料で1週間泊まれるプレミアムチケットさ。ほかにもその期間なら多くの施設がフリーパス。お買い物なんかは普通にお金を払ってもらうけどね。2名用だから友達と遊びに来るといいよ」


「そ、それは大層な物を……ありがとうございます」


 いやいや、村ごときの宿で1週間って。

 こちとら王宮勤めのエリートですよ? 金銭的には王都の高級宿にだって1週間泊まれるくらいの貯蓄はあります。舐めないでもらいたいものです。


 とはいえ、あのコインも、村の宿屋が1週間使える程度の価値はあったのでしょう。

 正直、パンと交換するのすら躊躇するレベルのゴミかと思っていましたが、世の中には意外に侮れない物もあるのですね。


 幼女が「絶対来てねぇ!」と元気に手を振って、少年や犬とともに門の中に消えていきます。


 しかし、門の中は真っ暗になっていて見えません。


「もしかして、シャドウカーテン?」


 完成度が恐ろしく高いです。

 シャドウカーテンは闇色の幕を張る魔法ですが、向こう側が透けて見えるのが普通です。夜に使えば便利な魔法になると言えば、なんとなくその性能や使い方を理解していただけるかと思います。

 しかし、いまは昼間にもかかわらず、夜よりも暗い闇が門に貼りついています。

 あんなことってできるんですね。こっわぁ。


 私はコクリと頷きました。


「任務達成!」


 私は即行で帰還しました。


 監視任務なのをすっかり忘れてました!

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