第2話 エメロード 迎賓館襲撃事件2


 妾は、階段の下までやってきた8人と1匹の賊たちを見下ろした。


 賊の中で女王である妾へ視線を向けるのは数名で、誰も跪くことはない。幼女に至っては、妾へキラキラした目を向けていた。


「今宵は良い月だな。創造神様に1年の無事を報告するには最高の夜と思わんか?」


 妾は頑張って余裕ぶった。

 ドレスの下の足はガックガクで、なんなら命乞いをしたいが、女王という立場がそれを許さない。


「はい、まことに。賢王エメロード女王陛下のこの1年の素晴らしき治世に、創造神様もさぞ喜んでおられることでしょう」


 貴族風の男が、いけしゃあしゃあと抜かした。


「ふっ、そうであるといいな。では素晴らしき治世のついでに1つ提案なのだが。どうだ、ここは妾の首だけで満足してもらえぬか?」


 妾がそう提案すると、貴族風の男は笑った。


「いえいえ、そんな。女王陛下のお命を頂くことなどできません」


 その言葉に、目を細める。


 ここまでのことをしておいて、首をいらぬとはからかわれているのか?

 それとも、従属をつきつけてくるのか? あるいは、妾の身柄を何者かに渡すということだろうか?


 悪趣味な結末を疑う反面、国宝数点程度でこの危機が回避できる目があるのならぜひ聞きたい。

 妾はとにもかくにも、彼らの要求を聞くことにした。


 そんなふうに妾が貴族風の男が話していると、幼女がうろちょろとし始めた。

 7人はそれに気づいている様子だが、自由にさせている。


 幼女がテーブルに乗った料理を見てキャッキャしたところで、妾は意識を貴族風の男に向け直した。


「わからんな。ではなにが望みでこのようなことをしたのだ」


「はい、領地を頂きたく参りました」


「りょ、領地? 爵位を貰うためにこのような蛮行に及んだのか?」


「はい、恥ずかしながら。はははっ」


 いやいやいや、照れるでないわ!

 というか、領地が欲しいなら武功を上げればいいではないか!?

 これだけ強いのなら、上位竜を倒すことだってできるだろう。それだけの武功があれば、領地の一つくらいくれてやるわ!


 妾は、そんなツッコミを飲み下し、頑張って貴族風の男を睨みつけた。


「騎士を数百人も殺して、領地を貰えると思っておるのか? 仮に手に入れたとしても、騎士の家族はお主らを決して許さんぞ。お主らは強いのかもしれんが、騎士数百人分の血族を敵に回せば、領地として成り立つまいよ」


「その件はご心配なく。騎士様方も隠密の方も、全員生きておりますので」


「は、え? ……え、全員生きておるのか?」


「はい」


 妾は思わずラインハルトを見た。

 ラインハルトは悔しさと嬉しさが混ざったような複雑な顔をしていた。

 精鋭の部下が誰一人として殺されずに突破されたのだ、無理はない。いったいどれだけ手加減されているのか。


「騎士様方が死ぬことになるのなら、それは処罰の命令を出した方のせいですね」


 いや、やかましいわ。

 そもそも攻めてこなければ、そういった処罰の命令が出る余地などありえんわ。

 もちろん、妾に敗北した騎士たちを処罰する意思はなかった。


 しかし、領地か……。


 妾は思考を切り替えて、上位貴族たちにサッと視線を向けた。目が合う者もいれば、賊たちにくぎ付けの者もいる。


「もし断ったらどうする?」


「そうしましたら、また別の国にお邪魔して、同じようにお願いするだけです」


「妾の首を手土産にか?」


「いやいや。まさか、そんなこと——」


 その時、貴族風の男の言葉を遮って、1人の人物が話に割り込んできた。ふらふらと遊んでいた幼女を人質にして。


「動くな、この下郎共どもが! 陛下、このような薄汚い賊の言葉に騙されてはなりませんぞ!」


 ゲロスゥウウウ!?

 死なねえかな、あいつ……っ!


 おそらく、妾とほぼ全ての貴族の気持ちが一致したであろう瞬間だった。


 貴族風の男は、『女王陛下の首を手土産になんていたしません』みたいなことを言う顔していたのに、これでどうなるかわからなくなってしまったではないか!


 彼らの逆鱗に触れたら、どこまで死ぬかわからない。

 良くてゲロスの首だけ。次点で妾の首が追加。それでも収まらなければ、この場の貴族全ての首が飛ぶ。最悪の場合はこの王都の民が皆殺しになるかもしれない。


 はらわたが煮えくり返っているであろうラインハルトが激情を抑えているのは、つまりそういうことなのだ。王や貴族、騎士、法の支配力が通用しない彼らは、それを平気でやる恐れがあった。


 そんな我々の心情など知らずに、ゲロスが叫ぶ。


「陛下! いますぐにでも、このゲロスがこやつらの首に奴隷の首輪をつけて進ぜましょう! その暁にはこやつらの拷問はこのわたくしにお任せくださいませ! さあ縄につくがいいわ!」


 しかも、私兵にする気満々の発言……っ!

 ゲロスの顔には、この媚びも今日限りとばかりに醜い笑みが浮かび上がっていた。煽情的な格好のエルフの女をジロジロと、次に妾を盗み見て、ベロリと唇を舐めた。


 一方、人質に取られた幼女は、骨付きチキンを片手に持ち、むむむっといったような眉毛で妾と貴族風の男の顔を見比べる。

 幼女はチキンをもぐもぐゴックンとした。そこに生命の危機に瀕しているという感情は一切ない。


 このままでは不味い。

 妾がゲロスを叱責しようと口を開きかけたその時、貴族風の男がパチンと指を鳴らした。


 それだけですべてが解決した。

 そう、ゲロスが一瞬にして石像へと変わったことによって。


「「「っっっ!」」」


 おとぎ話に出てくるような魔法の行使に、私も貴族たちも悲鳴すら上げられない。全員が、それこそ石化したように動けなかった。


 さらに、どうやったのか幼女の姿はすでにゲロスの腕の中になく、気づけば犬に骨付きチキンの残りを上げていた。


 幼女がキャッキャしながら犬の頭を撫でまわす様子をたっぷりと見て、妾はやっといまの光景の呪縛から抜け出した。


「わ、わが……我が国の貴族がすまぬことをしたな」


「いえいえ。お互いさまのことですので」


 まったくだよ!


 妾はそのツッコミをワインで喉の奥に流し混もうと、木のコップを持ち上げた。


 その瞬間、コップの中でワインがとんでもなく揺れた。原因は当然、手の震えだ。


 妾は少しだけ持ち上げたコップを、サイドテーブルに戻した。

 そうして、カラカラになった喉を無理やりツバで潤す。


「あ、あれは治るのか?」


「お望みとあらば」


 凄い、全然望んでいない自分がいる。

 しかし、そういうわけにもいかない。


「では、治してやってくれ」


「承知しました。しかし、この方は少々うるさいので、我々が帰る時に石化を解かせていただきます。先ほどの返答に関わらず治療しますので、その点はご安心ください」


「それで構わん」


 話を遮る者はいなくなったので、建設的な話をすることにした。


「話を戻すが。断っても妾の首すら取らんつもりのようだが」


「はい。断られてしまいましたら、このまま退散いたします」


 それを聞いて、妾はホッとするとともに、ゾッとした。


 こいつらにとって、この国を落とすのはなんの苦労もないのだろう。

 だから、何も取らない。取る必要がない。必要になったのなら、また来ればいい。それは例えば、そこらの店に野菜でも買いに行くような気軽な計画なのかもしれない。


 こんな存在がこの世に存在したのか。

 そして、この申し出を断ればこの存在が他国に行くのか。

 そうなったら、いったいどんな未来が待っているのだろうか。


「……ならば、お主に領地を与えることでこの国になんの得がある」


「それは大切な話ですね。それを説明するにあたり、こちらをお配りしますので、ご覧ください」


 貴族風の男がそう言うと、執事が何もない空間から紙の束を取り出した。

 魔法なのか魔道具なのか、見たことのない技術だ。


 その紙の束を4つに分け、執事、犬耳メイド、シスター、幼女の4人が、様子を窺う貴族たちへ配っていく。


「こ、これは……っ!?」


「なんだと!?」


 化け物たちのメンバーが近づいてきたことで、最初こそ小さく悲鳴を上げていた貴族たちもいたが、問答無用で配られた紙を見て驚愕の声を上げていく。


 妾たちの下へ紙を持ってきたのは、件の幼女だった。

 なんでよりにもよって幼女を一番重要なポジションにしてしまうのか。警戒させないためだろうか?


 階段を一段ずつピョンピョンと跳ねて上る幼女の行く手に、執事長が立ち塞がる。


「どーぞ!」


 幼女はニコパとして、執事長に紙を1枚渡した。

 それから執事長の後ろ、つまり妾たちのほうへ来ようとした。


 執事長はすぐにその行く手を阻んだ。

 幼女は執事長の顔をほえーっと見上げた。


 幼女は執事長の顔を見つめながら、そろーっと横に移動する。

 執事長も横に移動した。

 幼女はほえーっとした表情を深めた。


 普通ならば、首根っこを掴んで送り返すところだが、執事長は幼女に触れられない。それによって、惨劇が始まるかもしれないから。


「セバス。良い、通せ」


 妾が言うと、執事長は幼女の前から退いた。

 邪魔者がいなくなった幼女が、妾の下へやってくる。


「はい、どーぞ! 女王様のはおっきいのなんだよ!」


「そ、そうか……」


 こんな言葉使いで話かけられたのは久しくなかったので、妾は軽く驚いた。


 幼女は妾に大きな紙を渡すと、そのまま周りの者に紙を配っていく。そうして、妾の息子であるアルフレドたちの下へ行くと、ふぉおおお、とした。


「王子様だ! ハッ、ミカンはミカンです! よろしくね!」


「「っっっ!」」


 幼女はそう言うと、2人にも紙を渡した。

 アルフレドとサイラスはビクビクしつつも紙を受け取った。


「んふーっ! またね!」


 幼女は元気な笑顔を見せて、階段を一段ずつピョンピョンと降りていき、仮面の男に頭を撫でられた。


 こうして妾の周りにいた者は、王子も近衛騎士もメイドも変わらずに1枚の紙を受け取った。

 一同は貰った紙に視線を向けたのだが。


「「「こ、これは!?」」」


 妾たちの驚愕が重なった。


 そこに描かれていたのは、我がアアウィオル王国の恐ろしく精密な地図だったのだ。ちなみに、妾の地図だけ他の物よりも4倍ほど大きな紙になっている。


 これだけでも彼らを他国へ行かせられない理由になる。地図は最高軍事機密なのだから。

 しかも、この地図はまるで上空から見た景色を切り取ったかのように、とんでもない精密さで描かれているのだ。

 さらに、地図の衝撃で見過ごしそうになるが、紙の品質も我が国で作られているものよりも遥かに上質だった。


 いったいなんなんだ、こいつらは!?


 紙がこの場の全ての人間に行きわたったことを確認し、貴族風の男が口を開いた。


「みなさんのお手元にある地図の赤枠線が、我々が調査した現在のアアウィオル王国の確定している領土になります」


 この場の全員が自分の国の形を始めて知ったはずだ。妾だって同じである。今までの地図は山や川を目印にした簡単なものだったのだから。


「それでは赤線の外側にある紫色の線をご覧ください」


 紫色の線に目を向け、その周辺の都市の名前を見て、妾はそれがなにを意味しているか理解した。

 紫色の線は、自分の領土だと隣国と主張し合っている場所なのだ。それはアアウィオルの至るところにあった。


 その考えは貴族風の男の口から肯定された。


「紫色の方は、隣国とアアウィオルの両方が自分の領土だと主張し合っていますので、我々にはどちらの言い分が正しいのか判断がつかなかった地域です」


 これを一般人が言ったならば即座に誰かが怒鳴りつけただろうが、誰もがゲロスの二の舞になりたくないので、口を出さない。


「もし我々に領地を頂けるのであれば、他国からの不当な侵略戦争や大規模な魔物被害に対して戦力を提供いたします。ただし、我々の戦力は独自に動きますし、特別な事情がない限り、現在ご覧になっている地図上の赤い線の内側でしか戦いません。また、アアウィオル側から仕掛けた侵攻作戦に関しましては、大儀のあるなしに関わらず、一切参加いたしません。この条件でよろしければ戦力を提供いたします」


「少し待て」


 妾は話をしばし止め、上位貴族を集めた。

 弟のカイルがすぐに動いたことで、他の者も慌てて追従する。

 上位貴族の当主である男女が妾の周りに集まった。


「どう思う?」


 そう尋ねると、すぐに多くの意見が上がった。


「今の言葉が正しく履行されるのなら、買いかと」


「いや、履行もなにも祖国防衛は貴族に名を連ねるのなら当然の義務だ。むしろ条件を付けるのがおかしい」


「今はそのようなことを考えている場合ではありません。もし他国に彼らが渡って同じ条件で貴族になり、本当にこの条件が履行されたなら、無敵の盾を得るに等しい。そうなれば、どれほど強気な外交をされるかわかりません」


「帝国が随分きな臭くなっております。領地が帝国と隣接する我が侯爵家としては是非とも欲しいところです」


「いや、大魔境と接する辺境にこそほしいぞ」


「しかし、此度の件で領地を貰うのはあまりに横紙破りではありませんかしら?」


「その意見には同意だが、この強さだけでも貴族の席に加えるに十分値する。初代国王ゼリオロード様を支えた我々の祖も、結局は魔物を倒す一芸二芸に秀でただけの者たちだったのだから」


「そもそも他国の特殊部隊の可能性はないか?」


「それであったら、この場で皆殺しにされていますわ」


「だが、この場で皆殺しにすれば条約違反で多くの国から締め上げられましょう?」


「いや、それはない。なぜなら全ての国に同じことをすればいいのだから。あやつらなら、おそらくできるだろう。そうなったら、いったい誰が条約違反を叫び続けるのだ」


「……それはたしかに」


「ですが、私としては王家の威光を畏れない者を内に入れるのは恐ろしく思います」


「ぬぅ……」


 予想はしていたが、意見は割れた。


「陛下。年明けの王国会議を明日から開催してはいかがでしょうか?」


 貴族の1人が進言する。

 もちろん、その場で議論するということだ。


「ふむ」


 明日……明日か……。


 妾は少し考え、首を横に振った。

 これは保留するべきではないだろう。

 理由として、時間を空ければ、今日感じた恐怖を忘れて、彼らを利用しようと考える者が現れる可能性があるからだ。


 妾が手を上げると、上位貴族たちは議論を止めた。


 妾は階下にいる貴族風の男へ問う。


「領地はどれほど欲しいのだ」


「そうですね。この迎賓館が建っている敷地程度の広さがあれば十分です」


「宿泊村規模か……」


 妙なところで慎ましい。

 てっきり国土の半分くらい要求されるものだと思っていた。そう思ったのは、この場に来ている上位貴族も同じであろう。

 しかし、1つの村と近隣の森を領地にする男爵もいるので、おかしな提案とも言い切れない。


「ほかに条件は?」


「税については初年度から納めます。秋終わりに3割で間違いありませんか?」


「うむ、それで間違いない。しかし、初年度から払うのか。まあお主らがそれでいいのなら構わんが」


「ありがとうございます。あと、7月の中旬の1週間『神の休暇日』は、王国にいかなる事情がありましても我々は絶対に兵を出せません。また、この期間は我々が作る村へは一切の立ち入りを禁止とさせていただきます。勝手で申し訳ありませんが、この点はご了承していただきたく存じます」


「むっ、神の休暇日か。それはまあ承知した」


 神の休暇日は、そもそも出兵することなど起こらない。

 神が休息している間に戦争を行なうのは、『神に見せられる大義がない』という理由から、この時期は戦争が起こらないのだ。


 とはいえ、『王国にいかなる事情がありましても』というのは不忠に聞こえるので、態度にこそ出さないが快く思っていなさそうな貴族は多そうである。


「あとは、できれば王都の近くに土地を頂きたく存じます。ただ、この件についてはご都合がつかなければ、無視していただいて構いません」


 これはむしろ妾にとって助かる提案だった。

 下手な場所を宛がって、その周辺にいる上位貴族と仲良くされても困るのだ。謀反を起こされて、彼らがそちら側についたら王家は詰む。

 ゆえに、もしも彼らを我が国に迎えるのなら、王家が一番仲良くなれる立地を与えなければならない。


「どのような土地でも構わんのか?」


「構いません。ただ、領地外であっても、近くの街道へ道を繋げる許可を頂きたく存じます」


 他の領地の領主が自分の領地に勝手に道を作っては喧嘩である。だから許可を得ているのだろうが、そういった細かな気遣いができて、なぜここに攻め入ってしまったのか。


「それは許可するが……なるほど」


 今一度、貰った地図を眺める。

 本当に細かく描写されており、町や村、主要な道路や山川の全ての名前が書かれている。

 というか、この地図を献上すれば、普通に爵位くらいやったんだが。


「ひとつ尋ねたいが、この地図はこの場以外で所持している者はいるか?」


「私ども以外では持っておりません。あとは皆様にお配りした分と、女王陛下に献上いたしました特別製の1枚にてございます」


「うむ、承知した」


 妾は執事長に視線を向けた。

 万が一にもこの地図が他国に流れることはあってはならないので、あとで配られた物を回収するのだ。


 妾は改めて地図を眺め、そうして1つ頷くと覚悟を決めた。


「よかろう。それではお主に男爵位と王都の北東に広がる平原の一部を与える」


 妾の判断に対して息を呑む者は大勢いたが、その息が言葉に変わる者はいなかった。


 妾だって、こんな危ない連中を手に入れたいとは思わない。

 しかし、野放しにして、誰かの手駒になるのは何よりも避けなければならない。それは他国でもこのアアウィオルの貴族でも同じだ。


 この決断が後世でどう評価されるかはまったく予想がつかない。

 傾国へと導いてしまった愚王と笑われるか、無敵の盾を手に入れた賢王と称えられるか。


「はっ、ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


「はぁ、抜かしおるわ」


 妾は盛大なため息をついた。

 脅迫まがいの武力行使をして、慎んでもなにもないではないか。


 しかし、逆に考えれば、この出会い方はむしろ良かったのかもしれない。


 真っ当に功績をあげて領地を与えた場合、妾は彼らの異常性を見抜けなかっただろう。王家の所有する戦力を疑わず、比較することすらしなかったはずだ。


 そうしたら、彼らがほかの貴族と蜜月の仲になる可能性は十分にあった。そいつがゲロスのような野心家だった場合、クーデターは容易に成功しただろう。そのあとの統治がどうなるかは別にしてな。


 自分の判断が正しいかまったくわからないが、妾は自分にそう言い聞かせた。

 そこで、重大なことに気づいた。


「そういえば、お主の名前すら知らないではないか。お主は何者だ?」


 衝撃的な出来事の連続で、すっかり聞くのを忘れていた。

 いや、妾が最初に首の話を切り出したのがいけなかったのか。そのままの流れで誰何の機会を失ってしまった。


 これで、帝国の使者です、などと言われたらどうしよう。

 そう妾が心配していると、貴族風の男も名乗り忘れたとばかりに苦笑いした。


「申し遅れました。私は『キャサグメ』と申します、以後お見知りおきを。何者かと問われると非常に困りますが、これからはエメロード女王陛下の御恩情を預かり、アアウィオル王国の末席に加えていただいた者を名乗らせていただきます」


 これまでどのような組織に属していたのかは、はぐらかされた。

 聞くなということなのだろう。

 普通の相手が領地を得るならそんなこと許されないが、妾ははぐらかされてやった。


「ではキャサグメよ。アアウィオル王国の一員として励むがよい」


「はっ!」


「はーい! ミカンも頑張りますっ!」


「わんわん!」


 妾の言葉に返事をしたのは、キャサグメと幼女と犬だけだった。


 怯えるわー。


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