アアウィオル王国物語 ~僕たち、私たちの国にチートが来た!~

生咲日月

第1章

第1話 エメロード 迎賓館襲撃事件

 神歴785年 祝福の月1日。


「神々に祝福されし英雄にしてアアウィオルの祖王ゼリオロードよ。その崇高なる意思が正しく引き継がれていることを、我、アアウィオル王国15代女王エメロード・アアウィオルがここに証明する」


 妾が触れると、英雄結晶が強い光を放った。


 妾はその光を見つめて、ホッとした。


 神々に認められるほどの偉大なる功績を残した者は、生涯を終えた際に巨大な水晶体をこの世に残す。

 これを『英雄結晶』と呼ぶ。

 人々は英雄結晶に祈り、生前の英雄が宿していた信念を学び、同調することで、その英雄の持っていた能力が手に入れやすくなる。もちろん即座に手に入るわけではなく、相応に努力が必要だが。


 そして、これが肝心。

 英雄結晶は英雄の信念をしっかりと受け継いでいる者が触ることで、光を放つのだ。


 ゼリオロードの英雄結晶を光らせることがアアウィオル王国で王位につくための一つの条件になっており、王や女王は、祝福の月の初日に貴族や国民へ示さなくてはならないのである。


 まあ、妾は毎日触っているので、問題なく光らせられるのはわかっていたのだがな。大恥をかきたくないし、当たり前の備えだろう?


「「「エメロード女王陛下万歳!」」」


「「「アアウィオル王国万歳!」」」


「「「女王様ーっ!」」」


 臣民の歓声を聞き、妾は手を振って応える。

 歓声が落ち着くのを見計らって、妾は言った。


「本日より祝福の月が始まる。我が親愛なる臣民よ、今年もよく頑張ったな」


 そうやって演説を始める。


 腹に力を入れろ!

 優美に手を振れ!

 頑張れ、妾!




 祝福の月というのは、1年の最後にある5日間もしくは6日間だけの特別な月だ。

 今年も無事に過ごせたことを神々に感謝し、明くる年へ向けて英気を養う月である。


 そう言うと厳かな空気の中で行われるように聞こえるが、それは教会の連中だけだろう。

 市井の者にとっては楽しいお祭りの数日間となる。


 祝福の月を意識するのは王侯貴族とて例外ではない。

 貴族は領地を部下に任せ、王都に集結して各行事に出席する必要がある。


 女王である妾に1年の無事を報告しに来るのも、そんな行事の1つだ。

 それに対して、王家も貴族たちの労をねぎらうために、晩餐会を催すのが習わしであった。


 祝福の月2日目・夜。

 王都迎賓館。


「なんと。大魔境の勢力図が変わりそうか」


「はい。年が明けて3か月以内には大きなスタンピードが起こるかと。どうやら今年は2つの勢力が変わる気配があるようで、いつもより大きなスタンピードになりそうです」


 例年通り、妾は序列の高い貴族から順番に挨拶を聞き、こうして簡単な報告を受けていた。

 現在は東に広がる魔境から国を守るジラート辺境伯からの挨拶である。


「援軍は必要か?」


「十分に備えておりますので現状では必要ありませんが、今回予想されている規模ですと、近隣の領地へ魔物が流れる恐れがあります。そちらへも備えるように注意喚起をお願いしたく存じます」


「わかった。年明けから始まる王国会議で妾からも注意を促そう」


「ありがとうございます」


「となると、お主は今回の王国会議は代理を立てるか?」


「はい。私は祝福の月が終わり次第、領に帰らせていただきたく」


「お主も律儀な男だな。妾への挨拶も代理で良かったものを」


「いえ、陛下の御尊顔を拝謁できる機会をどうして代理に渡せましょうか」


「はっはっはっ。お主でもそんな冗談を言えるのだな。それではジラートよ、今宵は楽しんでいくが良い」


「はっ!」


 この辺境伯のように壮健な姿を見られて嬉しい顔もあれば、言葉を交わすだけで疲れる顔もある。


 しばらくして挨拶に来たのは、妾が少女時代から「早く死なんかな」思っている貴族の筆頭、ゲロス伯爵であった。

 挨拶のあとに始まった雑談は領地の報告などではなく、王家に対して媚びを売る言葉ばかりだった。

 貴族としてのこの姿勢と妾を見るいやらしい目つきが、昔から嫌いなのだ。


「アルフレド殿下は女王陛下に似て、まっっっこと聡明な瞳の輝きをしておられますなぁ」


 10歳になる私の第1子アルフレドも絡まれる。


 話題にあがったアルフレドの目からは、その聡明な輝きがストンと抜け落ちてしまっている。

 アルフレドもゲロスが嫌いだった。


 それに、アルフレドの目は妾の夫、つまり王配であるラインハルト似だ。

 しかし、ゲロスは妾と結婚した騎士総長のラインハルトが嫌いなようで、最低限の挨拶しかせず、こうして話題にもあげない。


 そんなラインハルトが、アルフレドを守るように前に出る。

 ラインハルトは我が王配であると同時に騎士たちのトップ。晩餐会でも妾の隣の玉座に座っていない場合もあるのだ。


 威圧を受けたゲロスは、脂汗を流して、すぐに話題を変えた。

 続きのおべんちゃらなんて聞きたくないので、妾は問うた。


「時に、お前は最近、魔物討伐に出陣しているのか?」


 アアウィオルの王侯貴族は魔物の討伐に参加しなければならない。

 我々は税金で暮らしているわけで、民の安全を守らなければならないのだ。これは女王である妾とて例外ではない。


「それが、昨年に受けた膝の傷が痛みもうして……不甲斐ない限りにございます。しかし! 治り次第、このゲロス! 必ずや! 魔物共を成敗いたしましょうぞっ!」


 ゲロスはいけしゃあしゃあとそんなことを言った。

 キリリ顔にレンガをぶち込みたくなった。


 こんなふうに、祝福の月は女王である妾にとっては1年で一番疲れる数日間だった。


「なんだと?」


 ふいに背後に控える執事長が、小さいながらも険しい声でそう言ったのが妾の耳に入った。

 そのそばにはメイドが1人。メイドや執事の中には隠密『影衆』が紛れているので、こうして伝令に来ることもあるのだ。執事長はそんな影衆を纏める頭領であった。


「なにごとか」


 丁度いいのでゲロスの話を止め、執事長を呼んだ。

 執事長は、ほかの者に聞こえないように妾の耳元で報告した。


「賊が現れたとのことです。現在、正門にて黒騎士100、影衆5が対応に当たっております」


「なんだと?」


 妾の口から出たのも、先ほどの執事長と同じ言葉だった。


 そいつらは頭がおかしいのか?


 今日はこのアアウィオル王国の貴族が一堂に会する晩餐会だ。当然、会場である迎賓館は最大級の警備体制になっている。

 その内容は、宮廷魔術師団による多重結界、黒と白の二大騎士団に近衛騎士団、さらには影衆による完全警備体制だ。


 どうしてそんな日に襲撃しちゃうのか。成功するとでも思っているのだろうか。


「そのうつけはどこの者だ」


「判明しておりません」


「対応はできているのだな?」


「はっ。それは抜かりなく」


 執事長はそう言いながらも、新たにやってきた伝令のメイドに注目する。


 執事長は妾から離れ、メイドの報告を聞いた。すると、すぐさまラインハルトへ視線を向ける。

 ラインハルトは小さく頷くと、ハンドサインを出した。

 その瞬間、会場の壁際に配備された近衛騎士たちは直立不動のまま、雰囲気だけを変えた。


「いかがなされましたか?」


 ゲロスがキョトンとした顔で言う。

 もうこの表情だけで不敬罪に問えるような錯覚が芽生えてくるのだが。

 主催者である妾、あるいはその警備の責任者であるラインハルトの不手際を笑う心情が感じ取れるのだ。


 晩餐会での不手際はそのまま主催者の恥になり、出席者へ借りを作ることになる。ゲロスはその借りが欲しいのである。


 とはいえ、賊は排除してしまえばいい。晩餐会が狙われるのはよくあることで、結果的にこれを防げるかどうかが重要なのだ。


「死……んん! ではゲロスよ、今宵は楽しんでいくがよい」


「はっ!」


 疲労からか思わず出かけた本音をごまかし、妾はゲロスを下がらせた。


 次の謁見者をしばし待たせ、執事長とラインハルトを呼ぶ。

 執事長は、妾とラインハルトにだけ聞こえる声法で報告した。


「どうやらかなりの手練れのようです。正門を突破し、黒騎士団100名が戦闘不能になりました」


「「な、なんだって?」」


 妾たち夫婦の声が重なった。


 それは非常に頭が痛くなる報告だった。


 当たり前の話だが、十年、数十年と手塩をかけて育てた人材の命が軽いはずがない。

 貴族や騎士はもちろん、市井の者の命でもそれは同じで、1人の人物を失ったことで衰退した組織は世の中にはいくらでもある。


 それを踏まえたうえで、今回失ったのは王都や周辺の村々を守る黒騎士100名。超エリートが100名である。おそらく影衆もやられているはずだ。これはもう甚大な損失であった。


 執事長の説明は続く。


「現在は庭園から迎賓館へ一直線に侵攻しておりますが、多重結界に辿り着く前には決着がつくかと」


「賊の数は?」


「8人と小型犬が1匹とのことです。小型犬については獣か魔物か判然としません」


「な、なんだそれは。たったそれだけの手勢で黒騎士100人を倒すというのか」


「そのようで。しかし、これまでです」


「う、うむ」


 その報告に、妾は迎賓館の庭園を思い浮かべながら頷いた。


 侵入させてしまったならば、そのあとは広い敷地内に待機している大勢の騎士や兵士、影衆が、賊を挟撃して仕留めることになるはずだ。

 さらに、彼らを相手にしながら、建物に掛けられた多重結界を破壊するなど不可能であろう。

 8人で黒騎士100人を倒したのは敵ながら見事だが、これで終わりである。


 そんなことを考えていると、メイドが早歩きでやってきた。


「「……」」


 これには話し合うラインハルトと執事長も思わず口を閉ざした。


 なんだろうか、激しく嫌な予感がする。

 妾が直答を許すと、メイドは妾たち3人だけに聞こえる声法で報告した。


「黒、白、影、合わせて350名が抜かれました。現在、応援に駆け付けた東警備の200名と影衆50が相手をしているとのことです。また各方面警備からも増援が送られております」


「いやいやいや、前の伝令から半刻(※アアウィオル王国において15分ほど)と経っておらぬぞ!?」


 どういう戦いになっているのかさっぱり理解できない!

 え? え? 相手は8人なんだよね? ついでに小型犬が1匹? 知らんわ!

 そんな人数に350人の騎士と隠密が敗れるの!? 戦争で中央突撃命令を出してもこんな短時間で負けんわ!

 それが8人って!


「陛下、避難をお願いします」


「そそ、そ、そんな状況なのか?」


 執事長の判断に妾が狼狽えるのを誰が責められよう。

 だって怖いもの!


「尋常な者ではありません。最悪を想定していただきたく」


「わ、わかった。では、子供たちを先に」


「はっ。陛下も直ちにご準備を」


 女王が最優先だが、執事長は問答を嫌って動き出してくれた。

 宮廷魔術師長や数名の近衛兵が妾たちのそばに移動し、警護を強める。


 それらと同時並行して、メイドが後ろのドアを開こうとする。その先の部屋には地下へ続く脱出用の隠し通路があるのだ。


 しかし、ドアが開かない様子。

 執事長に合わせて動き出したのでこのメイドも影衆。それならば鍵開けの類はお手のもののはずなのに。


 この頃になると、貴族たちも異変に気づき始めた。

 なにせ王族は高い位置にある席に座っていて目立つし、そこでなにやら動きがあれば、なにかがあったと考えるのは当然だ。


 ドアを開けられなかったメイドに代わり、執事長がトライ。

 しかし、開けられない。


 執事長は凄い。妾が少女時代に密かに憧れていたレベルだ。

 鍵開けに関しても凄まじい技術を持っており、優雅な手つきでノブを引くだけで施錠されたドアを開けてしまうシブすぎる技術を持っているのだ。


 そんな執事長ですら、開かない。

 いつもクールな執事長もこの事態では遠慮しなかった。


 思い切りドアを蹴りつける。

 が、ダメっ!


 両足を揃えて飛び蹴りを食らわす。

 が、ダメ……っ!


「陛下。何事でございましょうか?」


 妾の弟であるカイルがやってくる。爵位は公爵だ。

 弟と妾は仲がいい。この質問も、ほかの貴族を代表してのことだろう。


「どうやら賊が侵入したらしい」


「な、なんと……。避難が必要になるほどの手練れなのですか?」


「のようだな。カイル、お前も準備をしておけ」


「……っ」


 カイルは焦った顔で頭を下げる。

 その時である。


 バキンッ! と、けたたましい音が鳴った。

 それと同時に外の音が会場に聞こえてきた。


「ここを通すなぁあああ!」


「きぇええええええい!」


「応援はまだか!」


「相手はたったの4人だぞ、なにをしておるかぁああ!」


 まるで戦場のような怒号。


 これを聞いては貴族たちもハチの巣を突いたような大騒ぎだ。

 アアウィオルの貴族は魔物との闘争を宿命づけられているため、妾を守るために階段の下に移動する勇敢な者もいる。


 なぜいきなり外の音が聞こえるようになったのか、妾には経験がなかったのですぐにはわからなかった。しかし、ハッとして思い至る。


「申し訳ありませぬ。多重結界が破壊されたようですじゃ」


 その考えを裏付ける言葉を宮廷魔術師長が告げた。


 妾は裏の部屋に続くドアを見た。

 丁度、ラインハルトが体当たりをぶちかましたところだった。

 だが、それでもドアは破れない。それどころか、メイドたちが調べている会場内の全てのドアと窓が同じように脱出不可能な状態にあるようだった。


「もらったぁああ、おぼぉおお!」


「決死陣形、肉壁の陣! この道は死守するのだ!」


「「「に、肉壁の陣……っ! ぐぁああああ!」」」


 外の喧騒が会場となる広間へ徐々に近づいてくる。

 だが、不思議なことにその騒ぎはどんどん静かになっていく。


 いや、不思議でも何でもない。

 勝敗の天秤が傾きつつあるのだ。そう、悪いほうに。


「は、母上……」


 息子のアルフレドが心配そうな声で言う。弟のサイラスの手をしっかり繋ぎ、守ってくれているようだ。


「心配するでない。お前たちは妾が守ってやるからな」


「は、はい」


 アルフレドとサイラスの頭を撫でて励ました妾は、外の喧騒がピタリと止んだことに気づき、覚悟を決めた。

 まるでその覚悟を待っていたかのように、会場の入場口である大きな両扉がゆっくりと開いた。


 扉の形で切り取られた外の風景には、黒や白の鎧を着た騎士たちが転がっていた。我が自慢の黒騎士団と白騎士団の姿だ。


 それらを背景にして立つのは、8人の男女と1匹の犬だった。


 不思議な8人だった。


 リーダー格と思しき男は貴族風の男。そうそう見ない美男子だ。

 それをサポートするのは、壮齢の執事と美しい犬耳メイド。

 そのほかには、露出の多いエルフの女、東国の剣士と思しき曲刀を差した男、シスターらしき美しい女、仮面をかぶった全身黒づくめの……おそらくは男、さらに尻尾がくるんと巻いたこげ茶色の犬。

 この7人と1匹に加えて、なぜか年端もいかない幼女が1人。


 この8人と1匹に、我が国は負けたのか。


 全身が冷たくなっていくのを感じる。

 そこで先ほど耳に入ってきた怒声を思い出す。


『相手はたったの4人だぞ、なにをしておるかぁああ!』


 その叫びから察すると、全員が戦っていたわけではないのだろう。

 実質、4人に負けたことになるのか。


 貴族風の男と執事と犬耳メイドが優雅に礼をする。

 ほかの者は興味深そうに会場を見回していた。


 8人が会場に足を踏み入れた。

 すると会場内警備の近衛騎士たちが扇型の陣を作って取り囲む。

 その瞬間、即座に声をあげる者がいた。


「この狼藉者共が! この場をどこと心得るか! ええーい、取り囲め取り囲めーい!」


 ゲロスである。

 もう取り囲んでいるのに、まるで自分の指示で近衛騎士が動いたように演出する。

 さらに、それに便乗する貴族が数名。

 彼らは近衛騎士が作る円の外から声を荒げて、罵詈雑言の限りを尽くした。


 自分が無敵の存在だと信じて疑わない貴族がたまに現れるが、ゲロスはまさにそれだった。

 自分を守ってくれる兵士よりも遥かに強い存在が現れたら、貴族は丸裸も同然なのだと理解できないのだ。もちろん、先ほど挨拶に来た辺境伯のように自身も強い貴族はいるが、少なくともゲロスは違う。


 その一方で、賢い者や王族を守るために階下に陣を作ってくれている者の顔色は、ひたすらに悪い。

 彼らは、実質、アアウィオルが敗北したと理解している。


 我々に残った手札は近衛騎士と宮廷魔術師、影衆のメイド、そして武闘派の貴族。

 会場の外でこの国最強の騎士団が敗北しているのに、この場で勝てる道理があるはずもない。


 8人と1匹が室内に入ると、入り口の扉が静かに閉まった。


 賊は取り囲まれていることを意に返さず、そのまま妾へ向けて歩き始める。

 近衛騎士たちはその動きに合わせて、扇陣形を円陣に変えて、賊を完全に囲んだ。近衛騎士たちの動きは誰の目にも惚れ惚れとしたものだ。


 それに対して、賊たちはまるで散歩でもしているかのように歩を進めた。

 通常ならば賊の動きに合わせて包囲を狭めたりするのだが、近衛騎士たちはそれっきり動かなかった。


「「っっっ!?」」


 ラインハルトと執事長が息を呑む音を聞くのと同時に、その理由が妾の目でも理解できた。円陣を作る全ての近衛騎士が、一斉にばたりと倒れたのだ。


「「「きゃぁああああ!」」」


 夫人や令嬢たちから悲鳴が上がる。

 先ほどまで威勢よく叫んでいたゲロスたちは、そんな貴婦人を押しのけて貴族たちの中へ混じるようにして逃げた。とてもではないが膝に壊している者の動きではない。


 私はその光景を横目に、ラインハルトと執事長に問うた。


「どうだ?」


「……すまない、エメロード。勝つのは不可能だ」


「はい。刺し違えることすらできません」


 戦いのプロである2人からの答えは絶望的だった。


「で、あるか。ならば、アルフレドとサイラスを最後まで守ってほしい。最後の時には、介錯をしてあげてくれ」


「ああ、わかった……っ」


「……はっ!」


「すまんな」


 2人に命じた次に、階下で妾たちを守ってくれている忠臣に告げる。


「カイル、もうよい。皆を下がらせろ」


「あ、姉上……っ」


「カイル」


「……はっ」


 外向きでない普段の呼び方を口にする弟のカイルは、言われた通りに他の貴族たちを下がらせた。こいつは昔から妾の言うことを絶対に聞くからな。

 だが、カイルはおそらく、妾の盾になって死ぬつもりだろう。そういう目をしている。


 妾は賊たちから一度視線を外し、ラインハルトを見た。


 ラインハルトの顔にあるのは、己の弱さを呪う苦悩に満ちたものだった。握られた拳からは血が滴り落ちていた。


「ラインハルト、愛しているぞ」


「私もだ、エメロード。愛している」


 妾が言うと、ラインハルトは震えながら答えた。


 そうして、次に子供たちへ視線を向ける。


 声を殺して涙を流しているサイラス。

 自分も恐ろしいだろうに、そんなサイラスを気丈に守るアルフレド。


 女王という激務の中で見つけた幸せが、こうも突然に、こうも簡単に壊れてしまうものなのか。


 いよいよ、賊たちが妾の座る玉座の下までやってきた。


 ああ、この首ひとつで満足してくれればいいのだが……。


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